6-2 配達係の焦燥
最近、パパになったケイン。
優しそうなソバカス顔で、子供の自慢話ばかりしている子煩悩ケイン。
奥さんとラブラブすぎて、そこらへんは正直ちょっとうざったいケイン。
ベイシス・バイブルを配達すると言い出したのは、彼自身だった。
あたしたちは、あまりいい顔をしなかった。あたしみたいな独り者だったらそこまで気にしなかったかもしれない。だけどさ、彼には奥さんも子供もいるのだ。奥さん、この前会ったとき夜泣きが大変って言ってた。そうでなくても大変なのに、これ以上心配かけるのは申し訳ない。
「でも、あの辺の配達担当は僕だし」
渋るあたしたちを、ケインは一言で納得させた。郵便物である以上正当な担当者が運ぶのは全然おかしくないこと。そんなところで特別扱いはいらないよ、と、ソバカス顔がのほほんと笑っていた。
まあ、結局のところ、ごちゃごちゃ考えなくてもそれで正解だったみたい。男はディアンやルティシアみたいに普段の配達隊とは違う面々を狙ったわけなんだからね。
ジンは……まあ、わかんないけど、彼目立つし。ていうかどうせマリアちゃんをそりゃもう大事に抱えていたのだろう。
***
フィルさんの家は、村外れにあった。スピリーツェははずれにに行けば行くほど茶畑だらけになるので、フィルさんの家くらいはずれにくるともう茶畑しかないってレベルだ。きれいに刈り込まれた周囲の畑に比べてまったく手を加えられていない茂み状態の畑が、恐らくフィルさんの家のものだろう。せっかくの畑がもったいない。
朽ちかけた柵の向こうには、少し荒れた庭。本人も言っていたけれど、親の資産を食い潰してというのは謙遜でもなんでもない。少なくとも、その資産を有効活用しているとは言えない。畑だって、もう誰かに売っちゃえばいいのに。
あたしたちはぞろぞろとその柵の前に並んで、荒れた庭の奥にある家の方を窺っていた。考えてみれば見届けるって言ってもやることはないのよね。だけど、それでもこの場にいたかったのは恐らくみんな同じ気持ちからだろう。振り回されまくったこの数日が報われると思うと、なんだかすごく嬉しかったんだ。
「こんにちは~、郵便です」
ケインの声が、静かな畑によく響く。村外れというのもあるけれど、ここまで静かなのは創村祭で村人たちがみんな広場の方に行ているからだろう。
しばし後、カチャリとドアを開ける音がする。
「一件落着、だね」
傍らでディアンが呟く。あたしは黙ったまま頷いた。
やり遂げた。怪我したり泣きそうになったりフィルさんを疑ったりそのせいで立ち止まったりもしたけれど、とにかくなんとかなったみたい。なんだか感慨深いわ。意外となんとかなっちゃうもんなのね。きっと、あたしが右往左往するさまをなんのかんのいって一番近くで見ていたディアンも感慨深いのだろう。
よくわからないなにかが、胸のあたりにじんわりと広がる。
「なんだってっ?」
突然の大声に驚いたのだろう、茂みで羽を休ませていた鳥が数羽、空へと逃げていく。
お礼でも言おうかなとディアンの方を向いた途端に響いた鋭い声は、ケインのもの。
あたしはびっくりしてディアンの顔を見つめた。目を見開いた彼の顔は、たぶん今のあたしとそっくりなんだろう。だって、彼のまん丸の目に驚いているあたしの顔が映っているもの。
ふと、料理を準備しているときのフィルさんを思い出す。にわかに不安になったあたしは、思わず駆け出した。
「ちぃ!」
ディアンと、少し遅れて他のみんなも後に続いてくる。
一瞬の躊躇の後ぼろぼろの門扉を開けたあたしたちを、小包を手にしたフィルさんとケインが出迎えるように振り返った。二人に、特におかしな様子はない。まあ、強いて言うならフィルさんはのんびりした笑みを浮かべていて、ケインが心なしか怒っているようだけれど。
「どうなさったのですか、みなさんお揃いで」
不思議そうに言ったフィルさんが、首を傾げる。顔を見合わせたあたしたちを代表して、ジンが一歩進み出た。
「同僚の声が聞こえたので……、何か」
ジンの言葉は、被せるように放たれたセリフで中断された。
「なんでもないよ、行こう」
声の主は、踵を返して歩き出したケイン。どう考えても、様子がおかしい。だいたい、お人好しで優しいケインがあんなに鋭い声を出すなんて、そうそうあることじゃないし。
「なんでもないって……ケイン、おかしいわよぉ」
「どうした、お前」
あたしと同じ違和感を持ったのだろう、ナルとジークが心配そうに彼を取り囲んだ。ケインは、唇を噛んで首を振る。もう、そんな態度じゃ「何かありました!」って口で言うよりバレバレじゃないの。
「何かあったんですか?」
万が一――本当に万が一だけど、ケインが何かしたのだとしたら。そこは、あたしが上司としてケリをつけなければいけない。だからあたしは、あえてそう口にした。
「ああ、先程のそちらの方の声ですか?」
「局長ちゃん、なんでもないからっ」
答えようとするフィルさんから注意をそらすように、ケインがあたしを引っ張る。それを振り払い、あたしは正面からフィルさんを見つめた。彼は今日も、ボサボサ頭で小汚い。
見つめて楽しい人ではないけれど、何故かその瞳から目をそらすことはできなかった。




