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POSTAL HEART  作者: KKN
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6-1 配達前にちょっと雑談

 遠くに、祭の喧騒が聞こえる。

 まだ昼前だというのに、だいぶ盛り上がっているみたいだ。時折爆発するみたいに一斉にあがる笑い声から推測して、恐らく舞台で出し物が行われているのだろう。


 まるで、創村祭が他人事みたいだ。あたしたちは誰も何も言わず、あっという間の出来事に呆気にとられていたのだけれど。

「で……あたし、いまひとつわかんないんだけどさ」

 我に返ったあたしは、フィーアに向き直った。フィーアが何かしらのアクションを起こしたおかげであのムキムキ大行進になったのはなんとかわかった。けれど、物事が自分たちに都合良くあっさり進みすぎて、考えている暇がなかったのだ。

 呆れたように口を挟んだのはルティシア。そういえば、ルティシアもディアンもジンもうまく口裏を合わせていたから、彼らは理解できていたのだろう。

「もう、本当に頭の回らない方ですのね。『泥棒』という名目で自警団に捕まえていただければ、あとは回りくどい時間稼ぎがいりませんでしょう」

 それなら、最初から捕まえるという名目で転んだときに一致団結してた方が早いんじゃないだろうか。憮然として言い返そうとしたら、その前にフィーアが付け加えた。

「この中で逮捕権があるのはジンだけでしょ? 変に手を出してボロを出すよりは自警団に直接捕まえてもらった方が確実だわ」

 なるほどね。

 ごもっともな言い分に、あたしは口をつぐんだ。

 今、ここにいる一同で委託業務の逮捕権があるのは配達員であるジンだけ。小悪党の類いをその場に居合わせた人たちが取り押さえるだなんてよくあることだから、あたしたちが全員で男を取り押さえてもさして問題はない。けれど、あくまでそれは取り押さえただけで逮捕ではない。だからそこから逃げ出すこと自体は罪ではないし、第三者という目撃者がいない以上明確な証拠にならないから下手をすれば再び解放されてまた狙われてしまうかもしれない。

 ルティシアたちはとっさにそこまで理解していたのだ。だからみんな、あんな白々しい物言いをしたんだな。こうなると、気付けなかった自分が少し情けない。

「てことは……あとは配達しちゃえばめでたしめでたし、だね」

 これはスピリーツェだけじゃなく大抵の村で適用されている決まりなのだけれど、村人以外の窃盗罪は村外追放。しかも、一年間村には入れないというおまけ付き。つまり、たとえそれが盗む気なんて更々なかったダミー小包だとはいえ、窃盗罪で捕まってしまった以上あの男はしばらくこの村に入れないってこと。これで、ベイシス・バイブルに迫る危険は回避できたんだわ。フィルさんは一年後に気を付けた方がいいかもしれないけれど、そこから先は自警団の仕事だ。そんなことは自警団の委託業務の中に存在しない。あたしが契約書類作ってんだから間違いない。

「よかったぁ……」

 あたしたち、ちゃんと配達できるのだ。

 安心したらなんだか腰が抜けてしまったようで、あたしはへなへなと座り込む。みんな大袈裟だとでもいうように笑ってあたしを見た。さりげなく一名ほど、あたしではなく『性少女以下略』を見つめて笑っているけれどなんかもういいや。

 本当に、よかった。

「それより自警団に届けたフィーアさんはいいとして、ナルさんもルティシアもどうしてここにいるんだ?」

 ディアンが首を傾げる。彼女たちは顔を見合わせて、それからにっこり笑った。

「ディクス君が、気になるなら行っておいでって」

 話によると、役目を終えて局に帰ったディクスは、すぐにナルから郵便物を受け付ける業務の基礎だけ聞いて手早くメモを取ったそうだ。

「わたくしたちにも見届ける権利はあるはずだからどうせ創村祭でお客様はいらっしゃらないのだし、難しい取り扱いが来たら預かりを書いておくから窓口は任せて……と」

 そっか、だから二人とも急いで――近道で裏道を通っちゃうくらいに急いで、フィルさんちに向かっていたっていうことね。

 それにしても、ディクスってばずいぶんカッコイイこと言うわね。

 ナルやルティシアにも見届ける権利がある、か。それもそうなんだよね、いつも局内で自分に与えられた仕事をしているけれど、あたしたち全員郵便局員であることはかわりがないんだもの。配達すること自体は、自分たちのしなければならない仕事ではない。けれど、関わっている以上、気にならないわけではないんだもの。一日の労働にはきちんと休憩時間も定められているから、少し覗きに来るくらいまったくもって問題はない。

 あたし、わずかに目を伏せる。ありがと、ディクス。彼だって、関わってしまった以上本当は気になって仕方がないだろうに。

「それもそうだよな、うん」

 傍らのディアンが急にあげた大きな声に、あたしは目を上げた。最初からあたしを見ていたのかそれだけで目が合って、だけどその目は悪戯っぽく細められてからすぐに視線を外された。

 視線を外されたというより、ディアンがくるりと振り返って路地を出て行ってしまったというだけなんだけど。

 彼はすぐそこで待機していたミルッヒに飛び乗ると、地上のあたしたちを見下ろす。ミルッヒの翼が起こす風が、見上げるあたしたちの前髪を踊らせた。

「ジークさんに声かけて、向こう側の配達してるユウキさん連れてくるよ。その論法ならあの二人にだって見届ける権利はあるんだから、ね」

「まあ、気になるわなー」

 マリアちゃんが助かった報告してねえもんなぁ、ジンが笑う。無線係のフィーアがここにいるので、ジークたちとはやりとりができない。さすがのディクスも、短時間でそんな専門技術を身につけられないだろう。

「くれぐれも気をつけてくださいねぇ」

 ナルの言葉に、あたしたちは一斉に吹き出した。

 だってあの男は捕まったっていうのに、一体誰が狙うっていうのだ。危険もないだろうし、気をつけるも何もないと思うのだけれど。やっぱナルってどっか抜けてるわ。

「んじゃ、行こっか」

 連れだって路地を出て、空を見上げる。

 広がった視界の隅っこで、ミルッヒが美しく羽ばたいていた。

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