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POSTAL HEART  作者: KKN
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1-2 クレイン嬢、残業前の休憩は15分

「ただいま~」

 暮色に村中が染まり始めた頃、気楽そうな声と共に職員用のドアが開く。

 少々小太りで背は低め、どこかで見たシルエットだと思いきや、それは卵。頭は小さめ、なぜかなで肩、お腹はぽっこり中年太り――見た目が愉快なこのおっさんもあたしの部下。スピリーツェの郵便局では一番の古株で配達員の一人、名前はジーク。配達とはいっても彼は貴重品の類、つまり書留や小包の配達専門で、他の郵便物に比べ配達物数が少ないからか他の配達員よりもこうして早く帰ってくることが多い。もっとも貴重品を運ぶともなると精神的疲労が大きいはずで、あたしは村中のそれを一人で引き受けてくれているジークをとても信頼している反面ちょっと申し訳ないなとも思っている。

「おかえり、お疲れさん」

「ジークさんおかえりです~、コーヒー入れますねぇ」

 間延びした口調の窓口の女性が席を立つ。局内に客がいないのを確認して、あたしは持っていたペンを投げ出すと伸びをした。

 ばきぼき、体中の骨が鳴る。長時間机に向かってたもんで、すっかり身体が固まっちゃったわ。あたしも休憩にしよっと。

「ナル、あたしも」

「皆の分いれますからねぇ」

 にっこり。笑顔が眩しい。さすがうちの看板娘。

 彼女はナルと言う。あたしより五つ年上の彼女は、見た目も中身も窓口向き――口には出さないが、内心いつもそう思っている。見た目中身共に、良くも悪くも小細工がきく――本人に面と向かっていう気にはなれないけれど、これでも褒め言葉のつもり。自他共に天職と認める窓口担当局員。

 ナルの淹れるコーヒーはその辺の喫茶店顔負けってくらい絶品で、あたしたちはそのコーヒーで一息入れるのをいつも楽しみにしている。

 あたしは書類の束をデスクに投げると机の引き出しから巻き煙草一式を取り出した。慣れた手つきで一本作ると、ジークが投げてよこしたマッチで火をつける。揺れる炎で火を点けて、ため息と一緒に煙を吐き出し――指先の痺れたような感覚、くらりと一瞬世界が回るような軽い眩暈。身体に悪いのは重々承知の上でやめられないわぁ。

 もう夕方なのだから面白くもなんともないだろうにと思うんだけどジークは興味深そうに新聞を広げ、書棚の整理をしていたルティシアはソファに身を沈ませ――もうすっかり、みんなは休憩状態。ちらりと時計に目をやる。もう、窓口も閉める時間だ。

「フィーア、ユウキとケインはどうかな?今日は配達少なかったけど」

 郵便物を区分していた女性――フィーアがあたしの言葉を受けて無線機に向かう。こんな田舎の村で無線機なんていう最先端技術が配備されている仕事は自警団と郵便局くらいで、だから自分は郵便局に入ったのよと前に話してくれたっけ。言葉どおりフィーアはいつも無線機をいじっているけど、彼女は一応正式には局の郵便物の区分けを担っている人員だ。受けた郵便物を町別に分け、それを更にエリア別に分ける仕事。もっとも一人で郵便物をすべて完全に区分するのは負担が大きいから、手の空いた者――たいていの場合は秘書のルティシア――が手を貸している。

「ユウキは今帰ってくるとこみたいです。ケインはすぐそこで立ち話してるのが見えますよ」

「ナルぅ、コーヒーふたつ追加ぁ!」

 煙と一緒に大声を吐き出し、あたしは灰皿に吸殻を投げ捨てると棚の上に手を伸ばしてごそごそとあさる。ナルの淹れるコーヒーは美味い。美味いコーヒーには美味い菓子。お目当てだった箱詰めの菓子をようやく見つけ出したあたし、机の上にそれをポンと放り投げた。

「じゃーん、木苺ジャムのクッキー!この前図書館のお兄さんにもらったのよん」

 箱詰めのまま机の上にぽんと放り投げて、あたしはみんなに食べるよう促した。けっこう頻繁にお客さんが差し入れを持ってきてくれるので、おやつには事欠かない。話によると祖父の代はそうでもなかったみたいだから、まぁ若い女子の特権ってトコじゃないだろうか。能力も人望も祖父にはまだまだ遠く及ばないけれど、あたしには美味しいおやつの方が重要だわ。うん。そういうことにしとこ。

 キッチンの方から香ばしい匂いがしてそれに乗っかるようにナルの鼻歌が聞こえてきた頃、職員用のドアが開いて配達員のユウキが帰って来た。外の方から聞こえてくる笑い声は、赤ちゃんがどうの言っているからたぶんケイン。彼の奥さん、つい最近赤ちゃんを産んだんだよね。あたしもこの前会ったけど、そらもうかっわいいの! で、ここは小さい村だからお客さんにもそのことは知れ渡っていて、よくからかわれているみたい。けど、彼は照れながらもいつもいつも親バカぶりを思う存分見せつけてくれている。なんていうかほほえましい。

「コーヒー入りました~」

 ナルがカップの七つ乗ったお盆をそろそろと持ってくる。窓口で受ける重たい小包が持ち上がらなくても、意外とこういうのってできちゃうもんなのよね。不思議。

「わーい、コーヒーコーヒー」

 あたしは手を伸ばしてカップを取る。この香ばしいほわほわの湯気! たまらないね。あたしは断然ホット派。

「今日は早かったな、二人とも」

「配達量、少なかったっスからね~」

「天気もよかったし配達日和だったよね」

 ジーク、ユウキ、ケインの配達トリオものんびりとカップに手を伸ばす。ジンが非番だからいくらか配達件数は多かったはずだけど、今日は郵便物の数そのものが少なかったみたい。

「配達日和は窓口地獄なんですよ~」

「そうそう、大変だったのよ」

「局長は役立たずですものねぇ」

 一方の、ルティシアを含めた内務トリオは、ちょっとぐったりしているみたい。話によると、昼くらいまでは暇だったらしいのね、でもお昼過ぎに突然混みはじめて、一時期カウンターの外は定員飽和状態だったみたい。いい天気の日ってのは、急の用事じゃなくてもみんな行動的になっちゃうのよね。窓口のナルはひたすらお客さんをさばき続けたみたいだし、無線で配達員の状況を仕切りつつナルの受けた郵便物を片っ端から区分しているフィーアもかなり疲れた様子で、フィーアだけでは区分しきれないからとルティシアも書棚の整理を後回しにして手伝っていたらしく口調は丁寧なのに少々不機嫌。うぅ、みんな、ごくろうさん。

 なんでこんなに他人事だったかって言えば、あたしはその頃局の二階にある自分の部屋で報告書と死闘を繰り返していたのよね。集中したかったから、ちょっと窓口の騒がしさが鬱陶しかったの。

「シアってばひどい~」

「実際貴女、役に立たなかったじゃありませんの」

 はいはい、ごもっとも、役立たずで悪かったわね。山積みの書類を端に寄せて机にどっかり腰掛けると、あたしは木苺のクッキーを口に放り投げ、コーヒーで流し込んだ。

「そういや局長ちゃん、今朝、あんたにお客が来たわよ」

 フィーアがふと思い出したようにあたしの方を見た。ルティシアとナルが顔を見合わせ、頷き合う。

「あぁ~、忘れてました~」

「いましたわね、小汚いのが」

 小汚いって……思わず眉をしかめるあたし。お客になんつーこと言うんだという以前に、なんでまたそんなのが来るかな。どうせなら白馬に乗った王子様、ただし郵便局を継げる王子様に来て欲しいんだけど。

「また来るって言った割に来なかったわね……」

「明日、来るつもりなのですかもしれませんわね」

 ふぅん、あたしは生返事でクッキーを頬張る。誰が何のために訪ねて来たのか見当もつかないけれど、とりあえず用事なら創村祭が終わるまで待ってもらえないかなぁ。あたしも色々忙しいし。ていうか、スピリーツェにいたらそれくらい想像つくだろうに、空気を読んでもらいたいもんである。

 そこまで考え、あたしはふと思い出した。創村祭と言えば、アレだわ。

「そうそう、ジーク、あんたこれから設営?」

 もふもふと甘いクッキーをすべて飲み下し、たまごのようなシルエットに顔を向ける。昼間のジンの言葉を思い出したの。

「え? ああ、これからちょっと顔出すぞ」

 ジークの言葉に、あたしは事務室の奥にあるキッチンから包みを三つ持ってきて紙袋に放り込む。

「んーじゃあ、これ持ってって。ジークの分もあるから」

 ルティシアがあたしの差し出した紙袋を横目で覗き込む。野次馬根性っていうの? お嬢様育ちのわりにこういうとこってやたらと庶民くさいのよね。あたしの視線に気付いて我に返ったか、居住まいを正して優雅にカップを傾けるけど――今更遅いですよ、お嬢さん。

「ジンとディアンに渡しといて。カンタンなもので悪いけど、差し入れ」

「窓口が忙しいときに貴女こんなもの作ってらしたの」

 ルティシアの声は、不躾な自分を誤魔化すような、わざとらしいくらいに棘のある言い方だ。

 こんなものとは失礼な。あたしは唇を尖らせる。出来合いのローストビーフとゆで卵と野菜、それに特製ソースをパンに挟んだだけの簡単なシロモノなのは認める。子供にだって作れる『なんちゃって料理』だ。ていうか子供の頃あたしはこれを作って祖父に差し入れしてた。でもそれだけあって、けっこうコレ美味しいんだから、これ。第一、ローストビーフは局に戻る時に買った物だし、ソースもゆで卵も書類の合間に手早く作ったんだから、そんなに時間の無駄でもないはずじゃないの。

「局長ちゃん……」

 あたしの内心の言い訳を知ってか知らずか、ナルが笑いながら紙袋とあたしを見比べる。笑い……っていうか、苦笑?

「うち、それじゃあダメだと思うんですけどぉ……」

首を傾げるあたしの頭を、ジークがぽふぽふと軽く叩いた。

「いいさいいさ、局長ちゃんだもんな。サンキュ、渡しとくよ」

 あたしは頷き、にっこり笑った。ジークはあたしの大事な大事な部下だから差し入れするっていうだけなんだけど、それはさて置きやっぱりお礼を言われるとこっちとしても素直に嬉しい。祖父が亡くなってもあたしは独りじゃないし、独りじゃないから頑張れる。それを再確認できるだけで、作った甲斐があったってもんだわ。

 こちらこそありがと。



2番手は。

やっぱりヒロイン(笑)ですかね。


■ ルティシア・ヤンネル ■

「局長の意思ですもの。わたくしは、それに従うだけです」


 都会の町のお嬢、だけど何故か郵田舎の便局員。有能な局長秘書。

 金髪碧眼で一見おしとやか、申し分のない美女なのに実は毒舌な18歳。

 口は悪いし意地悪だけど、本当はチェリスを信頼している。

 だけど、ディアンの兄のディクスにベタボレしているのでたまにチェリスに八つ当たりをかます。

 女の子の心理は複雑なのです。

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