5-7 創村祭に感謝を捧げ ~マリアちゃんSOS~
ルティシアとディクスには、局に帰ってもらった。
あたしとディアンは、ミルッヒに乗って上から様子を見つつフィルさんちに向かうことになっているので、二人とは別れてスピリーツェ上空を飛んでいる。
作戦その三というか、基本方針。配達本隊には男をなるたけ近づけない。作戦その一とその二で時間と距離を稼ぎ、あとは配達中のみんなを上手く誘導したり男を攪乱したりして鉢合わせしないようにするの。
最初に狙われるだろうとあたしたちが踏んだのはジーク。
彼は重要物――書留を運ぶ係だもの、単純に考えれば一番怪しいわよね。あたしがディアンと一番付き合いがあるというのを調べたような奴だ、あたしが仕事上で尊敬しているのも感じ取っているかもしれないし。
「フィーア、ジークどの辺?」
無線に呼びかけたあたしに、しばらくしてから彼女の返信が入る。
[三区みたいね。今のところ、おかしな人影とかは確認されていないみたい]
フィーアの声に、ディアンがミルッヒを操る。
しばし後、あたしたちはジークを見つけることができた。卵みたいな身体をゆさゆさ揺すって、ただいま移動中。
「いた! ディアン、ジークあそこ」
「ホントだ……大丈夫そうだね」
ジークの周りに、迫るような人影はない。意外とノーマークだったみたいね。なんだ、絶対狙われると思ったんだけどな。ジークに配達させりゃよかったかも。
経験もあるし性格も冷静だし、ジークに配達させたらっていう話も出た。けれど、適任だからこそ避けるべきだっていう意見も出たのよね。それにさ、ここだけの話、ジークったらぶっちゃけ喧嘩弱そうなんだもの。体型のせいかもしれないけど、殴られたらこう、ぱりんと割れて黄身とか出て来そう。
「あいつ、どこ?」
あたしの問いに、ディアンがミルッヒの高度を上げる。勢いに一瞬後れてしまってずり落ちそうになったあたし、慌てて体勢を直そうとディアンにしがみつき――
「……何アレ」
ほとんど偶然、目に入ったそれに思わず呟く。
「アレってどれ?」
あたりを見回すディアンの頭を掴んで、ぐりんと問題のそれに向けさせる。
「……何、あれ」
どうしたもんかとミルッヒを滞空させたまま、あたしたちは顔を見合わせた。そしてもう一度、問題のそれを眺める。
下方に、二つの人影。一つはジン、一つはあの男。
「おっかけっこ……かな」
曖昧に笑い、ディアンが肩を竦めた。あたしも、思わず引きつった笑いを浮かべる。
追いかけっこは追いかけっこなんだけど……なんでまた、あいつを追いかけているんだろう、ジン。普通、逆だろう。
[局長ちゃん、なんかさっきからジンと連絡が取れないのよ!]
焦ったようなフィーアの声が無線機から聞こえるのが、なんだかとても白々しい。
「あー……今すぐそこにいるから安心して」
適当な返事をして、ディアンを顎で促す。彼は無言のまま頷いて、ミルッヒの高度を下げた。なお、このやりとりは言葉にするとかっこいいけれど、実際は二人とも終始曖昧な笑みをにやにやと浮かべている。非常に緊張感がないわね。
「ジンさ~ん!」
ディアンはミルッヒから飛び降り、ぶんぶんを手を振って彼に駆け寄る。あたしも走り出したけれど、いい加減全力疾走のし過ぎですぐに息が上がってしまった。
追いかけられている例の男は、そんな騒がしいあたしたちをちらりと振り返って露骨に顔をしかめる。なによ、失礼しちゃう。
「局長ちゃん、ディアン!」
ものすごい形相で男を追いかけていたジンは、爽やかににこやかな笑顔であたしたちを振り返った。
「や、ま、待ってよう」
遅れ気味のあたしの手をディアンとジンがそれぞれ取って、二人はスピードダウンすることなく走りながらの会話を続ける。どうなってんの、この人たちの体力。
「ジンさん、追いかけられるならまだしもどうして追いかけてるの?」
そうそう、それよ!
あたしもそれが聞きたかったの、こっちからあの男に関わることないでしょう? ほっとこうよ。
「俺のマリアちゃんが!」
ジンの悲鳴に顔色を変えたディアンが、間髪入れずに呼応する。
「それは大変!」
……ツッコミを入れたいところだけど、息が切れているから今日は勘弁してやるわ。感謝しなさい。
つまり、性少女以下略のダミー小包を持っていかれて必死に追いかけていると、そういうことなのね。
引きずられるように走っていたあたしは、ふと思い立って立ち止まりそうになる――結局、力ずくで引きずられることになるのだけど。
「どうしたの、ちぃ」
「あ、……はぁ、あ、あた……し、お……もう、ん、だけ、ど」
ぜえぜえしているもんでこんな短いセリフまで途切れ途切れになってしまう。ディアンとジンが不審そうにあたしを振り返った。
「なんか、エロい」
あんたたちの思考がおかしいのよ、叫びたいけれど弾む息のせいで叫べずに、喘ぐように口をパクパクさせる。
もしもこのまま逃げられて、創村祭でメインになっている広場に紛れこまれたら? それって、どう考えてもよくない気がする。捕まえられるかどうかも怪しいうえに、他の人にも迷惑がかかるもの。
ああっ、言いたいことも上手く言えない、体力のない自分の身体が恨めしい! この騒ぎが終わったら、ジョギングでもはじめてやろうかしら。
わけのわからない決意を漲らせて、あたしはディアンの手を引っ張った。
「ま、わり、こんで! 広場……に、行、かせ……ちゃ、だ……め」
「そか!ミルッヒ!」
付き合いが長いからなのか単に勘が良いのかはよくわからないけれど、どうやらあたしの言いたいことは理解してくれたらしく。
ディアンはあたしたちから距離を取って空を見上げた。程なくして降りてきたミルッヒに飛び乗り男の進行方向へ回り込むように空を駆るのが、振り返っていたあたしの視界に入る。
「そっか、行き止まりに上手く追い込めば捕まえられるし!」
ジンがあたしの手を引きながら嬉しそうに頷く。たぶん彼の喜びは男を捕まえることに対するものよりもマリアちゃんとやらを取り戻せることに対するものの方が大きいだろう。
いや、たぶんというより絶対。
「ジ……ン、フィ、ア、に……れん、らく!」
「うわ~、局長ちゃん苦しそうな喘ぎ声がとってもセクシー」
あぁ、今あたし、本気でこいつを殴ってやりたい。
怒りのあまりあたしの顔色が変わったのに気付いたか、彼は慌てて無線機を出した。そうそう、そうしてりゃいいのよ最初から。
「フィーア~! マリアちゃんが拉致されて傷心のジン、ただいま賊を追跡中でーす」
もっと他に言い方はないのか、思ったけれど口にはしない――というか、息が上がってできない。唾を飲み込むのが精一杯なんて状況の中、ジンとフィーアのやりとりは続く。
[拉致って……盗られたの?]
「そう。ディアンが回り込みながら、俺と局長ちゃんで追っかけてるとこ」
[……それ、使えるかも]
フィーアが呟くように言う。ちらりとこっちを振り返ったジンと目が合うけれど、あたしは肩を竦めるだけ。いったい何に使えるというのか、よくわからない。
ジンが問うより早く、フィーアがまくし立てた。
[いい? 絶対手を出したり捕まえたり取り返したりしちゃダメよ。時間を稼いで。そうね、図書館のあたりをぐるぐる回ってて]
どういうこと? 問いたいけれど、息が上がっているあたしにそんなことはできない。ジンが変わりに聞いてくれるかと思ったけれど、彼は理由を聞くことなくフィーアに従うことにしたらしい。
まあ、妥当なのかも。どちらかというと頭の弱いあたしやジンに比べると、フィーアはいわゆる頭脳派だからね。余裕のない今だから、理由を知るのは後回しにしてとりあえず彼女の作戦に従う方が正しい選択だ。
[もしもやばくなったら、ジン、あんたが捕まえるのよ。局長ちゃんたちは、絶対に手を出したらダメ]
「フィーア、それ、ディアンにも伝えて」
[了解]
そのやりとりを最後に、ジンは片手で無線機をカバンにしまう。あたしには、そんなジンのもう片方の手をぎゅっと握ってとにかく必死に走ることしかできなかった。




