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POSTAL HEART  作者: KKN
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5-6 創村祭に感謝を捧げ ~鬼秘書のばあい~

 フィーアが無線で誘導してくれたというのも確かにあったけれど、あたしがすぐにルティシアを見つけられたのはそれ以上に彼女の叫び声のせいだった。

 一体どういう状況に置かれているのかはよくわからないけれど、彼女は頻繁にこう叫んでいた。


「なんでわたくしがこんな目にーっ!」


 あう、ゴメンナサイ。ルティシアが『こんな目』に合っているのは彼女が秘書だからで、嫌がる彼女を秘書にしたのはこのあたしなわけで。

 つまるところ、彼女が『こんな目』に合っているのはあたしのせいです。どうもすみません。

「シ……アっ!」

 ぜえぜえ言ってしまい、上手く言葉にならない。それでもあたしはあたしの秘書の名を呼んだ。

[局長ちゃん、今どこっ?]

「フィーア? えぇ、と、クーリガーさんち、前っ! 時計塔の、方に、進行、中!」

 肩で息をしながら、無線機に向かって怒鳴る。怒鳴る必要なんてないんだけど、気持ちの焦りがあたしを大声にさせているみたい。

 だって。

 ルティシアは、お嬢様だ。ヤンネル家というのが結局のところどれだけ大きな力を持っている貴族なのか、田舎モノのあたしはよく知らないけれど。

 でもね、物腰とか、そういうの。あたしみたいな奴とは全然違う。そんな人が、一人で悪漢に追われて逃げているなんて。

 心配にならない方が、おかしい。

[次の角、進行方向左!]

「ラジャ!」

 指示通りに突っ込み、あたしは見覚えのある後ろ頭に思いっきり体当たりした。

 考えてる暇なんてなかったので、勢いに任せた不意打ち攻撃。けれどけっこう効いたみたいで、服の胸元に鼻血の染みをこびりつかせている男はドッと倒れこんだ。

「さ、さっきも言った、じゃないのっ! あたしの、部下に、手を出すなっ!」

 ゴツゴツのブーツでげしげしと男の背中を踏みつけながら、荒い息の中必死に怒鳴りつける。動かなくなるまでひたすら踏みつけ、男の抵抗がなくなったのを確認してあたしはホッと一息ついた。

「シア、大丈夫?」

 男を踏み越えてぽかんとした様子のルティシアに手を差し伸べると、彼女はかぁっと頬を紅潮させてあたしを睨みつけた。

「大丈夫なわけ、ありませんでしょう!」

 全力で走り続けたんだろう、ふわふわの金髪は風に吹かれてボサボサ。あたしに負けないくらいぜえぜえと息が上がっている。そりゃそうだ。不安だっただろうし、疲れただろう。大丈夫なわけないよね。

「ごめんね、無事でよかった」

 乱れた髪を直してやるあたしの手を振り払い、彼女は握り締めた両手をわなわなと震わせている。

 もしかしてもう何かされちゃったあとなのかと一瞬ひるんだけれど、そういう意味ではなくてルティシアの怒りはもっともっと根本的なものに向けられていたみたいだ。

 あたしの肩をいきなり掴んで、彼女は大声でまくし立て始めた。


「わたくしはただ、ディクスさまのお側にいたいためだけにこんな何もないつまらないだけの村にいるんですわよ? 貴女のおもりをするためでも尻拭いをするためでもありませんの!」


 ルティシアは、あたしに対して怒っていたんだ。振り払われた手が、急に熱を持ったかのように痛い。

 あたしはただ、言葉も返さずに立ちすくんで彼女を見た。

「なのにディクスさまは貴女のことばかりだし、当の貴女は仕事のことばかりなくせに要領は悪いし仕事は遅いし飲み込みは悪いしで結局わたくしが面倒を見ることになってしまうし! 私がこんな目に遭うのは、すべて貴女のせいですのよ!」

「えっと……その、ごめん」

 あたし、なんと言ったらいいかわからずに頭を下げる。しかしルティシアは何が納得いかないのかイライラした様子であたしをがくがくと揺さぶった。

「何を謝っていらっしゃるの、どう考えてもこれは言いがかりじゃありませんの! わたくしがこの村にいる理由なんて貴女に関係ありませんわ! ディクスさまが貴女のことをお好きなのも、貴女が要領悪くてダメ局長なのも、わたくしには何の関係もありませんの!」

「ちょ……シア、あたしあんたが何言いたいんだかよくわかんないんだけど」

 あたしを責めたいの? 弁護したいの?

 ルティシアはしばし複雑な表情であたしを見つめたあと、唐突にあたしに抱きついた。金の髪が、頬をくすぐる。


「……わたくしも、わかりませんわ」


 ぎゅっと抱きしめられ、思わず目を白黒させる。彼女の柔らかい身体に締め付けられて、あたしは小さく吐息を漏らした。あの男といいディアンといい、なんか最近抱きつかれ癖がついてないか、あたし。

 ……ま、あの男はさておき、他の二人は悪い気しないけれど。

「必死で逃げながら、貴女に申し上げたい文句を数えましたわ。ものすごくたくさんあって、何から申し上げましょうかと思っていたのですけれど。もう、いいです」

 ルティシアも、香水をつけているんだろうか。甘い香りと心地よく耳に響く声に包まれて、あたしは静かに目を閉じた。

「貴女は助けに来てくださいましたもの。今回は、勘弁して差し上げます」

「シ……?」

 髪を撫でられてうっとりと目を閉じていたあたし、違和感に目を開けて――反射的に、彼女を突き飛ばした。激痛が頭を襲い、無意識のうちに倒れこむ。少しくらくらするけれど、どうやらそんなに力は入っていなかったみたい。思ったよりダメージは少ない。

「きゃあぁっ?」

 叫び声は、ルティシアのもの。元気そうな声だから、彼女は多分無事。良かった。お嬢様が怪我なんてしたら、あたし、ご両親になんて謝ったらいいの。

「ぐっ」

 あたしはというと、くぐもった声しかあげられない。どうしてかって、背中側から襟首掴まれて思いっきり引っ張られたからだ。

「貴様……」

 ……あはは、このおっさん怒ってる。

 あたしはざぁっと全身の血の気が引くのを感じた。

 ああ、悔しい。油断した。あたしとルティシアがごちゃごちゃやっている間に、男は復活していたのだ。あたしの胸がもう少し大きかったら、体重も増えて結果が違っていただろうに。たぶん。

「いい加減にしなさいっ!」

 突然ルティシアが突進してきたのは、あたしが男に何か毒でも吐いてやろうと口を開きかけたとき。お嬢様の勇姿に、あたしは開きかけの口をあんぐりと更に大きく開けてしまった。

 ルティシアが、持っていた郵袋を男の顔にバシバシと思い切りたたきつけていたのだ。男がよろけた瞬間にばっと距離を取り、今度は郵袋から取り出したダミー小包を投げつけ始める。

「あいたたた……」

 あたしが頭をさすりながら怯んだらしい男を振り払ってルティシアの方に這い寄っても、彼女は狂ったようにダミー小包を投げ続けていた。そういえば、ルティシアの小包はやたら小ぶりだったっけ。だから数があるのかしら。

「こんなものなら、好きなだけくれてやりますわ! ほら、ほら、ほらっ!」

 ダミー小包の雨をかいくぐりながら、男はそのうちの一つをガサガサと開いて中を確認したみたい。パラパラとページを捲り、やがて逆上したようにあたしたちに向き直った。

 こ、怖いですおっさん。

「なんだこれはっ!」

 投げ返されたそれを肩に受け、あたしは地面に落ちたそれを拾い上げる。

 びっしりと書き込まれた、整った文字。

 ……って、局長メモじゃないの、これ!

「いらんわっ!」

 反射的に半泣きで投げ返したそれは、簡単に避けられてしまう。ボトリと音を立てて地面に落ちたそれを目で追いもせず、男はくっついて支え合うように立っているあたしとルティシアに歩み寄った。

 薄茶色の目が、微妙に血走っている。相当頭に血が上っているのね、この男。

 だけどだけど。

 それって命取り。

 あたしは自分だけでも冷静になろうと深呼吸した。

「近付かないでくださいまし!」

 ダミー小包が尽きたのか、ルティシアがあたしの陰に隠れた。彼女を庇うように立ち、男を睨みつける。

「見りゃわかるでしょ、シアはもうダミー持ってないわよ! 残念ね、ベイシス・バイブルはここにないわ!」

 ベイシス・バイブルはここにない――そのことを暴露するのは、作戦上よろしくないのかもしれない。あたしたち以外に矛先が向いてしまうから。

 だけど、ルティシアを今、守る為なら、かまわないと思った。

 そんな地味だけど一大決心をして放った言葉だったというのに、男はあたしの声など聞こえないようにゆっくりとこちらに近寄ってくる。ルティシアが小さく唸ってあたしにしがみついた。

 まったくもう! 頭に血が上っているままなのは命取りだって言ってるじゃないの。

 あぁ、それでも、なんとなく気が急く。こくりと喉を鳴らし、あたしはぎゅっと目を瞑った。冷静に、冷静に。だけど、怖い。本当は怖い。

 怖いに決まっている。こんな状況にいたら、あたしだって本当は怖い。

「……助けて」

 恐怖に負けそうになったあたしの呟きに、男が馬鹿にしたように笑う声がする。あたしが、急にびびって命乞いでも始めたと思ったのだろう。

 何よ、笑ってやりたいのはこっちだわ。あたしが、あんたなんかに助けてなんて言うもんですか。切りつけられたって口を割らなかったあたしのことだ、考えてみればそれくらいわかることだわ。

 けれど、怖い。早く。

 男はあたしの気も知らずに近付いてくる。

  背筋がぞっとした。あの、刃物を向けられた瞬間の恐怖が蘇る。しかも、今はルティシアが側にいる。あたしは、少しくらい怪我させられたって平気。けど、彼女を守りきる自信は正直なところない。

 鼓動が、早くなる。

 助けて。お願い。

 早く助けて。

「たすけて」

「今更命乞いなど」

「はぁい、了解。助けまーす」

 揶揄するような声といつも通りののんきな声、二つの声は同時に発せられた。

 自分以外の声がするなんて思ってもみなかったんだろう。目を見開いて振り返った男は殴り飛ばされて壁に打ち付けられ、昏倒する。ざまあみろ。

「ディクスさまっ!」

 男を殴り飛ばしたのはディアンだというのに、ルティシアは遅れてここに到着したディクスに駆け寄った。彼は地面に落ちた局長メモを拾い、真剣にそれを目で追っていたから彼女を抱きとめはしなかったけれど。

「はあぁ~……」

 気が抜けてへたり込んだあたしをディアンが支えてくれる。別に腰が抜けたわけではないけれど、あたしはわざと立てないふりをして彼にしがみついた。

 危ないのはわかっているんだから来てくれるだろうとは思っていたけれど、ここまでグッドタイミングだとちょっと気恥ずかしい。

 照れ隠しというのは内緒だけど、あたしは大丈夫だというように小さく笑って見せた。

「遅い」

「ごめん、この辺建物が高いからミルッヒで降りられなくて」

「うん」

 積もる話はたくさんある。だけど、再会を喜んだりとか、そういう暇はない。

 あたしたちは四人してその場を走り去ろうとした。少しだけよろけたあたしを、ルティシアが不安げに見つめる。

「殴られたところは、大丈夫ですの?」

 その途端、あたしたちの前を走っていた双子が線対称にぐりんと振り返った。

 び、びっくりしたぁ。なんかあるはずのない鏡がある気がしたぞ。

「殴られたの?」

「大丈夫?」

 さすが、なんのかんの言って双子。

 二人の様子があまりに似ていて、あたしはぷっと吹き出してしまった。

「全然平気よ。ルティシアのゲンコツのが痛いわ」

「まぁっ」

 走りながらあたしたちはひとしきり笑った。作戦中にしては和やかだったけれど、それはそれでいいという気もする。恐怖感もほとんど消えてしまっていたし。

 笑いもおさまって、やがてディクスが静かに言った。

「チェリスは、ちょっと働きすぎ」

 さっき拾ったらしい局長メモを、あたしたちに示して見せる。びっしりのスケジュールは、あたしも見たくもないのは確かだけど。

 働き過ぎってのは、ないわね。あたしはまだまだ局長として足りない。他の郵便局長たちより若くて経験も浅くて能力も足りないなら、そのぶん時間を消費するしかないんだから。

「少しは休まないと。こんなに働いて、頭まで殴られて、身体を壊したらどうするの」

 思わずきょとんとしてしまったあたし、天を仰いで言葉を選んだ。

 休みたいとは思う。けど、立ち止まりたくないとも思う。

 いっぱいいっぱいなの、あたしは。今みたいに、全力疾走中。息も上がってて、限界はすぐそこ。だからね、立ち止まったが最後、息が切れちゃってきっと二度と走り出せない。

「――ほら、あたし、打たれ強いから」

 とりあえず、そう言っておく。

 答えになってないよ、そう言ってあたしの手を握るディアンを見上げると、彼は曖昧に笑っていた。これはあたしが働き過ぎだというのに対して否定なんだろうか、それとも肯定?


 ――ま、いいか。

 だって、作戦その二が、ほぼ成功したんだから。




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