5-5 創村祭に感謝を捧げ ~作戦そのに、フライング~
「――というわけだから、多分敵はあの男一人だと思うな」
お客さんのいない郵便局で、コーヒー片手にあたしはそう言った。
やっぱり、創村祭の日は違うね。いい天気だというのに、窓口にはお客の一人もやって来ない。
もっともそれは今日のあたしたちにとってはとても都合の良いことで、カウンターに村の地図を広げて現在作戦会議中。
「最初広場近くにいた奴が、単独で村外れに行くディアンを追ったわけだものね。数人いるなら、複数で来るなり村外れ担当の奴なりが来るでしょうし」
「真っ先にここを狙わないことからしても、敵が複数っていうのはなさそうだな」
「そうよね、人海戦術でいけるなら中枢を叩いてから一人ずつ潰した方が早くて確実だものね」
引き出しから赤ペンを取り出し、ついでに煙草もくわえながらディアンの言葉に賛同する。
向こうだってあたしに刃物を突きつけるくらいなんだからなりふりかまわずベイシス・バイブルを手に入れたいはずなのに、局内待機でしかも人質にも使い勝手が良さそうなナルやフィーアから潰そうとはしてこない。きっと、向こうも人手がなくて切羽詰っているに違いない。
「あたしたちが、あの男を撒いたのがここ」
グリグリと赤い印をつける。たとえ局内でデスクワークばかりしていても郵便屋は郵便屋だ。さっきまでいた袋小路がどこかなんて把握済み。ちらりち目をやると、ディアンが小さく頷いた。間違っていないみたい。
「あ、そろそろ定時連絡だわ。局長ちゃんは続けて」
フィーアが無線機に向かう。あたしは頷いて、フィルさんの家のあたりを赤ペンでグリグリと印をつけ、二つの印を最短距離を選択した場合の道なりに繋ぐ。
「この間、どんなに走るのが早い人でも相当時間かかるわよね。時間稼ぎは成功、と」
男は、恐らくディアンに賭けていたはずだ。そうでなければ、フィルさんの家から反対方向の村外れまで追いかけたりはしないだろう。
そうね、あいつはこっちのことを調べていたのかも。今の時点であたしが一番甘えられて我侭も言えるのはディアンなのは確かだし、しかも彼はミルッヒを操ることができる。特別なものを配達させるにはもってこいの存在。だいたい、夜の勤務なのに昼間っからウロウロしているのも怪しいことこの上ないし。
「多分、あいつはもう時間もないしフィルさんちに直接向かうわよね」
だな、局を直接叩こうにも進行方向とは逆なわけだし。モタモタしてたら俺らが配達しちまうもんな」
コーヒーカップを傾けて、ディアンが局の位置を指差す。三点を繋ぐとちょうど正三角形ができるんじゃないかというくらい、都合のいい位置関係なのよね、これが。まあ、一応打ち合わせて狙っていたあたりだから当然ではあるんだけど。
「んじゃま、作戦その二開始ってとこかな」
煙を吐き出したあたしに、フィーアが突進してくる。わわ、灰が落ちちゃう。
しかしフィーアは灰を気にするあたしになんて構いもせず、赤ペンで地図に数箇所印をつけ、真剣に道を指でなぞっていた。
「どうしたんですかぁ、フィーアさん」
こんなときでも、ナルは間延びしている。しかし表情は、真剣そのもの。
あたしもただならぬ雰囲気に思わず緊張する。灰皿に煙草を押し付け、フィーアの指先を必死に目で追った。
「作戦その二、もう始まっちゃっているみたい」
「ウソっ!」
あたし、聞くや否や立ち上がる。
「で、どっちなのっ?」
「――ルティシアよ」
あぁっ、もう!
あたしは舌打ちをして自分用の携帯式になっている無線機を引っ掴んだ。
「場所は印ンとこね、次の地点はここ? 先回りしてあたしが向かうわ。場所が移動したら教えて。ディアンはディクスをよろしく。なるべく早くね」
早口に言って、コーヒーを飲み干す。ディアンが頷いて無線機片手に局を飛び出し、あたしはもう一度地図で位置を確認した。
「局長ちゃんが着く頃にそこに行けるようにルティシアを誘導するから。局長ちゃんも気をつけて」
フィーアが時計と地図を見比べている。こっちは任せて大丈夫だろう。
「うん」
ネクタイを緩めながら、あたしは走り出す。
[なんでわたくしがこんな目にっ!]
背中にそんな声が聞こえてきて、あたしは唇を噛んで全力疾走した。
作戦その二。『囮で撹乱してみよう大作戦』。
囮役を買って出たのは、ディクスだった。
彼は部外者だし、意外と気が短いディアンと違ってどちらかというと喧嘩とか弱そうなタイプ。あたしたちはもちろん反対したんだけど、ディクスは聞かなかった。部外者だからこそ、普段とは違う不自然さがあって囮として効果的なはずだって。
しばらくしてもう一人名乗りを上げたのは、ルティシア。普段は内勤であり、秘書である彼女が単独で外出するということはかなり不自然なので、囮は自分にも勤まるはず、と。確かに、秘書に持たせて郵便とは別に配達するというのもありえない話じゃないものね。
この二人が、フィルさんの家へ向かう道を微妙に交差しながらダミー小包を持ってウロウロするというのが、作戦内容。敵さんの目を引いて、足止めをするっていうわけ。
危ない役だよ。それでもルティシアは、やるって言ったの。たぶん、ディクス一人だと危ないって思ったからなんだと思う。囮役が二人に増えることでディクスの危険が減るはずだって。何のかんの言って、彼女は一途に恋する乙女ってやつなのだ。たぶん、ディクスのためならなんだってできるのだろう。
最後まで反対したのは、他でもないあたしだった。なのに結局そういうことになったのは、単にあたしは鬼秘書ルティシアに逆らえないっていう簡単な理由なのだけれど。
普段デスクワークだからだろうか、全力疾走しているとすぐに息が上がってくる。
あーあ、情けない。
限界まで弾む息をなんとか落ち着かせようと一応は試みながら、あたしはただひたすらに走って、走って、走った。
ルティシアが、ディクスの危険を減らすため危険を承知で囮役を買って出たように。
あたしは、ルティシアを助けたかった。いつもあたしを心配してくれる鬼秘書を、どうしても危険に晒したくなかったの。
それは、恋ではないけれど。
本当は、はじめから、ずっと。




