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POSTAL HEART  作者: KKN
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5-4 創村祭に感謝を捧げ ~作戦そのいち~

 あたしたちのたてた作戦その一は、『目立つミルッヒで目を引こう作戦』。ミルッヒに乗ったディアンが、あらぬ方向へ一人で飛ぶのだ。

 たった、それだけ。だけどこれは、一番期待度の高いスタートダッシュとして作戦その一となった。

 ミルッヒとあらぬ方向っていうのが、この作戦のポイント。飛竜っていうのは、郵便局の特権。空を飛んでいる何かがいたら、それは郵便局員であり、それ以外はありえないのだ。

 元々、飛竜というのは数が少ない。それを商用として使役することを許されているのは、郵便局だけだからね。そんな飛竜がこんな片田舎を飛んでいたら、それだけでものすごく目立つ。

 それが、今日のこのときに、あらぬ方向に飛んでいくのだ。それって、すごく意味深。きっとベイシス・バイブルを狙う奴も気にするだろうっていうことで、とりあえずディアンはわざと目立つように村はずれへ向かって飛んで時間をかせぐことになっているのだ。


 走り続けてすっかり息があがってしまったあたし、目的地を前に立ち止まってしまい息を整える。

 はぁ、はぁ、ふぅ。

 デスクワークでなまった身体は、そう簡単におさまってくれない。

「うわぁ、やっぱそう見えるぅ?」

 そんなあたしの耳に、随分と浮かれた調子のディアンの声が飛び込んできた。一体、どうしたんだろう。あたしはまだ弾んでいる息をむりやり整え、声のする方――いかにもって感じの路地裏へダッシュした。

「あ、ちぃ、聞いてよ~」

 そこへ飛び込んだあたしに、袋小路に追い込まれた彼はダミー小包を持った手を振って嬉しそうに言い放つ。

 彼の前に立っているさっきまで画材屋さんの影にいた刃物男は、戸惑ったようにあたしとディアンを窺っているだけ。薄茶の瞳に、どこかうんざりしたような光がともっている。

「コイツね、俺が『局長に最も信頼されている者』だから狙ったんだって~! わかってるよね~」

 ……こいつは、なにを、バカなことで喜んでいるんだ。

 あたし、ため息つきたいのをこらえて肩を竦める。ツッコミを入れたいのは山々だけれど、それはさておきここにこの男がいるのだから、一応作戦は成功ってことだ。

「ちぃ、俺のこと一番信頼してる?」

「はいはい、してますしてます」

 男を挟む位置関係でディアンに向かい合い、適当に受け答えするあたし。

 あたしたちの緊張感がまったく見られない会話に痺れを切らしたのだろう、最初にキレたのは、男。

「とにかく、その小包をよこせ!」

 苛立った声で、男はディアンに飛びかかる。

 次にキレたのは、あたし。だってこいつ、ディアンに殴りかかろうとしたのだ。

 あたしは思いきり、そいつの頭に拾った小石をぶつけてやった。

「あたしの部下になにすんのよっ!」

 男は頭を抑えてしゃがみこんでいる。小さいとはいえ、石は石だ。そりゃ、痛いだろう。ざまあみろ。だけどどう考えたって切られたあたしの方が痛かったんだからな。

 男のかたまりを横切ってディアンに駆け寄ったあたしは、ミルッヒにしがみついてフンと鼻を鳴らして言ってやった。

「なぁにだらしない。そんなんで痛がってるようじゃ、切りつけられたら失神でもしちゃうんじゃない、あんた。いやーん、みっともなーい」

 ムッとしたように顔を上げた男の額に、またもや小石をぶつけてやる。我ながらコントロールは良いのだけれど、残念なことに今度は避けられてかすっただけだったせいかたいしてダメージは大きくないみたい。

 あたしのことあれだけ怪我させといて、これですむんだから感謝しろっつーんだ。そこにあるこぶし大の石を投げなかったあたしの優しさに惚れるがいい。景気よくふってやるから。

「ま、待つんだ!」

 あたしとディアンを乗せたミルッヒが高く飛び立つ前に、男がはじかれたように動く。奴は、ミルッヒにしがみついたあたしを掴んで引きずりおろそうとした。

 もう、なにするんだ! 苛ついたあたしが膝を上げたのと、最後にキレたディアンが厳しい顔で振り返ったのはほぼ同時。

「うがっ」

 あたしに股間を蹴り上げられディアンの振り下ろしたダミー小包に顔を強打され、散々な目に合った男の身体から力が抜ける。その隙を見て、ディアンがミルッヒに号令をかけた。

「ミルッヒ、行け!」

 挙句の果てにミルッヒが飛び立つついでにぶんと振り回した尻尾に吹っ飛ばされ、男がやっとあたしから離れる。

「その小包欲しかったんだろ。くれてやるよ」

 鼻血を垂らしてひっくり返っている男にディアンがあっさり言い捨て、ミルッヒが空に舞い上がる。

 急激に飛び上がったせいで、一瞬身体が重くなるような感じがする。ミルッヒの上に立ち直し、あたしはほぅとため息をついた。


「ちぃ、怪我ない?」

「全然。それにしても、ちょっと仕返しにしては甘すぎたかなぁ」

 あははと笑うと、ディアンも苦笑する。

「ミルッヒで潰してやった方がよかった? ぷちって」

「ん~、でも殺人はしたくないわよね~」


 能天気な言葉を交わしつつ、ミルッヒを大きく旋回させるディアンに掴まるようにして視線を下界に移す。

 創村祭で、村の人たちは広場だの露店だの同じような場所に集まっているのがよくわかる。そのせいで目立つのは、人気のない路地を走る幾つかの人影。

 彼らに迫る人間は、今のところいないみたいね。

 よしよし、頑張れあたしのポストマン。


 とりあえず、作戦その一は成功ってとこかしらね。

 男を村の隅っこに連れてきてフィルさんの家からなるべく引き離し、時間を稼ぐことができた。

 そう、時間稼ぎ、だけ。あたしたちは別に男を捕まえたいわけじゃない。ただ、配達を成し遂げたいだけだから。捕まえたり懲らしめたりするのは、本来あたしたちの仕事じゃない。

 あたしたちが配達しなければいけないのは、なにもベイシス・バイブルだけじゃない。今日が営業日である以上、ベイシス・バイブルだけ特別扱いするわけにはいかないから。他の家への配達に支障をきたさないように、そして、ベイシス・バイブルの配達役から敵をなるべく引き離すように、局員の仕事をきちんと管理して守ること――それが、今日のあたしの役割。

 いや、それは少し違うか。

 今日も明日も。あたしの仕事だ。


 仕事への使命感に燃えるあたしと、今日一番の役割を一足早く終えたディアンにミルッヒは連れ立って、とりあえず作戦一の報告に局へと向かった。


 ミッション、成功であります!

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