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POSTAL HEART  作者: KKN
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5-1 創村祭に感謝を捧げ ~朝礼~

「うーわーあーっ!」

 あたしの声が、局内に響き渡る。

「どうしようどうしようどうしよう~!」

 シャツのボタンも留めないまま無意味な動きで事務室内を動き回るあたしにわざとらしいくらい足音高く歩み寄り、ルティシアが力いっぱいゲンコツを落とす。

「落ち着きなさい、みっともない」

 ……鬼秘書さま、痛いです。

 じんじん痛む頭のてっぺんをさすりながら、ルティシアを上目遣いに睨む。けれど、悔しいことにショックのせいか少し落ち着いたみたいだ。はぁとため息をついて、あたしはボタンを留めはじめた。

「きちんと準備をしておかなかったのは、貴女の落ち度ですわ」

「まあまあ、チェリスはここのところ忙しかったんだし……」

 ディクスが宥めるけれど、ルティシアはまだぷりぷりしている。

 なによう、そんなに怒ることないじゃない。拗ねているあたしの頭を、ナルがよしよしと撫でてくれた。うぅ、ありがとう。

 ベイシス・バイブル配達の今日、なんでまたこんなに騒然としているかというと。

 今日は、創村祭。その開催の挨拶が自分の役目だということを、あたしはこの数日すっかり忘れていたのだ。何を言うかなんて全然決めていないし、心の準備なんてまったくもって出来ていない。だって、ここんとこそれどころじゃなかったんだもの。

 もっともそんな言いわけを村中にして回る方がみっともないので、ぶっつけ本番頑張るしかないっていうのはわかっているんだけど。

 でもやっぱり慌てちゃうわけで。どうしよう!

「局長ちゃん局長ちゃん」

「んー?」

 フィーアが呼んでいるので、振り返る。その途端、胸元にぷしゅっと何かを吹きかけられた。ふわんと、どこかスパイシーな花の香り。あ、これ、フィーアの匂いだわ。

「どうせ制服着て行くつもりなんでしょう? 少しくらいオシャレなさいな」

 彼女はにっこり笑って、腕を伸ばすとあたしの襟元をただした。

「わーい、ありがとう」

 香水つけるのなんて、はじめてだ。なんだか照れくさくて、あたしは小さく笑う。

「俺らが行かないからって、ヘマすんなよー」

 ジンがにやにや笑っている。あたしは唇を尖らせ、半眼で彼を見やった。

「なによ、ジンこそ性少女なんちゃらが悪い奴に盗まれて泣いたりしないように気を付けることね」

 ゲラゲラと残りの配達隊が笑い、言い返されたジンは拗ねたようにくるりと背中を向けて。

 なんだこれ。なんか和やか。すっごく、和やか。

 これが、一応決戦の日の朝なのである。

 腹の決まったあたしたちはけっこう強いんだぞって、どこの誰とも知らないベイシス・バイブルを狙っている奴に見せつけてやりたいわね。


 フィーアとナルの内務陣はいつも通り今日もテキパキとしている。

 今日のこの日にも相変わらず気楽そうなのは、ジンたち配達トリオ。

 ジークにいたってはこれもまた相変わらず遅刻気味。

 ルティシアはというとまだ機嫌が悪そう――ごめんねいつも心配かけて。

 心配をかけるといえば、ディクスも局には関係ないのに来てくれた。今日のことも手伝ってくれるって、張り切っている。


「……ありがと」

 あたしは呟いて、きゅっとネクタイを締めた。

 なんとなく、みんなを見まわす。緊張しているのはあたしだけなのかもしれない――まあ、あたしの緊張は創村祭開催の挨拶のせいだけど。

 大きく息を吸う。

 やってやろうじゃないの。

 あたしはにやりと笑って、ぎゅっと右手を握り締めた。ここにいないベイシス・バイブルを狙う誰かさんをぶん殴るように前に突き出して、一応これでもガッツポーズのつもり。

「うっしゃぁ、やるわよっ!」

 吸った息を全部吐き出して、大声で叫ぶ。

「イエス、ボス!」

 あたしの勢いにノッたみんなが、それぞれ独自のガッツポーズで返してくれる。

 よーっし、テンション上げていくよ!

 ガタン、突然の大きな音に一気に緊張して、みんなが振り返る。通用口に、人影が――っていっても、すぐに正体に気付いたあたしたちは思わず吹きだした。

「ジークさんのせいで出遅れたーっ! 仲間はずれーっ!」

「いて、やめろバカ!」

 今日は一応特別な日ではあるので、いつも遅刻気味なジークをディアンはミルッヒで迎えに行っていたのだ。集中局から帰ってきてそのまま仮眠をしていたはずのこいつがいなかったのは、そんな理由。

 押されたせいで転んでしまったらしいジークさんの上で、ディアンが地団太踏んでいる。どうやら一緒にガッツポーズを決めたかったらしい。

「じゃあ、打ち合わせどおりに。無線の定時連絡は、必ず忘れないこと。異変があったら、すぐにフィーアに知らせるようにね」

「了解」

 局員用通用口の側には、姿見がある。身だしなみをきちんとしないと、お客さんに悪印象だからね。

 鏡に映った、自分の姿をチェックする。

 いつもは紐でくくるだけの髪も、今日はきちんとアップにして普段は引き出しで眠りこけている髪留めを留めた。もちろんきちんとシャツのボタンは留めたし、ネクタイもきっちり締めた。いつものような腕まくりだってしていない。寝不足で赤くなった白目やくっきり浮かんでしまった隈は不健康だけれど、あたしの年齢で厚化粧っていうのも印象悪そうだしあきらめよう。

 うーん、あとはもうちょっと背が高くてスタイルが良くて美人だったら最高なんだけど。

「……今だけシアの美人顔になれたらなぁ」

 呟いたあたしに、局中大笑い。そんなに笑うことないと思う。切実なオトメゴコロだ。

「ま、生まれてこの方この顔だし、諦めもついてるけどさ」

 あたしは強張った頬をむにむにとマッサージして、鏡に向かってニッと笑顔を作る。

 よし、好印象。ということにしておく。

「行ってくるね!」

「がんばってくださいねぇ」

「失敗すんなー」

 口々に言いながら手を振るみんなの中で、ジャケットを脱ぎかけていたディアンが「ミルッヒで行くんだよな」と慌ててもう一度それを着込んでいる。あたしは彼を待って、通用口の扉を閉めた。

 外は、いい天気。お祭り日和、だ!


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