表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
POSTAL HEART  作者: KKN
22/44

4-5 そして、彼女の真実

 書類の整理を再開したあたしをディアンはしばらく眺めていたようだったが、ふと時計に目をやってため息をついたようだった。いつの間にやら、局を出る時間が近付いていたらしい。

 郵袋の数を数えながら、彼はぽつりと呟く。

「ねぇ、ちぃ。俺、重要なことって知ってるよ。ずっとちぃが言ってたんじゃん。これは仕事なんだって」

「しごと……」

「うん、そう。たぶん、それがヒント」

 むき出しのままだった『性少女以下略』を残念そうに包み直し、ディアンはあたしに肩を竦めて見せた。器用な手つきでしっかりと紐をかけられた『性少女以下略』を机に放り、あたしの手渡した受簿を受け取って立ち上がる。

「さ、俺行って来るね」

「あ、うん……行ってらっしゃい」

 クイズみたいに投げかけて答えをくれないなんてどういうことだ。そんなんじゃあ、また気分が重くなる。浮かない顔になったあたしを覗きこんで、ディアンは悪戯っぽくにやっと笑ってみせる。

「とりあえずさぁ、俺としたら、ベイシス・バイブルよりマリアちゃんのがいいや」

 ……世界の神秘より、エロ本ですか。がっくりと肩を落としたあたしは、しかしなんだかおかしくって笑い出してしまった。

「何ソレ? あんたの基盤は、そっちネタだってこと?」

 なんて低俗。

 ああ、だけど、これが普通の反応。この村のほとんどの人間は、世界の真実なんて関係なく平和な毎日を生きているんだ。

 あたしだってそうだわ。ベイシス・バイブル九分冊なんてものよりエロ本が良いかと言われるとそれもなんか違うのだけれど。

「あーあ、あたしも一つ作ろっかな」

 笑いすぎて痙攣しているお腹をさすりながら書棚にある郵便約款を取り出し、あまり慣れない手つきだけれど包み紙で丁寧に梱包する。麻紐を十字にかけて、あたしは思わず満足げに頷いてしまった。不恰好かもしれないけど、どこをどう見たって本の小包だわ。完璧。

「けっこう、簡単ね」

 確かに、エロ本やら絵日記やらにはネタとして到底及ばないけれど――カップを机の上に置いて、あたしは郵便約款の包みを軽く撫でた。

 アリエラさんを思い出す。世界がどうのなんて関係ないって――重要かどうかは、あたし自身で決めていいんじゃないかって、そう言ってくれた。

 郵便約款の包みに視線を落とす。

「そっか。これが、あたし、これが重要なのかも。これがあたしの基盤の書、ね」

 自慢げに言ったあたしを複雑な表情で見て、ディアンは唇を歪ませる。

「立ち直るのはいいけどさぁ、仕事に生きるのもどうかと思うよ、俺」

「エロよりマシだわ」

 あたしたちはくだらない冗談に声を立てて笑い合う。

 重要なものを見誤らなければ、なんとかなるのだとしたら――きっと、大丈夫。ディアンも言ったじゃない、あたしたちの仕事ってなんだっけって。

 あたしたちの仕事は、郵便を届けること。

「……違うよ。そうじゃない」

 ディアンは笑って、あたしの頭を撫でた。

「郵便を届けるのは、ジンさんとかユウキさんとかケインさんの仕事だよ。俺は運ぶのが仕事。だから、仕事、行ってくるね」

 手早く荷物をミルッヒに括り付け、彼は空へと舞い上がる。

 下手くそだなぁ。あたしだったらもっとスムーズにできるのに。だけど、あたしはそれをしない。あたしの仕事じゃないから。

 ナルは、受け付けるのが仕事。

 それを区分するのが、フィーアの仕事。

 ディアンは、それを運ぶ。

 そしてジンたちは、配達をするのが仕事。

「あたしの、仕事……」

 重要なこと。あたしの基盤。あたしはただ、仕事をするだけ。

 あたしの仕事は、何?

 月明かりに照らされて白く光るミルッヒがだんだん遠くなり、やがて星の中に紛れていく。あたしはそれをいつまでも見つめていた。

 それが、見誤ってはいけない何かであるかのように、ずっと、見つめていた。


 ――ありがと、ディアン。

 どうやら、見つかったみたい。


* * *


 夜が明け、帰局したディアンは少し怪我をしていた。なんでも、ミルッヒに向かってきた飛び道具でやられたらしい。少し慌てたもんでディアンは掠ってしまったけど、ミルッヒに怪我はないって。

 心配するあたしとは反対に当の本人はけろっとしていてなんとなく腹が立ったけれど、「ちぃが怪我したときもそうだったじゃん」なんてしゃあしゃあと言われたら反論もできない。

 今日は配達の方も手伝ってもらうことになっているディアンには仮眠を取ってもらうことにして、あたしは区分しながら見張りも兼ねて彼の枕元にぼんやりと座って時間を潰すことにした。

 窓の外には既に太陽が昇りはじめていて、創村祭の準備のせいか前夜祭の名残か、こんな時間にも騒がしい。光はじめた空を眺め、あたしは一つ欠伸をする。膝の上には、件の小包。

 そうね、確かにこれは大事なものだわ。

 この小包は、大事なもの。多分、狙われちゃうくらいな大事なもの。けれど、これがベイシス・バイブルだから大事なんじゃない。世界一っていうのは、他の手紙や、葉書や、小包にも適用される。郵便局員にとって、郵便物っていうのはそういうもんなんだ。

 じゃあ、郵便局長にとっては? 建前は大事。でも、本当は違う。大事だけど、一番ではないんだ。一番でなければならないものは、他にある。

 みんな、まだ寝てるかしら。そろそろ起きないと、遅刻しちゃうわよ。

 部下に思いを馳せたあたしは、とりあえず代表ということで一番手近にいる目の前で口開けて爆睡中な部下の額をそっと撫でた。本当は昨晩彼があたしにそうしたようにコツンと頭突きしてやりたい気分だったけれど、すんでのところで我慢する。起こしちゃ悪いもの。


 今日も、頑張ろうね。

 あんたは、あんたたちは、あたしが守らなければいけない大事なもの。


 郵便局長の仕事。

 管理者の仕事。

 あたしの、すべきこと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ