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POSTAL HEART  作者: KKN
21/44

4-4 思いは迷い、たどり着き、そして

 あたしの扱う書類っていうのは何種類かある。収支報告用とか上からの通達なんていう取り扱いの面倒なものから、取引先関係の書類や定期的な状況調査、果ては人物評価関係まで。

 みんなが帰ったあとの静かな局内で、あたしは一人それらを種類別に整理していた。それが済めば、晴れて今日のあたしの仕事はおしまい。

 もっとも、終わったからって前夜祭に繰り出す元気はないわね。みんなってば本当に元気で、ダミー小包を作り終わったと思ったら全員で前夜祭に繰り出していった。

 ルティシアやディクスは残ると言ってくれたけれど、二人にも前夜祭を楽しんで欲しかったあたしはそれを断った。側にいてくれた方が心強いのは確かなんだけど、悪いもの。

「これだけあると圧巻だなー」

 既に仕事着に着替えたディアンが、例の天才的に不味いお茶を淹れてくれたらしくカップを二つ持ってくる。カップと一緒に受渡簿も手渡され、お茶はいらないんだけどなぁとか思いつつカップを手にしたままサラサラとサインする。

「大きさも厚さもまちまちだけどね」

 受け取ったカップを口元に傾け――ざらりとした舌触りやエグ味のある喉ごしに苦笑すると、あたしは応接用のテーブルに積み上げられたそれらを眺めた。

 典型的な大きさ・厚さでいかにもといった感じのものから、やたら薄っぺらいもの(きっとユウキの日記帳)、少し他より小さいもの(ルティシアがなにやら必死に作っていたみたい)、隅っこに『ジン』と名前が書いてあるもの(……性少女マリアだな、たぶん)まで様々。ベイシス・バイブルの写本がどんな大きさなのかは知らないけれど、これだけあれば一つくらい被るでしょ。

「誰かいた方がよくない? ジンさん、呼んでこようか?」

 ディアンが心配そうにあたしを覗き込む。

 ディアンの心配ももっともなこと。ディアンが集中局に出てしまえば、この局にいるのはあたし一人だけになってしまう。襲ってくださいって言うようなもんだ。

「大丈夫よ。今日は前夜祭で騒がしいし。本当に明日配達なら今夜運ばれてくるって、想像つくだろうし」

 今日は前夜祭だし、徹夜するなんていう人も多いはず。広場から近くはないけれど、隅っことはいえ商店街であるここはそれなりに人通りがある。戸締りに気をつけて局から出ないでいれば、きっと大丈夫。

「そ? 気をつけろよ」

 ソファに沈み込んで、ディアンはダミー小包を手に取りながら言う。ちらりと時計を見たから時間があるかどうか確認はしたんだと思うけれど、何かと思えば彼は突然ガサガサと『性少女マリア以下略』の包みを開いて真剣に読みはじめた。

 何してんだか、まったく。

 ぼんやりとその様子を眺めていたあたしは、無意識のうちに口を開いていた。

「火傷したんだよね」

 痛いんだよ、そう言いながらディアンに見せ付けるように手を差し出す。彼は『性少女マリア以下略』から顔を上げ、あたしの差し出した手をきょとんと見る。アリエラさんが手当てをしてくれたままなので、布が巻かれている。

「ちぃ満身創痍じゃん。気を付けろよなー。なんでまたヤケドなんか」

「ぼーっとしてたの。料理当番で」

 あたしはことの顛末を、思い出しながら話した。料理当番のこと、フィルさんのこと、アリエラさんのこと。あたしの手を包み込んで、ディアンは黙ってそれを聞いていた。あたしはといえば胸に残っていたしこりをなんとか言葉にしようと貧困なボキャブラリーを総動員するために考え考え言葉を紡いだ。

 ……つもりなのに、出てきたのは、いつもの言葉。

「――あたしね、思うんだけど。フィルさん、おかしくない?」

 いつもすぎて、たぶん、ディアンにこの焦りは伝わらない。だからあたしは、必死に彼を見上げた。

「おかしいって?」

 ディアンの言葉に、眉根を寄せる。上手く言えないから、こんなに困ってるのに。

「わかんない。けどおかしい。だって、極秘に扱っているって言ったら変な顔すんだよあの人。襲われたことを自警団に知らせてないって言ったら不満そうだし」

 うわ、言葉にしたら、どんどん不安になってきた。無意識のうちに早口になりながら、あたしはなおも続ける。

「普通逆でしょ? 大切なものを――わざわざ頼みに来るようなものを、極秘に取り扱って嫌な気分する? 自警団に知らせでもしたらおおごとになっちゃうなんて簡単に予想つくのに、なにが不満なの? よくわかんないけど、絶対おかしい」

「ほら、でも俺ら、配達するだけだから。守るにはやっぱ自警団とか思ってるんじゃないか? てか、それが普通の考え方だし。兄貴とかそうじゃん」

 一応ディアンがフォローを入れるけれど――あたしはがっくりと俯いて、小さく呟いた。今朝フィルさんに会ってからずっとずっと思っていた、けれど言葉にしたら泣いてしまいそうでなるべく考えないようにしていたこと。

「もしかして……詳しくは全然わからないけど。あたし、いいように利用されてるんじゃないのかな」

 一体何にとかどういうふうにとか、全然思い浮かばないからただの被害妄想なのかもしれないけれど。じわりと涙が浮かびそうになって、あたしは唇を噛んでそれを堪えた。

 ディアンが、気遣わしげにあたしを見ている。責められれば、ちょっとは気が楽なんだけどなぁ。だって、何も知らなくても送られてきていたんだろうけれど、それでもベイシス・バイブルが配達されるという話をフィルさんから請けたのはあたしだから。勝手な判断で面倒な仕事を請けるなとか厄介ごとに巻きこむなとか、本当のことなんだから言ってくれればいいのにさ。

「んーと、さ、ちぃ」

 恐る恐るというふうに、ディアンはそっとあたしの前髪を撫でた。

「いろいろあったから不安なのもわかるけど、あんまり思いつめない方がいいと思うよ」

 そしてその流れであたしの前髪をかきあげ、まるで熱を測るみたいにこつんと額をくっつける。こうすることで考えていることが伝えられれば楽なんだけどなぁと、あたしはぼんやりと思った。そうすればうまく言葉にできなくても伝わるのになぁ。馬鹿なことを考えながらも、ディアンの顔がすぐ側にあるのが不思議であたしはまじまじと彼の顔を見つめた。伏せた目を縁取る睫毛が、何故かかすかに震えている。

「見つからないんだよね」

 小さく呟く。あたしの息がかかってくすぐったかったのだろう、ディアンは小さく身じろぎして額を離した。

 心がざわついて、どうも落ち着かない。引き出しから煙草を出して、指でもてあそぶ。火を点けなくてもかすかに漂う嗅ぎ慣れたこの匂いがいくらか心を落ち着かせてくれるけれど――

「見つからないって、何が」

 言葉にできなくて、うなだれたあたしは力なく首を横に振る。

 ベイシス・バイブルがこんなにみんなに迷惑かけてまで守らなければならないほど重要なのかがわからない。とは言っても、じゃあ何が本当に重要なのかっていうのもわからない。

 アリエラさん、ごめんなさい。見誤るも何も、あたしは最初からわかっていないんだ。

 見つからないんだ。あたしにとって本当に重要なこと。それを信じて突き進めば大抵どうにかなるっていう、大雑把だけど確固たるもの。

「ここまできて、本当はどうしたらいいかわかんないの。自警団に連絡して、全部任しちゃう方が楽な気がする。みんなだって、そうすれば危険な目に合わない。それでもなんであたしは配達をしようとしているのか、自分でわかんない」

 ――祖父なら、どうしたんだろう。こんなとき。一瞬頭をよぎったけれど、あたしは考えないことにした。どちらにしろ、問題の起きている今、祖父はいないのだから。スピリーツェの村の、この郵便局を背負っているのは他でもないあたしなんだもの。

「ごめん――悪いね、愚痴っちゃって。頼りない」

 ほとんど、泣き笑い。あたしはため息をついて見せる。しばらく真剣な表情で俯いていたディアンは、小さく笑ってあたしの手を握った。あったかくて、でも何故か少し湿っていて。あたしは鼻を啜って、きょとんと彼を見返す。

「え~と、ちぃは頼りないし威厳もないし仕事もできないけどさ」

 ……期待していたわけじゃないから別にいいのだけれど、フォローしようとか思わないか、フツー。思わず唇を尖らせて文句の一つも言ってやろうかと思ったあたし、しかし彼の次の言葉に絶句してしまう。驚いたことに、嬉しくても人間は絶句してしまうものなんだ。

「頑張ってる上司って、嫌いになる部下はいないよ、たぶん」

 こくこくと一人で頷き、ディアンは少しだけ口ごもる。

「その、俺は好きだよ」

 なんて言葉を返せばいいのか、わからない。あたしは黙ってこくこくと頷いた。しばらく二人して、こくこくと頷き合う。それってたぶん、すっごく不気味な光景なんだけどさ。

 けど、本人としては嬉しかったの。あたし、頑張っているつもり。けれど仕事はできないし威厳もないし、大事なこともわからない。みんな呆れているんだと思ってた。ディアンは――いや、もしかしたらみんなも、見てくれていたのね。ありがとう。

「だから、頼りなくても気にしないよ、うん」

 お兄さん、それ、全然フォローになってません。思わず笑いながら、あたしはディアンに抱きついた。この状況でこれっていうのは誤解を招くとか考えないわけじゃなかったけれど、あたしはこれ以上に感謝を表す態度を知らなかったの。あわわとディアンが声をあげているのが、なんとなく面白い。

「ありがと。ぶっちゃけ不安なんだけど、でもいいや」

 ディアンには失礼だけど、煙草の匂いもしない彼の胸は、けれど祖父を彷彿とさせた。どうしてだろう、とても安心する。ディアンの心臓がばくばく言って落ち着かないのは胸に横顔を押し付けているせいでよく聞こえるのだけど。

「もうちょっとだし、嫌われたくもないし、がんばることにするわ。ディアンももうちょっとだけ、付き合ってね」

「うん」

 ディアンの頷きを見ながら身体を離すと、彼はホッとしたようにため息をついた。何気に失礼だなこいつ。

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