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POSTAL HEART  作者: KKN
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1-1 クレイン嬢、地域密着型

せっかくなので、毎度の後書きでキャラ紹介をしていこうと思います。

別に読まなくてもちっとも大丈夫な感じです。

それでは、よろしければ最終章までお付き合いくださいませ。

 あたしは、『局長ちゃん』と呼ばれている。それが親しみなのか蔑みなのかはわからないけど、わからなくていいやっていうのが本音。

 白いシャツに黒いベスト、赤のネクタイを締めてボトムスは黒でさえあればデザイン自由というのは、郵便局の規定スタイル。あたしの場合は膝丈のパンツとゴツゴツのショートブーツだけど、部下の中にはパニエを仕込んだロングスカートを履いている人もいる。ついでに言うなら、他の局で、ツヤッツヤに加工した革のホットパンツ履いた中年男性がいるのも知っている。なんてフリーダム。


 閑話休題。


 いつもは規定の服装で腕まくりをしてネクタイも緩めて挙句の果てに襟元のボタンも外しているのだけど、いくらなんでも祭の打ち合わせでその格好はないかなあということで今日はきっちり服装を決めている。

 にもかかわらず、ちょっと浮いてる、かなぁ?

 とはいっても、それが服装の問題じゃないのは自覚済み。自警団長や学校長、商店街の会長などなど地域のリーダーさんが集まる創村祭打ち合わせメンバーの中、学生有志を除けばあたしは最年少で紅一点。異質っていえば異質なのは仕方がない。残念ながらあたしは十七歳女子で、時間ってのはみんなに平等なもんだからひとりで特別に年を取れたりしないし、股間に無いものを根性で生やすこともできないのだ。

 自分で考えて、ちょっと途方に暮れた。十七歳。一年経ってしまった。

 チェリス・クレイン。若年という言葉が服を着て駆け出しというアクセサリーをつけたらこうなるかもって感じの、新米郵便局長。だった。だけど、新米って甘えるのはもうだめかもしれないね。一年ってたいして長くはないけど、それでも甘えを躊躇させるだけの長さは充分にある。確かに今だって管理者としては異例の若さらいし、甘えたいのは山々なんだけど。

ありがちな話だ。まだガキんちょだった頃両親の喧嘩別れのせいでスピリーツェの郵便局長だった祖父に引き取られ、特に不自由も無く暮まではよかった。しかし、一年ほど前にその祖父が急逝してしまったのだ。そこからが、あたしの人生急展開。

 別に世襲制でなけりゃならない理由もないんだからベテランの局員が跡を継げばいいってあたしは言った。だけど、ほぼ唯一の身内を失って途方に暮れていたあたしが我に返ったのは葬儀からだいぶ後のことで。件のセリフを言う頃にはもう既に職員たちの手によって次期局長選定の書類が各地の郵便局を統括する中央局に提出されていたのだ。

 結局、とりあえずまぁ断る理由も特にないしとあたしは郵便局長に就任した。実はその頃あたしは研修まっただ中とはいえ既に郵便局の局員ではあったので、世襲とはいえ無関係職種からのケースに比べたらだいぶすんなり受理されたみたい。急展開なのに、気持ちが悪いくらいスムーズだった。気持ちがまったくついて行かないスピード感。

 もっとも今思えば、世襲ってんなら祖父の実子である父が継ぐべきだし、父が一応存命してるんだからあたしが無理に跡を継がなけりゃならない理由だって断る理由と同じくらいにないんだけど、あたしはもうそのことを考えないようにしている。あたしの住処は郵便局の二階なので管理者と関係が無くなるなら出て行かなければならないし、そんな理由よりなにより、実際に局長になってしまったのだから今更戻れない。

 それに、拒否しようと思えば手段もあったというのに最終的に了承したのは他でもないあたし自身なわけだし。

「しかし晴れそうでよかったですね」

「ん……あぁ、そうね」

 ぼんやりとしていたあたし、突然話しかけられて我に返ると、慌てて相槌を打つ。まずいまずい、あたしは郵便局の代表で来てんだから、しゃんとしなきゃ。郵便局ってば世代交代したら地域に興味なさ過ぎ、だなんて噂がたてられたら、死活問題だ。

 隙あらばぼんやりしたいというのが本音なんだけどね。

 慢性的な人手不足に悩まされ自分の経験不足に追い討ちをかけられ、毎日のように寝不足で若いお肌もボロボロだ。他者と関わりお金を動かす活動をしている以上、楽な仕事なんてこの夜に存在しないわけで。人手不足だ寝不足だなんていう理由での怠慢が村で通用するわけないのはわかってるけどさ。

 でも、眠いんだよ! 仕方ないじゃん! 寝不足なんだもん!

 童顔なつもりは更々ないんだけど我ながらどうもまだふっくらと幼さの残っている残念な頬に手を当てるふりをしてこっそりと抓り、あたしはごまかすように明るく微笑んだ。

「舞台の設営もそろそろ大詰めですね」

「そうですな、いやぁ、今年も楽しみですぞ」

 打ち合わせと称して創村祭設営の視察に来ているあたしたち、さっきからずっと感心して設営の様子を眺めている。この間までは何もなかった広場に、こんな大きな舞台が立ってるのってなんだか不思議な気分。あたしは思わず、汗をかきかき働いている設営部隊を尊敬の眼差しで眺めた。

 舞台の設営は、男の仕事。青年団を中心とした村中の男たちが順番で何日もかけて設営するのだ。

 男女で仕事をわけるだとかそういうのを男女差別だとか何とか都会の町では言うのかもしれないけど、スピリーツェの村ではいちいちそんなつまらないことを訴える人はいない。伝統的にそうなっているんだし、訴える側にあると思われる女衆だって力仕事なんかよりも料理や飾り付けの方が性に合っているんだから気にとめたこともない。力仕事なんて、疲れるから嫌だっていうのがあたしの本音だけど、他の子たちはどうなんだろ。汗をかきかき筋肉を盛り上げる男衆の姿を眺めるのが好きだってどっかで聞いたことあるな。まあ、正直な話、筋肉には興味無いけれど。

 あたしは物心ついてからこの村に来たから、料理なんて全然したことがなかったのもあってはじめはなんとなく違和感があったというのが本音なのは内緒。今はすんなりとそれを受け止めているし、おかげで料理も割と得意になった。この古くさい役割分担のおかげである。

「例年通り準備も順調で喜ばしいですな。舞台の打ち合わせは明後日ほどですかね」

 実行委員長である村長が、人の良さそうな目元を満足げにほころばせて言った。

 日程の取り決めや警備の打ち合わせ、露店の配置なんかは他のみんなが創村祭のことなんて全然考えていないくらいに前から少しずつ少しずつ準備をしてきた。それは徐々に形を固めていって、あとは最終確認で舞台でのリハーサルを残すのみといったところ。ここを乗り越えれば本番だ。もう戻れない。

 あたしたち――つまり、今回の創村祭を取り仕切る、主要組織の管理者と有志たちで結成された実行委員は言葉に頷きあった。

「……なんか緊張するなぁ」

 舞台を見ていたらなんだか緊張してきて、あたしは胸に手を当てて押し出すように息をついた。

 今年、始まりの挨拶は、なんの因果かこのあたしなのだ。これは秘密なんだけど、まだ何を言うか大まかなことすら決めてない。人前で話すことよりも、本番になっても挨拶の内容がなんとかならなかったらどうしようとそちらの緊張の方が大きいだなんて、口が裂けても言えない。

「あはは、局長ちゃんの度胸なら一日中オンステージだってできるさ」

「そりゃあいい、ははは……」

 お気楽に皆様が笑い合う。あぁあ、笑いごとじゃないのに。なんだか冷や汗がわき出してくるような気がして引きつった笑みを浮かべつつあたしは、「歌の練習しておきますね」と冗談めかして言っておいた。舞台に立ち続けるだなんて歌手と手品師くらいしか思い浮かばなかったので。

 そんなこんなで穏やかな空気のまま、打ち合わせは意外とあっさり終了になった。誰も彼もが、祭のために与えられた仕事で忙しい。それだけじゃない、みんな、職場に帰れば通常業務の山が手ぐすね引いて待っている、そういう立場の面々なのだ。

 勿論仕事を山ほど抱えているあたしだってそれは他人事じゃないので、他の皆と同じように仕事に戻ろうと歩き始めた。ずぅっとサボっていたいのは山々だけど、それじゃあ結局仕事をためこんで自分の首絞めるだけだもの。


 商店街の隅っこにある郵便局に帰るには、舞台が設置される広場を横切るのが近道だ。

 空は真っ青、白い雲がちらほら。快晴とまではいかないけれど、これっくらいの天気って一番過ごしやすい。たまに薄い雲が太陽を隠して一瞬だけ曇ってみたり……ああ、なんて田舎は美しい。研修時代を思い出して苦笑い。研修は首都にあるでっかい研修所で行われていたんだけど、近くに工場街があってなんだか視界がいつも霞んでいた。あの場所に比べて同期の仲間たちもみんなで騒いだお店もなにもない寂しい田舎だけれど、やっぱりこののどかすぎるスピリーツェが好きだなぁあたし。

 あたりの様子を眺めながらのんびり歩いていたあたし、そこでふと視界の隅に映った設営当番の中に見知った顔を見つけて手を振る。作業のせいで汚れてしまっている白いシャツ、ペンキがべっとりついている作業用のズボン。見慣れない姿をしているものの、あたしの知り合い。あたしは自分の居場所をアピールするために飛び跳ねながら呼びかけた。

「じーんー!」

 局員の一人、配達員のジン。大騒ぎしているあたしに気付いて設営の輪の中から歩み寄ってくる。肉体労働のせいで流れる汗で、ご自慢のサラサラな髪も額にくっついちゃってるのが目を引いた。

「お疲れさん。大変ね」

 髪を額から剥がしてジンの首に掛かるタオルで汗を拭ってやっていると、設営の輪の中から冷やかしの声があがる。

 う~ん、そういうもんなのかなぁ。

 気恥ずかしいとかくすぐったいとか以前に不思議でたまらなくて、あたしはいつもより多めに瞬きをした。部下が休みの日に汗水垂らして働いているのを労ってやりたかっただけなんだけど、それってなんか冷やかされることなんだろうか。

 まあね、まだ二十歳そこそこのジンとちょっと年下のあたしじゃあ邪推されても仕方がないのかもしれないけどね。だって、制服をかっちり着込んだあたしと作業着姿で汗だくのジン、自分で言うのもアレだけどミスマッチのように思えてけっこう絵になりそうだもの。

 もっとも、実際はただの上司と部下で色っぽい匂いも何もない。あたしたち、思わず顔を見合わせた。

「いろんな意味でね」

 あたしたちをひやかす連中をちらりと見ていったジンの言葉に、あたしは思わず吹き出す。いろんなってたとえばなんだいろんなって。

「局長ちゃんは打ち合わせ?」

「うん、そう。終わったとこ」

 近くの木箱に寄りかかり、あたしは続けた。

「帰ったらきっと山のような文書がシアとタッグを組んであたしを待ってるのよ……どうしよう……今夜は帰りたくないの……まだ昼だけど」

 局で待つ秘書と大量の文書を思い浮かべて、がっくりと肩を落とす。

 あたしは文書の類が大嫌いだ――読むのも書くのも。別にあたしじゃなくとも片付けられそうな書類なんて秘書がやっても問題はないだろうと思うんだけど、あたしの秘書はそう甘くはない。あんまり頭の良くないあたしをつついてつついて、全部をあたしにやらせる。

 まあ、それが普通なのだろうけれど。それでもなーんとなく他意を感じとってしまうのは仕方が無いことで。

 あたしの秘書――ルティシアは恋に生きるためスピリーツェにやって来た都会出身のお嬢様。恋のお相手はあたしの幼なじみ――つまり比較的あたしと近しい人間なもんで、どうやらあたしは出会ったときから彼女に一方的に嫌われているみたいだ。もっともつっかかってこられることで目に付くようになったそのキッパリした性格とテキパキした仕事能力がどうしても補佐にほしくて、秘書なんてするつもりもないルティシアをあたしはほとんど無理やり秘書にしてしまったのはあたし自身だ。それで嫌われても文句は言えないけれど反省も後悔もしていない。

 そんなわけで自業自得だけどルティシアがあたしに『優しい秘書』でいてくれるはずもなく、怠けては怒鳴られサボっては小突かれる毎日。だけどあたしにとってルティシアは有能な秘書で、思い込みかもしれないから大きな声じゃ言えないけど数少ない対等な友人だから、怒鳴られるのが心底嫌というわけではないかな。スピリーツェに来てから親に捨てられたあたしはいじめられっ子だったから、友人てすごく貴重なのだ。もっとも、その友人に彼女の思い人も含めるからめんどくさいんだけど。

 なんていう見当違いな方向に暗い気持ちになっているあたしに気付きもせず、ジンは落とされたあたしの肩をぽんぽんと叩いた。

「健闘を祈る」

 彼は苦笑いを浮かべると設営の仕事が残っているからと回れ右して数歩踏み出した。しかしふと思い出したように振り返って戻ってくる。なんだろ?

「どしたん?」

 あたしの問いに、ジンは今までの彼からは想像もできないくらいに真面目な顔になった。そのまま顔が近付いてきて、ある一点でぴたりと止まる。

 ある一点――つまり耳元で、ジンは囁いた。

「差し入れ、持ってきて」

 あたしは目をすがめる。真面目な顔をしているから、てっきりなんかのっぴきならない問題でも抱えてるかと思ったのに。

「昼過ぎにはディアンも来るし、ジークさんも仕事終わったら今日来るってからさ。可愛い部下にと思って、頼むよ」

 なるほど、そゆことね。あたし、呆れたような苦笑を浮かべる。

 設営の男たちに近しい者たちが差し入れを持っていくのも伝統の一種で、恋人同士や夫婦の類から兄弟、親子などなど色気のないものまで関係は様々だけど、とにもかくにも男たちにとって差し入れはいわばステイタス。若い男たちは差し入れをしてくれる人数を自慢しあうし、もっと年上の男たちは妻の得意料理を自慢しあい、もっと年が行くと可愛い娘の手料理を自慢したりとパターンは様々。かくいうあたしも祖父が健在の頃は豪華手作り弁当やら一抱えもあるような特大ババロアを作っては差し入れをしてたっけ。祖母が亡くなってからはあたしだけが頼りだなって笑ってた。

「心配しなくたって大丈夫よ、ジンなら誰かから貰えるって」

 と、フォローしてみたもののあたしはちょっと心配になってきた。

 ジンはこの村の生まれだ。だけど数年前に家族が他の町に引っ越してからは、部屋を借りて一人で下宿住まいをしている。ちなみに郵便局のすぐそばだからたまにご飯とか一緒にすることもあるんだけど、女の人とハチ合わせたことはない。

 家族のいない彼にとってこの伝統はハラハラさせられるんだろうな。なにせ差し入れが何もないなんて、寂しいうえに他の男たちにしめしがつかないじゃないの。わざわざ頼んで持ってきてもらう方がよほど情けないだなんて、言っちゃかわいそうだから言わないでおいとくけどさ。

「そう言わずにさ、頼むよ局長ちゃ~ん」

「ハイハイ、期待しないで待ってなさい」

 まったく、いくつか年上なのになんだか息子の相手でもしてる気分になるのは気のせいか?

 あたしは苦笑を浮かべて今度こそ輪の中に戻っていったジンを見送ると、自分も局へと歩き出す。朝からやっていた打ち合わせが終わるほどの時間の経過なのだから当たり前かもしれないけど、いつの間にか太陽は真上よりも少し西に向かって傾きはじめていた。のろのろしていると、午後の仕事を終わらせるまでに夜中までかかってしまうかもしれない。睡眠不足はごめんだわ、肌も荒れるし。

「……?」

 幾分足を速めたあたし、立ち止まって振り返る。


 ……気のせいかな? なんとなく視線を感じたんだけど――


最初は語り手。



■ チェリス・クレイン ■

「みんなに迷惑かけて、結局これ。なんであたしってこうなんだろ」


 スピリーツェ郵便局長。

 明るく前向き、頑張り屋、そんな普通な17歳のオンナノコ。

 腕まくりでネクタイゆるめて、いつも眉間に皺を寄せてるヘビースモーカー。

 仕事ができないのがコンプレックス、だから無理をしては局員を心配させている。

 唯一のとりえは責任感が強いこと。

 人望もあるんだけれど、その辺はイマイチ自覚がない。

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