表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
POSTAL HEART  作者: KKN
12/44

3-2 ペパーミントに夜がふける

 ディクスっていうのは、不思議な人だ。

 あたしがこの村へ来たときからの付き合いだからかなり古い付き合いといっていいはずだけど、今ひとつ彼の思考は読めない。

 それでもお互いに仲良くやっているのは、ディクスの人柄がものすごくいいからだと思う。ペパーミントの香りがどこからかしてきそうな程にさわやかなくせして、のんびりとしていて穏やかで、ちょっと天然気味。けれどこうと決めたら彼の意思を曲げるなんていうのは不可能じゃないかっていうほど頑固で、そのせいであたしは今、窮地に立たされている。

「だから、どうして自警団に通報しないのか、僕は聞いているの」

 うわーん、そう言われたって。

 ディクスってば、どう考えてもあたしが狙われているわけなのに自警団に届けないのはどうしてだってどんなにごまかしても聞いてくるから困っちゃう。

 あたし、自警団には被害の届けを出さなかったのね。それが気に食わないみたいなのよ。……まぁ、本当は自警団に届けるべきなんだろうけど。だって、この件についてあの男が無差別だった場合を考えると警備の強化とか必要になるから。わかってはいるんだ。だけど、フィルさんの本のことも話さないといけなくなるし、そうなると下手をしたら創村祭の日に配達する約束を破る結末になってしまうかもしれない。創村祭の日以外なら自警団が守ってくれながらの配達もあり得るだろうし、そもそも危ないから自警団が配達すると言い出す可能性もある。だけど、どうしてもそういうパターンは避けたかったのだ。

 だって、たとえ危なくても、あたしが引き受けた仕事なんだもの。

 そう、仕事なのだ。差出人は、ちゃんと送料を支払って郵便を出している。それを届けるのはあたしたちの義務。

 あたしはディクスに笑いかけた。なるべく、なんでもないことに思ってもらえるように。

「そんな大事件じゃないもの」

「大事件なの! 覗かれて切りつけられて怪我をして、どう考えてもチェリスは狙われているじゃないか」

 もっとも、あたしの拙い演技が通じるわけもなく。

 そりゃそうだ、ディクスは昨晩の覗き事件を知っている。それが、この村の人間の仕業とは思えないということを私に教えてくれたのもディクス。考えてみれば、そこまで知っている彼が今回あたしを切りつけた奴が同一犯だろうというふうに予想立てるのは至極当然なこと。そういえば、局員で一番様子がおかしかったのは同じように事情を知っているルティシアだったもんね。割と辛辣な彼女にしては珍しいと思っていたんだ。

「そんなこと言ったってさ……」

 なんとなくディクスに煙草を吸っていることを知られたくないので、煙草は吸っていない。だからかな、さっきからどうもイライラするし口寂しい。テーブルに置いてある缶からチョコレートを一粒つまんで口に放り口寂しさを紛らわせると、あたしはどうしたもんかと天井を仰いだ。

 部外者であるディクスに事情を話すわけにはいかない。それはいわゆる守秘義務ってやつでもあるけど、友人として彼を巻き込んで危ない目に遭わせたくないからだ。でも、だからといって事情を話さないと今度はディクス自ら自警団に乗り込みかねない。そうなると、あたしは配達できなくなってしまうかもしれない。

 椅子に寄りかかって舌の上でとろける甘みを堪能し、我ながら少ない語彙の中から慎重に言葉を選ぼうとして――あたしは一つため息をつくと、いつも通りに軽い口調で話した。

「う~ん……なんていうか、ね」

 やめやめ、難しいこと言うの、やめ。何を言ったって、頭の良いディクスには論破されてしまうだろう。だったら、せめてあたしの気持ちくらいは正直に伝えないと。本当のことすべて言うつもりは毛頭ないけど、情に訴えることくらいしかあたしにはできない。

 たぶん、難しい言葉じゃなくいつものあたしの言葉を使って話すのが、正解。

「あたし今、仕事でちょっとしたことに首突っ込んでてさ」

 そりゃもう、口にはしないけどちょっとどころかかなりのおおごとにね。なにせ、ベイシス・バイブル九分冊――世界の終末を書いた本に関わっているんだから。

「でも、誰にも手伝ってもらう気はないの。そのせいで狙われてるのはほぼ間違いないなんだけどね」

「なら、よけいに……」

 言いかけたディクスの言葉を、あたしは遮った。

「自警団に届けたり、皆に相談するのは容易いけど、したくない。だって見てよ、現にあたし、こうやって切りつけられたんだよ? 割と痛かったよ

 組んだ足の上に頬杖ついて、あたしはじっとこちらを見つめるディクスにそう言った。灰色の瞳に困惑を浮かべた彼は、相槌を打つでもなくただ呆然とあたしの話を聞いている。

「強がるなって言われそうだけど、巻き込みたくないの。危険なのはあたしだけでじゅうぶん。自分のケツくらい自分で拭くわ。あたしがいなくても局は動くけど、他の皆のうち一人でも欠けたらもう局は動かないんだし」

 事実、そうだ。あたしは、書類を書くことが辛うじてできるくらいで。窓口にいたらお客さんと口論になるような気がするし、村中走り回って配達するほどの体力もない。無線の使い方はわからない、スケジュール管理もダメ、唯一飛竜には乗れるけれど毎晩飛ぶような体力は絶対にない。

 唇を噛み、俯いてしまう。何も出来ないくせに簡単に業務外に仕事を引き受けて、挙句の果てに動けなくなっている。みっともないなぁ、もう。

 でも、みっともなくたって、仕事は仕事だ。

「君が欠けたって、ダメだよ」

「ありがと、ディクス」

 そう言ってくれるのはディクスだけだよって、あたしは笑みを浮かべる。

 優しいなぁ、ディクス。ちょっと胸がいっぱいになる。ほんわかとしてきて目を伏せたあたしに、優しい彼は淡々と次の言葉を浴びせた。

「でもやっぱり、無理をするのはどうかと思う。厄介ごとからは身を引くべきだよ」

 ……言うと思った。優しくったって、こういうときは譲らない。それが彼だ。うん、知ってた。

 あたしは苦笑を浮かべて、首を横に振る。

 たとえ何があろうと、これはあたしが――スピリーツェの郵便局長さんが請け負った仕事だもの。できそこないだけれどポストマンの名にかけて、配達してみせる。くだんの郵便局長ですから?

「あたしがやってるのは、『やっかいごと』じゃなくて『しごと』なのよ。身を引くなんて、できるわけないわ」

「それが君を傷つけているのは事実なんだよ?」

「それでも……」

 頷いて続けようとしたあたし、唐突にディクスに遮られる。口元を手で塞がれ、何事か目配せされるんだけど――あのぉ、ディクスさん、口で言ってくれないとあたしわかりません。

 ディクスはしばらく窓の方を見ていたけれど、あたしに動かないように囁いてツカツカとそこに歩み寄った。カーテンがぴっちり閉まっていて、外の様子はわからない。わからないけれど、ディクスの様子から言って……もしかして、また誰か覗いてたのか? 心臓がどくんと大きく脈打つ。

「誰だ」

 どちらかというとおっとり穏やかなディクス、それでも男の子だね、こういうときは数倍たくましく見える。鋭い声で言って、素早くカーテンを開けた。

 そこにあったのは、驚きに真ん丸くなった青い瞳。そりゃそうよね、突然カーテンが開いたんだから普通は驚く。でも、驚いたのはあたしたちだって一緒。まさか、窓にぴったりと身を寄せているのが見知った顔だとは思わなかったんだもの。

「ルティシア、君、どうしてそんなところに」

 ディクスが驚いたように言いながら窓を開けた途端、彼女は踵を返して走り去ってしまった。ゆらゆら揺れる金髪が、もうあんなに小さく見える。本当にあっという間。すっごい俊足。

「ちょっ……ルティシアぁ?」

 さっきのきりりとしたディクスは幻だったのだろうかというほど間の抜けた声で、彼は呆然とルティシアの背中を見送る。あたしは彼の横顔を見ながら頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。

 どこから聞いてたかは知らないけど、核心に触れた話もしていないからそれはいい。

 ただ問題なのは、ルティシアはディクスのことが好きだっていうことだ。彼女がどうしてここに来たのかはわからないけれど、家族でもなんでもない年頃の男女が夜に二人きりっていうのは傍から見たら不自然。絶対何かしらありえない勘違いをした挙句あてつけにあたしの仕事予定を無理やりハードにするに違いない。

 それは困る。非常に困る。

 大きなため息をついたあたしを、ディクスが振り返る。仕方ない――あたしは、へらっと力なく笑って窓の外を指差した。

「ディクス、悪いけどさ、シア追いかけて今の話してくれないかな。シアにも、知られたくないの」

 一人きりなるのが怖くないわけではない。けど、それよりもあたしの仕事を掌握しているルティシアの機嫌の方が怖い。

 ――というのは、建前かもしれない。あたしは、ディクスにこれ以上とやかく言われたくないだけなのかも。ベイシス・バイブルのことを話す気はないし、自警団に届ける気もない。この気持ち、自警団に届けさせたいっていうディクスの気持ちと同じくらいそう簡単に揺らぐものじゃないから。

「今のって――巻き込みたくないから、自分一人でなんとかするっていうやつ?」

「うん、そう。シアも覗きのことは知っているから、下手したら巻き込まれかねないでしょ。今なぜかここにいたってことはたぶん思うことでもあるんだろうし。首突っ込むつもりなら手を引いて欲しいから」

 カーテンを引き、ディクスはしばらく目を伏せていたけれど。

「それって、僕に対しても言ってる? 手を引いて欲しいって」

 そう言って、彼は控えめに笑った。少し、寂しそうな笑顔。あたしはなんだかいたたまれなくなって目を伏せる。

「勿論。だって、関係ないでしょう?」

「チェリス、僕は」

 少し、責めるような声。いつの間にか目だけではなく顔ごと俯いていたあたし、顔を上げる勇気もなくて床を見つめたまま声を絞り出した。

「行って」

 大きなため息が聞こえる。床を見つめるあたしの視界に入っていたディクスの足が、スッと消えた。顔を上げ、ドアノブに手を掛けるディクスの背中を見つめる。その視線に気付いたか、彼は振り返ると白い歯も爽やかにあたしに向かって小さく笑って見せた。

「僕は君の部下じゃない。君の命令は聞かない」

 ミントは、爽やかなだけじゃない。時にはひりひりした冷たさが襲ってくる。

 やっぱりディクスはペパーミントの香りがしそうだ。辛辣な言葉を吐いてくださる。思わず憮然とした顔をしたあたしの反応が気に入ったのか、彼は小さく手を振って付け加えた。

「でもチェリスは友達だから、頼みは聞いちゃうんだな、これが」

 安堵して思わず笑い返すと、ディクスは意外にも真剣な顔であたしに念を押した。

「わかったよ、今日はもう詳しく聞かない。けど、無理をしているようなら殴ってでも吐かせるから」

 ……たぶん、ディクスが殴っても手加減されるだろうから痛くないんじゃないかな。

 ルティシアの走っていった方向に早足に消えていくディクスを見送り、あたしはドアにしっかりと鍵をかけて来客用のソファに身を沈めた。巻き煙草一式入ったポーチを取り出し、のろのろと一本作る。

「ベイシス・バイブルかぁ……」

 煙と一緒に、呟きを吐く。しかしそれ以上は続かなくて、あたしは深く息を吸い込んだ。香りがつけられたフィルターのせいだろう、ディクスを彷彿とさせるペパーミントのひりひりした爽やかさが胸を満たす。

 いつもは吐き出してしばらくすれば消えてしまうのに、今夜はなんだか胸の中がひんやりとし続けている。長い間、ディクスと話していたからかもしれない。あんなに優しい人なのになんだかとてもひりひりした気持ちが残るのは、たぶん走り去っていったルティシアと追いかけたディクスが心配だからだろう。

「まいったなー……」

 たかが本一冊でどうしてこんなにもゴタゴタしちゃったんだろう。

 まったりと考えながら、あたしは煙突のようにペパーミントな煙を吐き続けた。


扱いはほとんどモブだけど、配達トリオなんだから絶対必要君。

配達コンビじゃ過重労働すぎるから(笑)。

さて、キャラ紹介が終わってしまった。

次回からは後書きなしです。

読みやすくなるでしょうが、私はさみしい。


■ ユウキ ■

「それがどういうシロモノかってのは比較的興味ないしなぁ」


 配達トリオその3。ほとんど出番がない27歳。

 書くことがないほどにモブ。

 他のキャラは見た目とかだいたいぼんやり決めてあるけど、ユウキは思い出せない。それほどにモブ。

 もう、モブを持ちネタにしたらいいと思うよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ