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POSTAL HEART  作者: KKN
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序章


 スピリーツェの村は、今日もいい天気だ。

 風が吹くとキィキィ鳴る風見鶏は、今は静かに佇んでいる。


 村の中心部ではなく、しかし商店街のど真ん中という人通りの多い場所に少し古びた建物があった。

 ところどころ錆の浮かぶ白塗りの鉄柵に囲まれたそこは、白い壁とチョコレート色のドアをしていた。一見すると普通の民家である。しかしドアには木製の古びたプレートが掛かっていて、それを読むことでここがただの民家ではないことが誰にでも理解できるだろう。


『郵便局』


 一人の男が、そのプレートを見つめて静かに立っていた。

 髪はボサボサで目の下には隈、無精髭を生やし、襟元と袖口の汚れたよれよれのシャツを着て――つまるところ、男は『小汚い』という言葉がこの上なく似合う存在である。そのうえ切羽詰ったような顔つきは、何に緊張しているのか下瞼のあたりが痙攣していて胡散臭いことこの上ない。

 しかしながら、余所者は年に一度村の繁忙期にしか訪れないような田舎町であるので、あまり見ない顔であろうとれっきとした村人である。少なくとも村人たちはそう思っている。だから排除すべき対象ではないので、誰も彼を咎めることはない。もっとも、さわやかな朝にそぐわないその風貌はやはり異質で、郵便局の前を通り過ぎる通行人はしきりに首を傾げているのだが。

かろんかろん。

意を決したように男がドアを開けると、ドアベルにしてはくぐもった、しかし暖かみのある音が局内に響いた。

 胡桃のドアベルだ。手作りだろうか、あまり凝ったつくりではないがほのぼのとした感じの、片田舎の郵便局によく似合うデザインである。

 男はちらりとそれを見上げ、局内の暖かい雰囲気にほっと息をついた。

「いらっしゃいませぇ」

 どこか間延びした声が緊張感のかけらもなしにころんと転がる。男が目を上げると、窓口の女性がニコニコと彼を見つめていた。

「お手紙ですかぁ?」

 のんびりとした声が、男の表情を少しだけ和らげる。

 局内には、暖かな朝の光が満ちていた。学校の授業が始まるか始まらないかという時間帯で、商店街の他の店はまだ開店していないからか郵便局の外も中も穏やかな静けさが漂っている。窓口の職員も客を心待ちにしていたのか、にこにこと期待に満ちた笑みを崩さない。

「いえ……あの、局長さんは」

「局長ならお昼まで創村祭の打ち合わせですよぉ。ほら、もう、えーと……明々後日の、次の日でしょう?創村祭」

 カレンダーを眺めながら指を折り、窓口の職員が嬉しそうに言う。

「創村祭……」

 男は、口の中で呟いた。

 彼は最近慌しくてすっかり忘れていたが、スピリーツェの創村祭はすぐそこに迫っていた。

 祭では、商店街や学生の有志などが露店を出し、町の中心に位置する広場に建てられた舞台ではさまざまな催し物が繰り広げられる。舞台の周りにはたくさんの料理が置かれ老若男女が舌鼓を打ち、創村を祝して一日中盛り上がる、スピリーツェの一年でもっともにぎやかな祭日だ。

「……また、来ます」


 伝言があるならどうぞという職員の言葉にしばらく考え込んだ後、男は目を伏せてそれだけ言うと名前も名乗らずに郵便局を後にした。

「どうしたのかしらぁ、ねぇ、フィーアさん」

「局長ちゃんを誘いに来たとか」

 窓口の職員が近くの机で無線をいじっていたもう一人の職員に問いかけると、そんな答えが返ってきた。創村祭の準備で若い男女が出来上がるとか創村祭でめでたく結ばれるとか、その手の伝統行事が若者だけに受け継がれているのも手伝って、非常にありふれた話である。二人はしばしここにはいない局長を思い浮かべたが、やがてどちらからともなく顔を見合わせて肩を竦めた。

「まさか……」

「ねぇ」

 彼女らが思い浮かべているのは、いつも腕まくりをして眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに煙草をふかしている野暮ったい少女の姿。どうせ、言い寄ったとしても片手に愛用のペン、目線は分厚い書類のまま、空いたもう片方の手で犬猫みたいに追い返されるのがおちではないだろうか。

「あーあ」

 もっともロマンスの一つもないのは自分も同じことで、人のことは言えない。窓口の職員はカウンターに両肘をついてため息をつきつつぼうっと窓の外を見つめる。

 穏やかな風景はほのぼのとした絵画みたいで、なんだか微笑ましい。もっとも今はまだ静かで穏やかだけれど、時間からしてそろそろ祭の準備――男衆の舞台作りが始まる頃だろうから、騒がしくなるのは時間の問題だろう。

「ヒマねぇ……」

 ふあぁ、と大欠伸をしながら、彼女は小さく呟いた。



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