永遠の夏休み
1
暗がりの中、僕たちは手をつないで走っていた。夜道は見通しがきかない。何度も何度も躓いて転んだ。その都度、少女が手を引っ張って、起こしてくれる。
「早く、早く! あいつらがやってくるよ」
走ってきた方を見た。得体の知れないわめき声、青い光。ざわめく足音。異様な雰囲気が迫ってくる。
「何なんだよ、あれは」
「醜女。あいつらに掴まったら、酷い目にあうよ。さ、走って!」
少女の囁き声で懸命に走り出した。森の中、星明かりでは道なんて分からない。だけど、少女の手が導いてくれる。木々の切れ目、僅かに光る石畳が見えた。そこへ駆け込む。
「う、うわあっと!」
いきなり、足下が消えた。転がり落ちそうになってたたらを踏んだ。石畳だと思ったのは、石の階段だった。あわや、頭から転落するところ。
「早く!」
「そんなこと言ったって、階段なんか危なくて早く行けないよ!」
「言い返したって、しょうがないでしょ」
口をつぐむと、階段を必死で駆け下りた。途中の踊り場で後ろを振り向く。こっちが苦労してるんだから、あいつらだって手こずってるだろう、そんな思いは甘かった。驚くような勢いで駆け下りてくるのが感じられる。
「あいつら、階段が見えるんかよ?」
「感じてるのよ。あいつらには暗くて見えないなんて関係ない。もともと闇の中の生き物なの」
その声で階段下りを再開する。だけど、あいつらほど早くない。(こっちは光の中の生き物だ!)そう力説したって誰も聞いちゃくれないけど。あいつらの吐く息がすぐ真後ろで聞こえるような気がする。
少女が何かを頭から取ると、後ろに投げつけた。急に後ろの雰囲気が消える。
(何だ、何が起きたんだ?)立ち止まって振り返る。そこでは地面から生えた何かにあいつらが貪りついている。酸っぱい香りがする。
「山葡萄の実。あいつら、それを喰ってるの」
少女の声に僕は質問する。
「どうしてわかるの? 君が何かしたの?」
「あたしが投げた首飾りから出てきたのよ。さ、今のうちに」
少女の声で僕たちは駆け出す。その背後で再びうなり声と足音が始まった。
「ちぇ、食い尽くすのが早いわよ」
そう呟くと、また髪から取って投げつける。今度は僕も見ることが出来た。投げつけた何かが地面に落ちるとそこからみるみるうちに、頭を持ち上げる植物。後ろの化け物達はそれにかじりついている。皮を剥ぎ、中の白い部分に歯をたてる。甘酸っぱい匂いがここまで伝わってきた。
「あれは――竹の子?」
「あたしの櫛の歯の力。早く行こう。この先の岩で道をふさげば、もうあいつらは越えられない」
階段の登り口近く。その横に大岩があった。(こんなの、動かせないよ!)そう思う僕を尻目に少女が岩に手をかける。不思議なことにそれだけで岩が揺らめく。僕も必死で岩にかじりついた。少しずつだけど岩が動く。
「全部塞がなくてもいい。もう少し、とおせんぼ出来ればいいから」
少女の声で僕は最後の力を振り絞った。階段に大岩が居座ったような感じ。階段との隙間からその姿が見える。だけど、岩の向こうで騒いでいる音は聞こえるのに、あいつらがこっちに岩を越えてやってくる様子がない。
「やった。助かったんだ……」
座り込んでいた僕がそう呟いたとき、少女の手が僕の首を絞めた。
「ふふふ……。本当に助かったと思ってるの? もしかすると、君を助けようとしてたのは向こうかも知れないよ」
少女の囁きが耳元でした。その冷たい響きに僕は凍り付いた。
「そ、そんな。……君は僕を助けてくれたんだろ?」
「邪魔者を排除したかっただけだなんて思わなかったの? 見かけどおりの甘ちゃんねえ」
指先に力がこもる。く、苦しい、息が出来ない。
「や、止めろ。止めてくれ」
「死ねば楽になるわよ。死になさい。死ね、死ねえっ!」
少女の絶叫が耳にこだました。
☆ ☆ ☆ ☆
高い天井、見覚えのある板の模様。首を横にひねれば、ちょっと黄ばんだ畳の模様。黒ずんで古い柱。ちょっと饐えたような匂い。これは――見慣れた家。ばあちゃんの家だ。
タオルが一枚お腹の上にかかっていた。その下でべったりと寝汗をかいている。ふわりとした風が畳の上をながれていくけど、夏の午後じゃあやっぱり暑い。エアコンなんてものはこの家にはない。自然の風だけ。僕は起き上がると、汗を拭いた。
「ばあちゃん?」
「あれ、起きたかね。今、冷たいお茶持ってくから」
台所からばあちゃんの声がした。その声を聞いて、ため息をつく。
「……なんて夢だ」
醜女達に追われて階段を駆け下りた時の心臓の動悸。汗の滴り。醜女の吐く息使いさえ覚えている。首に食い込む指先。少女の冷ややかな声。そしてその容姿……。
「あれ? どんな顔だったっけ?」
覚えてない。思い出せない。いや、見たっけ? 見てないかも。髪の毛は長かった? 短いんだっけ? 背は低い? 高い? そもそも自分より年上だったのか、年下だったのか。
「うわあ、夢っていい加減だなあ」
再び畳の上に横になった。冷たい感触が気持ちいい。覚えているのは、あの声と指先、そして握っていた手の感触だけ……。
「もう起きなって。西瓜も持ってきたで、食いね」
手にしたお盆の上には切ったばかりの西瓜と冷茶。お茶を一気飲みすると、甘い果実にむしゃぶりついて種を庭に飛ばす。何本もの大きな向日葵、その間を飛び交うトンボ。遠くの山々と青空に立ち上がる入道雲。
西瓜を食い終わるのを見計らって、ばあちゃんが切り出してきた。
「夏祭りの用意があるで、これから神社さ行くけど、ぼくも行くか?」
頷くと、立ち上がった。
ばあちゃん家と神社は近い。歩いて五分ぐらい。田んぼやタバコの畑の中、坂道が続いている。途中には小川があって、小さな橋で渡っていた。
式台から土間に置いてある靴を履く。さっさと玄関に出て、外を眺める。午後の日差しを受けて、タバコの葉が輝く。背よりも高いタバコが風に揺れるのは面白い。その手前の向日葵も一緒に揺れる。
「ぼくははえぇな。年寄りにはきっついて」
ばあちゃんが笑いながら出てくる。戸締まりなんてしない。ぼくとばあちゃんしかいないから、二人が出たら誰もいないのに。街の感覚で言うと不用心なんだけど、それがここでは当たり前。僕も最初は心配だったけど、今じゃあもう慣れっこ。
父さんがここにいたのは就職する前まで。街に出て、仕事について、そして母さんと結婚。僕が生まれた頃は仲が良かったとばあちゃんは言ってた。
「でも最近はな……」
ばあちゃんは口を濁らせるけど、僕も知ってる。じゃなかったら、夏休みが始まってすぐに僕がここに連れてこられることはなかったと思う。今は二人で話し合っているのか、喧嘩してるのか。夏休みが終わるまでには答えが出てるんだろうか。それとも夏休みが終わってもこのままなんだろうか。考えても仕方のないことなんだけど、一人になったり夜空の月を見つめたりすると、やっぱり考えてしまう。夜風に揺れるススキの穂を見ながら虫の音を聞いていると、もの悲しい。”もう、僕はいらないんじゃないか”なんて考えたりしてしまう。あの二人の仲が悪くなったのは僕のせいなのかも。僕がいなければ、二人は仲良くなるのかも。このまま僕はここにいた方がいいのかな。それでもいいけど、そう思うととっても寂しくなってくる。
ため息をつくと、ばあちゃんが笑いかけてくる。しわだらけの顔をもっとしわくちゃにして。
「大丈夫さ。うん、きっと大丈夫だよ」
それだけしか言わない。だけどきっと僕のこと、気にしてくれているんだろう。だから僕もそれ以上言わない。言ってもしょうがないから。
先を行くばあちゃんが立ち止まった。いつものこと。だから僕も立ち止まって、一緒に手を合わせた。道ばたには小さなお地蔵さんがあって、ばあちゃんはいつも道すがら拝んでいくのだ。
「何のお地蔵さん?」一度聞いてみたけど、返事は「知んね」。
それでもちゃんと拝んでいくのはなんか面白かった。だから僕も拝んでいく。拝んでいるとちょっと不安が消えるような気がするから。
そこから橋まではすぐ近く。そしていつものように友達たちが川遊びをしてた。この夏休みと言わず、僕はちょくちょくこっちに来ていたから、もう顔や名前をお互い知っている。街よりもこっちの方に馴染んでいるぐらい。
「おい、遊ぼうぜ!」
水から顔を出した仲間が呼んでいる。
「ばあちゃんの用が先や。後でな」
僕の返事でカッパ達は水に隠れた。
小川の橋を渡った先は神社の広場。神社って言ってるけど、実は神社のお宮そのものは丘の上にある。そこへ上っていく階段の前に広場があって、夏祭りの会場になっていた。中央には盆踊りの太鼓の台。周りには提灯がぶら下げられ、いくつかの屋台でも準備が進んでいた。とは言っても、みんな地元の人の手作りみたいなもの。だからばあちゃんも準備の応援にやってきたわけだ。顔なじみと挨拶を交わすと、さっそく手伝いに参加してる。
僕は階段の下から神社に手を合わすと、ばあちゃんに叫んだ。
「なあ、橋んとこ、行っていいか」
「ええよ、気ぃつけてなあ」
夏の午後は長いようでも、水に入っていられる時間は短い。すぐに寒くなる。水遊びを楽しむのなら、もう残り時間は少ない。ばあちゃんの声を後ろにして僕は走った。
透きとおった冷たい水。寒くなって唇が紫になれば、橋の下で燃やしている小さなたき火に当たる。別に水泳パンツなんかいらない。なんならフリチンだって誰も気にしない。誰かが持ってきたおいしいトウモロコシを分け合う。つまらない冗談だって大笑いだ。
「なあ?」誰かが言った。
「今夜、上あがってみねえか」
上というのは、神社のお宮のこと。丘の上にあるから”上”だ。子供同志の中ではいろんな噂がそこにはあった。UFOを見ただの、お化けがいるだの。浮浪者がいたってのもある。でも誰もホントに見たことはない。みんな、誰かが見た、聞いたっていう噂だ。でもそれで盛り上がる。
「今夜は行っちゃいけねえんだぞ」
昼間は子供達の遊び場だけど、夏祭りの夜は縄が張ってあって、入っちゃいけないことになってる。ばあちゃんに理由を聞いてみたら、暗いからケガすっといけねえだろって。そりゃそうだ。夜なんだから。
「だから行ってみたいじゃん。みんな行かねえか?」
賛否は両論てとこで、答えは出なかった。行きたいと思う奴は夏祭りの最中に階段の下に集合ということが、結論だった。
「な、お前、行くんだろ」声をかけてくる。
「うーん、一人じゃなかったら。大勢だといいけどな」
「ちぇ、恐がりだなあ。いいさ、絶対に上ってやるから一緒に行こうぜ」
話の勢いに頷いた。
「それとさ……お前、夏休みが終われば、また帰るんだろ?」
「あ……たぶんね」
「ならさ、今夜絶対に上っておかなきゃな!」
橋の上で仲間達が散らばった。後で会場で会う約束をして。僕はその会場の方を見た。まだ準備をしているようだ。ばあちゃんもその中だろう。僕が手伝いに行っても子供は相手にされないだろうし、家に帰って一人でいるのもつまらない。遊ぼうにも相手がいない。夕闇が迫ってくる中、僕は橋の上で佇んでいた。
「おにいちゃん」
誰かの声がしたけど無視した。だって僕のことをお兄ちゃんと呼ぶようなのはいないと思ってたから。
「おにいちゃんてば」
二回目の声で僕は振り向いた。声の持ち主――佇んでいたのは少女。白っぽい浴衣におかっぱ風の黒髪。こっちでも街でも見たことのない顔。
「僕のこと?」頷く少女。
「おにいちゃん、お祭りに行くんでしょ。連れてってよ」
え、何だって?――そう口に出かかった。僕より小さくて、親とかと一緒にいるような感じなのに、見ず知らずの僕に連れてけってか?
戸惑っている僕のそばに少女は音もなく近寄った。そしてその小さな手を僕の手の中に差し込む。その冷たい感触に僕はドキッとした。
「ね、いいでしょ」
そう言って微笑む少女に僕は頷いた。
(きっとこの子の両親も祭りの用意で忙しくて、暇そうな僕に面倒見をお願いしたんだろうな。ばあちゃんならきっといいって言っただろうし)そう自分を納得させた。どこかへ行くわけでもないし、この会場にいればきっと親御さんに会うだろうし。それまで面倒見るぐらいなんでもない。
ピチャンと魚の刎ねるような音がした。橋の上から水面をのぞき込む。夕闇が立ちこめてきてもう煌めく水面も見えない。鏡のような水面がぼんやりと僕の顔を写していた。
「ねえ、行こ。そろそろ始まるみたいよ」
少女の声で神社の広場を見た。いつの間にか薄暗くなっていて赤い提灯に灯が点り、ざわめきと共に華やかな音楽も聞こえてきてた。
(さっきまでまだ準備中だと思ってたのに、意外に早かったんだな)
そう思いながら、僕は少女の手を引いて、会場へ向かった。
2
提灯の赤い光に会場は照らされていた。まだ人はまばらだったけど、華やかな雰囲気はうきうきした気分にさせてくれる。(ばあちゃんはあのまま、どっかの手伝いしてるんだろうな)少女の手を握ったまま、会場をうろつく。どこかにこの子の両親がいて、声をかけてくれる、そう思いながら。
小さな会場は、一回りするのにそんなに時間は必要ない。結局誰の声もかからないまま一周した。ばあちゃんの姿も見えなかった。
「おにいちゃん、こっち」
少女に言われるまま、参道の階段の脇に立つ。神社探検の集合場所だけど、まだ誰も来てないようだった。
「ね、おにいちゃん。この上、いってみるんでしょ?」
少女の問いに僕は頷いた。階段にはロープが張ってあって、上れない目印になっている。そりゃ、これぐらい跨いでも潜っても簡単に越えられるけど。
「いこ」
えっ? 僕は少女を見つめた。
「先に行っちゃおうよ。一人はイヤでも、あたしとなら大丈夫でしょ。行こう」
「ダメだよ。みんなが来るのを待ってないと」
「後から来るんだから上で待ってればいいじゃない。それともあたしが一緒でも怖いの?」
ちょっとカチンときた。誰も怖いなんて言ってない。少女の大きな瞳をのぞき込みながら言う。
「怖くなんかない。いいよ、見せてやる。僕が臆病じゃないってとこ」
そう言うと、ロープに近づいて見つからないように跨いだ。少女はその後を潜ってくる。階段を上り始めた僕の手の中に少女の指が潜り込んだ。
一歩一歩階段を上る度に、闇が濃くなりざわめく音が後ろに遠ざかっていく。見上げれば、木々の間から星が瞬き始めてる。(うわ、もうすっかり暗いんだ。しまった。何か明かりを持ってくれば良かった)そう思ったけど、今更引き返せない。そんなことを言えば、この娘が絶対に臆病者って罵るに決まってる。
だけど薄暗がりの中、階段を見つけながら上るのは意外に大変だった。階段の石が落ちた露で光っていて、なんとか判別できる。いつの間にか周りからは虫の音や枝葉のざわめきしか聞こえなくなってきていた。先を見ても明かり一つ無い。
(なんとか登り切って早く下りたいな)
「さっき、横にね、岩があってね」少女が言った。
「昔、神様をそこで封じたっていう岩だって」
心臓がドキンとした。「ふーん」と関心が無さそうな声で返事する。でも、頭の中は既視感で一杯になっていた。(神様を封じた岩? どういうことだよ。夢と同じだなんて)
急に夢のことを考え始めた。あの夢の女の子は、この少女なのか? いや、そんな。きっと以前ばあちゃんからこの話を聞いたことがあって夢に見たんだ。うん、きっとそうに違いない。無理矢理自分を納得させた。だけど、足はできるだけ速く動かした。だんだんと周りが怖くなってきてる。暗闇、木の陰に潜むモノ。物音にびくついてる自分がいる。この子がいなかったら、とっくに引き返してただろう。
星空から見える木陰の輪郭が前の方で開いていた。たぶん広場が、つまり階段の終わりが近くなったに違いない。目の前にはいきなり現れた鳥居のシルエット。少し喘ぎながら、最後の階段を上りきった。
そこは下の広場より遙かに小さな場所だった。暗闇でよく分からないけどこぢんまりとした社があるはずだった。扉の前にはお賽銭箱。社の周りには小さな社がいくつかあって、石碑も建っていたはず。(昔の戦争の慰霊碑とかばあちゃん言ってたよな)だけど、全部闇に紛れ込んでいる。
「暗くて分かんないよ。ここでみんなを待とうよ」
僕は少女に囁いた。なぜだか大きな声を出すのが憚られる。
「もっと奥へ行こう。その方がおもしろいよ」
なにがおもしろいんだろう。そう思いながら、広場の中へゆっくりと歩を進めた。何かが足に当たった。
「なんだ、これ」
そう言いながら、しゃがみ込んで手で触ってみた。
「縄みたいだ」
「切れる?」
少女の言葉に身体が硬直する。切る? 切っていいのか、これ。
「ダメだろう、切ったら」
「切らなきゃ入れないじゃない。切れないほど固いの? それとも勇気がないの?」
少女の言い方にいちいち腹が立つ。なんでこんな縄が切れないと臆病者になるんだよ。
「切れるさ。こんなもの簡単だよ。だけど、切っていいのか?」
「何が起きるっていうのよ。そんなことで」
少女に唆されるように、縄を持つ指に力を込めた。爪を立てて繊維を切っていく。意外なぐらいあっさりと縄は二つに分かれて、地面に落ちていった。
「切ったの?」
少女の問いに「うん」と頷く。
「何か変わった? 変なこと起きた?」
「全然。何にも違わないよ」少し震えていることを悟られないように、平然とした声で答える。
「ふうん。そっか、何も起きないよね」
何となく、少女の声が変わったような気がした。どこか笑っているような響きを感じる。そこにイラッとした。
「もう帰ろうよ。誰も来ないし、みんなが心配するよ」
「誰も心配してない。誰も来ないよ」
何を言っているんだろう。僕のばあちゃんだって、君の両親だって心配するに違いないじゃん、そう言おうとした時だった。背筋を嫌な感覚が走った。
何かが近くにいる。そんな感じだった。さっきまでいなかった何かがそばに来てる。慌てて周りを見たけど、暗闇の中で何も見えない。感じられるのは少女の指の感触だけ。
「どうしたの、おにいちゃん」
「い、いや、何でもないよ」
でもその声が震えているのが自分でもわかる。少女の手を引いて、ゆっくりと階段の方へ後退した。取り囲まれて、そこしか空いてない感じがした。なんか、やばい。暗闇の中から見つめられているような気がする。
「誰か来たんなら、友達じゃないの?」
(この気配を感じないんだろうか)どこか脳天気な少女の声。(みんなならもっと賑やかに来るだろうし、足音とか話し声とかあるはず。だけど何もないなんておかしいじゃん!)
何かが揺らめいた気がした。木の影だったかもしれない。でも化け物の陰かも知れない。煌めいているのはその目なのかも。ちらちら動くのは、口からはみ出る長い舌じゃないか。だめだ、もうダメだ!
僕は振り返ると、少女の手を掴んだまま、走り始めた。すぐに階段を見つける。夢と違って、星明かりの中でもなんとか見つけることが出来た。できるだけ早く駆け下りる。
「おにいちゃん? おにいちゃん!」
少女の声は無視した。今は何とかして、ここを駆け下りて、下の広場にたどり着くこと。明るくて、みんながいて、化け物に追われたと言えば、笑い飛ばしてくれる。そんな気がしてた。
だけど、背後の物音は何だ? 何かが走ってくるような音と気配は、笑い飛ばせることじゃない。本当に何かが追いかけてくるのか? これは気のせいじゃなくて、本当のことなのか?
「おにいちゃん、もっとゆっくり! 苦しいよ。手が痛いよ」
夢とは違う。夢はこの子がなにかいろんなアイテムで相手の邪魔をするのに、この子はゆっくり走れと言う。あいつらに追いつかれちゃうじゃないか!
「ね、封じた岩って言ってたよね。それどれ?」
喘ぎながら少女に尋ねた。夢のとおり、岩を動かして、階段を塞げば助かるかも。助かる――?
「あんな大きな岩、動かせっこないよ。何考えてるのよ」
ああ、これも夢と違う。夢じゃあ僕じゃなくて、君が動かすんだから。そう思いながらも一応、岩を触ってみた。もちろんびくともしなかった。やっぱり広場に逃げ込むしかない。
赤い光が前から近づいてきてた。提灯の明かりだ。建物のシルエットも分かるようになってきた。もう少し! 階段を駆け下りて、広場に走り込んだ。立ち止まって、大きく喘ぎながら、呼吸を整える。
「助かった。何かよく分からないけど、これで大丈夫だよ」そう少女に話しかける。
「……ほんとに大丈夫なのかな」
少女を見つめた。少女の目は僕ではなく、周りを見回している。その視線を追いかけるように、僕も周りを見た。
お祭り会場に間違いなかった。踊りの舞台も提灯も、屋台もその周りの机には、コップやお皿だって置いてある。だけどそこには人影がなかった。
誰もいなかった。
音楽も物音もなかった。さっきまで何か焼いていたような芳しい匂いはあったけど、夜風で急速に薄れていった。賑やかなのが当たり前の風景の中、誰もいないのはかえって不気味だった。少女の手を掴んで、あたりを駆け回る。屋台の中、舞台の裏。誰もいない。どこにもいない。
「どういうことなんだよ。みんなどこへ行ったんだよ」怖くて声が震えていた。
「わかんない。祭りが終わって、家に帰ったのかな」
そんなはずない。そんな時間じゃない。いや、何時かよく分からないけど、まだまだ宵の口のはず。祭りはこれからだろう。いや、そんなことじゃなくて、いくらなんでも人っ子一人いないのはおかしいよ。
助からない。助けを求めてきたのに、助けてくれる人が誰もいない。山の化け物たちはどこまできたんだろう。あの岩で塞いでないから、きっとこの広場にまで降りてくるはず。どうしたら逃げられる? どこで助かる?
「おにいちゃん、助かりたいんだよね」
「あ、当たり前じゃないか。お前は違うのかよ」
「えっとね。サカキの枝で足下の紐を切れば、助かるって聞いたよ」
そう言われて足元を見た。半透明の紐が足下からどこかにつながっている。曲げても引っ張っても足にくっついたまま。
「これ、なんだよ」
「これを伝って、あの化け物達、追いかけてくるんだよ。だから切っちゃえばいいんだ」
そうか、そうなのか? 少女の足元を見た。確かにこいつには紐がない。揺らめく提灯の明かりの中、影もない。本当だろうか。本当にそれで助かるのか。
「サカキってなんだよ」
「近頃の子供はそんなことも知らないのっ!」
叫んだ後で、少女が口を押さえている。
「い、いえ、その、木よ。木。木偏に神って書くの。神様にお供えするには欠かせない木なの。その木なら切ることが出来るっていう話よ」
うろたえぶりが怪しいとは思ったけど、まずは聞いてみた。
「どこにあるの? その木は」
「神社の前。さっきそこに行こうとして、邪魔が入ったの」
「ええーっ、またあの場所に戻ろうっていうの!」
思わず悲鳴を上げた。あの真っ暗で化け物うじゃうじゃの場所に行けるはずがない。
「大丈夫よ。今度は友達も助けてくれるって。ほら」
少女の指さす方、何人かの人影が見えた。(やった。久しぶりに見る人じゃん)そう思って近づいた僕の足が止まった。確かに人だけど……なんでみんな、狐のお面被ってるの? しゃべらないし。これ、やっぱりなんかおかしいよ。慌てて踵を返そうとした僕の手を少女が掴んだ。
「逃げるの?」
「えっ」
に、逃げるのかってそんなこと言われても、ワケわかんないし、怖いよ。
「逃げたって、何にもならないわよ。逃げ切れるものじゃないわ。逃がさないわよ」
「そ、そんなこと言ったって、いや、なんでお前にそんなことを言われる――」
「連れてって!」
少女の声で、狐お面共が僕を取り囲んだ。そして持ち上げられる。じたばた手足を振り回したけど、なんの抵抗にもならない。狐お面共は僕を担いで、階段を一気に駆け上がった。声も出さず、息も切らさずに。そして、登り切ると僕を広場に降ろして、そのまま階段をとおせんぼしてしまった。
「ほら、あれ。あれがサカキの木よ」
少女の指さすところ、星明かりの中、社の側に大きな木が立っていた。僕はその木に近づく。
「さっさと枝を取って。それで簡単に切れるわよ」
もうどうしてとか考える余裕がなかった。木によじ登ると手近な枝をへし折った。真っ暗なのに、サカキも少女も狐お面も足下の紐も見えるのが不思議だった。
「切っちゃえば、もうずっとここにいられるよ。ずっと夏休みのままだよ。そうしたいんじゃないの」
少女の囁きで僕はサカキを構えた。
(これを切れば、このままでここにいるのか……。それもいいけど、でも……)
サカキの枝を振り下ろそうとして、手が止まる。本当にこのままでいていいんだろうか。いつまでも遊んでいていいんだろうか。
「この優柔不断のクソガキが! 早くしてよ!」
「えーかげんにしなはれ!」
3
「ええか、少なくともここは神域やで。神聖な場所でウソばっかり言ってんじゃない!このユーレイが!」
ほんかわとした明かりが灯って、同時に社から突然出てきた若い女性が少女を怒鳴りつけている。はあ、ゆーれい? ってあの幽霊?
「え、え、ええっと、あなた誰? 幽霊ってなに?」
「わて? わてはトヨウケヒメ。まあ、神さんやけど、それはええねん。今はこいつのことじゃ!」
女性――女神は少女を指さす。ええねんってほんとにええんかなあ。ま、ええかあ。
「こいつなあ、幽霊になってからも嘘つきで我が儘でやりたい放題やって、誰にも相手されんようになったんや。それで、誰か相手が欲しくて、かまってくれそうなあんたを選んだんだぞ」
「選ばれて光栄というか……」
ポリポリ頭を掻く。女神は頷いてる。
「そう言う考えもあるけど、死んだらこいつに付きまとわれて、成仏できずに彷徨って囚われのままになるぞ」
「神様が成仏ってのもなんかおかしくありませんか?」
「しゃあないやん。この国の過去の歴史がごっちゃにしてもうたんやから」
ああ、そうか。神も仏もあるとかないとかいいますもんね。っていや、問題は神様じゃなくて幽霊のほう。
「本当にこの子、幽霊なんですか?」
僕の質問に、当の本人はそっぽを向いている。
「現代っ子は神様の言うことも簡単に信用せんのやねえ。ま、ええわ。証拠見せたるわ。ほい」
神様がどこかから取り出したのは、丸い金属。
「鏡やねん、これ」そう言いながら、金属面を丁寧に拭くと輝きを取り戻してくる。
「ほら、あんた、綺麗に写るやろ」
神様の言うとおり、金属面には僕と神様が写ってる。だけど、少女は写らない。空白があるだけ。
「ほら、こいつ、影もあらへんやろ」確かに僕には影が出来てるけど、少女の影もない。
「だから、影踏みってあたし、嫌い」
神様が出てきてからずーっと黙っていた少女がやっと口を開いた。
「鬼ごっこでもかくれんぼでもいいけど、影踏みだけはいや。だって誰も踏んでくれないんだもん」
いつまでも鬼にならなくていいような気もしますけど、そういうもんでもないか。僕の意見に、みんなと一緒がいいと言って拗ねている。
「遊びのうちはまだええねん。けど、人を殺すんはまずいやろ」
「だって寂しいもん。いっつもあたしの相手して欲しいもん。ずーっと一緒にいて欲しいもん」
ぷいと横を向く。
「な、こいつの性格、わかったか」
「はあ、幽霊というのも理解しました。けど、僕を殺そうというのは?」
「これこれ」
神様はサカキの枝を指さした。
「あんた、これでこの紐切ったらどうなるか、知っとんの?」
「この子が言うには、化け物が追いかけてこなくなるって」
「これ、生命の紐やで。これサカキで切ったら死ぬということなんのやぞ」
驚いた。この子は僕に自殺を勧めていたってことなのか。
「いいじゃん。死んだらあたしの仲間になるんだし、なればお化けからは追いかけられないんだから、ウソは言ってないわよ」
そ、そりゃそうかも知れないけど。
「一番大事なところを省略して伝えるのは卑怯じゃないか」
「卑怯者呼ばわりされたって、独りぼっちはいやだもん」
その言葉が、なんだか胸に響いた。
「それから言っとくけど、あのお化け、あんたのご先祖様やぞ」
え? 神様の意外な言葉に僕は驚いた。襲いかかってくるのがご先祖様なんですか?
「アレがご先祖様?」
「姿も声もしっかり見てへんやろ。あんたが変なのに掴まってるのを助けてやろうとしてんのに、あんたが怖がって逃げまくってんやから」
あ――ま、確かに雰囲気だけで怖がってたよな。うう、これもあの夢のせいか。
「ほれ、あんたの悪巧みはばれたんやから、はよ地獄に戻らんかい」神様は幽霊に言いきかせてる。
え、こいつ、地獄に堕ちるの? 神様の顔を見ると、とてもウソや冗談じゃなさそうだ。
「つい最近まで地獄におったんや。そこで根性が直ったかどうか試しにこっちにきたんやけど、直ってなかったわあ。また地獄で焼きを入れ直さなしゃあないわあ。用意できたら、地獄に飛ばしたる。ええかあ」
「ちょ、ちょっと神様。あ、あの、独りぼっちは嫌だって気持ち、わからなくもないし、でも、それで殺されるのはいやだけど、でも、いきなり地獄ってのもなんか……」
「何、中途半端なことゆうとんの。それやから幽霊なんかにつけこまれるんやで。ほな、なんや。あんた、いい考えでもあるんか? こいつのねじ曲がった根性、どうにかできんのか?」
「……そう言われましても」
「いいもん。地獄でもっと根性曲げてくるから。あんた、もうかまわないで」
僕は少女の手を取った。
「もし、正直に幽霊だとか、死ぬ方法とか言ってくれてたら、僕はそれでも良かったかも知れない。こっちでは僕も心細い思いもしたし、分かるような気がするから。あえて嬉しかったよ」
なぜか、涙が一粒こぼれた。
「神様、この子が地獄に行かなくてすむ方法はないんですか?」
「行かせたくないんかい。そやなあ、そのサカキで自分の紐、切ってみる?」
「えっ、でもそれって死んじゃうことなんじゃないですか?」
「それぐらい覚悟してないのなら、助けたいなんて言わんといて」
神様の言葉を噛みしめてみた。急に両親のことを思い出した。喧嘩ばっかりしてるのなら、僕が邪魔なだけなら、死んだってかまわないんじゃないか。なら、この子のために死ぬってのもありなのか。
僕はサカキを手に取ると、そのまま振り下ろした。
4
気がついた。白い部屋。白いベッド。枕元には花。
僕の側では父さんと母さんが泣いている。
(なぜ泣いてるの)声が出ない。二人には僕の声が聞こえないようだ。
「どうしてやり直す気持ちになった途端に、どうしてこいつが死ななきゃ……」
(ぼ、僕は死んだ? 父さん、母さん! どういうこと?)
ばあちゃんも泣いていた。「すまねえ、あたしが見てなかったばかりに」
「そうです、おかあさんのせいです!」
母さんも泣きながら滅茶苦茶言ってる。
「そんなこと言っててもしょうがないだろ!」
「あなたがそんなだから!」
(止めてよ、僕はこんなのが見たくて死んだんじゃない!)
僕は頭を抱えた。
「気がついた?」
耳慣れた声がする。顔を上げた。そこには若い女性。神様だ。
「神様……今のは?」
「あたしがあんたに見せた幻。って簡単に死のうなんて思うじゃないわよ。面倒くさいったらありゃしない」
足元を見た。サカキの枝は真っ二つに折れて、僕の紐を避けるように落ちていた。
(そうか、神様が助けてくれたのか)といきなりしがみつかれた。幽霊の少女が僕の襟首を掴んでる。
「あ、あ、あ、あたじなんかの、だ、だめにし、し、死ぬなんで。うああああん」
すげえ号泣だった。涙と鼻水と涎が思いっきりだだ漏れ状態。それを着物の袖でぬぐってるけど、もうそっちも飽和状態だ。
「苦しい、離せよ。これじゃあ死んじゃうよ」
僕の言葉にようやく手の力を緩める。
「それに殺そうと企んでた奴がいう台詞じゃないだろ」
「そ、それはそうだけど……ひっく、でもあたしのためってのはやっぱり感動……うっく」
幽霊はべそをかき続けてる。
「こいつの言ってることは滅茶苦茶だけど、自分が死んだら嘆く人がいるってことがわからないの?」
神様は呆れ顔。僕はぼそぼそと話した。両親の不仲なこと。自分が邪魔者に感じていること。いなかったほうが良かったのかもしれないと何度も思ったこと。
「あのまま、死んでもいいのなかって。誰かが必要としているのなら、それでもいいのかなってふと思って」
「じゃ、じゃ、じゃ、ほんとに死ぬ?」
顔を輝かせて飛びついてきたのが幽霊だ。
「おい。さっきまでお前、泣いてだだろ」
「いいじゃん。幽霊だもん。変わり身だって早いよ」
おい、それって自慢になるのか。
「死ぬと楽しいよ。わずらわしいことないし、ずーっと夏休みだよ。毎日遊べるよ。ね、死んであたしと一緒にいようよ」
身勝手な言葉に、神様が幽霊をにらみつけている。僕は首を振った。
「さっき神様が見せてくれた幻で、やっぱり死ぬのは怖くなった。それにぼくがいなくなったら喧嘩しなくなるかと思ってたけど、そんなことなかったし」
「そんなこと言わないで、是非死のうよお!」
「じゃかあしいわあ!」
神様が怒鳴りつけた。幽霊は硬直してる。
「地獄送りは勘弁したげるさかい、さっさと消え去らせっ!」
神様の言葉で、幽霊の姿がだんだん消えてきた。
「あ、ちょ、ちょっと、もう少し言いたいことが……」
その言葉が終わらないうちに幽霊の姿がすっかり消えた。後に残ったのは蛍の光のような小さな明かり。それがふわふわ僕の周りを名残惜しそうに飛び交っている。
「ほれ、どこへでも行きなはれ」
神様がやさしく諭す。だけどその光はいつまでも僕の周りを動かない。
「行けっていってるやろがー!」
神様が思いっきり回し蹴りを食らわすと、光ははるかかなたへ飛んでいった。
「あのアホは。ようやく消えたか」喘ぐ神様。
「神様も大変ですねえ。ちょっとは同情しますよ」
「たっぷり同情して。ま、あいつもどっかで生まれ変わりを見つけるやろ。それまではちょこちょこ気をつけてないとな」
あ、気がついた。
「地獄送りはなしになったんですか?」
「あんたがあの子のために泣いたやろ。涙がもらえるような幽霊は地獄に行かへん。この世をさまよって、生まれ変わりを見つけることになるんや。どっちが幸せかはあいつ次第やけどな」
神様は社の中に入り込んだ。
「どっちにしても疲れたわ。久しぶりにこんな騒動に巻き込んでくれたし。もう休むねん」
「ちょっと神様、もう少し教えてください。どうして僕を助けてくれたんですか?」
扉を閉めかけた神様はそこで止まった。
「あんたのばあちゃんやけどな、毎朝願をかけにくるんや。なんてお願いしとると思う? うちに孫がいるのはとても楽しいことなんやけど、寂しくて仕方が無いのがわかる。両親と一緒でないのは不憫でしょうがない。どうか孫と息子夫婦が一緒に暮らせる日が早く来ますようにとさ」
急にポロポロ涙がこぼれてきた。ぼくは、ぼくは、ばあちゃんにまで心配かけていたのか。周りの人がどれだけ僕のことを考えていてくれてるのか、全然気がついてなかったんだ。
「そんな願いを毎日毎日聞かされてみい、あんたのことほっとくわけにはいかんちゅう気になるやろ。そういうこっちゃ。それならこれからどうしたらいいのかわかったやろ。じゃな」
扉がパタンと閉まった。同時に明かりが消えた。辺りは暗闇と静寂に戻る。でももう怖いとかいう感覚はなかった。神様ありがとう、みんな、ありがとう。それだけだった。
僕は神社に一礼すると、走り出した。隣に少女はいないし、追いかけてくる化け物はいなかったけど、それでも全速力だった。階段を駆け下りると、仲間たちがたむろっていた。
「なんだ、一人で先に行ってたのかよ」とか言われてたけど、「後で」って叫んで駆け抜けた。赤い提灯の下、人ごみを掻き分け、橋を渡るとばあちゃんの家に走りこんだ。
「ばあちゃん、ばあちゃん!」
「あら、どこいっちょったんかね。祭りの会場でも見かけんかったから、家帰ってきとるとばっか思っとったし」
僕は涙をゴシゴシふいた。やっぱりちょっと照れくさい。
「ばあちゃん、心配かけてごめんな」
そう言って、照れ隠しに微笑む。
「なんのことやら。そういやあ、友達来とるぞ。あがってもらっとるで」
え? 友達? みんな、祭り会場にいるはずなんだけどな。そう思って、畳にあがると、
「あ、お邪魔してますー」
「お、お前、幽霊!」
あの少女が畳にちょこんと座っていた。僕を見て照れたように笑う。
「なんでお前、ここにいる? どっかへ飛ばされたんじゃないのか?」
「いやー、神様の蹴り、強烈だったけどちょっと力不足でこの近くに落っこっちゃって。そういやあおにいちゃんの家、近くだったなあって思ったら、足が向いちゃった。あはははは」
あはは、ボクも力なく笑った。
「でどうするの? 生まれ変わるんじゃないのか?」
「落ち着く先を見つけるまで、ちょっとお邪魔するだけよ」と、ばあちゃんが出したお茶をすすってる。
「言いたかったこと、言っておかないとね。おにいちゃん、ありがとう」
「ば、バカ。照れる」
「あははは、真っ赤になってやんの」
「幽霊の癖に人間を冷やかすな!」
奥でばあちゃんが笑ったようだった。
ふと、こんな事を思う。ある夏の日、どこかの橋の上で見知らぬ女の子と出会って声をかけられる。
「おにいちゃん? ううん、誰だか知らないけど、なんだか懐かしい気がするの……」
お盆の夜に投稿というのも、何かの縁でしょうか。
お読みくださいまして、感謝申し上げます。