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「やぁ、わざわざ呼び立ててしまってすまなかったな」
僕らの前に立ち、自信に満ちた態度でそんなことを言ったのは、生徒会長の成華さん。
頭脳明晰、容姿端麗、文武両道な完全無欠の生徒会長。
ついでに自信満々とか、人使いが荒い、なんて形容もつく。
彼女は僕を含む数人のクラスメイトをこの生徒会室に呼んだ。
呼び出されたのは、お馴染みの四人。
「会長! 今日は一体、わたしたちに何をさせようって言うんですか?」
委員長、なんてあだ名もある、ちょっと怒りっぽい女子、美玲と、
「事件だな? だったら俺が、ズバッと解決してやるぜ!」
熱血バカな、いや、バカだけど熱血な男子、タケルと、
「あ、しまったなぁ。教科書、机に出しっぱなしにしてきたような……」
すごくいい奴だけど、物忘れが激しいおとぼけ系男子、健一。
「こっちに呼んだってことは、生徒会絡みの頼みごとってことですよね?」
それに僕、透の四人である。
「ああ。生徒会絡み、と言うべきかは分からないが、生徒会長として、君たちに頼みたいことがあるんだ」
たまに、成華さんはこうやって僕たちに何か頼み事をする時がある。
その基準はよく分からないが、大抵はごっこ遊びの延長のような簡単なことだ。
そしてどうやら、今日もそのパターンのようだった。
「今回は一体、何をしろって言うんです?」
僕の言葉に、成華さんは悪戯っぽい笑顔を見せた。
「君達には、幽霊を見つけてきてもらいたい」
「――しんっじらんない!」
ドタドタと大きな音を立てて廊下を歩きながら、美玲が叫ぶ。
「幽霊なんて思わせぶりなこと言って、やることはただの動物探しじゃないの!」
「まあまあ……」
美玲をなだめるフリをしながらも、正直僕も拍子抜け感は否めない。
成華さんの頼みというのは、動物の目撃情報の確認だった。
校庭でウサギを見たという報告が挙がっているので、その真偽を確かめて欲しいとのことだ。
本当に子供のおつかいレベルの仕事だ。
案の定、美玲が爆発する。
「大体、この辺りにウサギがいるなんて聞いたこともないわ!
いもしない物を、どうやって見つけろって言うのよ!」
「あー、でもほら、目撃されたのは校庭の飼育小屋の近くって話だし、猫かもって情報もあるみたいだけど」
「あの小屋が使われてるとこなんて見たことない!
ネコもウサギも大して変わんない!」
「それは流石に暴論だと思うけどなぁ……」
僕のとりなしも効果なく、美玲は足を踏み鳴らしながら廊下を進む。
美玲が怒るのは仕事みたいなもので、それ自体は構わないのだが、それでグループの和が乱れたりするのはちょっと困る。
これから話を聞きに行くウサギの目撃者の下級生が、美玲を刺激するようなことを言いませんように、と僕は祈るしかなかった。
ただまあ、えてしてこういう場合の祈りは裏切られると相場が決まっている。
「う、ウサギだと思うんです、絶対に!」
第一発見者だというその小柄な女の子は、僕らに向かってそれはもう力説した。
「だ、だって、白かったし、すごく速かったし、絶対ウサギだと思うんです!」
小さい手をぶんぶん振り回す。
危ない。
ただ、どれだけ手を振り回されても、そう簡単には信じられない。
僕でもそう思うのだから、僕の隣の苛立った彼女には、もっと信じられない話だろう。
「そんなのありえないわよ!
ウサギを飼ってる人なんて聞いたことないし、どこからそのウサギはやってきたって言うの?」
美玲が口を開く。
あいかわらず容赦がない。
「そ、それは、野生のウサギとか……」
「そんなの尚更いるワケないでしょ!」
もはや怒鳴っている。
でも、女の子も折れない。
「で、でも、たしかに見たんです!
あれはウサギ!
絶対に、ウサギなんです!」
「訳分かんない!
大体あなた、本物のウサギなんて見たこと……」
あー、これはダメだ。
僕は二人の様子を見て、早々に見切りをつける。
このやりあいを見ているクラスの人間が、二人をびっくりした目で見ている。
美玲に驚くのは分かる。
だけど、クラスメイトの女の子のことまで驚いた眼で見ているのは問題だ。
たぶん、この第一発見者の子は普段はもっとおとなしいのだ。
見た目からして、彼女はそれこそウサギのような小動物系。
こんなに自己主張の強いタイプとは思えない。
「はいはい。そこまでそこまで」
「な、なによ…むぐっ!」
僕は美玲の口をふさぐと、教室から強制退去させる。
目線だけで任せたよ、と健一に告げる。
健一はにっこりとほほ笑んだ。
「……はなして」
廊下に出てしばらく歩いた所で、美玲が僕の手を振り払った。
顔を覗き込む。
まだ少しだけ顔が赤いが、落ち着いているように見える。
「もう、大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ないわよ。
どうして、こんなことするの?」
どうして、なんて言われても、すぐには答えが出ない。
「ほっといてくれればよかったのに……」
「うん、ごめん」
「謝らないでよ、バカ!!」
謝ったのに怒られる。
この世界はとかく理不尽だ。
「悪いのはわたしなんだから、謝らないでよ。
そうやって謝られたら、わたしがどうしたらいいか、ますます分からなくなるじゃない」
「美玲…?」
美玲は深くうつむいていた。
その表情は見えない。
「……わたし、ダメなの。
一度頭に血が昇ると、何でもかんでも許せなくなっちゃって、止まらなくなるの」
知ってるよ、と言いかけて、やめた。
今は吐き出させてあげるのが、大切な気がした。
「本当は、怒りたい訳じゃ、ない。
わたしだって、みんなと楽しくすごしたい。
なのに、どうしても無理なの。
怒ることが自分の全てになって、どうしようもなくなって、それで、さっきみたいに……」
言葉は半分嗚咽に変わっていた。
だから、僕は言った。
「あのさ、美玲。
美玲は、それでいいんだと思うよ」
「え…?」
驚く美玲に告げる。
「――この世界に、個性のない人間なんていない」
それは、世界の真実のひとかけら。
「昔読んだ本に載っていた言葉だけど、至言だと思う。
僕らはみんな個性を持ってる。
タケルはバカで、健一はとぼけてて、美玲は怒りっぽい。
それが僕らの個性で、それは無条件に尊重されるべき物なんだ」
「無条件、に…?」
目を丸くしてこちらを見てくる美玲に、うなずく。
「だから美玲は、怒っていいんだ。
むしろ、怒っている自分に胸を張っていいんだ」
個性が弱ければ人は簡単に消えてしまう。
世界から簡単に弾き出されてしまう。
だから人は個性を尊重し、それを育てて自分のキャラクターとして確立していかなければいけないのだ。
それが、僕の持論。
苦い失敗と孤独の果てに学んだ、大切な教訓だ。
「……それって、慰めてるつもり? へんなの」
美玲は目じりをぬぐって、それでも少しだけ笑った。
多分無理をして笑って、明るく問いかける。
「大体、タケルがバカで健一がおとぼけだったら、透は何なのよ?」
「僕? うーん、記憶力がいい、とか?」
「なにそれ、自分ばっかりいいのを選んで!
透なんてせいぜい、『昼行燈』とか『秘密主義』とか、そんなのでしょ。
『性格悪い』か、『嘘つき』かもしれないわね!」
「それはひどいな」
だから、僕も笑う。
二人一緒に笑って、それで、
「だから美玲は、どうやって怒らないかじゃなくて、どうやって楽しく怒るかを考えればいいと思う」
「楽しく、怒る?」
「タケルにやってるみたいに、怒ってもみんなが笑顔になる怒り方をすればいいんだよ」
個性は個性として既にあって、でもその範囲の中で、出来ることはいくらでも存在している。
「それでもどうしても怒るのがつらいなら、怒って人に嫌われるのが嫌なら、僕に怒ってほしい。
ほら、僕だったら、美玲に怒られるのも慣れてるしさ。
そのくらいのことで、美玲を嫌ったりは……」
「ばーか!」
大事なことを告げようとした俺の唇を、美玲の指が押し留めた。
「そんなの、もう今更でしょ。
わたし、わたしね、あんたのおかげで……」
そして、僕にきっと、大切なことを伝えようとして、
「――なぁ、これってまさかラブシーンって奴?」
「うわぁ、ダメだよタケル! 二人の邪魔しちゃあ!」
遠くからこちらをうかがうタケルと健一の二人に気付いて、弾かれたように離れた。
「き、来てるなら初めからそう言いなさいよ!」
「いや、普通に歩いてきてたのに、お前たちが気付かなかっただけじゃねえか」
「だ、だとしても! すぐに声をかけるのがマナーでしょ!」
タケルに逆ギレする美玲。
普段の調子がもどったようで何よりだ。
「それで、情報は集まった?」
「ああ、ずいぶんいろんなことが分かったぜ」
めずらしく真面目な顔のタケルが、僕の言葉にうなずく。
神妙な顔で話し始めた。
「あの子は希ちゃん。
ちょっと引っ込み思案だが、花や動物みたいなかわいい物が大好きな心優しい女の子で、教室の花瓶の花もいつも自分で買って持ってきてくれるような……」
「バカ! 誰が女の子の情報集めろって言ったのよ!」
美玲がいつもの調子で怒る。
だけど、怒りながらもその口調は楽しげだ。
僕が微笑ましい気持ちで美玲を見ていると、
「……っ!」
一瞬だけ目が合って、ふん、とばかりにわざとらしく目を逸らされた。
それを見たタケルが、
「なに二人で目で通じ合ってんだ? やっぱラブラブか?」
とか余計なことを言って、美玲に足を蹴られる。
健一はそれを見て、二人とも仲がいいねぇと笑っている。
うん、この感じ。
これが、いつも通りの僕たちだった。
僕らは連れ立って校庭に移動した。
健一がたどたどしく説明を始める。
「やっぱりその『幽霊』が目撃されたのは、校庭の飼育小屋の近くらしいね。
というか、あの、ええと……」
「希ちゃん?」
「そう、そのののみって子がまず気付いて、彼女に言われて外を見たクラスメイトが目撃した、っていうのが真相らしいよ。
遠目だったしすぐに消えちゃったから、きちんと確認出来なかったみたいだね」
確かに彼女たちの教室は一階。
建物の陰に隠れてしまえば、完全に姿は見えなくなってしまう。
「とりあえず、飼育小屋の近くを探してみようぜ」
タケルの提案で、僕たちは校庭の隅にある飼育小屋の周りを手分けして探索した。
しかし、
「何も見つからないわね」
幽霊の痕跡どころか、いつもと変わった物は何一つ発見出来なかった。
「やっぱりウサギやネコなんてここにはいないんじゃねーか?」
早速飽きてきたらしいタケルが愚痴をこぼし始める。
「つうか、この飼育小屋も、もうずっと使われてないよな。
どうしてなくならないんだろうな?」
飼育小屋にまで八つ当たりを始めた。
でも、その理由なら想像はつく。
「それは、もうここに飼育小屋があるのがみんなにとって当たり前だからじゃないかな。
人の記憶に残ってる物っていうのは、そう簡単にはなくならないものだよ」
健一が、ポンと手を打った。
「たしかに、それはあるよね。
オレなんてあんまり物忘れがひどいから、家の中もう家具が一つもないよ」
「そりゃもう物忘れの域を越えてるよ!」
健一の言葉にタケルが激しくツッコむ。
二人はもう、すっかり談笑モードだ。
だがそこで、やる気を取り戻した美玲が生真面目さを発揮した。
子供に言い聞かせるように、二人をたしなめる。
「みんな、もうちょっと探してみましょう?
たとえウサギが見間違いだったとしても、希ちゃんたちがウサギと見間違えた『何か』はあったはずだと思わない?」
「おお、なるほど……」
すっかり丸め込まれるタケル。
健一も不満はなさそうだ。
探索続行は構わないが、このままじゃ埒が明かない。
僕はみんなに提案した。
「じゃあ、ここで一度ばらけて色々な場所を探してみようか」
やっぱりみんな、いい加減飽きてきていたらしい。
僕の提案はあっさり受け入れられ、僕らはバラバラになってウサギの捜索を続けることになった。
「さって、と」
僕は一緒についてきて欲しそうな美玲の視線を振り切って、一人で校舎裏にやってきた。
茂みや植え込みが多いから、小さな動物が隠れていそう、というのがその建前だが、要は誰もいない場所で少しサボりたかったのだ。
非力でひ弱な僕には外を探し回るなんて重労働だし、学校にウサギやネコがいるなんて美玲以上に信じていなかった。
真面目に捜索をし続けていたら倒れてしまう。
周りに人の目がないことを確認してから、校舎の壁に背中を預け、休憩タイムに入ろうとした時、がさがさ、と。
まるで、そこに小さい動物でも隠れているように、近くの茂みが音を立てた。
「……まさか」
ありえない、と思った。
生徒の一人が悪ふざけをして茂みの中に隠れているという方がまだ可能性がある。
「誰か、いる?」
声をかけると、少しだけ間があって、
「……にゃー」
という返事が、確かに僕の耳に入ってきた。
――まさか、本当に?
予想外の事態に、僕も動転する。
それでも確かめない訳にはいかない。
僕は音を立てる茂みに近付くと、深呼吸。
「そこっ!」
気合一閃、音のする方に手を突っ込んだ。
(これは…!?)
伸ばした指に感じる、確かな手応え。
僕は見つけた『何か』を捕まえて、思い切り引っ張ると、
「にゃ、にゃふん!」
茂みから、何かが転げ出した。
「……は?」
でもそれは、僕が想像していた、ネコなんかではなくて、
「ふ、ふへ? あ、え、えーと、その…………にゃ、にゃぁ」
慌てた様子で顔の前でネコの手を作っただけの、れっきとした人間の女の子だった。
怪しい。
とにかく怪しい。
それが僕の、彼女に対する第一印象だった。
彼女の小柄な体躯を包むのは緑を基調とした迷彩服で、彼女の短い髪の上に装着されているのは用途不明なハイテクっぽいゴーグル。
そして見つかった時の下手すぎるネコの鳴き真似。
これ以上の不審人物はいないというくらいの不審人物っぷりだ。
この服装で出来ることなんて、正直軍の特殊部隊とかでなければ犯罪行為くらいしか思いつかない。
「えっと、それで君は……」
「ね、ネコです! にゃあ!」
またネコの手のポーズ。
無視した。
「それで君は、えっと……」
素直に想像を口にしていいか、ちょっと迷う。
だけど結局、鎌かけの意味も込めて、あえてストレートに尋ねる。
「……泥棒さん?」
「ち、違います! わたしは単なるのぞきです!!」
そうか、単なる……。
「……えっ?」
「あっ!」
やっちゃった、という顔をして口を押さえていた。
いくらなんでも、鎌にかかりすぎだろう。
こちらがゆったり突き出した鎌に全力でぶつかってきて、勝手に大怪我されたような気分。
「……の、のぞきなんだ」
何もそこまであっさり自白しなくてもいいのに。
ドン引き風味で僕はうなずいた。
「い、今のも間違えました!
わたしはただの通りすがりの善良な一般市民です!」
「善良な一般市民はこんな茂みに通りすがらないし、そんな格好で隠れたりしないよ」
もう言い逃れは無理だと思うのだが、女の子は必死で抗弁した。
「で、でも、わたしがただの通りすがりによい茂みがあったから隠れただけの、迷彩服が大好きな善良なミリタリーオタクの一般市民である可能性は?」
「ないよそんなの」
というか僕に訊くなよ。
「ぁ、…ぅ」
彼女はそれからも何か言い訳の言葉を探したらしいが、状況的に既に詰んでいた。
沈黙の時間が流れる。
「…………」
「…………」
校舎裏には生活音すら何もなく、僕ら二人が黙っているだけで、本当に無音の世界が出来上がる。
耳に痛いほどの静寂。
だが……。
「……ふっ」
突然彼女は相好を崩し、意味ありげに顔を逸らした。
遠い目をして言う。
「――こんなに静かだと、まるでこの世界にあなたとわたししかいないみたいですね」
アンニュイな表情。
見ていると吸い込まれてしまいそうな、不思議な色をたたえた瞳。
ただ、
「あの、悪いけど、そんな思わせぶりなことを言っても絶対誤魔化されたりしないからね?」
「ふぐっ!」
僕の一言で、そんなメッキは一瞬で剥がれた。
……ふむ。
僕はしばらく考えた後、とりあえずみんなの所まで連行することに決めた。
手首を取って、引っ張る。
「とりあえず、署までご同行願おうか」
「ふわぁぁ! だ、ダメです!
なんでもします!
なんでもしますから、それだけは…!」
必死の懇願。
「何でもしてくれるんなら、やっぱり一緒に来てもらおうかな」
「ぎゃー!! おにー! あくまー! ひとさらいー! よく見ると結構いけめんー!」
「何で最後、どさくさまぎれにちょっと褒めた!?」
言いながら、結構本気の抵抗をしてきたので、手を放す。
やっぱり無理矢理っていうのはよくない。
――こせいだいじに。
いつ何時どんな状況であっても、これが僕の基本方針だ。
しょうがない。
個性を損なわない程度の質問を投げかけてみる。
「分かった分かった。それじゃあ一つ訊きたいんだけど」
「な、なんでも答えます!
教えろというのなら、わたしのスリーサイズも胸の大きさも腰回りの太さも胸囲だって全部教えます!」
「いやそれ、結局自分のスリーサイズしか話してないから」
なんだろう。
実は教えたいんだろうか。
「あ、なんでしたら、この学校中の女子生徒のスリーサイズも全部答えます!」
「把握してるんだ……」
どんだけのぞいてたんだ、この子は。
率直に言えば、成華さんの胸囲についてなら興味がない訳でもないけど、今訊きたいのはそれじゃない。
「そうじゃなくて、僕が訊きたいのは昨日のことなんだ」
「昨日?」
「うん、昨日、校庭で何か生き物を見なかったかな?
……そう、例えばウサギ、とか」
僕がそう尋ねた時、彼女の顔には明らかな変化が起こった。
具体的には、僕がそう口にした途端、彼女の顔が、
『――はぁ、ウサギ? なに言ってんのコイツ、頭お花畑なの?』
という風に歪んだのだ。
何も言わなくても、彼女の表情が雄弁にそう語っていた。
それはもう、温厚な僕が思わずその頬を引っ張ってしまうくらいに、むかつく顔をしていた。
「いはい! いはい! いはいです!!」
「あ、ごめん。つい」
手を放す。
彼女は恨みがましい目でこちらを見ていた。
誤魔化すように質問を重ねる。
「だけどええと、ウサギじゃなくてもいいから、何か変わった動物を見かけたりしなかったかな?」
僕が改めて尋ねると、彼女はおずおずと口を開いた。
「あ、あの、動物、ではないですけど……」
そして、続く彼女の言葉で、この事件の謎は全て解けた。
その女の子、名前も知らないのぞき魔はそのままリリースしてしまったけれど、多分大丈夫。
別れ際、
「今度は捕まらないようにねー!」
と声をかけると、
「はーい! 今度こそ見つからないようにがんばりまーす!」
そう、元気のよい返事が返ってきたからだ。
再犯確率100%。
奴は絶対もう一度捕まる。
いい感じに何が大丈夫か分からなくなったところで、みんなと合流した。
「透、手がかりは見つかったか? こっちは全然ダメだった」
「わたしも。残念だけど、新しい発見は何もなかったわよ」
タケルと美玲は成果なし。
そして健一は、
「オレは、図書館で一枚見つけたよ。ほら」
「……うん。よく、撮れてるね」
図書館でウサギの写真を見つけてきた。
もはや捜索の趣旨を理解してるかすら怪しい。
四人が微妙な空気に包まれる中、僕は朗報を伝える。
「ウサギは見つからなかったけど、あの子たちが見たのがなんだったのかは分かったよ」
「うそっ!」
「マジかよ!」
それを聞いて口々に驚く彼らを見渡しながら、僕は真実を告げる。
「彼女たちが見たのは、本当に白い幽霊だったんだ」
その教室に入るなり、
「あ、あの! ウサギが見つかったって本当ですか?」
第一発見者、希ちゃんがこちらに駆けてくる。
「見つかったわよ。ウサギじゃなかったけどね」
答える美鈴の顔は曇っている。
ウサギではないと一番強硬に主張していたのは美玲だ。
でも、その彼女もこの結論には何か思うところがあるようだ。
「ウサギじゃないって、どういうことですか?」
戸惑った声。
それはそうだ。
この答えは、きっと彼女が一番望んでいない答えだ。
だけど、僕は成華さんに事態の究明を頼まれた身。
彼女に真実を告げなくてはならない。
「君は、校庭で白くて素早く動く『何か』を見た。
それが、飼育小屋の近くだったから、そして、君自身がそれを『かわいいものであってほしい』と心のどこかで思っていたから、君はそれをウサギだと誤認してしまったんだ」
「な、何を言ってるんですか?」
ずっと誤解させたままでいた方が、幸せなのかもしれない。
だけど、僕は無慈悲に、その幻想を打ち砕いた。
「……タケル」
「おう!」
僕の合図で、タケルが『例の物』を希ちゃんの前に出す。
「こ、これ……」
それは、全体的に白くて、ゴテゴ……いや、モコモコしていると言えなくもないシルエットの、素早く動く、小さな物。
「これは、ホワイトファントム。
君が校庭でウサギと間違えた、幽霊の正体だよ」
「…………え?」
絶句する、希ちゃんの前。
そこには無数の女性用下着に包まれた、世界一破廉恥なラジコンカーが、あった。
言葉を失う希ちゃんに、僕は頭を下げたい思いでいっぱいだった。
まさか、身内の恥がこんなところまで響いてくるとは。
それでも、さらなる証明に移る。
「ええっと、健一」
「うん」
俺の言葉を受けて、健一が図書館から持ってきたウサギの写真を車の横に並べる。
並べてみると二つがよく似ている……ような気がすることが分かる。
ホワイトファントムは、全体的に白くて、そして下着の隙間からほんの少し、マシン本体の色である赤がのぞいている。
これは全体に白くて、目だけが赤いというウサギの特徴と見事に合致する……と言っても嘘じゃない雰囲気だ。
だから、このホワイトファントムも遠目に見ればきっとウサギに見える。
見えることもある。
多分、見えなくもない、はずで、何とかそう見えるといいなぁ、なんて、思うのだけど……。
「ち、ちがいます!!
そんなはず、ないです!
わたしが見たのがこんな物だったなんて、そんなのあんまりです!」
気持ちは、よく分かる。
僕もタケルのクラスメイトとして、申し訳ない気持ちしかない。
でも、この結論はそれでも動かない。
「あの、ほんとごめんね。
だけど思い返したら、君がウサギを見たって言った時間、確かに僕のクラスのバカがこのラジコンを走らせてたんだ。
結構遠くから操縦してたし、こいつの姿は見えなかったんだと思う」
「そんな、そんなの……」
ショックのあまり、ふらつく希ちゃん。
本当にかわいそうだと思う。
この事件に被害者がいるとするなら、きっとそれは彼女だろう。
でも、これでこの話は終わり。
本物のウサギも見てみたかったけど、誤解だったということで一件落着だ。
そんな僕の予想は、残念ながら裏切られた。
それも、最悪な形で。
「……んです」
後ろを向けかけた僕に、小さな声がかかる。
慌てて顔を戻すと、瞳いっぱいに涙をたたえた希ちゃんが、こちらに向かって叫んだ。
「いるんです、絶対に!!
ここにだって、まだ、ウサギは……!!」
どうしても、僕の告げた真実が受け入れられなかったらしい。
彼女のキャラには合わないほどの、異常な興奮。
ここで僕は、彼女に起こっている異変に気付いた。
「で、でもね。そんなこと言ったって、実際……」
「いるんです! いないと、おかしいんです!」
美玲がとりなそうとするが、理屈の通じない希ちゃんには流石の美玲もお手上げのようだ。
明らかに希ちゃんは暴走している。
背中を、冷たい物が伝っていく。
これは、よくない、とてもよくない流れだ。
「あれ?」
そして、それを助長するかのように、そこで健一が何かに気付いた。
「あのさ、キミの……」
それを、遮って、
「――分かった!!」
僕は、教室中に響くような大きな声を出した。
注目が一瞬、僕に集まる。
「僕らの探し方が足りなかったかもしれない。
もう一度、飼育小屋の辺りを探してみるよ」
あまりにもあっさりした手のひら返し。
クラス全体から寄せられる戸惑いの眼差しを振り切って、僕はみんなを連れて足早に教室の外に出た。
「おい、どうしたんだよ、透。
もう飼育小屋の周りなんて散々探しただろ?」
廊下に出たところで、タケルが不満そうに詰問してくる。
分かっていない。
「あれで、いいんだよ。
ああ言うしか、なかったんだ」
僕は、失敗した。
あの子に深入りするべきじゃなかった。
原因が分かった時点でおとなしく成華さんに話して、それで事を終わりにすればよかった。
あれは、よくない。
絶対に、よくないことだ。
「今、最優先にするべきなのは、あの子を納得させることだよ。
最悪、でっち上げでも何でもいい。
とにかくあそこにウサギがいたという証拠を見つけてほしいんだ!」
強い口調で、言い切る。
タケルも美玲も、納得はしていないようだったけれど、
「……まあ、透がそこまで言うなら、いいけどよ」
「でっち上げとかそういうの、好きじゃないけど……。
仕方ないわね、付き合ってあげるわよ」
それでも協力を申し出てくれた。
一方で、いつもならこんな時真っ先に賛成してくれる健一が、思案するように黙っているのは気にかかる。
だけど、
「ありがとう」
やっぱり今優先するべきは、彼女の意に沿う何かを見つけることだ。
僕は逸る気持ちを抑えて、校庭に向かった。
しかし……。
「おいおい、ウソだろ……」
証拠をでっちあげるまでもなく、依頼人への報告は済ませられそうだった。
「まさか、本当にいるなんて……」
美玲の言葉が、そのまま僕ら全員の心の声を代弁していた。
飼育小屋の前には、さも当然といった態度で白いウサギが鎮座していたのだ。
「これが、本物のウサギ、なのか……」
タケルが、おそるおそる言えば、美玲がうなずく。
「そりゃ、そうでしょ。
さっきの写真とそっくりじゃない。
ほら、おいでー」
美玲が呼ぶと、ウサギは美玲に近付いた。
それを美玲が抱き上げる。
ウサギは抵抗しない。
「わ。ふかふか。かわいい」
美玲が思わず歓声をあげる。
「だ、大丈夫なのかよ、それ」
タケルが少し引き気味で尋ねるが、美玲はすっかりウサギの虜だった。
「大丈夫よ!
ほら、だってこの子、こんなにかわいいし。
んー、ふかふか!」
ウサギに頬ずりする美玲からは、普段の刺々しさがまるで感じられない。
年頃の女の子そのものの、自然な笑顔を浮かべている。
「これで、いいんだよね……?」
小声で、誰にともなく、問いかける。
色々と釈然としない物はあるけれど、とにかくこれで事件解決、でいいはずだ。
「それじゃ、その子を連れてさっきの教室まで戻ろう。
とにかく一番に第一発見者のあの子に報告して、謝らないと」
そう僕が言って、
「うんっ!」
ウサギを抱いた美玲がいい顔でうなずいて、
「……なぁ、ちょっと、待ってくれ」
しかし、タケルが動こうとしない。
「タケル? 何か、あった?」
不吉な予感。
それを押し殺して、訊く。
タケルは僕を、そしてみんなを、ちらりちらりと眺めてから、自分でも信じられないというように、こう尋ねた。
「――その『第一発見者』っていうの、どんな奴だったか、覚えてるか?」
何をバカなことを言ってるんだ、と思った。
「何ボケてるんだよ、タケル。
あの子とは、さっき別れたばかりだよ。
あの子は……」
そこで、気付いた。
愕然とする。
「な、なんでだろ。わたしも、あの子の顔、思い、出せない」
美玲の震える声。
「ううん、それだけじゃ、ない。
名前も、服装も、背の高さとか、身体の大きさも……。
なんだかもう、ぼんやりとしか、思い出せない」
足元が崩れていくような感覚。
タケルに目をやると、苦い顔をしているものの、美玲の言葉に異議を挟む様子はない。
つまり、美玲と同じように感じているということ。
「まさか、そんな……」
何かの間違いであってほしい。
僕の視線は、仲間の最後の一人、健一へと向けられた。
「え? ああ、オレ?」
こんな時でも間の抜けた反応をして、健一はゆっくり話し始めた。
「オレも、あの子のことはぼんやりとしか覚えてないんだけどさ。
一つだけ、まだはっきりと覚えてることがあるんだ」
健一は、そこでうつむいた。
まるでその場所に、何かが存在しているかのように。
そして、言う。
「あの子の足、透けてたんだよね」
「……は?」
美玲の、驚いた声。
「だからさ。オレが足元見た時、足が透けてたんだよ」
「なに、言ってんだよ、そんなの……」
タケルが反論する。
でもそれを言い切る前に、健一がとんでもないことを口にした。
「つまりさ。……あの子、本物の幽霊だったんじゃないかなって」
一拍遅れて、
「え、えぇええええええ!!!」
タケルが叫び、
「やめてやめてやめてー!」
美玲が耳を押さえて悲鳴を上げる。
結局、興奮した二人が落ち着くまで、数分の時間を必要としたのだった。
教室に戻って話を聞いたけれど、ウサギの第一発見者だったはずのあの少女のことを覚えている人間は、誰もいなかった。
それでも必死に食い下がるタケルを遠巻きに見ていると、ウサギを抱えた美玲が近寄ってきた。
「幽霊探し、とは言ってたけど、まさか本物の幽霊を見つけちゃうなんて、夢にも思わなかったわ」
「……うん」
複雑な気持ちで、僕はうなずく。
「あの、幽霊の女の子。
はっきりとは思い出せないけど、悪い子じゃなかったと思うの。
きっと、わたしたちにこのウサギを見つけてもらうために出てきたのよ」
そんな訳ない、と僕は思ったけれど、それは口にしない。
「……そうかもしれないね」
ウサギを抱いていた美玲の顔があまりに幸せそうで、それを壊したくなかったのだ。
「だからこの子、あの飼育小屋で飼えるように、成華さんに頼んでみようかと思うの。
あ、でもその前に、この子に名前つけなくちゃ……」
その言葉を聞いて、僕は少しだけ、考える。
迷って迷って、でも、結局言うことにした。
「だったら、さ」
ん、と振り向いた美玲に、僕は提案した。
「――その子の名前、『のぞみ』なんてどうかな?」
結局、ウサギの『のぞみ』は飼育小屋で飼われることが決定し、この哀しい『幽霊探し』は幕を閉じたのだった。