美微更市と美微更署
便宜上、美微更市は三つの層に分けられる。
まず、美微更駅を中心に背の高い「市街地」が形成されている。その市街地を囲むようにして背の低い「住宅街」があり、その更に外周を、畑や原野と住宅が無秩序なまだら模様に点在する「郡部」。つまり中心から市街地、住宅街、郡部。
遠野たちの属する美微更署は郡部にある。美微更駅と美微更署のあいだには、東北から東京へ伸びる主要道路が貫いている。
美微更署は昭和三十年代に建築された旧い建物だ。大きな三階建ての豆腐の右や左や頭の上に、小さな豆腐を載せたような近代建築様式。長年の風雨に晒され、くたびれた灰色を基調として、黒いシミや雨の跡が残っている。つぎは内側から美微更署の機能を見てみよう。
美微更市はここ20年、自治体規模のわりに殺人が異常に頻発している地域だ。いつしか警察本部の機能が美微更署に組み込まれ、特殊かつ複合的な指揮系統のもとで捜査が行われている。刑事ドラマに描かれる「所轄と警察本部の対立」は美微更にはない。代わりに、主な仮想敵は妖精課だ。
妖精課はこの敷地の右隣に建てられた、円筒形の真新しい建物にある。ガラスを多用した美しいこの五階建ての筒に、職員は刑事も含め両手で数えるほどもいない。妖精事件の頻度がそれほど多くないこともあるし、なにより捜査自体は通常事件と同様、警察署の刑事課を主体にして行われるからだ。
妖精課は刑事課と合同の捜査会議に出席し捜査方針を定め、連絡係とデータベースを通して情報を共有し、相互に独立して捜査に当たる。刑事課にとって、妖精課はいってみれば最近現れた居候にすぎない。
かといって、数で劣る妖精課が刑事課の指揮下にあるのかというと、そうではない。同じ階級で比べると、刑事課の刑事に対して妖精課の刑事に与えられた権限ははるかに強大である。横に広い三階建ての旧美微更署を見下すような、縦に伸びた五階建ての筒。
我々が足をすり減らし汗を流して得た情報を横取りし、身の丈に合わない豪奢な建物の中でなにをやっているのか分からない連中。
妖精課へのこうした見方は根深い。
それゆえ、刑事課の刑事たちは妖精課に怨恨を持っているものも多いし、逆に妖精課の遠野はそのことに居心地の悪さを感じている。加えて軍の情報局から出向してきている文官もいるから、刑事課はさらに肩身が狭い。