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プロローグ 檸檬と爆弾

科学伝奇ミステリー。

 汗と共に、冷や汗が頬をつたい落ちた。猛暑なのにどうしてこんなに寒い。白いワイシャツは背中から胸まで冷たい汗でじっとり濡れている。せっかくの楽しい日が台無しだ。

 杵島由紀夫(きじまゆきお)は、勤め先の銀行から駅前のシアノデパートに来ている。

 美微更市の駅前は栄えている。駅周辺は25年前の“破断”の直撃を免れ、復興計画により新しい企業ビルが屹立、破断以前よりも賑わいを見せる。銀行員として街の復興を援助してかけずり回った25年間を、杵島は自負していた。

 杵島はエレベーターを上がり、シアノデパート四階の子供用おもちゃ売り場に入ると、紙を持ってしばらくうろついた。分からん。たまらず店員に声をかける。

 「この紙に書いてある物を買いたいのですが」

 灰色のベストと白のブラウス。いかにもデパートデザインな制服姿の女性店員がにこやかに応対し、案内を開始する。歳は三十代中頃にみえる、品の悪くなさそうな中年女性だった。

 「娘さんへのプレゼントですか?」

 杵島が手に持つ紙に書かれているのは朝のアニメに登場するカタカナ魔法道具と、最新のポータブル・ゲーム機。それに靴のブランドとサイズが書かれている。

 「三歳と十歳と十四歳、三人いまして。私のような歳の男がこんなものを買いに来るのは変でしょう」

 杵島は薄くなった頭を掻く。彼は五十歳を過ぎていた。

 「子供達に頼りにされているんですよ。今どきそんなお父さんいませんよ」

 「お世辞がお上手で」

 「でもお洋服のほうはこの階にはございません。後ほど三階のほうをご覧下さい」

 女性店員は流れるように売り場を案内し、杵島の手元にはすぐさま魔法道具とゲーム機が揃った。さきほどの悪寒はいつの間にか消えている。

 「それではあちらのカウンターでお会計をお願いします」

 杵島は両手にふたつの商品を手下げ、カウンターの奥に入ろうとする店員の後ろに続く。

 ずきずきずき。

 胸に鋭い痛みが走った。杵島は商品を床に放り出し、崩れるように片膝をつく。生理と理性の戦いで、ふたたび生理が優勢に。折れた膝を起こそうとするが、力が出ない。身体に鉛がまとわりついたように重い。そして再び走る激痛。すぐさま先程の女性店員が駆け寄る。

 「人を呼んで!お客様、痛むのはどこですか?」

 「うぐ、が」

 声にならない。とん、とん、とん。内側から鼓動が聞こえる。リズムに合わせて体内にいる小さな何者かがアイスピックで刺すようだ。とん。胸が痛い。とん。胸が痛い。ん。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。い。い。い。ん。出さないと。外に。ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ。

 ***

 私は、左胸を握り込んだ男の右手を止めようとした。心臓の疾患ではないのか。ならば心臓に負荷を与えてはいけない。しかし男の右手は制止を無視し、なおも左の胸を強く抑える。めりめりと、右腕ごと胸のなかに深く深く沈んでゆく。男の左手は右手の上から添えられている。

 「胸から手を離して。誰か、手伝って!胸から手を離して下さい、ひっ」

 夏のスプリンクラーを想起した。赤いスプリンクラー。思わず後ろにのけぞる。私の顔と胸が温かい液体でぐっしょり塗みれている。男の白いワイシャツは真っ赤に染まり、床にはトマトを100個潰したような、どこまでも広がっていく鮮血。

 次の瞬間、地面に頭を垂れていた杵島の目がかっと見開き、発狂した丸い瞳で私を凝視する。そして、血まみれの両手で私の両肩をがっちり掴む。

 二つの丸い穴には、恐怖も怒りも憎悪もない。ただ暴力の予兆という概念を向けられて、私は動けない。ぼとり。何? 私の両手。落ちたもの。赤。塊。ぴくぴく。そうか、男は私の両手に心臓を乗せたんだ。なぜ?

 その瞬間、シアノデパート四階は爆発で吹き飛んだ。

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