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Menu2 飴

 


 朝から降り続いた雨は止む気配を見せず、窓の外には暗く重たい曇天が広がっている。

 男は濡れた傘を閉じ、そのまま警察署入り口の傘立てに突っ込んだ。

 重たい鞄の中から分厚い資料を取り出すと、片手に持って眼を通しながら自分の所属部署へと向かっていった。


 数日前から忙しい日々が続いている。今日も昼飯さえ食べる時間が無い。

 俺は溜まった疲れと強い空腹を感じて苛付いた。こちらの努力をあざ笑うかのように、犯人の手掛かりは一向に掴めない。

 俺は手に持った資料を机の上へと放った。分厚い資料は重たい音を立てて、デスクの上でページを開く。

 ついでに重たく感じる自分の体も投げ出すように、デスクの椅子へと腰掛ける。

 安物の椅子はすぐにギシギシと悲鳴を上げて、俺の体を受け止めた。このオンボロめ。

 俺は煙草を吸おうとごそごそとポケットを探ったが、出てきたのは空になった煙草の箱だけだった。

 思わず舌打ちが出る。俺はぐしゃりと箱を握り潰し、ゴミ箱へと投げ捨てた。しかし、潰れた箱はゴミ箱から外れ、床に落ちる。

「くそっ」

 俺はゴミ箱を蹴っ飛ばしたくなりながら、ご丁寧にもゴミを拾い直して捨てた。


 そんな俺の目の前に、小さな袋に包まれた飴玉が差し出される。

「どうぞ。疲れていらっしゃるようね。糖分を補給されてはどうです?」

 そう言ってくれたのは、同じ課の女刑事だった。

 彼女は茶色く染めたショートカットの髪型に、スタイルの良い体を地味なグレーのスーツで包んでいる。彼女の笑顔と生き生きと輝く瞳が、俺の瞳に溌剌と映った。

 俺は彼女に礼を言うと、飴をひとつ口に頬張った。口の中に甘酸っぱいレモンの味が広がっていく。

 からり、ころり。

 口の中で飴玉を転がすと、乾いた音が口腔から鼓膜へと伝わった。

 からり、ころり。

 じわりと、飴の味が一層強く広がって行く。口の中に砂糖の甘さがねっとりと広がった。

 飴の甘さが、今回の事件を嫌でも脳裏に甦えらせる。

 心がざわつき、ちくちくと針で刺されているようだっだ。

 飴を舐めている筈なのに、強い口渇を感じて落ち着かない。俺は、口の中のまだ大きな飴玉をガリガリと音を立てて噛み砕いた。

 

 脳裏に検視の結果がちらついた。

 連続殺人事件の被害者の口からは、極僅かに飴の成分が検出されていた。


 事件の被害者は二人、共に10歳に満たない女児であった。二人は裸体で胴体と四肢が切断された姿で発見された。

 最初の事件では、遺体は死後一カ月以上経過しており、頭部と胴体が当県県北の山中で発見され、四肢は資材置き場で発見。

 二人目の事件では死後一週間で発見される。同じく頭部と胴体は当県県西の山中で、四肢は市内の空き地で発見された。

 遺体には共に絞殺された跡があり、被害者が抵抗した形跡が見られた。

 一人目の被害者には、遺体の奥歯に飴が少量付着していた。被害者は飴を噛み砕いて食べる嗜好があったようだ。更に、二人目の遺体からは口腔内より極僅かに還元麦芽糖水飴、着色料など飴に含まれる成分が検出された。また、二人目の遺体には胃に内容物の残渣が無く、空腹時に殺害されていた。

 二つの事件は犯行の手口から、同一犯である可能性が高い。また、内容からして単独犯だと推測された。

 ただし、共に死亡してから遺体の発見までに時間が経過している為不明な点が多く、この事件をより難解にしていた。


 俺は机の上に投げた資料を手に取った。開いているページには、推測される犯人像が描かれている。


 犯人は非常に自己中心的かつ残忍な性格である。非常に用心深く用意周到で粘着気質。また、コミュニケーション能力や他者への共感能力に欠ける。空想と現実との区別ができず、思い込みが激しい為、他人の意見を受け入れられない非社会的な性格である。

 このような人格形成は、幼児期に家族からの愛情やコミュニケーションが受けられず、学生時代においても周囲と馴染めず孤立した環境で過ごしたまま、成人になった場合に形成されると考察される。

 

 俺は、再度現場の目撃証言へと目を通した。

 最初の被害者は下校時に友人と別れた後、自宅へと帰るわずか5分の間で行方が分からなくなっている。次の被害者は公園で友人と遊んでいる間に消息を断っていた。共に、ほんの数分間の出来事であった。

 この事から、犯人は土地勘がある者で用意周到に計画し、犯行を行った可能性があった。

 また、犯人の犯行目的は遺体の状態から異常な性的欲求を満たす為の行為である事も窺えた。なぜならば、二人の被害者は性的暴行を受けた形跡があったからだ。






 ここは、昼間であるにも関わらず真っ暗でじめじめとしていた。小さな雑然とした部屋の窓は遮光カーテンが引かれ、テレビだけが薄暗い光を放っている。

 テレビの前には人影が一つ、じっと画面を見つめていた。画面の中のニュースキャスターは、緊張した面持ちで記事を読み上げている。

 

 今日も連続殺人事件のニュースだった。手掛かりはほとんど無く、今だ犯人は捕まる気配が無い。

 僕はニュースを見ながらほくそ笑んだ。

 無能な警察に僕を捕まえられる訳が無い。

 

 唐突にドアを叩く音が部屋に響いた。

 部屋の外から声が聞こえる。それは久しぶりに聞く父親の声だが、内容は相変わらずだ。部屋に籠らず仕事をしろというものだ。僕はそれを無視して日記へと手を伸ばした。


 0月×日

 コンビニのレジで支払いをする時に、店員の態度が悪かった。店員は大人の女だった。僕は大人が嫌いだ。奴らは人を、偏見で固まった眼で見る。誤った価値観や固定観念を押し付けて判断するんだ。

 だから僕は、純粋な心を持つ子供が好きだ。特に明るくて優しい女の子が大好きだ。彼女達は僕を嫌な眼で見ないし、可愛い笑顔を向けてくれる。今日は麻衣ちゃんのお友達が公園で楽しそうに遊んでいるのを見かけた。


 0月×日

 今日は麻衣ちゃんのお友達に声を掛けてみた。母親から、知らない人に付いて行かないように言われていると、麻衣ちゃんの友達は言った。母親は余計な事を教えている。

 僕も麻衣ちゃんと友達だと伝えると、彼女はすんなり仲良くしてくれた。子供とは何とも単純だ。名前は愛香ちゃんと教えてくれた。

 素直な所がとても可愛らしい。やはり、子供は良い。

 今日は僕の母親と久しぶりに会った。話す事など何も無い。


 ○月×日

 愛香ちゃんと友達になった証に僕の好きな飴をあげた。美味しいと言って食べる姿が可愛かった。笑顔も明るくて、僕は愛香ちゃんの事が好きになった。

 僕の背後から、あいつも楽しそうに見ているのが分かる。僕は更に気分が良くなった。あいつも愛香ちゃんが良い子だと分かっているだろうから。

 次は愛香ちゃんを、僕の部屋に招待しよう。麻衣ちゃんも僕の部屋を気に入ってくれていた。


 ○月×日

 愛香ちゃんを部屋に招待した。部屋一面のビデオ、DVDに愛香ちゃんは驚いていた。僕のコレクションを見て、愛香ちゃんはレンタル屋さんみたいに沢山あると喜んでいる。愛香ちゃんが楽しそうなので、僕も嬉しかった。僕は、愛香ちゃんに此処は二人だけの秘密基地だと説明した。大人には知られてはいけないので、母親にも黙っておくように愛香ちゃんと約束した。

 背中のあいつが、愛香ちゃんと会っている事は秘密にしろと煩いからだ。

 久しぶりに今日は楽しかった。麻衣ちゃんが居なくなって寂しかったが、今は愛香ちゃんが居る。

 背中のあいつが、いつもより顔をずっと前に覗かせているのが分かった。


 ○月×日

 あいつが背中から身を乗り出してきた。僕はあいつがこれ以上前に出ないように、何とかあいつを宥めた。背中に戻すのは疲れる。最近は、あいつがどんどん前に出てくるようになった。ああ、愛香ちゃんと会って話がしたい。


 ○月×日

 あいつが僕の前に立っている。あいつは昨日よりもずっと強くなっていて、背中に戻るように言い付けても、全く言う事を聞かない。ああ、今は僕があいつの背中を見ている事しかできない。これではいつもと逆だ。僕の苦しみをあざ笑うかの様に、あいつが笑い声を上げた。僕の振りして愛香ちゃんに声を掛けるつもりだ。愛香ちゃん僕に気付いて。


 ○月×日

 あの日、あいつは愛香ちゃんを僕の部屋に連れてきた。あいつはとても悪い事をするつもりだ。僕は、あいつの背後から何度も止めようとした。でも、僕には見ている事しかできない。

 愛香ちゃんは、あいつがあげた飴を美味しそうに舐めている。楽しそうにはしゃいでいる愛香ちゃんの服をあいつは脱がせた。愛香ちゃんが歪んだ顔になって、小さな身体が海老みたいに何度も跳ねた。愛香ちゃんの口から泡が噴き出している。ああ、あいつは恐ろしい事を次々と……。


 ○月×日

 愛香ちゃんは僕と遊んでくれなくなった。あいつのせいだ。愛香ちゃんも麻衣ちゃんと同じになった。これでは、初めに仲良くなった桜ちゃんと一緒ではないか。

 僕はあいつの後ろから、見慣れてしまった愛香ちゃんの後片付けを見ていた。

 

 僕は日記を閉じた。

 テレビの上にある双眼鏡を手に取ると、カーテンの隙間から公園を眺める。

 双眼鏡の中にはポニーテールの子が満面の笑顔で遊んでいた。可愛い。今度こそ、この子とずっと仲良くしよう。






 殺人課の電話が、空気を裂く様にけたたましく鳴った。

 近くにいた女刑事が電話を取る。

「警部、また新たな犠牲者が出ました。山本愛香、8歳です。遺体の発見場所は……」

 新たなる犠牲者が出てしまった。

「くそったれ!」

 俺は、脱いでいた上着を掴むと現場目指して駆けだした。






読んでいただきまして、ありがとうございました。

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