【短編】勇者の葬式
不慮の事故、というよりも、不本意な事件、と言った方がいいだろうか。父さんが通り魔に刺されて亡くなった。厳密には、襲われている小学生たちを助けようとして、亡くなった。
いや、より厳密に言うなら、「下校中の小学生たちを助け、通り魔を取り押さえ、警察官が来るまでの間に、その通り魔の仲間に刺されて亡くなった」のだ。
通り魔は二人組という、日本では珍しい犯行だった。脇腹、肋骨の隙間を刺されたのが致命傷となったそうだ。伝聞調なのは、高校の昼休みに先生から病院に行くように言われ、そこで父に会う前に刑事から事情を説明されたからだ。
昼からの物理の授業をサボれるからラッキーじゃん、みたいに言う同級生がいたが、本当にクソだと思う。事情を知らないとしても、知っていたとしても、家族に何かがあって病院に駆けつける同級生にかける言葉じゃない。
母さんは何かを悔やんでいたようだった。足りたのかしら、とばかり言っている。なんのことか。
父さんは司法解剖に回されることとなり、死因は失血死と報告を受けたが、刺した通り魔が既に逮捕されているのだから、わざわざ死因を特定するなんて無駄だ、と母は言っていた。親が死んでも、夫が亡くなっても、人は寝るのだとよくわかった。
翌日、母の姉・弓子さんが葬儀社を手配し、通夜が早々に執り行われた。地元の公民館のようなところ、いや厳密には葬儀場で、三十人ぐらいは入れる場所だった。
会社員だった父さんの上司や同僚が通夜に来ることもなく、代わりに襲われた小学生の保護者たちが目を腫らしながら通夜に来てくれた。そのなかでもひときわ目を引いた、というか既視感のある人がいたのをはっきり覚えている。
小学生の保護者たちに連絡してくれたのは、弓子さんの夫、賢三さんだったらしい。
ほとんど誰も来ない通夜は、もともと音という概念自体がない世界のようだ。
タバコを吸いたそうにしている賢三は
「何人来てくれました?」と母さんに尋ね、沈黙を破った。
泣き腫らした目を白いハンカチで抑えながら母さんは「十五人ぐらいかな」と静かに答えた。
「それなら。なんとかなるんじゃないの」
弓子さんがせっかちに割って入った。
「勇太郎くん、あのさ、お父さんから聞いてない?」
「なにをですか」
「姉さんやめてよ」
「いいじゃないの、魔央」
母さんが弓子を制する。賢三がまぁまぁといなして続けた。
「魔央ちゃんが言いにくいのなら、俺から話そうか」
何を話そうというのか。それよりも母の名を久々に聞いた。魔央だ。
「あのね、勇太郎くん、きみのお父さん・勇気は、なんというか、勇者だったんだ」
音もない通夜会場に、賢三さんの声が良く響く。内容がどれだけ馬鹿げていても、静寂を破ってまで発せられた音というのは、どこかしか正解をまとった覚悟があるように感じる。物理の授業中に、質問のある人? と言われて「さっきの解答ですが」と手を挙げ、切り出すあの感じ。だけど、なんだ?ユウシャって有社?雄車?夕謝?そんな言葉知らない。
「勇者だよ、ゲームやらない?ドラゴンなんとかとか、ファイナルなんだとか。RPGの」
賢三さんが胸ポケットのタバコか、ライターを探している。きっと、いつものジャケットに入れっぱなしで、喪服に入れ替えるのを忘れたのだろう。きっとライターが見つからないのだろう。
「やりますよ。って、あの、勇者ってことですか? 父さんが?」
面食らうや驚く、を通り過ぎると素になると言うが、僕のその時の表情を記録しておきたかった。
「俺と弓子、魔央さん、でお父さんの勇気は昔同じパーティーだったんだ」
パーティーを一行、一団、一隊と訳する機会に出会うとは思わなかった。まじめな顔は賢三さんだけではなく、弓子さんや母さんも同じだった。
「それで、俺たちはなんとか魔王を倒しはできたんだけど、犠牲が大きくてね。歴史か地理で習ったかもしれないけど、四国ってほら、広島の下らへんにあったんだけど、あれ、吹き飛ばしたのよね」
四国が跡形もなくなったという話は、現代史で習ったが、理由までは習わない。理由が説明できなかっただけ、なのだろう。
「そのせいで、俺たちは魔王討伐の褒賞を受け取るどころか、追われる身になってね」
「つまりそれって」
「そうよ、重大犯罪人、とでもいうのが正しいんでしょうね」
弓子さんがくたびれたパイプ椅子に座って、父さんの遺影を眺めながら言った。
「だから、勇気さんは困っている人や苦しんでいる人がいたら、わが身を顧みず助けようとしたんだよね」
ちょっと待て。勇者って言ったよな。ゲームじゃぁ、一太刀浴びたぐらいで死なないぞ。脇腹刺されて失血死って、ごくごく普通なんじゃないか。
「勇者だったら、そんな簡単に死にます?」
まず勇者と言う説明を受け入れた僕に、みんな感謝して欲しい。話の早い息子や甥っ子だという評価を求む。
「いやいやいや、死ぬ死ぬ死ぬって」とタバコが無くて手持無沙汰の右手をゆらゆらと振りながら、賢三さんは否定した。
「戦闘で死なないのは、ほらウチの旦那がバックアップで回復魔法を唱えてるから。ウチの人、賢者なのよ」
賢三さんが賢者?最も遠いところにいる俗物だと思うが。弓子さんは続けた。
「私はアーチャーって言って。弓使いと鍵開け担当。勇太郎くんのお母さん、魔央は魔法使い」
・ 父さん・勇気の勇は、勇者の勇。
・ 賢三さんの賢は、賢者の賢。
・ 弓子さんの弓は、アーチャーの弓。
・ 魔法使いのお母さんの魔は、魔法使いの魔。
「そのカミングアウトっていったい何に役立つんですか?」
「いや、今から蘇生の儀を発動させようかと思ってね」と賢三さんが腕まくりし始めた。
「蘇生の儀?」
「勇気を生き返らせるってこと」
「そんなことできるんですか?」
勇太郎は固いままの頬が紅潮するのを感じた。
「できる。だって十五人助けたんだろ、少なく見積もっても五人。いや、ニュースでは十数人と言ってただろ」
賢三さんが声を張った。
ゲームだと蘇生は魔法を覚えて唱えればいいだけだけど、現実では「いいこと」していないと、魔法が効かないらしい。現実ではってのも、その言い方引っかかるが。
「勇気って、マジメだったからさ。魔央一筋だったし」
弓子さんが母さんの手を握りながら、するりと発言した。まるで、そのことを言いたかったみたいな、セリフめいても聞こえる。
「まぁ、その辺は微妙なんじゃないの?」
賢三さんがやんわりと否定する。
「どういうことよ」
「だってさ、勇気、魔央ちゃんと弓子で二股だっただろ」
「ちょっと、子どもの前で」
母さんが即座に賢三さんを制する。
「あの、父さんを蘇生するって話は?」
大人の話に割って入るのは、少々気分が滅入った。割って入るというより、終わらせるが適切だが。
「そ、そうだな。じゃぁ、唱えるよ」
賢三さんが父さんの棺に近づいた。
「エイム・リバウム」
蘇生魔法、といってもなんたらかんたらと長い呪文を唱えるのとは違うみたいだった。
善行を積んだ父さんは、あと五人助ければ蘇生が可能な領域に達しているということだった。それを見越して、人助けをしたのか。
十五分経ったが、父さんはピクリともしない。
「おかしいな、効かない」
「簡易詠唱したからじゃないの?」
弓子さんが賢三さんに詰め寄る。
「そんなことない、ちゃんと魔力も足りてるし。というよりも、なんだ、その、勇気って何か悪いことでもしてたんじゃないのか。少なくて五人も人助けをしたのなら、十分過ぎるほどの善行だ。蘇生が二回はできるだろ」
「それはそうね」弓子さんは頷く。
「なぁ、魔央ちゃん。勇気って、パーティー解散してから、マジメに働いてたんだろ?」
「そうだと思う」
「勇太郎もどう思うよ。お父さん、マジメな人だったろ?」
僕は賢三さんの問いかけに、沈黙した。それも長い沈黙だ。一分ほど黙りこくった。どうなの? と弓子さんがイライラしているようにも見える。
僕はゆっくりと、頷いた。どっちにもとれるけれど、人は自分の思っている方に思い込む。
「父さんって、勇者としてはどうだったんですか?」
「そりゃぁ、強かったな。俺たちのパーティーは前衛がいないんだよ。俺も弓子も魔央ちゃんも後衛でね。勇気は一人戦士みたいなもんでね」
賢三さんが得意げに過去を振り返って言うには、母さんが魔法で敵にダメージを与え、弓子さんが敵の弱点を矢で狙う。賢三さんが補助魔法で防御力や回復魔法でバックアップして、父さんがとどめを刺すと言う流れらしい。
ということは、父さんは、そういうことか。
「たくさんの敵を倒したよ、魔王にだってとどめを刺したのは、勇気だからな」
やはりそうだ。
「父さんに蘇生魔法ってのが効かないのって、その、とどめを刺させたのが原因じゃないんですか?」
賢三さんと弓子さんは、不自然に首を横に振った。壊れた虎の張り子のようだ。何を否定しているのだろうか。
「父さんが、魔物を殺し過ぎたんでしょ。もちろんその時は、人間を助けてるってことでもあるから、善行がたまっていたとしても」
賢三さんがうつむく。僕は続けた。
「相殺してるんだよね、たぶん、人助けよりも魔物を殺した方が多い、だから、五人の子どもを助けたとしても、足りないってことなんじゃないの」
通夜会場から音が消えた。僕の言葉が芯を喰ったのか。大人たちは黙りこくった。
「七つの大罪」母さんが呟く。
「いや、それは償っただろうに」
賢三さんが取って返す。
「勇者を辞めてからの話よ、きっと」
弓子さんが口を挟む。
傲慢、強欲、嫉妬、怒り、色欲、暴食、怠惰、七つの大罪がどうしたというのか。漫画で覚えた。
勇者一行といっても、相手側つまり魔物側から見れば悪そのもの。自分たちの生活を脅かすんだからね、と賢三さんはモノの見方を語る。子どもでもわかる話だが、わかるだけでそれは人間社会では特に機能していない。
相手の立場に立ってみても、思いやることができないのだ。だから、父さんたち勇者ご一行だって、魔物を討伐しながら、自分たちの正義たるものを形作っていったのだろうに。
「償いはしたはずだし、償ってなければ、パーティの解散だって認められなかったはずだ」
賢三さんはじっと一点を見ながら語る。何かに怯えるように。
「だから、辞めてからの話なのよ。勇気さんが魔央と一緒になってから今日までの間に、七つの大罪の何かを犯した」
父さんは傲慢だ。自分を過信しすぎる。それを証拠に、通り魔に勝てると思ったんだろう。元勇者の肩書に自惚れた。
父さんは強欲だ。僕は知っている、なぜ通り魔たちと戦うことになったのか。失った勇者としての権力を取り戻したかったのだ。
父さんは嫉妬に狂っている。母さんが他の男の人と一緒にいるところを良くみている。父さんがあの日どうして三時すぎに通学路を歩いていたんだ。あの道は、母さんの職場の近くだ。
父さんは怒っている。父さんは子どもが嫌いだ。スーパーで騒いでいる子どもを見ると、蹴とばしたくなると、SNSに投稿しているのを僕は知っている。
父さんは色欲に溺れている。僕が知らないと思っているのか、会社には女がいる。色の白い目のはなれた女だ。不倫しているのを、部活の打ち上げのカラオケで目撃している。
今回助けた子どもたちの親の中に、その女はいた。目がはなれているあの顔は見間違わない。
父さんは暴食の限りを尽くす。遺品の財布の中には大量の無料引換券があった。デカ盛りラーメン店あらしをしていたのを僕は知っている。そして、そのラーメン店の店主から恨まれていたのも知っている。
父さんは怠惰だ。本当は仕事をしていないのを知っている。無職だ。なのに会社員だと言っている。どこから生活費を手に入れているのか。
大人たちが、だよね、と口を揃えた。
どういうことか?
どうもこうもないよ、そういうことだよ。勇太郎くんの口から洩れてたよ、と弓子さん。
いつの間にか、出勤前のようなキリっとした顔立ちにかわった母さんが
「賢三さん、もういいんじゃない。五人も救っても、まだマイナスなんだから。このまま死なせておいた方が、人間にも魔物にもすべての人にとっていいんだと思う」
母さんが同意を求めるように言った。それはお願いというよりも、命令のようにも感じた。
「じゃぁ、しっかりと燃やしますかね」
賢三さんは軽口を叩いて、胸ポケットをまさぐりながらようやくライターを見つけた。
ひょいと口にタバコを咥え、火をつけた。
魔法でつけりゃ、いいのに。
それにしても、誰も来ない通夜だ。




