第30話 譲れない距離
訓練場の空気が、明確に変わった。
ユリウス、レオンハルト、エリオス、セレス、カイ、ノア。
学院側の全員が、無言で一歩前に出る。
その視線は、ただ一人――リヒト・ヴァルツへと向けられていた。
「……専属指導?」
最初に口を開いたのは、ユリウスだった。
「突然現れて、王命だからって理由で、
俺の妹のそばに立ってるって言うのか」
声音は低く、はっきりと敵意を含んでいる。
レオンハルトも続く。
「ルクシアは、守られるべき存在だ。
あなたがどれだけ強くても、それは変わらない」
リヒトは、二人を静かに見返した。
「守るためには、理解が必要だ」
「理解?」
エリオスが一歩前へ。
「あなたは、どれほど彼女の力を把握している?」
その問いに、リヒトは即答した。
「光と闇、双方の魔力総量。
感情による変動率。
暴走の引き金となる条件も、把握している」
その瞬間、空気が凍る。
「……なに?」
カイが、息を呑んだ。
「それを知らずに“守る”と言うなら、
それはただの同情だ」
次の瞬間――
「……言わせておけば!」
ユリウスが地を蹴った。
「なら、証明しろ!」
同時に、レオンハルトが魔力を解放する。
光が走り、風が唸る。
(え、まって!?)
止める間もなかった。
「……仕方ない」
リヒトは、深く息を吸った。
――そして。
何も詠唱しないまま、魔力を展開した。
見えない壁。
それだけで、ユリウスとレオンハルトの動きが止まる。
「なっ……!?」
「身体が……!」
エリオスが即座に判断する。
「下がれ! これは制圧系――」
だが、その声すら途中で封じられた。
圧倒的な“差”。
攻撃ではない。
威圧でもない。
ただ、存在するだけで押さえつけられる力。
「……これが」
リヒトの声が、静かに響く。
「彼女の力を扱うということだ」
指を鳴らす。
次の瞬間、すべてが解けた。
誰も倒れていない。
傷もない。
だが――全員、理解してしまった。
(……勝てない)
沈黙の中、レオンハルトが一歩前へ出る。
「……あなたは、敵じゃない」
悔しそうに、けれどはっきりと。
「ルクシアを、導く覚悟があるんですね」
リヒトは、わずかに目を細めた。
「当然だ」
ユリウスは拳を握りしめ、歯を食いしばる。
「……気に入らない」
そう言ってから、顔を上げた。
「でも、認める。
あんたは……本物だ」
そして。
「だからこそ」
ユリウスは、はっきり言った。
「俺たちも、特訓に参加する」
「え?」
思わず声が出る。
レオンハルトが頷いた。
「ルクシアを一人にしない。
同じ場所で、同じ時間を過ごす」
セレスが笑う。
「守るなら、理解しないとね」
エリオスも静かに言った。
「彼女の未来に、置いていかれる気はない」
リヒトは、少し考えるように黙り――
「……いいだろう」
短く答えた。
「ただし、甘さは許さない」
その言葉に、全員が頷く。
私は、その光景を見つめながら胸がいっぱいになった。
(……一人じゃない)
守られて。
認められて。
それでも、前に進む。
こうして――
魔術大会へ向けた特訓は、
想像以上に賑やかで、
そして、確かなものになっていった。




