第3話 愛されるということ
私がルクシア・ノクティスとしてこの世界に生まれてから、数日が経った。
赤ちゃんである私は、基本的に眠っているか、抱き上げられているかのどちらかだ。
けれど、意識だけははっきりしているせいで、周囲の様子がよく分かってしまう。
「ルクシア様、お目覚めですか?」
そう言って覗き込んでくるのは、柔らかな雰囲気の女性。
乳母だろうか。彼女は私を見るたび、必ず表情を緩める。
(……また、その顔)
まるで、壊れ物を見るような。
それでいて、とても大切なものを見るような顔。
原作での私は、幼い頃から「扱いづらい令嬢」として距離を置かれていたはずだ。
それなのに、この世界では。
「まあ……今日も本当にお可愛らしい……」
「見ているだけで、心が洗われるようだわ」
(大げさでは……?)
私が小さく手を動かすだけで、周囲がざわつく。
少し声を出せば、すぐに誰かが駆け寄ってくる。
(嫌われないように、って思ってたけど……
これは、嫌われないどころか……)
ふと、視線を感じた。
少し離れた場所で、一人の男性が静かにこちらを見ている。
整った顔立ちに、揺るぎない威厳。
それでいて、その眼差しは驚くほど穏やかだった。
「……よく眠れているようだな」
そう言って近づいてきたのは、
ルクシア・ノクティスの父親――アレクシス・ノクティス。
低く落ち着いた声が、優しく空気を震わせる。
(この人は……お父様……?
原作だと、もっと冷たかったはずなのに)
ルクシア・ノクティスは、
“愛されなかった悪役令嬢”の象徴だった。
でも。
小さな手を、そっと包み込まれる。
それだけで、胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていく。
(……知らなかった)
愛されるって、
こんなにも静かで、
こんなにも怖いものなんだ。
期待してしまいそうになるから。
失うのが、怖くなるから。
それでも。
「ルクシア」
その名を呼ばれるたび、
私は確かに、ここに存在しているのだと実感する。
(……嫌われないように)
その決意は、まだ変わらない。




