第29話 本領と衝撃
王都郊外、結界で厳重に囲まれた訓練場。
私は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
(……なに、これ)
目の前の光景が、理解できない。
「今のは、基礎だ」
淡々とそう言ったのは、リヒト・ヴァルツ。
彼の周囲には、いくつもの魔法陣が展開されていた。
光でも、闇でもない。
それでいて、どちらにも干渉するような――歪み。
「……基礎?」
思わず聞き返す。
「そうだ。威圧、制圧、遮断。
すべて“力を見せないため”の技術だ」
そう言って、彼は指を鳴らした。
――瞬間。
空間が、沈んだ。
重圧。
息が詰まり、足元の地面がきしむ。
(……うそ)
魔力をぶつけられているわけじゃない。
なのに、身体が動かない。
「魔力は、出すものじゃない」
リヒトは、私を見て言う。
「“存在させる”ものだ」
次の瞬間、重圧は霧のように消えた。
何事もなかったかのように。
(……この人、強すぎる)
私は、ごくりと喉を鳴らした。
「……すごい」
心から、そう思った。
「……あんなの、見たことない」
リヒトは一瞬だけ視線を逸らし、
すぐにいつもの無表情に戻る。
「比べる必要はない。
君は、君の魔法を使えばいい」
そう言われて、胸が少し温かくなる。
「……リヒトは、怖くないんだね」
ぽつりと零すと、
彼は少しだけ眉を下げた。
「……怖いさ」
「え?」
「君の力は、正しく導かなければ、
世界を壊す」
それでも、と彼は続ける。
「だから、ここにいる」
私は、その言葉を聞いて――
(……この人、好き)
とても単純な感想が浮かんだ。
気づけば、私は彼の外套の端をきゅっと掴んでいた。
「……?」
リヒトが、驚いたようにこちらを見る。
「つよいし、やさしい」
正直な気持ちを口にすると、
彼は、わずかに目を見開いた。
「……離れないな」
「だめ?」
「……いや」
否定は、されなかった。
その空気を――
「……は?」
ぶち壊す声が、響いた。
「なんで、知らない男に懐いてるんだ……?」
聞き覚えのありすぎる声。
振り返ると。
そこに立っていたのは、
ユリウスお兄様。
その隣に、レオンハルト。
さらに、エリオス、セレス、カイ、ノア。
全員、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
「ちょ、ちょっと待ってルクシア!」
「その人誰!?」
「離れたほうがよくない!?」
(……来た)
リヒトは、静かに一歩前に出る。
「王命により、彼女の専属指導を任されている」
「……は?」
ユリウスの目が、細くなる。
「……俺の妹に、何してる」
空気が、一気に張りつめた。
(やばい、これ……)
私は、慌てて口を開いた。
「ち、ちがうの! リヒトは、すごく強くて、ちゃんと教えてくれて……!」
必死な弁明に、
学院側は一斉に黙り込む。
そして。
「……強い?」
レオンハルトが、静かに尋ねた。
リヒトは、短く答えた。
「ええ」
その一言で、
再び空気が軋んだ。
――特訓は、思わぬ形で中断され。
新たな火種が、
静かに生まれていた。




