合言葉の意味
ダイレクトメッセージを送り、5分程待つと照代が走ってくる。手を振りながら走っているな。
そして、遠くでも笑っているのが分かるな。アリサに会えてよほど嬉しいのだろう。
「はあはあ、アリサ! ありがとう来てくれて」
照代登場。ツイッターのプロフィール画像と比べると相当老け込んでしまっている。ほうれい線がかなり目立つが満面の笑みだ。
毒の影響であろう。可哀相に……
「よっ」
手を上げて挨拶する。
「よっ」
「ここまで来るのに苦労したんだよ? 一駅分歩いて……水も買わされて、兵糧も尽きて……全く、庭もやたら広いし……何坪あんのよ?」
「東京ビッグアリーナゴールデンハムスターエッグ2個分でござるよ」
「広過ぎよ! てかそれ2話のボケ人間コンテスト会場の名前じゃない! そんなの誰が覚えているのよ!」
「でももし覚えている読者さんなら嬉しいと思うでござるが……」
「そうかもね。でもその
『ござる』
という語尾は、忍者の家の人だったからだったんだね?」
「ええ、抑えているでござるが時々出るでござるでござる」
「成程ね。で、毒は大丈夫?」
「ええ、お陰様で。でもあのホテルには二度と行きたくないわ」
「わかるよ。オーナーが気持ち悪いもんねえ」
「アリサ? あんたは何を見てきたでござる? 八郎という犯人が仕組んだ毒で苦しみ死にかけたからに決まってござろう!」
「ホントに?」
「まあちょっと臭ったし近くにはいて欲しくない人だったけどね。でも人の顔のことは悪く言っちゃ駄目よ?」
「あら? 気持ち悪いって言っただけでしょ? 何でたったそれだけのことで
『顔』
って断定しちゃったのお?」
「え?」
「あら? 分からないみたいでござるねえ……それはね? あんたが深層心理であいつの顔が醜くかったからってのが強く残っていたんじゃない? だからこそ
『気持ち悪い』
って聞いただけで顔って特定出来たんだわ。性格が気持ち悪いとか、行動がそうだとか色々あるわけじゃない? でも
『顔のこと』
って一番に言ったよ? いくつもの選択肢があるはずなのに、その中から顔を最速で一旦だよ? 言ったんだよ? それって奴の顔が醜いってあんた自身が言ってるようなものじゃない? あんたこそ顔が醜いって特定しちゃ駄目よ?」
「し、しまった! でも何で
『言ったんだよ?』
を二回言ったでござる?」
「あ、それは言い間違……違う! 大事なことだからよ! 大事なことは二回言う必要があるって古文書にも書いてあるでしょ?」
まあ長旅で疲れているから言い間違いもあり得るだろうな。だが、その拾うの……疲労のお陰で出た
☆『一旦だよ?』☆
の部分は、本来彼女の口から出ることはなかった幻の言葉。それを披露の……疲労のお陰でたったの数文字ではあるが文字数稼ぎが出来たのだ。この奇跡に感謝しよう。
「確かに大事よね。そう思っていたのは否定しないわ。オーナーさんごめんでござる……」
「いない相手に謝ってどうするのw」
「でもマスコミやら口コミでも広がってかなりの損害になったらしいでござるね。オーナーは今、行方不明になってるそうよ」
「え? そうなの? 私が居ない間にそんなことになっていたのね」
「居ない? 何を寝ぼけて……」
恐らく地獄に行っていた期間を表しているのだろう。
「でも今あいつ、何してんのかなあ……居ないってことはホテルは空っぽでしょ? 掃除とか……警備員の真理ちゃんとか……どうしてるんだろ……え? え? フラ……」
意識が、遠のく……
「アリサ? フラ? フラフラって言う擬音を口で言うほどフラフラになったってことなのでござるか? あっ……危ない!」
アリサは仰向けに倒れそうになるが、照代が支える。
ーーーーーーーーーーーーAnother Story Takayuki Saitouーーーーーーーーーーーー
ガサゴソ
「ここ、にもな。い」
グー
「はあは。あ、助け、て誰。か」
おかしなところで句読点を入れる喋り方をしているな。そしてかなり太った人物だ。必死でゴミ箱を漁っている。
助けてと言っているのか? 何に対してだ? これは一体どういう状況なのだろうか?
「あ、あの人ゴミ箱漁ってるわ。いやねえ」
「あれがホームレスか……でもそれにしては良い服を着ている? 気のせいか?」
その人物は茶色のスーツを着ている。だが色あせ汚れている。長い間洗濯をしていないのだろう。
「隣、は?」
ガサゴソ
噂をする人の目などは一切気にせずに次のゴミ箱を漁る。それ以外に生きる糧がないのだろうか?
「ここに、もない……」
のそのそ
「おなかが、減る。でもいそ。ぐ」
がっ ダダダダダ
突然男は逆立ちを始めると、腕を足のように用い走り出す。
到着した場所はマクドナルヅの店の裏に設置されたゴミ箱だった。
「ここに、は?」
ごそごそ
「あった、ハ。ンバーガー食べか、けの……うう橋、本、橋。本……」
ポトポト
涙が溢れてくる。そして誰かの名字をつぶやきながらゴミ箱から取り出したそれを見つめる……?
「召し上が、りまー」
食べかけのハンバーガーにかぶりつこうとする涙目の男の顔がアップになり……消える。だがその人物は見覚えがある。彼は、斉藤……隆之……ホテルイーグルスノーのオーナーだった……
ーーーーーーーーーーーーーThe Mirror Never Liesーーーーーーーーーーーーー
「な、何? 今の?」
ぞわっ……
「ん? どうしたのでござる?」
「い、いや。幻覚? 分からないでござるですわ。多分気のせい。旅の疲れからくる厳格な幻覚かもね……で、お見合いするんですって? 相手はどんな人なの?」
披露から厳格が洗われるのは……疲労から幻覚が表れるのは誰にでもあることだ。
「そう。大変だったでござるね。拙者も八郎に毒を盛られてからというもの急に臆病になっちゃってね。
そのタイミングで両親に身を固めなさいって言われたのでござるよ。もう反対する気にもなれなかったのよね」
「そうだね」
「相手の人はイロハ二組の先生4人でござるよ。アリサからどうしてもアドバイスがほしくてね」
ござるを語尾につけたりつけなかったり、中途半端な照代。都会の新聞記者時代と実家での言葉遣いを使い分け出来ずどっちつかずのままでいる。
しかし、第一印象は豪快で身長と声の大きい女だったのだが声も小さくなり、ピンと背筋を張っていたが、猫背になっていて、かつての彼女の印象からかけ離れてしまっている。
「大分元気なくなってるわね。まあ毒を盛られてしまっては仕方ないか。それでイロハ二組? の誰かとお見合いするってことなのお?」
「うちはもともと大きい屋敷で部屋が沢山余っていてどうしようかって考えて最近その余った部屋を教室にしているの」
「確かに広いもんね」
「で、忍者の学校を経営しているのでござるのよ。イロハ二と4段階の組に分かれているのでござる。
その教室の4人の先生の中から一人、お見合いで婿にしなさいと言われているのよ。とりあえず昼ごはんを食べた後、アリサと一緒に教室を見回るからそれで印象を掴んで欲しいわ」
「へえ、4人の中から誰か選ばなきゃいけないのか。というか何で一日で4人まとめてお見合いするのよ」
「ま、一人ずつやってもアリサに負担を掛けそうでしょ?」
「あ、確かに……一人やる度に呼ばれたらたまったもんじゃないわね」
「そう。それで私のタイミングでいいっても言われているわ。4人の先生も休みの日もずっとこの家にいるからね」
「住み込みで働いてるのね」
「そう。まあ休みの日は家に帰る先生もいるわ。でも大抵ここにいることが多いからいつでも私のタイミング開催できるってことだけど、なかなかその日が決められなくって」
「結婚って重大な決断だもんねえ。で、結婚してもいいかなって思っているんだ?」
「それでもいいかなって。早くしないと婚期を逃しちゃうしね。もう出会いなんか期待できないでござろうし。
アリサ、あんたまだ若いんだから、今のうちに良いの見つけておくのよ。
あ、長旅で疲れているのに立ち話はないか。部屋に行きましょう」
なるほどな。あの豪放磊落な照代も、ホテルでの一件で、守りに入るようになってしまったのだ。
玄関へ向かい歩き出す照代。その時。
ヒュヒュヒュヒュ ブヒュヒュヒュヒュ ブヒュヒュヒュヒュ
何か聞いたことの無い音が響く。なんだ? ブヒュブヒュ? 豚でもいるのか? 更にアリサの周りの空気がねっとりとしてきた。
「ねえ、何かの気配を感じるよ」
異変に気づくアリサ。
「ああ、多分兄さんがこの付近にいるわ」
「え? 誰もいないよ?」
「兄さんは私と違って生粋の忍びよ。ずっとこの家の見回りをしているの。走り回っている内に速度は増していき、今では肉眼で動きを捉えるのは困難になってしまったの。
だから、今もアリサの周りを高速で走っている筈よ。確か、私より6つ上だから36になるわね」
「へえ、すごいのね。ヒュヒュヒュヒュ言ってるのはそのせいかー。私視力2.5なのよ? 全然見えないよ。
でもなんだろう? 時々ブヒュヒュヒュヒュ ブヒュヒュヒュヒュ言ってるの。聞き間違いとは思えないし、おかしいよね?」
照代は、少し考え、思いつく。
「それは多分だけど、アリサが小さくてかわいいから。ブヒブヒいいながら、ヒュヒュヒュヒュ走っているから、混ざってブヒュヒュヒュヒュになったのかも知れないわね。気をつけてねアリサ。狙われているかもしれないわ」
「成程ね。萌え豚って奴か。おばさんの兄も高が知れているわね」
「なによ! 酷い言い方」
「その高速移動を身につけた超人でも、私の大きさには気づいていないのだもの。小さい外見のみを見て、私の中身、本質を見抜けない」
「あんたねえ、まずは人って第一印象からでしょ? 話もしていないのに、中身だのどうのこうの言える訳ないでしょ?」
「そうでもないわよ。家中見回っていたのなら、合言葉をいとも容易く解いた素晴らしい私を見ている筈なの。そんなにもすごい私に、姿を隠したまま コソコソブヒブヒしているような男でしょ? 直接私に会い、すごい子だなあって言えないようじゃ駄目ね」
「結局褒めてほしいだけなんじゃないの? 子供ねえ」
「大人に見えない様なら眼科に行ったほうが良いわ」
「う……それはそうだけど。そういうのは、黙っていた方がかっこいいのよ」
「それもそうね、私も大人になるわ」
「ところであんた、どうやって合言葉分かったの?」
「そう言えばおばさんも分からないって言ってたわね? いいよ教えるわ。門番は葉っぱの葉って言って来たのよ。それで、色々検索して、合言葉にはどんな単語が使われているか調べたの。一例だけだけど、その中に該当する物はなかったのね。だから、この家オリジナルの合言葉なんじゃないかって考えたの。でも、毎日毎日変えるのは大変だと思ったのね。で、一月に一度くらいの頻度で変えているのかなって考えたの。
今日は8月1日、月の替わり始めよ。それで葉とくれば旧暦の月の呼び方よ。睦月、如月、弥生みたいな。それの八月は葉月。それで、ひょっとしてと思って月と言ってみたの」
「成程ね」
「で、思ったんだけど、今回はうまく分かれて合言葉として成立したけど、例えば1月の旧暦の月の呼び方って睦月でしょ? 睦と月って分けた場合 門番って睦って言うのよね?」
携帯で正しい漢字を見せながら話すアリサ。
「う、うん」
「それを初見で聞いた人にとっては、有り無しの
『無』
とも取れるし、ドリームの
『夢』
とも取れる。この場合って門番はどう言うんだろうね? 如月だってそうよね。後、6月は水無月で10月は神無月で3文字よ?」
「その場合は英語でジャニュって言って アリーを答えさせたりするんじゃない? 一気にこの屋敷の合言葉のイメージは崩れるけど。
もしくは、目の横に土八土と縦に並べた奴だよって詳しく説明するかもしれないわね」
「そんな面倒な……」
「今度聞いてみるでござる。で、3文字のやつ。例えば水無月、神無月の場合は水、神でいいんじゃない? わからないけど」
「そうね。今度もし1月に来た時に試してみるよ」
「やるわねアリサ、一人で推理しちゃうなんて。私は顔パスだからそんなもの必要ないけどね。
あんたがあの時犯人を捕まえたのは偶然じゃなかったんでござるね。やっぱり刑事の娘ってのは伊達じゃないわね」
「そうよ。それに推理クラブの副部長なのよ! 小6の先輩も3人もいる中で、小5の私が副部長。
おばさんにこの意味が分かるかしら?」
鼻高々なアリサ。しかし、身長は推理クラブの中でも誰よりも低い。そして部長は小4の子だということは敢えて言っていないな。
「それはすごいわね! あなただったら私に相応しい良い婿さんを選んでくれるかも? 期待しているわ」
あまりにも投げやりな発言にアリサも呆れる。
「おばさん? 私はアドバイスするだけよ? 最終的には自分で決定してほしいな。自分の人生でしょ? こんな大切なことは知り合いに丸投げは危険なのよ。
あくまでアドバイスのみよ? 最後は自分で決めてよ?」
「わかったわ。じゃあ昼食の用意は出来ているの。まあ完全にうちのお抱え料理人がやっているんだけどね」
「それにしても大きい屋敷よねーすごいね。いいとこの子だったんだね」
「まあ、将来忍者なんて嫌だったから、高校卒業してすぐ上京したけどね。
『忍者になるなんてもう、堪忍じゃ!』
なんちって、へへっww」
カンカン
「ふーん……え?」
今のネタは故郷の話をする時、必ずこの駄洒落を使用している。それがそこそこ受けていた記憶もあいまりアリサにも通用すると自信満々で放った鉄板のネタだったのだ。同僚にも結構好評だったのに、クスリともされない。そのタイミングで何かを気付いたリアクション。照代の求める反応とは真逆だ。
「あれえ? おかしいでござるなあ……今回は笑いの不発弾だったでござるかぁ?」
カンカンカン
そして、しばし続く沈黙。歩いていると……さらに音が大きくなる。庭の方だ。
「なに?」
とことこ
庭から響く金属音の方に向かうアリサ。
「あ、あっちは違うのよ。こら! アリサ! 本館に戻りなさい!!」
彼女は好奇心旺盛。空腹でも気になると気にせず行ってしまう。耳も機能しない。
「……」
アリサは照代の言葉を無視し、勝手に音のする建物へと向かっていく。
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1話で話したAnotherStoryが登場しましたね。これからも数回出るはずです。




