真田行家 庭 還らずの妖宴
前回照代の屋敷には辿り着いたが、何故か門の前で合言葉を求められる。それで一旦引き返し携帯と相談した結果、考えがまとまった。
さてアリサは一体どんな言葉を言うのだろうか?
「合言葉を言え。葉」
「月!!」
月か……どういうことだ? だが自信満々だな、ここまで声を張り上げ間違っていたら相当恥ずかしいのだが……
「よし、通れ」
ぎいいいいいい
門が開かれる。
ずうううううん
その屋敷の入り口は、訪れる者に
『ここから先は現世ではない』
と錯覚させるほどの圧倒的な拒絶感を放っていた。高くそびえる漆黒の総門。その左右を支える巨大な│欅の柱には、精緻極まる彫刻が施されている。左、すなわち西の柱には大地を掴み、今にも咆哮を上げんとする
『白虎』
そして右の柱には、雲を割り、天から急降下して獲物を狙う
『青龍』
古来より不仲の象徴とされる二頭の霊獣が、門の守護するようにしつらえられていた。心なしか両者の鋭い眼光はアリサに向けられているようにも感じた。
それは最早単なる装飾ではない。龍と虎の視線が交差する一点。そこには何かが……強い何かがあるのだ。そして、門の中心を通り抜けようとする者は、まるでその何かに身を削られるような、言いようのない圧迫感、重圧感をいやおうなしに感じ取ることとなるのだ。
真田行家が代々守り続けてきた忍の聖域への入り口。
『竜虎の門』
という芸術作品としても評価されそうな木彫りの門。何か魔力が宿っていると言わざるを得ない。
「すごい迫力……」
門を通り過ぎるだけでも気圧されそうだ。アリサは、龍と虎の生み出す不気味な何かを背に感じながら、進む。そして恐る恐る振り返ると、既に閉ざされた門扉があるだけだった。
そして門に圧倒されてはいたが、どうやら合言葉は正解していた……のか?
「ん? こんなにも小さい子供が? この屋敷とどういう関係あるのだ?」
内部にいたもう一人の門番が不思議でならないような表情をする。
「小ささは関係ないの。合言葉が合えば通れるのよ」
「そうだな。さあ行け。ぬ、言い忘れていた。子どもよ、死ぬなよ?」
「え?」
「その恰好。あまりに不用心すぎると思ってな」
「そうなのー? まあいいか」
怪訝な表情で庭へと進む。庭は広大でありながら、まるで迷宮の様に入り組み、塀の外からはその全貌を知ることは不可能。生垣や竹垣が巧妙に配置され、近隣住民からの視線も遮っている。その昔、この庭は真田屋敷の歴代当主たちが、侵入者が死に物狂いで踊り狂う姿を酒の肴にしたことから、
【還らずの妖宴】
と呼ばれていたらしいが、はたして……
「蚊が多そうねえ……あら? きれーい」
真っ白なベルの形をした鈴蘭が、まるで絨毯のように敷き詰められている。その可憐な姿に、アリサは思わず屈み込んで手を伸ばしかけた。
しかし鼻腔をくすぐる甘い香りの裏側にある異物を察知したアリサ。
「あ、あれ? これスズランよね? たしかPSソフトの
『バルキリー風呂入る』
で見たことある。スズランは毒があるんだよ!」
そう、鈴蘭は、その可憐な姿とは裏腹に、心不全を引き起こすほどの強力な毒を全身に宿す植物だ。 よく見れば、庭の奥には鮮やかな紫の鳥兜や、不気味なほど大輪の夾竹桃が、互いの毒を競い合うように咲き誇っている。
「え? これ、全部毒草じゃない……! しかも、この空気」
湿った風が吹くたびに、花粉や微細な毒素が微風に乗って運ばれてくる。
「やば……確かに死ぬなよって言いたくなるわね。ここなるべく離れて歩きましょう」
花畑を避けつつ進む。すると?
「ピイイイイイ!!」
「え? 何この声……こ、怖……」
時折、遠くで鳴く鳥の声。恐らくは庭の中から響くそれは、ただの鳴き声ではない。これはアリサが怯えるのも無理はない。何故なら腹の底からあげる
『咆哮』
と言えるほどの声。そう、これを日本語に訳したら
『ここには来るな!! 死ぬぞ!!!』
と、叫んでいるのだ。そう、これは助けを求める声ではなく、ここに仲間が迷い込んではいけないという警告を込めて放たれる最後の悲痛な叫び。遺言だ。そう、この庭に迷い込んだ鳥は既にこの庭内に無数に張り巡らされた罠に捉えられ、身動きとれぬ状態。飢餓や疲労で死を待つのみなのだ。勿論家の者の気まぐれで罠から解放して貰えるかもしれぬが、彼らもそこまで細部までは見て回らないだろう。故にほぼ絶望的。そう、彼らでも入るのを躊躇う量の罠があちらこちらに仕掛けてあるのだ。確かに毒の花畑も危険だが、それだけではないのだ。まるで何者かから屋敷を守るように……そんな所に鳥一羽を助けるためだけにむやみやたらには入らぬだろう。
「なによ! 花畑なんて離れりゃいいのよ! こんな庭に死ぬ要素なんて一つもないじゃない!」
強がるアリサ。門番の言うことも話半分だ。ここはフランクでもいいので
『だって罠が沢山仕掛けてあるから死ぬ可能性があるんだよーん』
とでも教えてくれればいいのにな。結構意地悪な門番である。
確かに一見すれば、静謐な和の風情を湛えた庭園。しかし、一歩でも誤れば命取りとなる罠が至る所に潜んでいる。
例えば、池のほとりに据えられた石灯籠。その足元には巧妙に隠された落とし穴があり、踏み込んだ者は一瞬にして闇へと呑み込まれる。
更に、何気なく置かれた飛び石の中には、一定の圧力をかけると作動する仕組みのものがあり、仕掛けが発動すると頭上の枝から鋭い鉄の矢が放たれる。
奥へ進むと、小さな橋が架かる細い川が流れている。水は澄み、川底の小石までくっきりと見えるが、これもまた罠のひとつである。何も知らずに橋を渡ろうとすると、足場が崩れ、水中に沈められる。さらに水面には薄く油が張られており、火がつけば一瞬で炎に包まれる仕組みになっているのだった。
庭の中央には一本の見事な松の木がそびえ立っている。その幹は太く、樹齢は百年を超えているように見えた。しかし、その松も単なる装飾ではない。枝葉の間には無数の細い糸が張られ、侵入者が触れれば鈴のような音が響き、屋敷の主に危険を知らせる仕組みとなっている。さらに、松の幹には忍びの者が瞬時に登るための足掛かりが彫られており、ここを拠点に屋敷の防衛が行われることもあるのだった。
そして庭の奥へすすむと、見事な竹林がある。その中には小さな祠がある。そこへ至る道は細く、月明かりすら届かないほどの闇に包まれている。祠の前には苔むした石が並び、踏みしめるたびにわずかに湿った音がする。祠の最奥部には古びた木の箱が置かれており、その中には秘伝の巻物が納められていると噂されている。しかし、祠の周囲には細工が施された竹が並び、闖入者の動きを封じるようになっている。その仕掛けを知らなければ、竹が音もなく動き、道を塞ぐことで迷い込んだ者を閉じ込めるのだ。
庭の隅には、静かな泉が湛えられている。水面には睡蓮の花が浮かぶ。その美しさに見とれる者もいるだろう。しかし、その泉もまた決して無害ではなかった。水底には網が仕掛けられ、誤って足を踏み入れた者を絡めとるようになっている。さらに泉の近くの草むらには、忍者たちが潜むための隠れ穴があり、いざという時にはここから姿を現し、敵を仕留めるのだった。これは全てではない。一部を紹介しただけ。もし全て語っていては沢山の仲間が増えてしまうからな。
この庭は、ただの庭ではない。もはや迷宮であり、要塞であり、トラネコの大冒険のモソスターハウスのモソスターを全滅させた後の部屋と同じようなものなのだ。アイテムはほとんど落ちていないがな……そしてこれらの罠こそが、家の者が安心して生き続けるために磨き上げた技術。すなわち彼らの知恵の結晶なのだ。
「取り合えずおばさんに連絡するのはここを回ってからにしましょう。なんか楽しいし」
とことこ
「あら、池があるわ。それにこれって石灯籠じゃない? へえ、凝っているのねえ」
とことこ
石灯籠に近づくアリサ。だがそこには落とし穴がある! 危険が危ないぞ!
「あっ」
どてっ かくん
「あ、ここ落とし穴になってるのね? 全く危ないわねえ、埋めておきなさい」
アリサは落とし穴の直前で転倒し、上半身だけ落とし穴に落ちかけたが下半身は地面にしっかり残っていて、3ポイントほどのダメージを負ったが落ちはしなかった。
「いてて……あれ? 池の中に浮いてるのは飛び石じゃない? よおし! 警戒しつつも軽快に渡るわよw」
ぴょん ぴょん
小学生のさがか、飛び石を見つけたら飛ばずにはいられない。慎重かつ大胆に渡る。すると、罠の発動する飛び石に差し掛かる。だが……
ヒュッ! スカッ
「到着!」
矢はアリサの頭上40センチを通り過ぎていくだけであった。そう、矢は通った。だが考えて欲しい。罠に掛かったのがあのアリサなのだ。彼女の背の低さをなめてはいけない。罠を設計した人間の想定外の低身長だったため無事だったのだ。そう、この時点でこの身長の人間が入り込めるはずもないという考えなのだ。
「しかし広い庭ねえ。あっ、川あるわ。橋まで架かってるわ。橋は何か怪しいわ! よし」
ピョーン スタッ
細い川だったため、わざわざ橋を渡らず川を飛び越え罠を回避したようだ。敵もかなりの手練れと見た! だが、まだ中には複数の罠があるはずだ。次こそは……絶対に……期待してくれ!
「お次は? 松の木じゃないあれ? 松ぼっくりに何かあるのかしら? よし」
松ぼっくりを調べる。
「いたって普通のね……あら?」
松の木の間を観察する。
「これは薄ーく糸があちこちに張り巡らせてあるわ。でも隙間が広すぎるから簡単に躱せるわw」
ああ、短い体を上手く動かし、全ての糸を回避しておるわ。うーむ、なかなかしぶとい……
「ふう、いい運動になるじゃない……あれ? 祠? 何か石が置いてあるわ。ちょっと拝借っとw他に盗め……ちがった!! 拝借出来そうなものはないかしら?」
ひょい♪
アリサは
『封霊石』
を手に入れた!?
「薄黒い石だけどなんかいい感じね」
石をアリサ自らの意志で鞄にしまう。
なんだろうこれは?
「あらあ? なんか寒い? んなわけないか」
どよよーん
アリサの窃盗行動の後、おぞましい音が響いた気がする。
「あら? 何かしら今の音? ま、いっか。で、祠の後ろに道があるのかしら?」
そこには忍術の巻物があるようだ。だが、アリサに使えるのかは疑問であるが。
「進んでみたいけどおばさんにも会いたいし、既に戦利品もあるからパス!」
そして池に戻りさらに進むとかなり大きめの池、泉だろうな。
「あれは泉ね。水中に罠が仕掛けてありそう。ま、近寄らないから安心ね」
ほう、初見で全ての罠を回避してしまったアリサ。まさか転倒による3ポイントのダメージのみで済ませてしまうとは……なかなか手強い幼女であったな。
「あの門番め……何が死ぬなよだ! 脅かしやがって……合言葉を一瞬で解かれた負け惜しみなんだな? まあ落とし穴はちょっと危なかったけどね」
得意気になるアリサ。そして照代に最後になるであろうダイレクトメッセージで連絡。
「今、庭にいるわ。どこに行けばいいの?」
照代に報告する。
「へ? 庭に入るには門番がいるはずよ? 何で庭にいるのよ?」
携帯の向こう側で狼狽している照代が簡単に想像できる。
そして得意顔で、
「合言葉は自力で解いたのよ。簡単すぎて色々な人がこの屋敷に入れちゃうわよ? さっさと変えた方が良いわね」
と打ち込む。
「あんたホテルの時といい勘が鋭いのね。私でも分からないのよ? だから門までついたら連絡来ると思って、裏口で今待っているのよ」
「じゃあ、その必要ないから庭まで来てよ」
「そうね、感動の再会と行きましょう」




