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ミスの代償

「熱い!」

アリサは歩きながら突如として叫んだ。だが、アリサの好きな松谷修造も


『あつくなりなさーい』


言っているだろう。ならばいいことではないか!


「うー、ここから次の駅まで歩くのよね……やだああああ」

のろのろ

改札を出た瞬間から足取りが重くなり、歩いているうちにふらつき、数メートル歩くと喉も渇いてくる。炎天下のアスファルトの上、大の字で寝たら数分でアリサの丸焼きが完成だ。


「あー、やば、給水給水……ポット内に塩をふりかけて塩分も一緒に摂ろう」

塩の瓶をあけあけ ふりふり ごくごく


「え? もう終わり? 思わず一気飲みしちゃったよ……1リットルあったのに……やばああ……なのにまだ足りない……こんなに喉って乾くものなの? それにお腹も減ってきた……育ち盛りだもんね……このままじゃママの身長を追い越せないよ……」

水筒をひっくり返してみるが水滴が数滴落ちるのみ。ママは身長が高い。だが身長155㎝と、男ではかなり背の低い父親の血を強く引き継いでいるので、ほぼ追い越せないだろうな。


「やっぱ1ミリリットルじゃ駄目ね。2リットルにした方が良かったわ……でも重いしかさばるし……」

とことこ

しばらく歩くと、売店が見えてきた。そしてそこに設置してある自動販売機も、まるで誘惑する様に輝いている。


「一番安くて160円の水か。富士山の自販機かよ……でも水筒がカラじゃ熱中症で死ぬかも? それよりは絶対マシかなー」

ちなみに富士山の山頂では、缶ジュース1本で500円である。この高さには理由がある。そう、配送業者が実際に登山して補充するのだ。だから高くなっても仕方がない。だが、テーマパークのジュースの値段が高いのは納得がいかない。そこの印象を下げるだけではないだろうか?


「うう……」

おやおや? アリサはふらーっと自販機に近づき、160円八甲の美味しい天然水のボタンを押す。これで残金は10940円だ。

スー、ポチ、ガタン。チャリンチャリン。

水を取り出し口から出し、飲む前に頬に当てる。


「キインキインに冷えてやがるぜ……」

夏の熱気を、アリサの左頬だけが回避できる一瞬。そして再び歩き始める。今アリサは一人ぼっちの彷徨える旅人。まあそれは大袈裟だな。なぜなら隣には線路があり次の駅への道を示している。そう、これから一駅分歩くわけだが目的地は分かっている。

意識高い系のユーチューバーも一駅前から歩くという習慣を既につけてそれで美しいボデーラインを保っているらしい。アリサもそれでスリムなボデーを手に入れて欲しい。


「ああ、どんどん常温に」

容赦なく照らす太陽に水もあっという間のぬるま湯に、そんな中アリサは歩かなくてはいけない。本来あのミスさえなければ涼しい電車の中でまったりと座っているだけで目的地に着いた上にその間眠る事も出来た。それがこんな体力を使うことになり、水筒の水と自腹で160円も使い完全に当初描いていたプランは崩壊している。

自分のミスでこうなってしまった事も分かっているが、なぜ自分だけこんな集中砲火を浴びなければいけないのかと疑問に思っている。

時計を見るとまだ7時。これからどんどん気温は上昇するはず。だが、焦って走ったら汗をかいてしまうので、日陰を探しつつ歩いていくことにした。


「ああ、第二次天岩戸期に入らないかなー」

天岩戸期とは、古事記の話である。

天照大神(あまてらすおおみかみ)天岩戸(あまのいわと)に引きこもり、太陽が消え、大地に光が注がれなくなった期間のことをいう。それを今来ないか? と、言っているようだ。そんな話を持ち出すほどに、彼女は暑いのである。今この瞬間から全世界に太陽の恩恵が失われることになろうとも、今だけは日の光を受けたくないという心の表れである。自己中心的であるな。


「あっ」

ビュオオオオオオ

その突風で撥水ベレー帽が飛ばされる。慌てて拾いに走る。


「防御が下がっちゃうから勝手に装備を外さないでよ全く……しかし風が強いわね……これじゃ飛行機も飛べないんじゃない? 夏休みだし海外旅行に行きたい人もいると思うけど、今日は厳しいわね」

謎の心配をしつつしっかりと帽子をかぶりなおす。


「風は強いけど。熱風だから全然涼しくないし……日差しは帽子を貫通するし……はあ、なんでこんなことに……」


「おや? お嬢ちゃん。一人でこんなところを歩いているのかい? 珍しいね。こんな時間は誰も通らないよ」

バシャ、バシャ。

通りかかった売店のおじさんが、店先で打ち水をしながら声をかけてくる。


「うん、隣の○○駅まで歩いている途中です」


いつもなら


『はいっ! 隣の駅まで歩いている途中なのよ!!』


くらいには返せるのだが、色々なことがアリサを弱らせていて、元気が無い。


「○○駅までか、結構遠いよ?」

まだまだ目的地までは遠いようだ。


「ごほごほっ」

突然咳をするアリサ。どうやら相席した老人のくしゃみで風邪が伝染ってしまったのだろうか?


「おや? 風邪かな? お嬢ちゃん、もしよければこののど飴買わないか? そんな咳なんて一発で治るよ!」

風邪を引いている幼女相手でも、しっかり定価で売りつける。商魂逞しい男だ。


「うーん、夏風邪は馬鹿が引くっていう話を聞いたことがあるだけに、今この瞬間に風邪をひいていることを認めたくないわ。ゴホゴホ」


「そんなのは迷信だって。お嬢ちゃんのように小さくて可愛けりゃ、風邪の菌もお嬢ちゃんの方に行っちまうって話だよ」

まるでアニメの銅鑼衛門に出てくる臑夫のように口のうまいおじさんである。


「わかったよ、商売上手なおじさんに免じて買うわ」


「毎度ありぃ! 300円だよ! 気をつけていくんだよ!」


「はい、これでいい?」

丁度300円渡す。残金は10640円となる。


「あいよ! ついでにおかしも買うかい? まずい棒がお得だよ?」


「遠慮しとくわ。でもその名前売る気なしでしょ。せめてまずくない棒に改名した方がいいわね。

あ、でも小さいは余計だからね? 可愛いだけにしてね?」


「おお、こりゃまいったな。ごめんな」

店を出るとまた熱気が。店に戻りたくなる暑さだ。少し熱が出てきたのか、歩きもふらふらで今にも倒れそうなアリサ。

そして、しばらく歩くと公園があった。滑り台、ブランコ、砂場、ジャングルジムとシーソーなどもあり更に日よけの屋根があるベンチもある。まあ肝心の人間は誰もいない。売店のおじさんも言っていたが、この暑さでは外出を控えているのだろうな。


「一休みするか」

誰もいない公園の中、ベンチに腰掛け、鞄からママのお手製弁当を取り出し食べる。


「おいしい。ママ、今頃どうしてるかな? くすん……くしゅん」

故郷を思い、ほろりと頬を伝う涙。そして同時にくしゃみも出る。


「少し残しとこう」

もぐもぐ


「半分……3分の1だけ残そ……」

もぐもぐ

そして弁当の中を見る。


「3分の1ってもう0みたいなものよねえ。もはや無いと言っても過言ではないわ。後でこれだけ食べてもお腹減ったままよね……なら!」

もぐもぐ

結局空にしてしまう。自販機で買った水は飲み干したい気持ちはあったが、念のため3分の2残して鞄にしまう。


「ふう、お腹いっぱいだわ。そうだ……喉痛いし……」

そして売店で買ったのど飴の袋を開け一粒食べる。ミントの香りが口いっぱいに広がり、喉が少し楽になった感じがする。


「お、すごいなこの飴。痛みが少し収まったかも? よーし、後一息だ、歩こう」

幸いにも次の駅までのルートは分かっている。だが、次の電車の到着時間は30分強である。照代にもそのことを指摘され、早足で歩くこと25分。ようやく次の乗換駅に辿り着く。


「やっと着いた……電車ってすっげーよなあ。これだけの距離を数分で移動できるんだからなー」

アリサ、喋り方がおっさんである。一駅分を誰よりも短い足で歩いた勇者のみに許される発言だ。


「さて、切符を買い直してっと。確か終点の□□駅だったかな? あー、面倒くさい!」

照代との会話のログを見直し確認。


「よし、あと2分で電車が来るのね。走ろっと」

ホームに着き、電車を待つ。

ガタンゴトンガタン……ゴトンシュー。


「きたあ! 後は、この電車に乗って終点までいけばいいのよね? もう、大丈夫よね? 一応会話ログを見直そっと」

ダダダダダ。

電車が到着し、走って乗り込む。


「ふう、景色も見たいけど……もう……無理……ぐうぐう」

電車は目的の駅に向かって走る。一定のリズム。一定の振動。そしてアリサ以外誰もいない静かな車内。席に座ったアリサが、寝息を立てるのには十分すぎる空間だった。そして2時間後、目的の□□駅に到着する。


「お客さん、お客さん、終点ですよ! 起きてください」

駅員が終点で、一人眠っているアリサを揺り起こす。


「ギリギリ♪ギリギリ♪」

歯軋りで返事をするアリサ。


「お客さーん、8月31日ですよー。野菜の日ですねー。それに、明日からは楽しい楽しい学校ですよおw」


「きゃあああああ」

飛び起きるアリサ。


「よかった、起きてくれた。終点ですよ」

少し得意顔の駅員。


「おっそろしい起こし方してくるね。まだ一か月あるじゃない! この嘘つき! 小学生女子の痛がる所を突いてくるじゃないの。参ったわ」


「すいません。仕事ですので」


「そっか、夏休みなのにご苦労さん……あ、おばさんに連絡しよっと」

寝ぼけながらも照代に報告する。


「□□駅ついたよ」


『はい。じゃあ東口から出てまっすぐ歩いて、少し歩けばつくわよ』


「え? そんな適当な……」 

漠然とした指示にイラつきながらも、言われた通りに東口を出ると、100メートルくらい先に、木でできた大きな門が見える。門の左右に黒塗りの大きな柱。5メートルはある。その先には、3階建ての和風の屋敷が│そびえ立っている。


「え? あのおばさん、まさかあんなデカいお屋敷に住んでるの? 何松谷分あるのよ?」

この何松谷の松谷は、松谷修造のことを表す。彼は長身でちょうど2メートルある。アリサの中では、大きな建物を計る時の単位としても使われている。


「近くまで行こう」

ダダダダダ


「高い!!」

門まで走る。到着し見上げる。すると、門の前にいた人がアリサに気づく。


「合言葉を言え。葉」


「え? 何?」


「合言葉だ。葉、葉っぱの葉!」


「何でよ……おばさんは私のこと話してないのか……」


「もし先約があったとしても合言葉が無いと入れない」


「わかったよ。合言葉か……確か戦国時代に忍者の間で使われた言葉だったはずね。まだ会ったこともない味方に重要な情報を伝えたり、命運がかかった密書を渡さなければならない。しかし、当時は写真確認もできない時代。携帯電話もなく、そのまだ見ぬ味方は、果たして本物か、敵の扮装による偽物か? そういうのを見極める時に使われた言葉の鍵みたいなものか」(この前のホテルで、ママと会話していた時、おばさんは一度だけ、語尾にござるをつけていた。確か、田舎の言葉が出てしまったとの話だった。ということは、この家、ただの家ではなく、例えば忍者の末裔の家なのかもしれない。だから、家に入るのに合言葉といった忍者の古いしきたりを未だに続けている。そういうことなのかしら?)

アリサは一旦門番から離れ、過去の記憶から、照代の実家の秘密を推理する。


「そうか。よく考えればお見合いに誰かを付き添わせるなんてこと、家の人に言えるわけないか。アリサがここに来ることは、おばさん以外は知らないってことになるわね。だとしたら、おばさんに合言葉を聞いてもどうせ分からないわね。それにこう言うのって自分で解き明かすのが面白いんだし……自分で考えよっと!」

一応照代にヒントくらいは聞いてみればいいのにな。頑固である。


「合言葉といえば、


『山』



『川』


みたいな仲間同士で予め決めておく言葉合わせだよね? 関連のある言葉や、全く反対の意味の言葉、それは作成主による。他にはどんなのがあるのかな?」 

携帯で検索してみる。


山→森、日→月、花→実、海→塩、谷→水、カエル→井戸、火→煙、松→緑、山→波、森→里、畳→縁、月→さらしな、花→吉野、煙→浅間、萩→宮城野、雪→富士


「へえ、こんなにあるのね。今回の


『葉』


は、無いみたいね。でも確か、スーファミのファザー2では、滝の前で


『合言葉を言え』


って言われてから3分沈黙を保つという行為自体が合言葉だったよね。合言葉とは名ばかりで何一つ発しないことこそが合言葉になりえるのよね。他にも


『割符』


という、絵や文字を書いた板を二つに割り、それぞれをお互いが持っていき、合わせるという方法もあるのか。しかし、多分これは当てはまらないわね。昔の人はそれらを時によって変えて、見破られないようにしたのか。この場合はどうなの? 葉っぱの葉か……合言葉は、いつまでも同じ物を使うとは限らない。時々変わるはず。毎日変えるのかな? それとも毎月? うーん、そういえば、今日は8月に入ったばかりね。もしかして……」


そこで、アリサなりの結論が出た。


「……なるほどね。そういうことか……今はあれだしね。もし私の考えが正しければ、合言葉はこれしかない」

再び門の前に歩み寄るアリサ。するとまた同じ質問がアリサにかけられる。


「合言葉を言え。葉」


アリサは気合と共に叫んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


合言葉、分かりましたか?

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