真田行家 忍術学校ハ組教師 葉隠 陣
ハ組の部屋の前に着く。中から教師らしい男の声が聞こえる。ふすま越しなので音は駄々洩れだ。
「えー、と言う訳であってーで、あるからしてー、あーだこーだであり、どーのこーのであり……」
「葉隠先生! お邪魔するわ。ちょっとばかり見学させてよ」
「あっ、照代お嬢さん。どうぞ!! あの、こちらの子供は?」
「アリサよ。見学に来たの」
「へえ、僕はハ組の教師をやっている葉隠陣です。
アリサちゃん? は、忍者に興味があるんですね? 嬉しいですね。始めは難しいけど、この入門書を読めば大体のことは分かりますよ。
これさえ読めば、忍者とはなんじゃ? と首をかしげる者も、すっきり解決してくれるんですねえ。ガハハ」
どうやら葉隠は、アリサが忍者に興味があると勘違いしているようだ。ただそう言う彼のたたずまいはと言うと、今時の若者風の格好をしているな。Tシャツにジーパンといった格好だ。これで忍者の学校の先生なのか? 何か違和感はある。
「え? あれ? 無視してません?」
「うん……成程」
アリサは教室内や生徒の方に目が行っていて、携帯で撮影したりアプリのメモ帳に何やら打ち込んでいる為、葉隠の話は一切聞いていない。
一応照代の為に仕事をしているということか?
「アリサ、何してんの?」
「あのー? 見学しに来てくれたってことは、アリサちゃんもいずれは忍者になりたいんだよね? 若いのに先見の明があるよ、本当に」
葉隠は期待に満ちた目でアリサを見つめる。
すると……
「忍者になるのは、堪忍じゃ」
アリサは、抑揚もなく言い放つ。
「え?」
おや? これは……アリサは先程、庭で聞いた、照代の駄洒落をあろうことかそのまま使ってしまった。それを聞き照代が複雑な表情でアリサを見る。確かこのダジャレを聞いた直後、アリサは
『ふーん』
と冷たくあしらい、照代のセンスを無視して見せたというのに、葉隠に
『忍者になるんだね?』
と言われた瞬間、脳の片隅にこびり付いていたそのワードを、さも自分が生み出したフレーズであるかのように口を突いて出てしまったのだ。
これは相当恥ずかしいことである。私も一度だけある。友人がさも面白そうに話した冗談を、1分後に同じトーンで言ってしまったことがあり、その時見た表情は友人の初めて見せる
『あきれ顔』
だった。だが、本人は気づいていない。そして、聞こえなかったのか? これは笑う筈だ! ともう一度大きい声で言っても無反応。そこで気付く。もしかしてこれは○○が言ったことをなぞっていた? ということにな……その後微妙な空気になったのは言うまでもない。
アリサもそう。照代が言ったことなど完全に記憶から抹消され、今この瞬間に
『降臨してきた』
と確信している表情。だがこういうミスは誰しも起こし得ることなのだろうな。きっと脳の片隅に残っていて、その場面で使ってもいいと判断した場合、脳の一番上にそれが用意されていたからうっかり使ってしまったのだろう。そしてその表情の理由は恐らくこんな気分なのかもしれない。
『なんだ、あの時は無視していたけどやっぱり私のセンスって正しかったんだ』
という安心感からくるものだということなのかもしれぬな。自分の目の前で犯人を追い詰めた賢い幼女も自分のネタを使ってくれたという安心感。
「え? そうなんですか? じゃあ、何をしに来たんですか?」
「それを答えるのも、堪忍じゃ」
ぬ、アレンジまで加えてきた。もはやこのフレーズは自分の持ちネタとして完全に私物化している。
「ガ、ガハハ! お嬢さん、駄洒落が上手ですね。でも僕の
『忍者とはなんじゃ』
からヒントを得たのでしょう? 響きが似ていますよ、ガハハ!」
アリサが何か言い返そうとした刹那、照代が我慢の限界とばかりに横から口を出した!
「おいアリサ! その駄洒落、さっき私が庭で言ったやつでしょ!? めちゃくちゃ面白いからって、勝手にパクらないでよ。私の知的所有権はどうなってるのよ!」
「え? 何言ってんの? おばさんにこんなエクスクィーゼ (Exquise)な駄洒落が思いつけるわけないでしょ? 寝言は寝て言いなさい! ガキが!!」
ガキはどっちであろうか。
「これ! アリサ!! さっき庭でそっけない反応されて、寂しかったんだぞ! それをちゃっかりパクってからに! よく分からん横文字を使って誤魔化そうとするな! お前はルー大し……いや、ノレー大柴か!? あ!」
照代は、アリサの図々しさに呆れつつも、ある可能性に気付く。
「どうしたのでござる? 照代さん?」
「ま、まさか」(この子、庭で私の話を聞いていた時、上の空だったわ。何かを考えていた! だから本当にぼうっとしていて、無意識に覚えただけ? 自分がパクったという自覚すらなくて、本当に自分で考えたと思い込んでる? だとしたら!)
照代は、自分の生み出した駄洒落がアリサのような生意気な若者にどう響いたのか、その評価が気になり、あえてエクスクィーゼの意味を聞いてみることにした。
「……ところで何よ、その
『エクスキーズ』
って。食べ物? それとも、飲み物かしら?」
「そんなことも知らないの? 小5でも分かることなのに……仕方ない……教えてやるか。
『Exquise』
エクスクィーゼ。フランス語の
『絶妙』
って意味よ。フランス人直々に教えてもらったんだから感謝なさい! 又一つ賢くなったね。つまり、私のこの
『堪忍じゃ』
は、おばさんの古臭いギャグとは次元が違う、芸術の域に達しているってこと! 分かった?」
言いたい放題である。
「フランス語……絶妙かぁ、へへっ、ま、まあいいわ」
まさか、絶妙と評価されたか……そこまでか? まあ自分が思いついたというのが根底にある以上そうなってしまうだろう。だが、照代も自作の駄洒落が予想以上の高評価だったことを知り、嬉しそうである。
「あのお嬢さん? 授業見学に来たって言うから頑張ろうと思ったのにずっと入り口でお二人で漫才をやっていて。
僕、結構それを見て楽しんでしまっています。まさか2人でM-1! に出られるんですか?
止めて下さいよ。お嬢さんは僕の嫁さんになるんですから。漫才師にだけはならないでください」
「そうよアリサ!」
「うるせえ。ところで忍者の資格取ると何か良いことあるの?」
「え? うーん、そうだなあ。忍者の資格を持っていると手裏剣が使えるようになる。もちろん一般人に投げちゃ駄目だけどね」
「それだけ? 銃には勝てなくない?」
「手裏剣は音がないんだよ。暗殺に向いている」
「暗殺とか物騒ねえ。こんな時代にそんなことをしなきゃいけないの? 膳さんと言ってることが違うよ?」
「そうなんだよ。まあそういう依頼もあるにはあるってこと。これはしっかりと相談した上で最終的にどうしようもない時だけ実行するんだけどね」
「そうなんだ。でも刺さった奴を回収できなけりゃ忍者の仕業ってばれるでしょ。馬鹿なの?」
「す、鋭いね。手裏剣よりも鋭いよその指摘。でも! そこは……最近は
『生分解性プラスチック』
製の手裏剣も開発されてるんだよ。数日放置すれば土に還る、環境に優しい暗殺ってわけ」
「環境に優しくても、刺された本人の命には優しくないでしょ。大体、そんなプラスチックじゃ威力ないじゃない」 (竜王さんの所にはそんな手裏剣なかった気がするけどなあ)
「だから、刃先に
『即効性の眠り薬』
を塗っておくのさ。これなら相手を傷つけずに無力化できる。現代の忍者は不殺が基本だからね」
「へえ、要するに
『すごく高価で、射程距離が短くて、風に流されやすい麻酔銃』
ってことね。非効率の極みだわ。それにそれじゃあ暗殺は出来ないね」
「ぐっ……でもほら、免許があれば
『手裏剣所持』
が認められるんだよ! 職務質問されても、このライセンスを見せれば
『あ、忍者の方ですか、お疲れ様です』
って見逃してもらえる……こともあるかもしれないし」
「それ、警察にマークされるフラグなだけじゃないの?」
「照代さーん助けてー」
「アリサ! 止めなさい!」
「うるせえ。で、就職面で有利になるとかは?」
「そう、他にも忍者の資格って珍しいから、面接官に覚えてもらえるよ。
5人位でやる集団面接で、どんな資格を持っていますかって聞かれた時にさ、皆その仕事に必要な○○と○□の資格のみしか持ってないとするでしょ? そこで君が○○と○□と忍者の資格を持っていますって言うだけで周りの4人だけでなく、面接官も君だけを気にするようになる」
「そんなのは別にいらないわよ」
「話は最後まで聞いてほしいな。
『忍者って?』
『あの手裏剣の?』
『にんにんって言うやつでしょ?』
『どんなことが出来るの?』
って食いついてくると思うんだ。
忍者は本来、スパイとか場合によっては暗殺とか黒いイメージもあるんだ。
けれど、忍者ハッタリ君とか忍者が活躍するゲームなどのおかげもあり。
忍者といえばかっこいい、強い、汚いといった良いイメージしかないってのも強みさ」
「汚い、は良いイメージじゃないでしょ? この話を聞いていて思ったことは、この資格を取るだけのメリットは一つも無いわ。無駄ね」
「なんでさ」
ちょっとイラついた様子の葉隠。アリサはその様子に呆れながら話し出す。
「いいか? まず、忍ぶ者と書いて忍者。その職に就いてしまった時点で生涯秘密にしなくてはいけないはずだ。それを自分から人に教えてどうする?
『僕、忍者の資格持っているんですぅ~っ』
て、アホか!!! 面接官に覚えられる? じゃかぁしいわい!! 忍者としての色々教えているお前が、一番重要なことを分かっていないとは。まったく……お前など! 受精卵からやり直して来い!!!!」
「ひい……」
「きゃあ」
響く怒号。つづいてハ組の生徒たちの悲鳴が。この一連の出来事で彼らのモチベーションが一気に下がった様な気がした。
『あれ? ひょっとして僕達、人生で意味のないことを勉強しているのか?』
『え? あたし、役に立ちもしないことに時間を割いているの? 最低……』
と言った空気だ。
「ちょ アリサ言いすぎよ! 後、営業妨害でしょ? 皆辞めたそうな顔してるでござるじゃない」
ぐいっ
照代はサザメさんがカチオの耳を引っ張ってお仕置きするかの如くアリサの耳を引っ張る。
「いててて!! やめてよ」
「いいえ 駄目よ。ところであんた本当に小5なのでござるか?? どうも拙者、小5には見えなくなってきたのでござるよ……」
「それは駄目です! ちぎれる!! お願い! 本当に耳が終わってしまう。そんな気がするの……やめてくださいおばあさま」
懇願するアリサ。
「こら! おばさんを丁寧に言っているつもりだろうけれど、それより一層酷い言い方になっているでござる!!」
さらに耳を引く力が強まる!
「エルフッ! エルフになっちゃう耳が伸びて!!」
「こんなか弱い乙女の力如きでそんなに耳の形が変わる訳ないでござろう。それにお主の様な邪な者はエルフになどなれぬでござるよ。なれてもダークエルフが関の山でござる! 形だけでござろう! それに伸びたとしても片耳しか伸びないでござるからハーフエルフどまりでござるな」
「いたいいたいやめてよ……片耳が伸びたエルフがハーフエルフではないのよ? 片親しかエルフでないエルフがハーフエルフなのよ? 意味を理解してから使ってよ。痛え、痛えよお」
泣き叫ぶアリサ。しかし耳への力は緩まない。
一方、同じくしてアリサの謎の迫力に押され、涙目になる葉隠。
「ごめんごめん。じゃあ授業再開して。このアホアリサは、私がこうしておくから大丈夫よ」
「は、はい。ぐすん」
「もう許して! 後1秒でも長くやったら傷害罪で訴える!!!!」
鼻水が地面に付くほどに伸びている……これはまさか? 本気のアリサなのか? 少しでも首を振ろうものなら鞭のように相手に絡みつくぞ! 照代! 危険である! その辺にしておけ!!
「仕方ないわね。受精卵から出直して来いなんて酷いことを言うからこうなるのよ! 反省しなさい!」
「だってこいつがそれ程馬鹿なことを言ってたんだもん」
「こいつはダメよ! でも、葉隠君、そして、これから紹介する3人の中のどれかから一人選んで私も受精卵を作るんだなあって思うと……憂鬱なのでござる……」
照代よ、その言い方は控えた方がいいよ!
「生々しい! 後、いい加減に耳を放せええ!」
「お、そうだったね」
手を離す照代。そう言ったやり取りの直後、騒ぎに気づき、生徒の一人がアリサに向かって声を掛けてくる。
「おーお主は! 奇遇じゃのう。おぬしも忍者学校に忍術を習いに来たのか?」
アリサは全く覚えていないが、朝、電車で相席した老人であった。といっても、無理やり前に座って相席になったと言った方が正しいが。
この老人のせいで、一駅分歩かされる羽目になったことは、アリサも、老人も知らない。この老人は奇遇にも真田行忍者学校の生徒だったのだ。社長業を誰かに任せ、自分は忍びの道を究めようとしているのか? この老人、その地位に甘んじることなく生涯現役を貫こうというのか。私もそうありたいものである。
「誰よ。ぐすっ」
少し伸びてしまった耳を元に戻そうと試行錯誤しつつ、涙を拭きながら聞くアリサ。
「ふぉっふぉっふぉっ。そう言えばお主、一瞥もせずに、ずっとブツブツ言っておったからのう。わしに気づかなくても仕方ないのう。
おぬしは気付かなかったかも知れぬがわし、朝電車で相席したのじゃよ。同じ目的地の筈なのに一駅早く降りて行ったのじゃ」
「あ、そう言えば、一駅進んだ後。目の前が急に灰色っぽくなったイメージがあるな、あれがあんたか? あんたが来た後、確か目的の乗換駅の一つ前で降りたんだった。あんた私に何かしたのか?」
「なんと? だがわしは何もしておらんぞい。確かパートさんから電話があって少し話しただけじゃからの」
この電話こそが原因なのだが、それは誰も知らない。
そして、目の前で大きなクシャミをして唾液をアリサに撒き散らし、風邪を伝染したことは敢えて黙っている。
「そう言えば、降りた後、ほっぺたが異様に臭かったんだよね。世界各地の一番臭いう○こを混ぜ合わせ、3週間発酵させたような悪臭だったわ」
酷い言われようである。
「アリサ、そんな酷い臭いを嗅いだことあるの? 経験値高過ぎるでしょ」
「言葉の綾よ、実際にはないわ。でもね、それと同じくらい臭い出来事を、ママから聞いたことはあるんだけどね」
「わしの唾、そんなに臭いかのう……あのハエめ……そうじゃよ、あのハエが混ざった唾液じゃからしてそんな臭いがしたのじゃ。
決してわし個人での臭いはフローラルな香りの筈じゃ」
聞こえるか聞こえないかわからない位の小声で喋る。
「ん? 何か言ったか?」
アリサは、鋭い目で睨みながら聞き返す。
「い、いやこっちの話じゃ 偶然の再会に驚いておっただけじゃよ」
自分の臭いの酷さをアリサを通し気付かされることとなってしまった。こんな奴に話しかけるんじゃなかったと後悔する老人。スゴスゴと席に戻っていく。
「アリサ。大体分かった? もう少し見ていこうか?」
「そうね、大体分かったかも。次行こうか」
これだけで本当に葉隠の人柄などを把握出来たのだろうか?
「へ? 授業も何もしてませんが……僕は教えるのがすごく得意なんです。ぜひ見て下さいよ」
唖然とする葉隠。
「いいのいいの、大体雰囲気が伝わったわ。じゃあ続き頑張ってね」
部屋を出て行く2人。




