v1.1.1. 異世界覚醒
目が覚めた。
「……え?」
天井がなかった。 代わりに木の葉がびっしりと重なっていた。 その隙間から陽光がキラキラと漏れていた。
ポタッ……ポタッ……
水滴が岩に落ちる音。 鳥たちの囀り。 草と土の匂い。
「おかしい」
最後の記憶は――会社のデスクだった。 モニター三台。 三杯目のコーヒーカップ。 ビルドエラー。
なのに今は、森の中。
「VRヘッドセット……着けてないよな」
体を起こそうとした瞬間――
「うっ……!」
腰がガクッと固まった。 息が詰まった。 心臓がドクドクと鳴った。
「はぁ……はぁ……」
体力が底をついた体。 平地で全力疾走30秒で座り込む体。 階段二階分で息切れする体。
「CPU温度警告みたいだな……」
冗談を言ったが、深刻だった。 運動不足と残業の結果。 開発者として生きながら、体のメンテナンスはいつも後回しにしてきたから。
最後の記憶を辿った。
モニター画面。 びっしりと並んだエラーメッセージ。 のろのろと上がっていくビルドバー。
デスクの上のコーヒーカップ三つ。 一つ目は午後2時。 二つ目は夜8時。 三つ目は深夜1時。
『今回のビルドさえ通れば……』
自分でも信じていない慰め。
その時、突然―― 胸が苦しくなった。 視界がぼやけた。 椅子が押された。
ゴロゴロ……
車輪が転がる音。 床が急速に近づいてきた。
眩暈。 息苦しさ。
そして――
「……」
すべてが途切れた。
次は病院の天井ではなく、この見知らぬ森だった。
「繋がりが……ない」
論理の糸がプツンと切れた感じ。 頭の中で『なぜ』という単語が繰り返された。 でも答えは出なかった。
ガサッ。
足元で音がした。
「ん?」
顔を下げた。 分厚い紙一枚。 いや、羊皮紙? 片隅が湿気で丸まっていた。
半分に折られていた。 広げた。
「これは……!」
見慣れない紋様と記号。 初めて見る文字。 なのに不思議と『読める』気がする。
曲線は括弧のように。 点はセミコロンのように。 輪の形は中括弧のように。
「スクリプト……?」
呟いた瞬間――
シュッ。
紋様が変化した。 一部は太くなり、不要な線は薄くなった。 まるでコードエディタのシンタックスハイライトみたいに。
「……!」
鳥肌が立った。
『動いた』
森の真ん中。 理解できない羊皮紙。 反応する文字。
もう一度、紙を覗き込んだ。 コードレビューするように。
上部――条件定義。 中間――実行命令。 下部――結果出力。
「関数か……?」
さらに驚いたのは。 理解するほど紋様が鮮明になること。 コンパイラがコードをパースするように。 読み取るほど体系的に整理された。
ヒュウウウ……
風が吹いた。 木の葉が揺れた。 影が顔の上を過った。
静かすぎた。
車の音なし。 人の声なし。 エアコンの音も、PCファンの音もなかった。
「ここ……どこだ?」
声が虚空に散った。 返事はなかった。 遠くで木の葉がガサガサする音だけ。
スーッ……
風に焦げた匂いが混じった。 木の葉が何枚か黒く焦げていた。 灰はまだ温かそうだった。
「人……?」
ここがどこか聞けるかもしれない。 でも同時に恐怖が湧き上がった。
ここの『人』が俺の知っている人間だろうか? 特にこの反応する紙を見た後では。
もう一度羊皮紙を見た。 紋様が視線を引きつけた。 『読んでくれ』という誘惑のように。
開発者の本能が刺激された。 理解できないコードに出会った時のあの好奇心。
でも――
『むやみに触るな』
直感が警告した。
紙を折った。 慎重にポケットに入れた。
「とりあえず……出口から」
表面上は平静を装った。 内心は切実だった。
家に帰りたかった。 これがすべて悪夢だと確認したかった。 もう二度と残業しないと誓いたかった。
周りを見回した。 道と呼べるものはなかった。 茂みが生い茂っていた。
サクサク。
足を踏み出すと葉と枝がぶつかった。 音が大きく響いた。 誰かが後をついてくるような錯覚。
空気が違った。 湿度も、密度も。 完全に異なる環境設定。
ポケットの中の羊皮紙を触った。 まだそこにあった。 実際に存在する物。
「何でも……とにかく動かなきゃ」
これ以上ここにいても答えは出ないだろう。 問題を解決するには試さなければならない。
デバッグも推測だけじゃダメだ。 実際にコードを実行して。 ログを確認して。 段階的に検証しなければ。
この状況も同じ。
とにかく動きながら情報を集めなければならなかった。
足を踏み出した。
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