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追放令嬢ですが地位も名誉もない殿方に娶られましたのでやり直しを願っても良いでしょうか  作者: 宇宙ねんねこ


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3/10

②簡素な家


霧が薄く漂う夜だった。


馬車が止まり、御者が扉を開けると、

外の冷えた空気が流れ込んでくる。


その中で――

この村には似つかわしくない、鼻腔をくすぐる甘い香りがゆっくりと降り立った。


黒髪に、青みがかった瞳。

貴族らしい気品を纏っているのに、どこか痛むような静けさを抱えた儚い人だった。


目元の赤み。微かに濡れたまつげ。

声を震わせまいと必死に抑える息づかい。

それらが彼女を更に儚げに見せた。


「レオンと呼んでください」


彼女は小さく会釈したが、瞳には動揺が隠せていない。

その仕草は、無理に取り繕った“淑女”のそれではなく、礼を重んじる癖そのもののように見えた。


途中彼女が目元を拭う仕草をしたが、何も見なかったように。

何も気づいていないように。

ただ、そっと前を歩いた。


この距離感で間違ってはいないだろうか。

不安はあれど、村までの雰囲気は決して悪いものではなかったはずだ。






---


村の灯りは少ない。

森と山に囲まれた土地は夜が深く、

足元の石畳さえ心許ない。


「もうすぐです。急がなくて大丈夫ですよ」


声を柔らかくしたのは、急がせるつもりがないという意思表示。


「ありがとうございます。

ここは呼吸が楽で…いつもより歩きやすいくらいですわ」


気丈に小さく笑ってみせる彼女の不安を煽らぬように笑い返し、夜気を吸い込みながら、レオンは思う。


(……父上の話は、本当だったんだな)


王都にいる間、空気が重く感じたという話。

呼吸がしづらく、夜も満足に眠れなかったという話。


西部の地脈は一部の人間に適した土地だと、古い伝承を語ってくれた老人の言葉が頭をよぎる。


彼女の歩く姿は少しずつ落ち着いているように見えた。


慎重に彼女の様子を気にかけながら、村への道を照らしてゆく。

しかし時折こぼれる涙だけは知らないふりをした。

何を言ったらいいか分からないのもあるが、何より同情をするのは、彼女がまた苦しい立場に戻ってしまう気がしたから。


ただ、隣を歩きながら、彼女が涙を隠せるように、夜の静けさを守った。




---




家は村の端、小さな庭のある場所にある。

決して広くはないが、客人を泊める程度の部屋はある。


「ここが俺の家です。

 準備はしてありますから、今夜はこのまま休んでください」


エリザは少し驚いたように瞬きをした。


「……ですが、あなたは……?」


「俺は知り合いの家に泊まります。

 この村には古い言い伝えで、“夜に来た客は家主が迎える”とあって。

 遠慮はいりませんよ」


その言い伝えは半分冗談みたいなものだが、彼女が負い目を感じないように、そう言った。


エリザは唇を結び、少し俯いた。

レオンは慌てず、ただ柔らかな声を添える。


「気を遣わなくても大丈夫です。

 今夜は、ゆっくり休んでください」


その言葉に、エリザの瞳が揺らめく。


「おやすみなさい、エリザさん」


静かにそう言うと、霧の向こうへ歩き出した。


「あの、その、ありがとうございます…レオン様」


漸く、ほんの少しだけれども…彼女の表情が安心したように綻ぶ。

それを見届けて軽く手を挙げ、友人宅へと踵を返した。


何かを問うのは、きっと彼女に傷を晒させてしまうだろう。

夜の村は、深く静かだった。

その静けさが、いつか彼女の心を守る場所になりますようにと──

レオンはそっと祈りながら、歩き続けた。


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