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EP02-02 ザクロの選択


 授業も、普段通りに行われた。

 脳裏にべっとりとあの映像が張り付いているはずなのに、僕は問題に躓き、そんな時に限って教師に当てられ、しどろもどろにどうにか答える、という日常を送っていた。

 横目でそっとザクロを見やる。

 いつもの彼女。

 僕の視線に気付いたのか、視界が微かに交差する。

 彼女は僕の視線を受け流すようにホワイトボードを眺めた。


 ──放課後。

 ザクロの席はもう空っぽだった。部活に赴いたのだろう。

 井上たちに部室に誘われたが、今日は腹が痛いと嘘をつき、一人屋上へ向かった。

 屋上はもちろん生徒が勝手に侵入しないよう施錠されている。が、トラがその鍵を解除した。トラと校内で会話し、誰かに目撃されたら困るため、屋上で落ち合うことにした。トラ曰く、僕たち以外に人が訪れないよう結界のような防御壁を施しているとか。


「……マトリクスのパイロットを、降りたんだ」

「えぇぇぇ!? なんでトラ? ヒロ以上にマトリクスと一体化して乗りこなせるニンゲンは存在しないトラ! 確かに初戦はちょっと苦戦したかもだけど、まだまだこれからトラ! 自信を持てトラ!」

「自信が無いとか、そういう話じゃなくて……。ザクロと先生が……」

「ユイちゃん&ゴリ松がマトリクス活力出力担当、ヒロが操縦担当で役割分担できてるトラ! 何も問題ないトラよ」

「だからそれがっ」


 トラを振り切るように声を荒げた。

 大声を出すことに慣れていないから、体がやけに熱く感じる。

 はぁ……はぁ……と肩で息を整える。


「まぁまぁこれを見るトラよ〜」


 パチン、と音が鳴り、僕の目の前に小さなスクリーンが浮かぶ。

 そこには──「う…うぁぁああ!?」と情けない悲鳴をあげてしまった。


 なぜなら……

 ……これ、死体?


 そのスクリーンには、岩に押し潰された女性の姿が写っていた。買い物袋が足元でひしゃげている。更に、その女性の腕を必死に幼い子供が掴み、『ママ! ママ起きてっ!』と泣き叫んでいる。


「な……なんだよこれっ!? まさか……僕が戦った時に壊れたビルの瓦礫に巻き込まれて」

「昨日の戦いでは擦り傷程度の軽傷はそこそこいたけど、死者や重体者はゼロトラ。このような悲惨な結末には至らなかったトラ。ヒロが頑張って立ち向かった結果トラね」

「じゃあ……この映像は?」

「ヒロがマトリクスに乗らず、カイジュウに自由に暴れ回った時の結末の一つトラ。この母親は半身を潰されて即死、幼い女の子も母親から離れることができず、この後落石に巻き込まれてじわじわと苦しみながら死んだトラ」


 さらりと、こともなげに、トラは言い放つ。


 パッ!

 パッ!

 パッ! 

 ──他にも、無数の映像が俺を取り囲むように広がった。


 落下する瓦礫に巻き込まれ、下半身が潰れてもまだもがいている男性。

 尻尾の風圧に吹き飛ばされ、宙を舞って地面に叩きつけられた子供と、それを目の前で目撃して狂乱する母親。

 倒れる電柱に押し潰される瞬間に、一緒に逃げていた夫に突き飛ばされた妻は助かったが、突き飛ばした方の夫は押し潰され、意識不明の重体となる。


「最後のニンゲンは可愛そうトラ。仲の良かったはずの姑にあんたさえいなければ! って嫌味を毎日毎日言われ、とうとう電車に飛び込んでしまったトラ。でも死ぬことができず、半身不全となって死ぬことすら封じられてしまうトラ」


 哀れな人々、その未来。

 作り物と割り切るにはあまりにも生々しかった。

 血肉が飛び散り、悲鳴が空に溶けていく。そこには救いが微塵も存在しなかった。


「こ、こんなの見せて……な、な……なにが言いたんだよ」

「もしもヒロがマトリクスの操縦者を辞めたら、こんな感じの世界が待ってるトラ」

「……は?」

「多くの人が苦しむトラよ? それでもヒロは辞めるトラ?」

「いや、こうなると決まったわけじゃないだろ!?」


 僕は必死に声を絞り出した。


「この映像だって、全部お前が適当に作ったフェイク動画なんだろ?」

「ニンゲンの行動を元に生み出した映像トラ」

「ほら、作り物なんだろ」

「再現率は完璧トラ。これは実際に起こり得る一つの世界の映像トラ」


 トラはくるくる回転しながら宙を昇っていく。


「過去も、未来も、現在も──ニンゲンの行動なんて全てトラの推測の域を出ることは無いトラ。ニンゲンにもわかりやすく説明してやるとトラ……例えば天気トラ。ニンゲンは数多の情報を計算して、雲の流れや湿度から天気を予測するトラ。トラもそれと動揺に無限の情報からニンゲンの行動を算出してるトラ」

「この星の人間を全て見てるとでも言うのかよ」

「この星だけじゃないトラよ。トラはニンゲンの生息する無数の世界を連結して参照し、ありとあらゆる情報を汲み上げ、そこからニンゲンの行末を推測することができるんだトラ」


 話が飛躍しすぎて、正直ついていけない。「仕方ないトラ。ニンゲンの限界トラ──と、こんな感じで、ニンゲンの考えてることなんて、容易に推測できるんだトラ」


「だったら……全部わかるなら、マトリクスに乗る意味もないじゃないか」

「ん〜そこが違うトラ! マトリクスはニンゲンと掛け合わせることで理から外れ、トラの予測から大きくズレるトラ。つまり……マトリクスは特別なんだトラ!」


 嬉々として語るトラ。

 愛くるしい姿に惑わされるが、やはり何か恐ろしいことを企んでいる。

 ……コイツの目的は、何なんだ。


「もちろん、侵略者を撃退するトラ! そのためにトラは存在してるトラ。ヒロもいい加減、トラを信頼して欲しいトラよ」


 ドォオオンンッ!!!!


 突然、爆発音が轟いた。

 ぐわんぐわんと屋上が揺れる。

 思わずへたり込み、鉄格子を掴みながら顔をあげる。

 夕焼けに包まれながら、また新たなカイジュウが出現した。

 白銀の装甲を纏うマトリクスが、迎え撃つように佇んでいた。


☆★☆★


「……ザクロは?」

「さっき一緒に搭乗させたトラよ」


 ギュインッ

 ギュインッ

 ギュインッ!!


 喧しくマトリクスの体内が咆哮をあげる。

 このマトリクスは、人がセックスしないと起動しない巨大ロボット……。

 つまり……。


 エネルギーメータが一気に容量MAXまで跳ね上がる。

 じわっと不快感が汗となって滲み出る。

 操縦桿を握り、360°に広がるスクリーンに目を凝らすも、心が追いつかない。


 トラを振り切れず、流されるようにマトリクスに乗り込んでいた。

 だって、僕が戦わないと、多くの人が犠牲となってしまう。


 吸い寄せられるように、操縦桿の中央に備えついたボタンに指が触れていた。

 押しちゃいけない。最悪の映像が待ち受けている。

 わかっている。

 でも、僕は目を背けるほど強くもなく、そんな覚悟も勇気も持っていない。

 僕はみっともなく手を震わせながら、操縦桿の中央に浮き上がるボタンを押した。


『……んっ…』


 ベッドに腰掛けるザクロと教師の姿が映っていた。

 ザクロは──「ヒロ、来るトラっ!」


 ピピピッ! と警告音が響く。

 レーザーブレードを振るう。

 鞭のようにしなり、接近する何かを弾き返す。


「……蜘蛛?」


 ぱっと見は蜘蛛。

 だが、脚は五本。身体の至る箇所からアシンメトリーでアンバランスに突き出ていた。その内の一本を弾丸のように伸ばして攻撃を仕掛けてきたのだ。

 前回のカイジュウと比べると半分程度の大きさで、ビルにしがみつきこちらの様子を伺っている。

 ゲームでも見たことのないカイジュウだ。

 近寄ると、ピョンとジャンプして距離を取る。

 そのまま別のビルに張り付く──と思いきや、不意打ち気味に脚を伸ばしてくる。

 咄嗟にレーザーブレードで撃ち落とした。

 空気が震える程加速しながら迫る。

 遠距離タイプか……。

 でも、もうその攻撃は見切った。

 マトリクスの反応速度であれば、余裕で対応可能だ。


 半身を引いて躱し、ブースターを吹かせて距離を詰める。


『…先生』


 ザクロの声が聞こえる。

 僕は歯を食いしばりながら操縦桿を握る。

 今は戦いに集中する。


 ──乗り込むまでの間に思いついた作戦を、実行するために。


「ここだっ!」


 ダンッ! とマトリクスが地面を踏み抜いてジャンプする。

 空中を駆ける。が、その隙を突くように四方から高速で脚が迫る。

 地面に向かって落ちるようにブースターで急行落下。

 空中に残る残像を貫くように、脚が交差する。

 マシンガンを構えた。カイジュウは脚を伸ばしきったことで身動きが取れない。トリガーを引いて弾丸を浴びせる。


 ──ガガガガガッ!!!


 体を半分穿つ。

 だか、それでもカイジュウは粘り強く蠢いた。

 脚をターザンのようにビルに引っ掛け、マトリクスから距離を取るつもりか。あの小さな体躯で逃げられたら……余計に時間がかかるだろっ!!


『キスだけに、してください。それでこのロボットが動きます。やっぱりこんな関係おかしいですって』


 その言葉に思わずザクロと教師を見つめていた。

 ザクロは……教師の両手を抑え、頭を振りながら拒んでいる。

 その瞬間、じわりと生暖かい湯水のような喜びが僕の中で溢れた。


 しかし、教師はそっとザクロの太腿に手を伸ばす。

 ザクロは首を振るが、逃げ場はない。

 教師はニヤついている。

 みしっ……と僕の頭部が軋むような苛立ちと焦りが噴き出た。

 またトラがおかしな薬でも振りかけたら──。


【自由意志搭載追撃型飛翔体】の文字が視界に浮かんだ。

 右肩から装甲のように折り畳まれていたウェポンラックが展開する。ビルの隙間に逃げ込むカイジュウ。

 逃がすかっ!


 ドンドンドンドンドンッ!!


 無数のミサイルが上空に向かって放たれた。

 ビルの隙間を縫うように進み、カイジュウを追い詰める。

 必死に脚を伸ばしてミサイルを撃ち落とすが、ミサイルの方が圧倒的に数が多い。

 一発、土手っ腹にミサイルが突き刺さり、閃光のような炸裂音が響き渡る。動きの止まったカイジュウに雨のようにミサイルが降り注いだ。


「やったトラか!?」


 モウモウと立ち込める爆煙……。

 僕はマシンガンを構えて集中していたが、泡となって消えゆくカイジュウの姿があった。

 ……勝った!

 余計な一言を口にしたトラを睨むが、トラは気にせず嬉しそうにクルクル宙を舞って喜んでいる。


『……え? 終わった、終わりましたよ。さ、離れてください』


 スクリーンに映るザクロは、教師から目を背ける。教師は手を伸ばして何か言いかけるも、その手は力無く落ちる。


 ……やった。

 マトリクスの動力は、キスで十分。そう、キスだけでいいんだ。

 戦闘が長引いて、ザクロが追い詰められる前に、僕が速攻で終わらせる。

 キスするのも……もちろんやめて欲しいけど、でも──セックスするよりかは遥かにマシだ。


 暗闇の中に、小さな希望の光が灯るのを感じた。


★☆★☆


 ──翌日。

 ザクロを見やると、机に頭を突っ伏して脱力してる。

 ザクロの友人が、もの珍しそうにザクロの肩を揺すっているが、もぞもぞ動くだけで、朝のHRが始まっても何度も大きな欠伸を繰り返していた。

 授業中もうつらうつらと船を漕ぎ、しまいにはビクッと体を揺らして大きな音を立てて注目を浴び、顔を赤らめていた。

 睡魔に襲われているザクロを横目に、授業中はひたすら頭の中でマトリクスの戦闘シミュレーションをイメージする。

 今日も速攻で終わらせるために。


 ──その日もカイジュウが現れた。


「全部で何体倒せばいいんだよ」


 操縦桿を握りながらトラに問いかける。


「うーん、トラもわからないトラ」


 今日のカイジュウは、巨大な翼をはためかせて宙を舞う鳥のような姿をしていた。

 マトリクスは背中に備えついたブースターで空中を駆けることが可能だが、自由自在に空を舞うタイプと愚直にやり合うのは分が悪い。

 

 ザクロたちが映し出されているスクリーンを眺める。

 昨日以上にザクロと教師の間には、距離があった。あきらかに……ザクロが拒否している。そうだ、ザクロだっておかしいと理解し始めたんだ。

 でもマトリクスが機動しているってことは……。

 キスを、した。

 いや、キスくらいなら……と自分を納得させる。仕方ない……仕方ない……しかたないしかたないしかたないッ!


 カイジュウは羽根を空中にばら撒くくと、まるでミサイルのようにマトリクスに浴びせてくる。

 マシンガンで撃ち落とす。

 接近すると、今度は大きな羽を刃のように尖らせて突っ込んで来る。

 触れる寸前でいなし、片羽を根本からレーザーブレード切り裂いた。

 バランスを失って墜落する。

 マトリクスは飛びかかって、胸元にレーザーブレードを突き立てる。

 悲鳴のような雄叫びをあげてカイジュウは絶命し、泡となって消えた。


 ……よしっ!

 思わずガッツポーズを取っていた。

 脳内で何十回とシミュレートしたおかげか、いつも以上にマトリクスを扱える。

 次のカイジュウも5分以内に倒すことだって夢じゃない。スクリーンの中のザクロを見やると、消えゆくカイジュウの姿にほっと一息ついていた。教師もため息をついてザクロから離れていく。ザクロは、そんな教師を一瞥もせずに立ち上がり、トラを呼び寄せるとワープして消えていった。


★☆★☆


 次の日、ザクロは机の上に頭を乗せて寝息を立てていた。

 今日もか……。疲れている?

 部活はカイジュウが現れたことで中止したから、激しい運動をしたわけではないはず。

 でも、連日マトリクスに乗り、ザクロと教師はマトリクスのエネルギー供給を担当している。

 パイロットとはまた別の、何か強い負担がかかっているのかもしれない。

 だったら尚の事、素早く戦闘を終わらせないと。


 昼休みはザクロに声をかけようとした。大丈夫なのか? と。

 けど、ザクロはすぐにどこかに消えてしまう。ザクロの友人たちもザクロを探していた。

 屋上──は、流石に一人で向かわないか。僕はロボ研の部室で昼休みを消化した。


 ──その日の放課後。


 トラ曰く、僕らの生活に配慮して、カイジュウが出現する時間帯は放課後らしい。ご都合主義に辟易とする。けど、授業中に現れて避難するフリをしながら戦いに赴くのは無理があるので、正直助かる……。


 今日もカイジュウが出現するかは、僕にはわからない。

 けど、まぁ……大丈夫。授業中はひたすらマトリクスの戦い方を頭の中で反復した。

 出現しても、速攻でかたをつける。

 ザクロと教師を一分一秒たりとて、同じ空間で過ごさせない。


 でも、本当にこれで大丈夫なのだろうか?

 一抹の不安を覚える。

 ただ、問題を先延ばしにしているだけでは? と僕の中で焦りが膨らんでいた。

 

 いや、大丈夫だ。

 ──ザクロは、教師を拒否していた。

 この戦いがいつまで続くのかわからない。けど、ザクロと教師がセックスを始める前に終了させてやる。もうやるしかないんだ。そう決めた。これしかない。僕なら……絶対にできる……と決意を新たに胸に刻み込む。 


 ただ、今日はまだカイジュウが現れない。

 妙に緊張しているからか、スマホのゲームをやる気にもならず、SNSなども文字が頭の中を滑っていく。

 教室に戻ろうか、と考えたところで、トラが僕のスマホにインストールしたアプリ【M9】を思い出す。不気味なアプリなのであまり触りたくないが、トラの正体に繋がる何かが得られるかもしれない……。


 トラとの会話用チャットの他に、『記録帳』と書かれたボタンがあった。

 試しにタップして開くと、そこには無数の人名が記されていた。

 何だこれ……とスクロールしていると【柘榴唯】の名前があった。

 ザクロの名前──。連絡先とか? スマホの電話帳アプリから読み取っている? もしくはSNSやメッセージアプリの……。でも明らかに僕の知らない名前が無数に並んでいる。

 恐る恐る【柘榴唯】の名前をタップした。

 画面が切り替わる。


 二〇二五 〇六二六-〇六二七


 ……これは、一昨日の?

 そっと指でタップすると、画面が遷移して……大量の文字列が浮かび上がった。



// 続く

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