第九話:ツチノコ釣れた
友釣りの基本には囮の鮎が必要である。
「それで、釣った奴の中から元気そうなのを囮にすんの」
「へー、それじゃコイツか」
ヒラケンに言われた通りに、一はすでに釣れた数匹から元気に泳いでる鮎を一匹選んだ。
鮎釣りを始めて一時間ほど。成果は順調で、ミヒロ曰く晩飯には十分との事である。
もう少し釣れたならこの場で炭火焼きにするのも良い。ミヒロはそんなつもりだったが、姫とヒラケンは少し違った。
「釣れないねー、ツチノコ」
「おかしい」
二人が待っているのは大物──ツチノコである。
「ミー君、ツチノコ釣れそう?」
「そろそろ諦めて岩場とかでツチノコ探すかと思ってる所」
元々ツチノコが釣れるとは思っていない。鮎釣りに満足したら、ツチノコを別の方法で探すつもりだった。
もう一匹自分で鮎を釣ったら、ツチノコを探そう。
そう思っていたミヒロの釣竿が大きく揺れた。
「なんだ? デカい」
「ツチノコ?」
「そんな訳……は?」
ツチノコは陸上生物である。そんな、固定概念に囚われていたのかもしれない。
引き上げられる釣竿。大きな魚影──ではなく、くびれのある、細長い影。
「あ、ツチノコ」
「そんな訳あるか!?」
ミヒロが釣り上げたのは、囮の鮎をパクッと食べて釣り針に引っ掛かっていたツチノコだった。
唖然とするミヒロ。
それに気が付いた姫とヒラケンが、ツチノコに視線を向ける。
「ツチノコー!」
姫が声を上げた次の瞬間。ツチノコは、器用に身体を捻って釣り針から脱出した。
「──ハッ、ちょ、待て!!」
珍しくミヒロが焦って手を伸ばすが、ツチノコは水飛沫をあげて川に飛び込んでしまう。
「あー、逃げちゃった……」
「そうはならんだろ」
透き通った川の中を、身体を捻って泳ぐツチノコ。
そんなバカなと思いながらも、ミヒロは一つだけ忘れていた事を思い出した。
「そもそもツチノコに常識が通用する訳ないか……」
ツチノコを知った気でいたが、ツチノコは未確認生物である。普通の生き物として考える方が間違っているのだ。
謎の生き物なのだから、川くらい泳ぐだろう。
「いやそうか……?」
しかし二度もツチノコを目撃してしまったミヒロは、それが幻や幽霊なんかの類ではないとハッキリと知覚していた。
それ故に川を泳いで行ったのを思い出して、頭を抱える。アレはどういう生き物なのだろうか。
「え? 何? なんかあった?」
一方で釣りに夢中になっていた一だけは、ミヒロがツチノコを釣り上げたのを目撃していなかった。
「ツチノコ釣れた」
「いや、さすがに俺でも騙されねーぜ?」
「うるせぇ……!! 釣れたんだよ……!!」
「「殴ることなくね!?」
「ツチノコが泳いでる……。温泉にもいたし、ツチノコは水の生き物……!」
バカ二人が喧嘩している横で、レジ子は川の中を優雅に泳ぐツチノコを見てバカな事を言う。
「ツチノコって土塊の土の子供って書いて土の子じゃねーの? 泳いでても、流石に陸上生物なんじゃねー?」
「んや、ツチノコは金槌の槌の子供で槌の子。一兄ちゃんそんな事も知らんの?」
「お、生意気」
ヒラケンの頭をグリグリしながら一は「でも」と言葉を続けた。
「でも、なんで金槌の槌なんだ?」
「ツチノコの首に棒を刺したら丁度金槌みたいな形になるから」
「なるほど」
蛇にはない特徴として、ツチノコは頭と身体の間が細くなっていて首がある。それがツチノコが蛇の見間違いではないと言われる所以だった。
何か大きな獲物を丸呑みにした蛇だとか、手足の隠れたトカゲだとか、そういう説は置いておくとして。昔はそれがツチノコという未確認生物が存在するという根拠だったらしい。
「とりあえず、ハッキリとした事はツチノコはやっぱりいるのと……ツチノコは釣れるって事だ。あとなんか泳ぐ」
後半は若干認めたくないような顔をしながら、ミヒロは四人の前でそう口にする。
「やっぱ、ミー君がなんかやる気だー」
「やっとミヒロもやる気出したかー」
「うるせぇ。ツチノコ探すぞ」
実際どうして自分がここまでムキになっている理由は、冷静になると子供っぽい理由だ。
ただ、自分はともかく、ヒラケンや姫みたいに本気でツチノコを探している奴を馬鹿にされたのが嫌だったのかもしれない。
「でもよー、普通に探しても見つかんねーよなぁ。まぁ、探して見付かるなら、とっくに他の誰かが見付けてる筈か?」
「普通に探してない時に出てきたしな、二回とも」
一度目は諦めて帰ろうとした時。二度目は鮎を釣っていた時。
まともに探そうと思って見付かった事は一度もない。探そうとすると見付からない生き物なんじゃないかとすら思う。
「逆に探さずにめっちゃ遊んでみるか?」
いつもならミヒロが「バカが」と吐き捨てそうな提案だが、ツチノコという謎の存在に対しては効果がありそうな気がして来た。
少なくとも釣れてしまった時点でミヒロは思考を放棄している。
「……まぁ、せっかく川に来たしな」
闇雲にツチノコを探しても仕方がない。
ミヒロは、晩飯としてあまりそうな鮎の処理を始めた。姫は夜まで一緒にいる事は出来ないから、今から少しだけ摘み食いをする為である。
「姫、見てろ」
「わ! 凄い! ヒラケン水切り上手ー!」
特に目的は言わずに一が「釣りは終わりにしてちょっと休憩すっぞー」と声を掛けると、ヒラケンは姫を連れて水切りをし始めた。
川の上を四回も石が跳ねる。姫がそれを真似して石を投げるが、石は人の背程の水飛沫をあげて一度も跳ねずに砕けた。
これにはヒラケンも目を丸くする事しかできない。反応に困る。
「田舎の子供のバイタリティすげー」
「一君、なんかもーツッコミを諦めてる気がする」
「冷静に考えたらよー、ミヒロや俺を引き摺れる時点でおかしいよな」
「今更だろ。ほら、焼けたぞ。二人を呼んでこい」
鮎の炭火焼きを五匹分。手際良く準備をして、味見にと齧り付きながら一をパシリに使うミヒロ。
「美味しい~。そういえば、ヒラケンがツチノコ捕まえたら食べるって言ってたけど、美味しいのかな?」
「蛇だから……食えなくはないのか? いや、蛇なのか?」
蛇じゃない気がしてきた。なんだったら爬虫類なのかも怪しい。
宇宙生物とか言われた方がしっくりくるだろう。
「ミヒロお兄さーん! 鮎、美味しいね! ありがとう!」
「たんと食え。一の分もやる」
「俺の鮎……!! いや、良いけどよ……!! 良いけどよ……!!」
「それじゃー、一君には私の食べ残しをあげます」
「レジ子……食い方雑だな。いや、ごめん、いらない。ありがとなー、多分優しさなんだよなー? 優しさ……なんだよな?」
「よし姫、川泳ぐぞ」
「泳ごー!」
「おい待て危ない事はするな……!」
夏の日差しの照り付ける中、少年少女達は山を流れる川を堪能するのだった。