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第八話:ツチノコ釣り

 ツチノコの形の滑り台。

 その上に、小さな少女が座っていた。



「あ、姫ちゃんもういるよー」

「本当にいた……」

 そこに居て当たり前なのだが、ミヒロの中の引っ掛かりが、現実を受け止めるのに少し時間を要する。


 とはいえ「山の反対側に村なんてないらしいが?」なんてのを直接彼女に聞く勇気はなかった。

 一の言う通り、東黒川村の住民かもしれないし。というか、そうでなければ困る。



「皆来たー! こっちこっちー! 今日もツチノコ探そ!」

 四人に気がついた姫は、満面の笑みで手を振りながら滑り台を滑って走ってきた。

 その姿は昨日と変わらない。



「姫、今日はツチノコ釣るぞ」

「え、ツチノコって釣れるの!?」

「釣れる」

 釣り道具を肩に掛けながら、ヒラケンは自信満々な表情でそう断言する。何処からその自信が湧いてくるのだろうか。


「ヒラケンすごーい、格好良い!」

「だろ」

 お兄さん風を吹かすのが止まらないらしい。



「それじゃ、早速──」

 姫がツチノコを探しに行こうと言いかけた瞬間、腹の虫の音がその言葉をかき消した。


「レジ子」

「サンドイッチ〜」

 ミヒロに言われて、ネッシーのリュックからサンドイッチの入ったお弁当箱を取り出すレジ子。


 そんなレジ子を姫の前まで持って行って、ミヒロは姫に「食うか?」と声を掛ける。



「良いの?」

「ミー君がねー、姫ちゃんの分も作ってくれたんだよ」

 サンドイッチを姫に向けるレジ子。ミヒロは目を逸らして、特に興味のなさそうな顔をした。


「ありがとう、レジ子お姉さん! ミヒロお兄さん!」

 姫は満面の笑みで、レジ子からサンドイッチを受け取って、口を大きく開いてそれを食べる。ミヒロの考え過ぎなのか、やはりそこにいるのは普通の小さな女の子だった。



「良い食いっぷりだ。大きくなれ」

 美味しそうに食べてもらえると、作った人は喜ぶものである。



「そんじゃ、食べ終わったら川に行くか。えーと、ヒラケンが言ってた詰め所があるのは……と」

 山の中で少し電波が悪いスマホを触りながら、一はマップアプリで川を探した。やはり、山の反対に村はない。


「川はね! こっちだよ!」

 一がマップを確認している内に、サンドイッチを食べ終わった姫が一の手を取って走り出す。


「ぇ、ちょ、ま──あ、待って! 早い!」

 地元民の土地勘にはスマホも勝てないらしい。

 初めて会った時にミヒロを引き摺っていった時のように、一を引っ張って猛スピードで走って行く姫。


 残された三人は一瞬顔を見合わせてから、急いでそれを追いかけた。




 ☆ ☆ ☆


 透き通った水の流れる川の音が、蝉の鳴き声に混じって聞こえてくる。



 姫を追いかけて辿り着いたのは、山奥にある東黒川の上流だ。

 黒川と書くが、川底の見える綺麗な水が流れている。


「田舎の子供のバイタリティ……す、すげぇ」

 半ば引き摺られて辿り着いた一は、自分を見下ろすミヒロに向けてそう口にした。ミヒロは「俺の気持ちが分かったか?」と目で訴えてくる。



「すげー綺麗な川。鮎釣れそう」

 若干ツチノコを釣るという自分の発言を忘れながら、ヒラケンは川の中を元気に泳ぐ魚に目を輝かせた。


 近くに詰め所があって、鮎の放流も行われているらしい。

 早速ヒラケンはミヒロを連れて、詰め所で人数分の釣竿を借りに行く。



「お客さん、鮎釣り?」

 詰め所には若い男性二人が座っていた。ミヒロとヒラケンを見て、若者二人は少し珍しい物を見るような視線を向ける。


「鮎もだけど、ツチノコ釣り」

「ツチノコぉ?」

 若者は、ミヒロにレンタルの為の書類を書かせながらヒラケンの言葉を聞いて眉を顰めた。


「何か文句でも?」

「いや? 今時ツチノコなんて珍しいなって思って。つーか、ツチノコって釣れるっけか?」

 男は詰め所の奥に座っているもう一人の男に視線を向ける。その男は両手を挙げて、呆れたような顔をした。



「まぁ、ツチノコ? 見付かると良いな。鮎釣りは初めてかい?」

「ヒラケンがプロなんで」

 若干バカにしたような態度で、男はミヒロに人数分の釣竿を渡す。ミヒロはそんな若者の態度に少し苛立ちながら、釣竿を受け取って詰め所を出た。



「詰め所の兄ちゃん、ツチノコ見たことないのかな?」

「さぁ。……いや、俺もあんな態度だったか」

 実際にツチノコを見てしまった自分だから、そう感じたのだろう。


 ツチノコなんて信じているのかコイツ、みたいな。

 バカにしてるような態度に思う所があったのだが、よくよく考えるとツチノコを見るまで自分も同じような態度だったのかもしれない。

 そう感じるとなんだか自分が恥ずかしくて、心の中でヒラケンに謝った。



「ツチノコ、釣れるもんな」

「もち」

 なんだったら釣れるかどうかはともかく、ツチノコを捕まえてさっきの男二人を見返してやろう。そう思いながら、一達に釣竿を渡すミヒロ。


「ツチノコ釣るぞ」

「ミー君顔がなんか怖いよ」

「お、なんかやる気だな」

「ツチノコ釣るぞー! おー!」

 それぞれ釣竿を持ち、五人は川で良さげな場所を探し始めた。水が綺麗で魚影がよく見える。ヒラケンが、良さげな場所を直ぐに見付けてくれた。



「鮎釣りってのは、友釣りで釣んの。鮎は縄張り意識が強いから、こうやって別の場所の鮎を放り投げると攻撃してくるから。それで釣れる」

「ヒラケン凄い! 頭良い!」

「秀才って呼んで良いよ?」

 得意げなヒラケンを褒める姫。どうやら満更でもないらしい。


 釣りに関してはヒラケンの右に出るものはここにはいない。大学生三人も、ヒラケンの指示の下で鮎釣りを始める。



「ツチノコも友釣り? 出来るのかなー?」

「ツチノコが仲間を攻撃してる光景、見たいか?」

「……見たくないかも」

「とりあえず鮎だ。晩飯にする」

 詰め所の男達に思う所はあったが、流石にツチノコが川を泳いでいるとは思えない。ツチノコの何を知っている訳ではないが、魚ではない事は確かな筈だ。


「昨日陸で見たしな……」

 昨日見たツチノコの姿を思い浮かべても、泳いでいる姿はあまり想像できない。ただ、昨日レジ子が温泉に現れたと言っていたのを思い出す。



「釣れるかどうかはともかく、川辺なら色々生き物いるだろ。釣りに飽きたら、ツチノコ探せば良い」

「なんかミー君、ちょっとやる気だねー」

「別に」

 ミヒロが視線を逸らして誤魔化すと、レジ子は静かに微笑んだ。幼馴染のやる気を感じられない程、短い付き合いではない。



「ヒラケンヒラケン! ツチノコはどうやって釣るの?」

「ツチノコは……鮎を食べるから鮎釣りのついでに釣れる!」

「そうなんだー! よーし、ついでにツチノコ釣るよー!」

「よっしゃー! 俺も釣っちゃうぜー!」

 鮎釣りのついでにツチノコが釣れては、至る所でツチノコが釣れてしまう──なんて野暮なツッコミをする一ではない。


「……ん? わぁ!? ヒラケン、なんか、釣竿が! 動いてるよ! ツチノコかな?」

「そんな大物の引きじゃない。鮎が来た。引っ張れ、姫」

 鮎釣りを初めて数分。早速当たりを引いた姫の釣竿がしなる。


「うわぁ、凄い! お魚釣れたー!」

 ヒラケンの助けを受けて引き上げられる釣竿。鮎が一匹、釣竿に掛かっていた。

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