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第七話:つちのこ館

 旅行一日目の夜は、それはもうぐっすりと眠れた。宿に戻ってからの記憶は殆どない。


 ミヒロは日課のランニングがあるので朝早く起きた訳だが、一もヒラケンもレジ子も旅の疲れからか九時になっても起きてこなかったのである。


「おっしゃ今日こそツチノコ捕まえようぜー!」

「ツチノコ釣る!」

 それでも、目が覚めたバカ共は騒がしい限りだった。



「釣る……?」

 何故か荷物に釣竿が入っているのを見て首を傾げるレジ子。そんな彼女に向けて、ヒラケンは自慢げに舌を鳴らし人差し指を横に振る。



「レジ子姉ちゃん知らねーの? ツチノコは、釣れる」

「そ、そうなの……!?」

「昨日温泉でジジイが言ってた」

 唖然とするレジ子。昨日の温泉でヒラケンも、ミヒロと一とは別の村人と話していたのだ。


 曰く、ツチノコは釣れるらしい。



「川の近くに詰め所があるらしいから、そこで鮎釣りの道具も貸してもらえるって」

 ヒラケンの趣味は釣りであり、自分の道具を持っているが一達はそうでもない。


 しかし、どうやら東黒川村の自然公園を流れる東黒川(・・・)では鮎釣りも出来るようである。

 ツチノコが釣れるかどうかは分からないが、せっかくの旅行だ。レジャー体験は欠かせない。



「それじゃ、今日は姫ちゃん拾ってツチノコ釣りだな!」

「あー、姫か」

 キッチンでサンドイッチを作りながら、ミヒロがそう溢す。


 温泉で聴いた事を、もう一は気にしていないのだろうか。

 ミヒロは朝のランニングで村を回り、岩永さんの家を必死に探すくらいには気になっていた。



「あの事、レジ子とヒラケンに言ったか?」

「あの事? あー、別に気にし過ぎも良くないだろ」

 自分が気にし過ぎなのだろうか。ミヒロは溜め息を吐いて、サンドイッチを弁当箱に詰める。



「姫、昼って言ってたろ。飯食ってくるか分からないし、公園で食うか」

「昨日の夜は怖がってた癖に、なんだかんだ優しいよな」

 岩永姫は、土砂崩れでなくなった筈の村に住む、幽霊か何かなのかもしれない。


「普通の気遣いだろ」

 そんな気の迷いのような恐怖はともかく、小さな女の子がお腹を空かせている様子をミヒロは見たくなかった。


 レジ子に髪の色が少し似ているのも、庇護感情を掻き立てる原因かもしれない。



「よし! 準備して行くかー! 昨日はツチノコ発見したし、今日こそ捕まえようぜ! ツチノコ捕まえたらよー、超有名人だぜ? 俺達」

「まだちょっと早いけどな」

 現在時刻は十時前。お昼集合である事を考えると、焦り過ぎな時間である。そこまで広い村でもない。



「あ、それじゃ、ここ行きたいかもー」

 そう言って、レジ子がスマホの画面を三人に見せる。写されているのはつちのこ(やかた)という施設のホームページだった。


「なんだこれ」

「お土産屋さんで、二階はツチノコ資料館があるんだって」

 地域の町おこしに良くある施設だろう。ホームページに映る施設の入り口には、ファンシーな色をしたツチノコが二匹並んだ看板が立っていた。


「よし、それじゃそこ行ってから姫ちゃんに会いに行こうぜ。お土産も買ってな!」

 準備をして、一向は部屋を出て階段を降りる。


「あ、おはようございまーす!」

 降りた先の玄関に見覚えのない男女が立っていて、初めは元気に挨拶をした。一階に泊まっている客だろうか。



「お、二階には賑やかなのがいるなと思ったら。やっぱり若者グループか。おはよう。大学生と……その兄弟って感じかな?」

 夏なのに黒スーツをラフに着こなした若い男性が、一の挨拶に返事をしてくれる。


 その背後にいる、同じく黒スーツの若い女性はあまり表情を変えずに静かにお辞儀だけを返した。



「なははー、うるさかったらすみません!」

「良いの良いの、若者はそうじゃなくちゃ。もしかしてツチノコ探し? 俺達もつちのこ(・・・・)探しに来たんだよ」

「マジっすか? それじゃぁ、俺達ライバルっすねぇ!」

「そうなるな。どうだ、ツチノコは見付かったか?」

「内緒っす!」

「敵に塩は送らない、か。本気だな?」

「勿論!」

 一の社交術は大したもので、初めましての大人にもこの対応である。


「まぁ、でも仲良くやろうや。俺達もツチノコ祭りが終わるまでは村にいるからな。……あ、俺は寺浦(てらうら)幸作(こうさく)っていう。こっちの静かなのは宇田川(うだがわ)椎名(しいな)だ。よろしくな」

「千堂一っす! よろしくお願いしまーす! それじゃ、俺らつちのこ館行くんで!」

 そう言って、一は三人を引き連れて車に乗り込んだ。


 乗り込んでから、一は「ミヒロじゃあるまいし、あんな黒スーツで熱くねーのかなぁ?」と声を漏らす。

 他の三人は先程の男女には全く興味もないのか。その言葉に返事が返ってくる事はなかった。



 ☆ ☆ ☆


 レジ子が見せてくれたホームページに載っているままの施設まで、車で十数分。


「近いなぁ」

「今朝走ってる時に見かけたな」

「お前旅行来てもランニングしてたんだな……。体力バカ」

「今バカっつったか?」

「お前、人には良くバカバカ言うくせによー! バカって言う方がバカなんだよバーカ!!」

「ハッ、じゃあお前は三倍バカだな」

「早く行こー」

「レジ子姉ちゃん、あんなの放って行こう」

 男バカ二人を置いて、ヒラケンはつちのこ館の中に入って行く。



 どうやら一階はお土産屋さんのようで、ツチノコのぬいぐるみやツチノコのクッキーが商品棚に並んでいた。


「キーホルダー買おっと」

「おー、ツチノコぬいぐるみ可愛い〜」

 俗っぽい商品に目移りするのは、オマセな中学生のヒラケンらしいといえばそうだろう。その隣で一緒になってはしゃいでいるレジ子の感性には少し不安を覚えるが。


「お前の部屋にこれ以上ぬいぐるみ増やしてどうする。そもそもお前の部屋は魚だらけだろ」

「ぬわ〜、ツチノコ〜」

 レジ子が買おうと抱き締めていた数匹のツチノコぬいぐるみを奪い去って、ミヒロはそれを高く持ち上げた。レジ子の身長では、どれだけ背を伸ばしてもミヒロの手には届かない。


 彼女は水生生物が好きで部屋には様々な魚などのぬいぐるみが散乱していて、水族館のようになっている。

 収集癖みたいな所があるのだが、ツチノコはレジ子的には水生生物なのだろうかと疑問に思った。



「ツチノコ……」

「二匹までな……」

 しかし、本気で悲しそうな顔をするレジ子の顔を見て、ミヒロは持ち上げた手を下げる。


「ミヒロもレジ子には甘いよなぁ……」

「うるさい」

 これだから彼女の部屋は魚だらけなのだろうと、一は変に納得出来た。



「まいどー。上につちのこ資料館があるんだけど寄ってくかい?」

「勿論お願いしまーす」

「大人三百円、子供百円ね」

 お土産屋の奥に階段があって、一達はお金を払って二階に向かう。


 そこはツチノコと東黒川村の歴史が展示された、世界で唯一のツチノコ資料館だ。

 入り口にはリアルなツチノコの模型が飾ってあって、四人は昨日見たツチノコを思い浮かべる。



「本物見たしな……」

 ボソッと漏れたミヒロの声。


 村の人々は、いくらかツチノコについて『存在していて当たり前』かのような反応をしている気がした。

 なんなら宿の一階にはツチノコを探しに来たと言っていたカップル(?)までいたのである。世間で思われてるよりも、ツチノコは存在しているよりなのかもしれない。


「そうか……?」

 そう思ってから、再び首を傾げる。見てしまったとはいえ、ツチノコを信じている人は少ないのが一般的な気がした。しかし、自信がなくなってくる。



「見て見て〜、コレ。ツチノコの好物だってー」

 資料館を眺めていたレジ子が三人を集めた。そこには『ツチノコの好物』と書かれた展示が置かれている。



「ツチノコはお酒と、その材料であるお米が大好きです。……だって」

 レジ子はそれを読み上げてから、ミヒロにドヤ顔を見せた。ミヒロは昨日温泉でそんなような事を聞いたがこうやって調子に乗るから黙っていたのである。


「天才だな」

「でしょー」

「お、こっちは東黒川村の歴史だってよー!」

 一は色々な事に興味があるのか、ツチノコ以外の展示品も眺め始めた。


「飽きた。そろそろ行こー」

 しかし、ヒラケンにとってツチノコ以外はどうでも良かったらしい。

 一がツチノコの展示から離れた所で、飽きて早々に引き上げようとしている。



「え、ちょ、せっかく三百円払ったのに」

 なんならヒラケンに着いて行くレジ子とミヒロを見て唖然としながら、一は一つだけ気になったら展示に視線を送った。


「ちょ、待ってくれよー!」

 その展示を読んでから、一も三人を追い掛ける。



 東黒川村の歴史。

 東黒川村は日本で唯一お寺のない村です。

 明治時代の廃仏毀釈運動によって、全国で仏教建造物の多くが破壊され、東黒川村はこの時村で唯一のお寺を失い、日本で唯一お寺のない村になった。



「お寺がない……かぁ」

 書いてある事はよく分からなかったが、その一文が、何か一の中で引っ掛かるのだった。

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