第五話:ツチノコ見付けた
スマホで確認出来る時間とは若干ズレているが、ツチノコ公園には大きな時計が設置されている。
ツチノコの看板の下にある時計は、17時を指していた。
「ツチノコいねぇ〜」
一は尻餅をついて、空を見上げる。
夏の空はまだ青い。しかし、自分達はともかく姫ちゃんをこれ以上連れ歩くのは問題のある時間だった。夏の日は長いといえど、十七時ともいえば良い子は帰る時間である。
どのみちツチノコ祭りがある四日後までは、この東黒川村に滞在するのだ。今日はツチノコらしき影を目撃出来ただけでも充分な成果だろう。
「よし、今日は解散して明日にするか!」
そう思って、一はヒラケン達に声を掛けた。
結局アレ以降、ツチノコは尻尾どころか影も見付かっていない。
「ミー君すごーい。ブランコ一回転しそう」
「やべ、とまんね」
「何してんだアイツら」
レジ子とミヒロは遂に公園のブランコで遊んでいたが、姫とヒラケンはまだツチノコを探そうとしている。
「姫ちゃーん、そろそろお家に帰ろうぜ。俺達後四日は東黒川村にいるからよ! 明日もさ、一緒にツチノコ探そう! な!」
「本当!? 明日も一緒にツチノコ探してくれるの!?」
立ち上がって、目を輝かせる姫。
余程嬉しかったのか、彼女はその場で飛び上がって「わーいわーい!」と万歳しながらクルクルと回り始めた。
地元だとあまり一緒にツチノコを探す友達はいないのだろうか。小さな村だし、同年代の子供も少ないのかも知れない。
「確か山の反対側の村って言ってたよなー。……あ、そうだ送っていこうか? 俺達車で来てるから」
「ううん、大丈夫! 一人で走って帰れるから!」
「走って帰るんだ。すげーな、田舎の子供のバイタリティ」
「だから、また明日ね!」
「おう! 明日もツチノコ探そうぜ!」
「待て待て」
勝手な約束をしている一を横目で見ながら、ミヒロは凄い勢いで漕いでいたブランコから飛び降りる。背後でレジ子が拍手をしていた。
見事な着地を決めたミヒロは、内心で「怖かった……」とボヤきながら、一の隣まで歩いていく。
「集合時間とか場所とか決めとけよ」
「お、ナイスミヒロ」
コイツは行動力とコミュニティ能力の化身か何かなんだろうかと思いながら、一の思い付きの行動の補助をするのはミヒロの手癖だった。
「んーと、それじゃこの公園に──」
そうして一が姫と約束をしようとしたその時だった。
「──嘘だろ」
──ミヒロの口からそんな言葉が漏れる。
公園の外。獣道から、ミヒロ達を見詰める存在があった。
それは蛇でも蝉でもカブトムシでもない。
土色の、細長い、くびれのある丸い身体。まるで大きな何かを飲み込んだ蛇のような、しかし蛇とは違って首がある。
全長1メートル程のツチノコが、真っ直ぐにミヒロ達に視線を向けていた。
「つ、ツチノコだ」
思わずミヒロの口からそんな言葉が漏れる。
一も、レジ子も、ヒラケンも、その場にいた全員がミヒロの視線の先に目を向けた。
ソレは、微動だにせず、ただそこに堂々と存在している。
「つ、ツチノコ……!」
しかし、レジ子がそう言って声を上げてスマホを向けた瞬間、ツチノコは凄い速度でその場から消えてしまった。
あまりにもハッキリとツチノコを視認してしまった四人は、その後固まってしまう。
「ほら! いたでしょ、ツチノコ」
姫が、そう口にするまで、誰も現実を受け入れられなかった。
目の前に、どう考えても本物の、ツチノコがいたのである。
「ミー君ミー君、ツチノコ……いた」
「い、いたな」
「信じてなかったのー?」
頬を膨らませる姫に、ミヒロは両手を挙げる事しか出来なかった。
正直言って、九割信じていなかったのである。
しかし本物を目にしてしまうと信じる他ない。それは、何かの見間違いだとか、幻覚だとか、そうやって思えない程に、ハッキリとその目に映っていたのだから。
「明日こそ捕まえるんだから! ね、皆! 約束しよ!」
姫はそう言って、唖然として固まっているミヒロの小指を自分の小指で掴んだ。
「明日も一緒にツチノコ探そうね!」
「お、おぅ」
「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本のーます! 指、切った!」
元気に腕を振り回す姫。
彼女はレジ子とも、ヒラケンとも、一とも指切りを交わす。
「それじゃ、また明日ね!」
「おう! 明日のお昼にこの公園集合な!」
「分かったー!」
「姫、また明日」
「ヒラケン! また明日!」
大きく手を振りながら返事をして、姫は一達の帰路とは反対側に向かって走っていった。
「田舎の子供のバイタリティすげー」
まだ青い空から照り付ける日の光に照らされて揺れる空気に、少女の背中が混じって小さくなっていく。まるで空気に溶けていくようだと感じたのは、夏の暑さのせいか。
「よし、俺達も帰るか!」
ヒグラシが鳴き始めた山を降りる一向。一見すればそこは何処にでもありそうな大自然だ。
未開の土地という訳でもなく、なんなら時折り町おこしの為かツチノコの看板があったりする普通の山。
しかし、先程のツチノコは、やはり見間違いだとは思えない。
「一君、歩きスマホ危ないよー。何調べてるの?」
「ん? あ、いや……あれぇ?」
下山中、スマホを眺める一に声を掛けるレジ子。
一は注意されて頭を掻きながら「な、なんでもねーよー?」と首を傾げる。
そのスマホの画面にはマップアプリの地図が表示されていた。
「あ、そういえば! 来る時にさ、通り道に気になる店見つけたんだけどよ! 行ってみようぜ!」
誤魔化すようにスマホをしまって、一はそんな提案をする。
「店?」
「ツチノコカレーだって! せっかくツチノコ村に来たしな!」
返事をするミヒロにそう言いながら、車に乗り込む一。
宿への帰り道に、そのカレー専門店はポツンと存在していた。
村人御用達──という訳でもないのか、他にお客さんが居なそうな駐車場に車を止めて、一達はお店に入る。
お店の名前はツチノコカレー店。そのままだ。
「いやっしゃい。……おや、珍しいね。観光かい?」
「珍しいんすか?」
「若い子は珍しいかなぁ」
一の質問に、本当に珍しい物を見る目をしながらメニュー表を持ってくる店員さん。
家族で経営でもしているのか、お袋さんのようなもう一人の女性がおしぼりとお水をテーブルの上に乗せてくれる。
「こちらへどうぞ」
「お邪魔しまーす」
一に着いて座る三人。メニューはそんなに多い訳ではなく、写真が付いている訳でもない。
ただデカデカと一番大きな文字で書かれているのは、名物なのだろうツチノコカレーというメニューだった。
どうやら辛さを選べるようで、最大の五辛には「初心者の方はお断りしています」と書かれている。
「せっかくだからツチノコカレー頼もうぜ」
「ツチノコカレーってどんなのだろ」
レジ子は頭の中で、ツチノコのシルエットを思い浮かべて、その上にカレーのルーを垂らしてみた。色的に、つい先程見たツチノコと姿が重なる。
「俺は甘口で」
「あ、私もミー君と一緒で」
「情けねーな、ミヒロ兄ちゃん、レジ子姉ちゃん。俺は一辛」
「うーん……」
それぞれ注文する横で、一は長考してから手を挙げた。
「お客さん?」
「俺、五辛挑戦したいんすけど。良いっすか?」
「本当に辛いよ?」
「ばっちこーい!」
「よし、若いのにその根気! 気に入った!」
店主は一に拳を向け、一はその拳を返す。
数分後、まずミヒロとレジ子の前に置かれたのは、土色の、ツチノコの形に盛り付けられたお米に、カレーが乗った──まんまレジ子の想像していたツチノコカレーだった。
「つ、ツチノコカレーだ……!」
「まんまだな」
「ツチノコ見付けた……!」
「もう本物見付けたけどな」
「俺のなんか色ちげー。ボスツチノコ」
続いてヒラケンの前に置かれたカレーは、ミヒロ達の物より少しだけ色が違うツチノコカレーである。
ボスツチノコ、と。ヒラケンがそう言った次の瞬間。
四人の鼻を劈くスパイシーな香りが、一の目の前に流れてきた。
ツチノコカレー、五辛。
それは、通常の三倍逃げ足が早そうな色をしている。
「赤い……ツチノコ」
「なんかもう見てるだけで辛いよ……」
目を細めるミヒロとレジ子。一は、特に表情を崩さず、スプーンでその真っ赤な存在を口にした。
「……ぅ──」
「は、一!?」
固まってしまった一を見て、ミヒロが手を伸ばす。その、次の瞬間。
「──ぅ、美味い!! なんすかコレ!! めっちゃ美味いっすわ!!」
音を立てて、ツチノコカレーを口に運ぶ一。ミヒロは「バカ舌が」と吐き捨てて、自分のカレーを口にした。
「お客さん凄いねぇ! 気に入ったよ!」
「俺もこのカレー気に入りました! 絶対もう一回は食べに来ますわ!」
固く握手をする店主と一。
その横で、あまりにも美味しそうに食べる物だから気になってつまみ食いをしたヒラケンが──その後二十分、会話をする事が出来なかったのはまた別の話。