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第四話:ツチノコ公園

 ある日森の中、一人の少女に出会った。



「それじゃ! 一緒にツチノコ探そ! 大勢で探した方がきっと見付かるもん!」

「まだこの辺りにいる筈だ。しら()潰しで探す!」

「しら()潰しだなー、それ。シラス潰すのは可哀想だぞー」

 日本語を間違えているヒラケンの言葉を訂正しながら、一も辺りを見渡す。


 姫との挨拶で忘れていたが、今さっきまで此処にツチノコに見える何かがいたのだ。

 ミヒロの言う通り蛇だったのかもしれないが、東黒川村までやって来た理由であるツチノコの手掛かりともなれば藁にも縋ろうという気概である。



「大丈夫か? レジ子」

「山登り……大変。走るの、辛い」

「運動不足だな。よし、明日から早朝ランニングだ」

「ひん……」

 言いながらも、レジ子の手をとって抱えているネッシーリュックから水筒を取り出すミヒロ。


 一杯のお茶をレジ子に渡しながら、ミヒロは辺りの木陰を必死に探る一達に視線を送った。



「本当にいたのか? ツチノコ」

 一とヒラケンの必死さは、どうも異常に見える。


 勿論二人はツチノコを本気で探す為にこの村までやって来た。ツチノコを真剣に探すのは当たり前だが──その姿は、まるで本当に目の前にツチノコがいたかのような。少し手を伸ばせばツチノコを捕まえられると思っているような態度に見える。



「私はチラッとしか見えなかったけど。なんかね、尻尾みたいなの、見えた」

「蛇……じゃないのか?」

 ツチノコは丸く太った蛇のような姿をしていると言われているという話を思い出しながら、ミヒロは目を細めた。



 実際ツチノコなんている訳がない。

 高校を卒業して、ちょっと大人になってしまった自分の感性を少し悲しみながら、でもそれが大人になるという事だと自分に言い聞かせる。


 勿論、一はともかくレジ子やヒラケンの夢を態々壊そうなんて思わないが。それでも、ツチノコなんている訳がないというのが一般的な考え方だった。



「姫はいつもツチノコ探してんの?」

「うん! 毎日探してるよ! 偶に見付けるけどね、逃げられちゃうの」

「なんで探してんの?」

「村の人達がね、ツチノコなんていないって言うの。そんな事ないもんって! ツチノコいるって! 教えてあげたいから、ツチノコ探して、捕まえるの! いつも逃げられちゃうけど」

 少し寂しそうな顔で口を尖らせる姫。どうやらかなり長い間一人でツチノコを探しているらしい。

 

「ツチノコ足早い?」

「すごーく早いんだよ!」

「はーん。俺の方が早いけどね」

「ヒラケンすごーい! ツチノコより早いの?」

「ヒラケンさんな。姫は小学何年? 俺中学一年」

 年少組のヒラケンは、早速だが姫と打ち解けたようである。どうやら歳上として面倒を見てやろうというつもりらしい。


「ヒラケン中学生なんだー! 大人ー!」

「ヒラケンさん(・・)

 が、どうも上手くいっていないらしい。



「くっそー、さっきのはぜってーツチノコなんだけどなー」

「一君も見たのー?」

「おう、見た見た。アレはぜってーツチノコ」

「見間違いだろ」

「夢がねーなぁ、ミヒロは」

「信じてない訳じゃない。探すぞ」

 別にノリが悪いという訳ではないので、レジ子の休憩が終わったのを見てツチノコを探し始めるミヒロ。



 ツチノコはともかく、カブトムシでも見付かればソレはソレで楽しい夏休みの記憶にもなる訳だ。



「ヒラケン! 見て!」

「アレは!」

 大学生三人を置いて少し進んでいた姫とヒラケンが、突然大きな声を上げる。


「ツチノコ!!」

 そんなヒラケンの大きな声に、三人は視線をヒラケンが指差す先に向けた。


 同時に、姫とヒラケンが走り始める。



「おい、ガキだけで走るな」

 面倒臭そうにしながらも、ヒラケン達を追い掛けるミヒロ。そんなミヒロを一とレジ子も追いかけた。


 先頭を走る二人は、猛スピードで木陰の間を進んでいく土色の何かを追い掛ける。

 ヒラケンの目にはそれが間違いなくツチノコに見えているのか、彼は必死にその黒い影に手を伸ばしながら走った。



「ツチノコ!!」

 獣道を抜ける。


 開けた視界に映り込んだのは、山の中にある小さな公園だった。

 ツチノコ公園と書かれた看板の向こうには、ツチノコの形をした滑り台が、年季の入った哀愁漂う表情で横たわっている。



「いたのか?」

「いたいた! あの滑り台の下に潜ってった!」

「俺が回り込む」

「捕まえろー!」

「ツチノコゲット!」

 ヒラケンの必死さに、ミヒロも少しやる気を出して走る。滑り台の反対側に走っていく彼と反対に、姫とヒラケンは滑り台へと向かった。


 そしてミヒロが反対側に回り込んだのを確認して、二人は滑り台の下を覗き込む。



「わ!?」

 同時に、滑り台の下から何かが飛び出して、二人は飛び退いた。



「捕まえたか──どうした?」

「蛇だった……」

 二人の驚いたような声を聞いて、ミヒロは滑り台の反対側を覗き込む。


 そこには、倒れ込んだ姫とヒラケンの姿、それと逃げていく大きな蛇がいた。



「なんだ……。おい、怪我してないか?」

 少し落胆しながら、ミヒロは姫の手を取って体を起こす。そこでやっと追いついて来たレジ子と一に向けて、ミヒロは両手を上げた。



「ありがとう、ミヒロお兄さん! んー、でも残念。ツチノコだと思ったのに」

「蛇だったな」

 ミヒロがそう言って蛇を睨みつけると、蛇は一瞬固まってから凄い勢いで逃げていく。


 先程一達が言っていたのも蛇だったんじゃないだろうか。結構大きな蛇が、普通にいる山のようだし。



「いやでも、本当にツチノコだったけどなー」

 口を尖らせるヒラケンを横目に、ミヒロは一とレジ子に視線を向けた。


 二人は頷く。

 この日本という国は民主主義社会なので、マイノリティは淘汰されるのだ。広く見ればツチノコを信じる者が少数派の筈だが、今この現状だけで言うならミヒロが少数派になっている。



「まぁ、せっかく来たんだから公園の近く探すか。まだこの辺りにいるかもしれないし」

 探す場所を公園に限定してしまえば、チビ2人を追い掛けなくても良い。


 そんなミヒロの企みを知ってか知らずか、残りの四人は手を挙げてやる気を出し、ツチノコを捜索し始めた。



「カブトムシいねーかな」

 そんな四人を尻目に、ミヒロはカブトムシを探し始める。



「くっそー、ツチノコ。次こそ捕まえる。出てこーい!」

 実際にツチノコをその目で見た。


 少なくともヒラケン自身はそう思っていて、悔しさに歯軋りしながら公園の木陰を弄る。

 その隣で、姫もなんだか嬉しそうにヒラケンの真似をしていた。


「ヒラケンはツチノコ捕まえたらどうするの?」

「食べる。あと養殖する。飼う」

「食べちゃうの!?」

 食べたら飼えないのだが、ヒラケンの中ではツチノコを一匹捕まえれば養殖できると思っているらしい。


「姫は? ツチノコ捕まえたらどーすんの?」

「えーとね、村の皆に見せてあげるの! 本当にツチノコいたよって!」

「ふーん」

 子供の小さな夢だなぁ、と。ヒラケンは中学生なりに小学生の女の子の夢を微笑ましく感じたのだろう。


 ドヤ顔で「頑張れ」と、一言漏らした。



「でもよー、本当にツチノコ見付けたら、俺達超有名人になっちまうよなー。テレビ取材とか受けちゃったりして?」

 そんな子供二人の夢の会話に、大きな子供の一が混ざる。


「そしたら有名人と会えたり、なんなら街に銅像が立ったり? ツチノコを発見した人として後世に語り継がれる程偉大な存在に!」

「「おー」」

 子供二人よりも少しだけ(・・・・)具体的な夢の流れに感心する姫とヒラケン。



 そんな一を呆れた顔で眺めるミヒロの隣で、レジ子が何かを思いついたかのように両手を叩いた。



「餌!」

 ごそごそと、ネッシーのリュックを弄るレジ子。秘密道具でも出すかのように、彼女は何かを持ち上げる。


「おにぎり〜!」

「あー、撒き餌か」

「を、半分食べます」

「腹減ったんだな……」

「勿体無いから。で、これを少しね、葉っぱの上に置いて、罠にするの。……私、天才かも知らない」

「……そうだな」

 ツッコミに疲れたので黙って見守っておこうと目を細めるミヒロ。


 そんな彼の前で、レジ子はしゃがんで木陰の前に特製の罠を仕掛けた。

 おにぎりの破片でツチノコが釣れる訳がないだろうと思いながらも、そんな彼女を見下ろしていると──



「うわぁ!? 蛇ぃ!」

 突然、木陰から大きな蛇が飛び出してレジ子が転ぶ。


()……!」

 ミヒロは反射的にレジ子を引っ張り上げて、その蛇を蹴り飛ばした。



「あばばばば……」

「あ、危ねぇ……。噛まれてないな?」

「ぇ、あ、うん。大丈夫」

 蛇しかいない。本当にツチノコなんていたのだろうか。


 そう思いながら、ミヒロは視線を下げる。

 そして抱き寄せていたレジ子を離して、視界に入ったその不思議な光景に、彼は首を傾げた。



「あれ? おにぎりは?」

「あれ? ない。……さっきの蛇が食べちゃった?」

 レジ子が置いていたおにぎりが無くなっている。


 さっきの一瞬で蛇が持っていったのだろうと、この時はそんな風にしか考えられなかった。

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