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第二話:お宿とツチノコシヒカリ

 かろうじて存在していたコンクリートの道路を離れて。



「ここで合ってる!? ここで合ってるよな!?」

「早く止めろよ」

 千堂(せんどう)(はじめ)は、縁石が置いてあるだけの駐車場にレンタカーを駐車させようとしている。



 目的地である民宿の駐車場。

 カーナビの音声が『目的地に到着しました。案内を終了します』と言ってから三分。到着時間は十二時三十分丁度。


 慣れない手付きでバックミラーを何回も確認しながら、一達を乗せた車はようやく駐車された。



「おっしゃ着いた! 東黒川村!」

 勢いよく車を降りる一。その横で寝ていたヒラケンが「ツチノコ!!」と叫びながら車から飛び出したところをミヒロに首根っこを捕まえられる。


 東黒川村。

 岐阜県の山々に囲まれた小さな村で、人口は約二千人程度。ツチノコ村としてもそうだが、明治初年の廃仏毀釈運動の影響で仏教建造物が再建されなかったため、全国でも珍しい『お寺のない村』としても有名だ。



 ツチノコが目的の四人にとっては、ただのツチノコ村だが。



「お宿〜?」

「結構古そうだけど、写真見る感じ中は綺麗っぽいぞ。ほら、荷物持って行くぜー」

 最後に車を降りたレジ子が、二階建ての古い木造建築物を見上げる。趣のある宿には、一たちの車以外にもワンボックスカーと軽トラックが一台ずつ停まっていた。


 他にもお客さんがいるのだろうか。



「ツチノコはー?」

「荷物置いて飯食ってからなー」

 早くツチノコを探したいと焦るヒラケンを制して、一は三人を連れて宿に入る。



「四泊五日で予約の千堂さんかな」

「うぃーす。お願いします」

 宿に入ると、玄関の隣の部屋に座っているお爺さんが話しかけて来た。この民宿の宿主だろう。


 宿主のお爺さんは「よいしょっ」と文字通りに重い腰を上げて、部屋の鍵を二つ持って歩いて来た。

 元気そうではあるが、それなりにお歳のいった男性である。



「お部屋は二階の二つね。冷蔵庫とエアコンは各部屋に一つずつ、自由に使って大丈夫です。階段を上がって右の部屋にはキッチンもあるよ。トイレとお風呂はね、一階にある奴が共有です」

 宿主のお爺さんはそう言って、一に部屋の鍵を二つ渡した。


「若い子がこんな所に珍しいねぇ。楽しんでってよ。あー、何かあったら電話してね」

「一兄ちゃん早く早く! ツチノコツチノコ」

「うぉぃうぉぃ、押すな押すな。ありがとうございます!」

「お邪魔します」

 手を振ってくれるお爺さんに、ミヒロは一達に続いて会釈をしながら階段を上がる。


 その途中でミヒロは、レジ子が階段の下で固まっているのを見て首を傾げた。


「何してんだ?」

「下のお部屋、ツチノコの話してる」

「行くぞレジ子」

「はーい」

 盗み聞きは良くない。幼馴染の手を引っ張って、階段を上がる。


 ツチノコ村なのだから、ツチノコを探しに来た旅行客が他にいてもおかしくはない。

 世間は夏休みだ、そんな酔狂な暇人が自分達以外にもいるという事だ。



「レジ子ー、右と左どっちが良い? 右はキッチン付きだけど、見たところそんな変わんねーかなぁ」

 二人が二階に登ると、一が部屋の扉を二つ開けた状態でそう聞く。


 メンバー唯一の女子にそう聞く一。勿論、部屋は女子部屋と男子部屋で分けて二つ予約したのだ。



「えーとねー。じゃ、私とミー君が右で」

「しれっとミヒロを連れて行ったな」

 階段を登る時に引っ張られた手を、今度は逆に引っ張って部屋に入ろうとするレジ子。


 彼女とミヒロは幼馴染で、現在同居している。同居しているが、別に付き合ってる訳でもなければ結婚してる訳でもない。

 一は詳しい事は知らないが、二人は幼い頃から一緒に住んでいる──兄妹みたいな暮らしをしているせいか、その辺りの感覚がおかしいのである。


「レジ子ー、女の子が男と同じ部屋で寝るのは良くないんだぞー」

「でも一君。旅行なのに一人は、寂しい……」

「ミヒロ、何とか言ってくれよ」

「あ? 変わって欲しいなら変わるぞ」

 あ、コイツもおかしい。静かにそう思った一は諦めて、ヒラケンの手を握った。


「俺には理解出来ない関係だ。どうやって見守ったら良いか分からねぇ。……ヒラケン、一緒の部屋に行こうな」

「俺もミヒロ兄ちゃんと同じ部屋が良いから右にするー」

 そして一は一人になる。一だけに。



「やだ!! 俺も寂しい!! 見捨てないでヒラケン!!」

 中学生に泣き縋る大学生。ヒラケンは「面倒くせ、コイツ」と言いながら渋々荷物を左の部屋に放り投げた。



「昼飯作るか」

 部屋に荷物を置いて、キッチンの前に立ちながらミヒロが呟く。


 ヒラケンが部屋に入ってきて「ツチノコは!」と口を尖らせた。



「腹が減っては狩りは出来ぬって言うだろ」

「戦な。てか狩るのか? ツチノコ」

 次いで入って来た一のツッコミは無視して、ミヒロは保冷バックに入れて来た食材を部屋の冷蔵庫に入れながら品定めをし始める。


 ミヒロはレジ子とほぼほぼ二人暮らしをしていて、料理当番も彼の仕事だ。どちらかというと家政婦みたいな事をしている為、彼の料理技能はかなり高い。



「てか、四泊五日って。そんなに掛けてツチノコ探すのか?」

 持って来た食材を確認しながら、ミヒロは一に向けてそんな言葉を漏らす。


 当たり前だが五日分の食材をわざわざ持って来る訳にもいかない。村の飲食店で食事をする事を考えても、何処かで食材の買い出しは必要だ。


 

「仕方ねーじゃんよー。なんか予約の電話したらさ、あの爺さんが後二日止まっていけばツチノコ祭り(・・・・・・)も見ていけるけど、どうするって?」

「出発を二日送らせれば良かっただろ」

「それだ!」

「バカが」

 そうは言うが、着いて来てしまったものは仕方がない。本気でツチノコを見付けようとしている幼馴染とその従兄弟が楽しそうにしていればそれで良いかと溜息を漏らす。



「チャーハンにするか。一、米炊け。早炊きで」

「確かこの宿、特産品のツチノコシヒカリ(・・・・・・・・)が無償提供なんだよなー。爺さんに聞いてくるぜ!」

 食材を確かめて、卵とベーコンとネギを取り出すミヒロ。


 一はドタドタと階段を駆け降りて行き、すぐに戻って来たかと思えばキッチンに置いてある炊飯器の台の下の棚を開いた。

 そこには特産品のツチノコシヒカリが真っ白に輝いている。



「これが……幻のツチノコシヒカリ!!」

「適当過ぎるだろ」

 ツチノコ村だからという理由だろうが、あまりのしょうもなさにミヒロは目を細める。


「ツチノコシヒカリ〜」

「コシヒカリー!」

 その横で、一に混ざってレジ子とヒラケンがツチノコシヒカリを手で掬って持ち上げ、拝み始めた。



「はよ炊けバカ共」

 ベーコンを切りながらミヒロはキレる。チャーハンが完成したのは一時間後だった。

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