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炎上発言集

作者: てこ/ひかり

「おはようございます」


 彼の呟いた何気ない一言は、SNSを通じて瞬く間に世界に駆け巡り、炎上した。


「おはようございますだって? 起きれなかった人を馬鹿にしているのか?」

「地球の反対側の人はまだ夜なのよ!」

「自分が世界の中心にでもなったつもりか?」


 何という配慮に欠けた発言であろうか。世界中の大半は怒りで震え、膝から崩れ落ち涙を流した。悪質。暴言。不適切。ノーリスペクト。各国の報道機関がこの爆弾発言を一面で取り上げ、轟々に非難した。


「世界の人々を朝と夜で分断しようとしている」

「彼の失言が浮き彫りにしたのは、国際感覚の低さ、共同体意識の低さだ」

「グローバリズムを逆走する今世紀最大の迷言」


 炎上は止まらなかった。現時点でこの発言は10億viewを超え、今もなお拡散し続けている。ニュース番組は連日連夜、朝から晩までこの事件を取り上げた。もしかしたら違う意味だったのではないか。そこまで悪意はなかったのでないか。ちらほらと擁護派も現れたが、しかし、発言の内容が内容だっただけに、誰も容易に許すことはできなかった。


「今すぐ放送禁止用語にしろ!」

「朝起きられない人間には、人権がないとでも?」

「おはようございます、この言葉の中には『自分さえ朝起きられればそれで良い』と、傲慢なエゴが見え隠れしている」


 炎上した本人は、住所氏名年齢その他諸々ありとあらゆる個人情報が晒され、文字通りネット上で火炙りになった。自宅には石を投げ込まれ、郵便受けに鼠や鳥の死骸を入れられたこともあった。周囲の人々は彼を腫れ物のように扱い、それで彼は泣く泣く引っ越しを余儀なくされた。しかし引っ越し先でも、彼はまた同じ憂き目にあった。


「いただきます」


 ある日の昼食で。彼はまたしても不用意な発言をしてしまったのだ。


「いただくだって? 何を? 命を? 彼は何様のつもりだ?」

「また自分だけ! 世界中にひもじい思いをしている人がいるのに!」

「クマが可哀想!」


 正確には彼が食べたのはクマではなかったが、クマを食べた事にされ、拡散炎上した。いただく。命を。あまりにも文明社会からかけ離れたその野蛮な行為に、世界中の大半は震え上がり、各地で怒りが爆発した。


「最悪。いただかれる側の気持ち考えたことないの?」

「人口爆発。食糧危機。環境破壊。全ての原因は、彼のような人間にある」

「同じ時間に食事出来るのが当たり前だと思っているんだな」


 SNSは蜂の巣を突いたような騒ぎになり、この発言は前にも増して炎上した。各国大統領がこの発言を巡り、緊急声明を出し、中には緊急事態宣言を出す国もあった。彼が呟いたその日は「世界失言記念日」に制定され、人々の戒めの碑となった。


「もう二度と世界がこの言葉を使うことがないように」

「今すぐ放送禁止用語にしろ!」

「いただきます、この発言には『食べるために殺すのは仕方のないこと、自分は捕食者である』と、傲慢なエゴが見え隠れしている」


 炎上は収まる気配がなく、居た堪れなくなった彼は再び引っ越した。もう二度と、変なことを呟くのはやめよう。そう誓った彼だったが、燻った炎上の火種は、人々の正義の粗探しは、彼が消し炭の灰に成り果てても決して消えることはなかった。


「おやすみなさい」


 ある日の晩、彼はそう呟いていた。最初は注目の低かった発言も、実はとんでもなく非道い言葉なのではないかと、段々燃え始めた。


「おやすみなさい? 眠れない人を馬鹿にしているのか?」

「世の中には不眠で苦しんでいる人もいるのに!」

「こんな状況で寝ていられるだなんて、良い御身分だな!」

「今すぐ放送禁止用語にしろ!」

「クマが可哀想!」

「おやすみなさい、この言葉には『夜間の安全は保証されている。眠りたい時に眠る、自分は高貴な身分である』と、傲慢なエゴが見え隠れしている」


 貴方のその言葉で、傷付いている人もいる。誰も炎上しない優しい世の中を作ろう。そうして、人間の発言・行動の全てがハラスメント認定され、人々は何もできなくなった。人類は緑色に濁った培養液の中で、寿命が尽きるまで、繋がれたチューブから定期的に栄養補給と排泄を繰り返すだけの存在となった。そろそろ無理やり難癖を付けるのも面倒になってきたので、この辺で終わろうと思う。めでたしめでたし。

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