08――変化
寒冷期が訪れる。街行く人も厚く着こんでいる。リン達も同様だ。汚染された空気を含む灰色の雪がチラチラと舞う中、二人は今日も羽根無し狩りに出る。
「今日は“ウィカニスタ”だったか」
「ええ、カニスタ達は南下したし、奴らの行動範囲も広がる季節ね。でも特に苦労することも無いでしょう」
「まあ、カニスタと大差ねぇからな」
ウィカニスタはカニスタに近い種族だ。名前と生息域こそ異なるが、習性や特徴から同種として扱うべきではないかという声もある。
次の仕事もウィカニスタだろう。
「やっぱり大したことないな。大物も居ねぇみたいだ」
周囲にはウィカニスタの死骸、キッドは両手剣を仕舞う。
「じゃあ、報酬貰って帰りましょう。キッドの新しい両手剣もそろそろ完成するってダイアンが言っていたわ」
「おっ! マジか! さっさと帰ろうぜ」
朗報にキッドは自動車に飛び乗った。
工房、ソファーには巨大なそれが布を被って鎮座している。
「ダイアン! 完成したのか!」
「ああ、後は牙を付けるだけだ。……大分金がかかったがな」
ダイアンが預かっていたチェーンソーの牙の毒は未だに機能している。その特性を活かそうという事だろう。
チェーンソーを一旦解体し、牙を取り外す。数時間で移植は終わった。
「持ち手を捻って下に伸ばすんだ。そしてもう一度捻り、ロックさせる。そこにだけは気を付けてくれ」
言われた通りキッドが両手剣を動かすと、金属の本体から飛竜の牙がびっしりと刃のように左右に飛び出した。両刃の剣だ。
「これなら本来の突き刺す形、牙の使い方に近い。チェーンソーは力任せに振り回せるが、これは斬る事しか出来ないから注意してくれ。だがその分切れ味は比じゃあないはずだ。いちいち収納するのは面倒だとは思うが、安全面だな」
キッドは何度も動作を確認する。
「くぅー! やっぱり新しい武器ってのはたまらねぇな!」
「……俺もその顔を見る瞬間がたまらない。だが暫く節約生活になるぞ」
「……ダイアン、いくらくらいかかったの?」
ダイアンはリンに小声で告げる。リンの顔が青くなった。
「そ、それは、凄いわね」
「金属は正規ルートじゃあないとなかなか手に入らないから金がかかって仕方がないんだ。だが、俺個人としては金属の信頼性は捨てがたい」
「はぁー、頑張らないといけないかぁ」
とは言っても今は寒冷期。羽根無しもあまり見かけない時期だ。冬眠しそこなった熊なんかが出るかもしれない程度で、これといった目立つ仕事は無い。スチームから離れた地では様々な生き物が生息しているらしいが、ここでは縁のない話だ。
簡単な護衛や、力仕事で地道に稼ぐしかない。
ある夜、今日はダイアンも一緒に飲みに出る。場所はいつもの店だ。
「おう工房の兄ちゃん! 久しぶりだな」
「どうも、俺は大盛り普通で」
「私は普通の硬めね!」
「俺もそれだ」
暫く適当に雑談しながら飲む。すると店主が口を開いた。
「なあ、あんたらなら信じてくれるかもしれない。今、この闇市で噂になってること、知ってるか?」
リンとキッドは知らない。ダイアンも基本的に工房にいるため知らないだろう。
「……竜が出たって噂だ。カニスタなんかとは明らかに違う翼の生えた姿、つまり羽根有りって話だぜ?」
「ほぉ、それなら近々依頼が出るかもしれねぇな。調査なり追い払うなりよ」
「驚かないのか?」
店主は拍子抜けした様子だ。
「私は驚いてるわよ。伝説がこんなところに来るはずがないもの。羽根有りがいるっていうのはまあ信じるけど、この辺りに出たなんて言うのは信じがたいわね」
ダイアンも頷く。だが、キッドは違った。その眼差しは真剣そのもの。
「……俺は信じるぜ。温暖期にはこんな自然もクソもない場所に羽根無しがあれだけ出たんだ。勘に過ぎないかもしれねぇが、何かが起きてる」
「キッドがそういうなら、何かあるかもしれないわね。生粋のドラゴニュートとして戦ってきたんだもの」
「……俺にはわからんな」
「まあ、噂は噂だわな。ひょっとしたら程度だぜ? あんまり考え込むなよ。ほれ、替え玉一つやるよ」
やったぜ! キッドはそういうと箸を進めた。