07――中途半端な殺し
工房に帰り着いた。
「よおダイアン、色々持ってきたぜ」
「そうか、無事残っていたか」
「ダイアン、装填についてなんだけど……」
「リン、ちょうどそれについて話があったんだ。……ついに完成したぞ」
ダイアンがソファーに置かれた布包みを指す。リンとキッドが駆け寄り布を取り去ると、鈍色に輝く金属製の重機砲が鎮座していた。長い銃身に胴には六つの穴の開いた回転機構、上部には照門と照星、そして大きな撃鉄がついていた。それは警備団の装備でもある、リボルバーの拳銃にも似ている。しかし、そのサイズは抱えるほどもあった。重量も今までの重機砲の比ではない。しかし弾の装填手順も拳銃と同じだ。
「回転機構と射撃の際の安全性に苦労したが、これならある程度の連射もできるだろう。……どうだ?」
リンは、心に湧き上がる衝動を抑えきれず、重機砲に抱き着く。
「……最っ高ねダイアン! ちょうど弾の装填で困っていたところなの!」
「フフ……それならよかった。鍛冶師としてこの瞬間はたまらないな。それとスピードローダーも用意しておいたぞ」
「なにそれ?」
一息。ダイアンは円状に六つのくぼみがある星のような形をした大きなゴム板を取り出した。
「このくぼみに弾丸をはめておくんだ。これがあれば弾を打ち尽くした時に、機構に素早く装填できる。今までは圧縮した蒸気で弾頭を直接飛ばしていたが、これは薬莢に込められた火薬を雷管と撃鉄で起爆させ弾を飛ばすものだ。薬莢も貴重だから出来るだけ回収しておいてくれ。ただ榴弾なんかの使用は避けた方がいいだろうな」
「ああ、いいなー新しい武器、俺も欲しいなー」
キッドが拗ねた様子で呟く。
「キッドには作ったばかりだろうが……。それにその剣の牙には未知の要素が多い。充分に面白いんじゃないか?」
しかし、ダイアンの武器に対する情熱は留まらない。
「……いや、待てよ。牙をより活かせる形状を思いついたぞ。そもそも牙は斬りつけるものではない、突き刺すものだからな。暫く預けてくれないか?」
「やったぜ! 頼んだぞダイアン!」
「それまでは資金集めね。私達も頼んでばかりとはいかないわ」
やることは特に変わらない。生息域を広げつつある羽根無しの討伐、力仕事やジャンク漁り。
闇市のいつもの店で二人が飲んでいると、義足の店主が話し出す。
「なあ、竜退治なんかやってるならもう聞いてるかもしれねぇが、最近大猪が暴れまわってるって知ってるか?」
「いえ、初耳ね」
「スラムの人間を狙って回っているんだとよ。羽根無しなんかならともかく、なんで猪がわざわざ人を狙うのかねぇ」
店主はため息をつくと煙草に火をつける。
「……オッサン、もしかしてだがその大猪、牙が一本だけじゃねぇか?」
「なんだ知ってるんじゃねぇか。その通りだよ」
リンとキッドは顔を見合わせる。
「そりゃ俺達が何とかしねぇとな。どこにいるかわかるか?」
「噂でしかないが、西から南に回っていってるってハナシだな」
「そうか……」
ごっそさん、二人は席を立つ。もう温暖期の服装では肌寒い、寒冷期が迫っていた。
「……完全に私達の獲物ね」
「ああ、逃がしちまったアイツだな」
おそらく東方面へ向かっているのだろう。リン達は東から時計回りに進んでいくことにした。スチームの東側に行く事は基本的に無い。特に拘りがあるわけでもないが、工房の位置から二人の活動の多くは西側だ。
翌日、早朝に工房を出て人込みの中、高架に沿う長い階段を上る。階段が続くのは駅のホーム、蒸気機関車の止まる場所だ。既に仕事へ向かうであろうスチームの人々でごった返している。
「汽車に乗るなんて久々ね」
「自動車壊されちゃあ叶わねぇしな、真っ当な表の人間は毎日こんな狭いのに乗ってんのか……」
キッドは両刃の剣に布を巻いている。リンは新しい重機砲をそのまま腰の後ろに吊るしている状態だ。巨大な荷物に周囲の迷惑そうな視線が刺さる。
居心地の悪い中揺られ、東側の駅で降りた。煙と蒸気を吐きだしながら去るのを尻目に、先ほどと同様に長く続く階段を下りていく。
「スラムの様子を見に行きましょう。南に回っていけば例の大猪が見つかるかもしれないわ」
東のスラム、普段は来ない場所だ。顔ぶれこそ違うが、そこに広がるのは廃材で組み上げられた今にも倒壊しそうな住居や、到底清潔とは言い難い廃水の流れ。そしてジャンクの山だ。変わらない。
羽根無しや野生動物の影響だろうか。傷を負った人、中には体を欠損している人もいる。話を聞いて回るが、件の大猪はまだ襲撃してきてはいないようだ。
聞き込みを続けながらスチームの外周に沿って南に回る。猪やそれを改良した豚は本来昼行性だったと言われているが、現在は人間の煽りを受け夜間に活動していることが多い。まだ日は高い為襲撃に鉢合わせる事は無いだろうが、情報次第で次の目的地が見えてくるだろう。
場所を移すごとに徐々に人々の話の様子が変わってくる。噂には聞いたよ、ここじゃあ見ないね、そろそろここも危なそうだ、俺は見たことあるぞ、昨日ここに来たよ。
「昨日来た? どんな様子だった?」
「まあ、見ての通りだ。ここら一帯ボロボロだろ? ……まあボロボロなのは元々だが、犠牲者もでた。ありゃあ人間を狙って来てるな」
その表情は諦観。
「……そう、私達はアレを片づけに来たの」
「……ドラゴニュート、か。噂には聞いていたがイメージと違うな」
「ここで待機してていいか? また出るならこの近くだろ」
構わないよ、とのことだ。
月が昇るころ、悲鳴が響き渡る。アタリだ。二人は声の元を目指し駆け出す。完全にスラムの中だ。
プレハブ小屋の層が積み重なる入り組んだ、薄暗い路地、そこに大猪はいた。足元には関節がおかしく折れ曲がった人、壁に叩き付けられたのだろう、大量の血液をまき散らしている。見たところ息はない。
「リン、上から狙ってくれ! ……この剣で大丈夫かな」
リンがはしごを昇っていくのを確認するとキッドは剣の布を解く。大猪がこちらを振り返ると、顔を覚えていたのか興奮した様子で頭を振り回した。少し地形が悪く、突進を回避するスペースはあまりなかった。
キッドは距離を置き、大通りに誘導している。しかし大猪もわかっているのだろう。路地から出てこようとはしない。リンが上から弾丸を放つが、余りにも近すぎる。大猪の攻撃こそ届かないが、硬い毛皮と皮膚に有効打を与えられずにいた。
だが大猪もそれを鬱陶しく感じたようだ。残された一本の牙を振りかざし周囲の建物を破壊しに掛かる。元々脆い建物ばかりだ。プレハブやトタン、ベニヤ板は紙のごとく引き裂かれ連鎖的に崩壊していく。
「リン! 大丈夫か!」
「私は大丈夫! 前見なさい!」
既にキッドを見据えていた。崩れ行く建物の土煙の中、大猪は一直線に駆け出す。回避する間は無かった。キッドは両手剣で受け止めようと構える。
その時、月光に一瞬影が落ちる。一階の屋根にいたリンの更に上から飛び降りたその影は、左手に小ぶりな剣を逆手に持っていた。
影はそのまま大猪に飛び乗る。突然の襲撃に大猪の動きが止まった一瞬、その片手剣は眼球を捉えた。いかに毛皮が厚くとも、そこを防ぐ事は容易く無い。眼球ごと引き抜き影は飛び降りた。
剣を一振りし突き刺さっていた大猪の眼球と血を払うと、腰のベルトから幾つもの金属片を取り出し投げ飛ばす。投擲用に先端が重く設計されたナイフだ。その刃は毒液に濡れている。
混乱に悲鳴を上げ暴れる大猪だったが、その動きが仇となった。浅くはあるが僅かに刺さった毒が体中を駆け抜ける。次第にその動きは鈍くなり、轟音を立て倒れると動かなくなった。
「……レイン・ソルース」
リンが影の名を呟く。キッドは呆気に取られていた。
「……」
仮面の奥の表情はうかがえない。レインは大猪に歩み寄り、既に動かない体、頭部に剣を突き刺す。何度も、何度も突き刺す。
「お、おい! レイン!」
「……中途半端な殺しはするな。確実に、凄惨なまでに。キダニス・H・メーリオン、お前は分かっているはずだ。このスラムの犠牲はお前達が原因だと」
レインは振り返りもせず、返り血を払う様子もなく剣だけをしまい去っていった。
日を跨いで昼、二人は工房に帰り着く。
「……レイン、か」
「そうだよダイアン、クラズの仕事の時に会った奴だ。すげぇ身のこなしだったぜ。大猪のあの毛皮だとこの剣じゃあ厳しかったかもしれねぇが、おかげで正直助かったってもんだ」
「その片手剣は頭蓋骨にも突き立つ程のものなのか……」
リンは頭を抱える。
「そうじゃないでしょ! ……レインの言ってたことよ」
「“確実に、凄惨なまでに”だろ? 確かに今回は俺達が逃がしちまったのが悪かったよ。あの群れを無視することも出来たんだ。変に刺激しちまってこのザマさ。以後気を付けます、としか言えねぇな」
「そ、そう。ずいぶん素直ね」
「まあ、次を考えようぜ。……形はどうあれ一仕事終わったんだ、飲みに行くぞ!」
「もう……こんな時間から。わかったわよ!」