04――レイン
悪天候に打たれる闇市の通りに面した、似つかわしくない大きな館。そこが顔役の住居だ。脇に自動車を停めると、扉の前に立つ黒いレインコートを着た背の高い番人がリン達に声をかける。その内ポケットにはふくらみがあった。
「何者だ」
リンとキッドは自動車を降り依頼書を突きだした。相手は裏の世界の大物。油断はできない。
「リン・アエルゼルとキダニス・H・メーリオン。ドラゴニュート二人、護衛よ」
「確認を取る。少し待て」
番人は依頼書を受け取ると扉の向こうに消えた。
「それにしても不用心じゃねえか? 誰が受けるかわかんねえような依頼を出すなんてよ」
「この依頼は私達に名指しで来たものよ。裏では噂になってるらしいわ。表の警備団にもある程度広がってるみたいだけど、流石にここまでは手が出しづらいみたいね」
「顔役も俺らの事知ってんのか。まあ、闇市含んだ外周の事なら知っててもおかしくはねえか」
扉が開く。
「確認した。入ってくれ」
二人は武器を背負う。キッドはチェーンソーではなく両刃の両手剣だ。
「キッドの本名久しぶりに言ったわ。昔からキッド、だったわね」
リンは妙な懐かしさ、どこかこそばゆいような感覚に笑顔を浮かべる。
「ヘッ、それでいいんだよ」
キッドも少し照れくささを感じていた。
廊下は少し薄暗い。壁に掛けられたランタンが周囲を淡く照らしている。案内されるままに館を進むと、突き当りの部屋の扉が開いた。
「よく来ていただけました。どうぞ、部屋の中へ」
リンは片眼鏡を掛けた老人を、いかにも執事だな、と思いながら扉を潜る。そこには背を向け大きな机に向かう男性が座っていた。男は周囲を窺うリン達に振り返る。
「来てくれたか。君達が噂のドラゴニュートだな? 少しだけ待ってくれ」
机に向き直る。書面を封筒に入れ封蝋に印璽を押すと再びこちらを向いた。執事に封筒を渡すと脚を組み口を開く。
「私が依頼人、クラズウエストだ。今回の仕事は承知の上とは思うが、私の護衛を頼みたい」
「わざわざドラゴニュートと知ってて依頼するなんて、ナニから守って欲しいの?」
リンは肩をすくめる。
「なに、大したことではない。私はここ、西の闇市を取り仕切っているんだが、東を仕切る者と警備団の者と会合する用事ができてね。力を示すため、二人を雇ったわけだ。……これは私の方に就いてくれ、という事だ」
二人は考える。クラズに就くという事は、東側との関わりが持ちにくくなるのではないだろうか。それはスチームでの仕事が減るということに繋がる。
「まあ、不安は分かる。だが裏のやり取りに無理やり巻き込もうと言うわけではないさ。それにこの裏社会では現状、大きな対立らしいものもない。警備団への手回しで忙しくてね」
巻き込まれるのではないというのならば二人に問題はない。依頼を受けることにした。
クラズとその私兵が乗った重厚な黒塗りの自動車に、二人の乗った自動車がついていく。リンはいつも通り、荷台だ。
「なあリン、裏の世界に就くってどう思う? コネがいるって言ったのは俺だけどよ」
「クラズの言った通りなら大丈夫じゃない? 少なくとも今はね。それに私達は元々裏の人間みたいなものじゃない」
ドラゴニュートの武器を作り、日々闇市をうろついている。
「……それもそうか。そういえば例の薬屋について聞いてねえな」
「後でタイミングがあれば聞きましょう。今は護衛が先ね。……とは言っても、ここまで厳重だったら手を出すヤツなんていないと思うけど」
リンが前方に目を向ける。
そこを走るクラズ達の乗った自動車は、リン達のただのソレとは比べ物にならない程防御に特化していた。外見こそ普通の自動車に見える。しかし、クラズが乗る際に見たリン達にもわかるようにドアや窓が異常なほどに厚い。拳銃や機関銃では到底歯が立たないだろう。
過剰な防御は何を想定しているのか。それは通常の武器ではないモノ、ドラゴニュートの武器だ。これはリン達の知らない所にその存在がいることを示している。おそらくは何処かに身を隠しているのだろう。
スチームは大きく東西に闇市があり、南北には中流階級の住宅がしき詰まっている。リン達が向かうのは南の住宅地。クラズの自動車はその中にポツンと立っている小さなバーの前に止まった。
ぞろぞろと店に入っていく。これだけの大人数が入れるとは二人には思えないが、店に入るとその理由が分かった。カウンターの裏側、扉を開けたそこに地下への階段がある。薄暗い地下には既に多くの人間がいた。
「やあクラズイースト、どれくらいぶりになるか」
「それほど経ってないぞクラズウエスト。……その二人は誰だ」
両腕を広げ迎える男はクラズイーストと呼ばれた。ワイシャツにベスト、そしてどこか軽薄な雰囲気がリン達には読み取れた。
「私の護衛として雇ったドラゴニュートだ。紹介しよう、リン・アエルゼル君とキダニス・H・メーリオン君だ。こちらはクラズイースト。……気づいたと思うが、私達の名は偽名だ。本当の名前はこの世界に入ったときに捨てている。紛らわしいから彼の事はイーストと呼んでくれ」
クラズはそういうとイーストの正面のソファーに座る。リン達はその後ろに並んで立った。
「イースト、君の方こそ後ろにいるのは誰だ?」
二人は全く気づかなかった。光の届かない闇から姿を現したのは梟を思わせる仮面をつけた褐色の肌の女性、左腰には小ぶりな剣が抜身でぶら下がっている。丈の短い腹部の露出するタートルネックタンクトップにデニム、ハーフブーツといった出で立ちだ。かなり背が高い。
「おいおいウエスト、お前は知ってるだろ? 誰かまでは見抜けなかったか? ……まあいい、リンちゃんとキダニスに紹介しよう。彼女もドラゴニュートだ。名は……」
「……レイン。レイン・ソルース」
女性、レインはポツリと名乗る。それ以上語る気はないようだ。
それからはクラズとイーストの近況報告、そして闇市の情報網の確認など、リン達にはよくわからない話し合いをしていた。
キッドが暇そうに部屋の中を見渡し始めた頃。この部屋に繋がる扉を開く音。大柄な一人の男が入ってきた。
「……彼は警備団の人間だ。ここに来る以上、理由もわかるだろう?」
クラズはリン達に小声で告げた。
裏社会に繋がる警備団の人間、碌なものではないだろう。
男がソファーにどっかりと座り込むと、クラズとイーストは部下に合図する。取り出された二つのアタッシュケースを男が開くと、満足そうな笑みを浮かべた。リンにはちらりと見えたが、数え切れないほどの札束が詰まっている。男は二つのケースを持つと、足早に部屋を去っていった。その背中を見送るとイーストは憎々しげにため息をつく。
「……まったく、ボロい商売だな。警備団長であるだけであれだけの大金が手に入るんだ」
「だが、我々のような者には有難い存在でもある。いちいち警備団の相手などしていられないさ」
軽い本音を交わすと少し空気が軽くなる。店主が持ってきた紅茶に二人が口を付けていると、リンが手を上げた。
「少し、いいかしら。以前私の知人が闇市でドラゴニュートを自称する露店を見たって言っていたんだけれど……何者かわかる?」
クラズ、リン達の側のクラズウエストが答えた。
「西の話だな? ……それは把握していない。あそこは殆どの者が私を通すのだが、たまに勝手に店を出す者もいなくはない。そのような者にはそれなりの対処はするがね。その人物は何を売っていた?」
「薬品よ。微生物を使って骨を硬化させるって言っていたわ」
イーストが口を挟む。
「……胡散臭いな。リンちゃん、何に使ったかまでは聞かねえが、その効果はちゃんと働いたのか?」
「ええ、今のところは」
クラズが身を乗り出す。興味を持ったようだ。
「イースト、本当にドラゴニュートだったら新しいビジネスになるかもしれない」
「いいのかウエスト、そんな得体のしれない者を招くのか? 種族としてのドラゴニュートなんてもういないと思うがね。いたとしてもこんな掃き溜めみたいなスチームに来るもんかよ」
「……リン君。できればで構わないが、またそのドラゴニュートを見かける事があったら私の元に伝えてくれないか」
リンは頷く。主だった話ももう終わっていたのだろう、クラズとイーストが暫く雑談を交わしたあと引き上げることとなった。
「……リン、結局分からず仕舞いだったな」
帰路、クラズの自動車の後ろを走る。
「少なくともスチームにいた人間じゃないらしいわね。まあ、ドラゴニュートの商人なんていたらもっと有名になってそうなモノだし、外から来たのは確定と思っていいんじゃない?」
「それとレインの事も気になる。俺達以外にいるなんて初耳だし、武器の調達なんかもどうやってるんだろうな。アレは間違いなくドラゴニュートの武器だ」
「どうしてわかるの?」
怪訝な顔を浮かべる。
「俺の家系にもアレを使うヤツがいたんだと。身軽さが売りらしいな」
「ああ、そういうことなのね」