03――羽無し
翌日、リンはまたしてもキッドの大声で叩き起こされた。工房を雨が打つ音はしない。
「何なのよ! うるさいわね!」
「見てくれよリン! 完成だぜ! 俺の武器、羽根有り討伐の第一歩だ!」
キッドが構える。それは蒸気を発生させるための煙を吹き出しながら、刃がチェーンの流れを滑っていた。冷却水の蒸気を吹き出しその脈動を止めると、巨大なチェーンソーがその姿を見せる。
「ダイアン、牙か爪なんかがいるんじゃあなかったの?」
リンは疑いの目を向ける。闇市には危険な取引も履いて捨てるほどあるのだ。
「……昨晩、闇市を巡っているとドラゴニュートを自称する老人に出会ってな。見覚えのない顔で眼も確認できなかったんだが、骨なんかの生物由来の物質を微生物を操り、硬化させるという薬品を売っていた。試してみるとこれがすごいものでな。早速、例の竜の牙を使ってみたんだ」
やはり、怪しい。
「この上なく胡散臭いわね……。私が言うのもなんだけど、そもそもドラゴニュートだってどこに住んでるかもわからない存在なのに」
「俺にはそこは関係ないさ。いい資源でいい武器を作るだけだ。人間でなかろうと偽物だろうと、面白い薬品であることには間違いない」
リンが言いたいのは厄介ごとに巻き込まれないか、という事なのだが。
「行こうぜリン! 試し斬りだ! 前のヤツも試したい!」
早くもキッドは自動車の荷台に二振りの両手剣を積み始める。
「もう……。わかったわよ!」
呆れてはいるがリンもキッドの新しい獲物に胸が高鳴る。
重機砲も積むと自動車は走り出した。リンは荷台だ。彼女は、籠っている空気、振動もあり助手席では酔ってしまう。
スチームの外周を覆うスラムの更に遠く、枯れ木の立ち並ぶ林にたどり着く。ここも昔は青々と葉が生い茂っていたのだろうか。野生動物や、時にはスラムの住人で食いつなぐ羽根無し、“カニスタ”の巣がそこにはある。
「見えるか? リン」
「ええ、動物の死骸かしら。なにか食べてるわ」
食事の最中。カニスタはまだリン達に気づいていない。
「私から行くわよ」
リンの重機砲は既に熱を持ち、弾の装填も終わっている。あの程度のサイズの獲物なら十分すぎる口径だ。
狙いを定め一呼吸、引き金を引く。バスン。狙い通りだ。一頭の胴を貫き、弾丸は二頭目に突き立っている。重機砲が冷却の蒸気を上げると同時に、カニスタの群れは鋭く鳴きながらこちらへ向かって来ていた。
キッドは前日貰った両刃の剣を構え、ひと笑い。
「じゃあ、俺の番だな」
一頭目、その首を軽々と断ち切った。大量の血が噴き出し、キッドに降りかかる。しかしキッドは気にも留めない。二頭目、返す一閃で頭を二つに割った。
「リン! チェーンソーよこせ!」
こちらも暖機は終わっている。キッドが持ち手を捻ると、クランクが轟音を上げ、竜の牙が刀身を滑っていく。
三頭目の喉に刃が食い込む。肉を容易く切り裂く竜の牙は、喉からそのまま抵抗なく首を切断した。
その轟音と切れ味にカニスタ達が距離を置く。そのまま背を向けると、走り去っていった。
「フン、もう終わりか」
「どんな感じなの?」
「……フッフフハハ! 最高だぜ! やっぱりスラムにいた頃のジャンクや襤褸の拳銃なんかとは比にならねえな!」
キッドの歓喜に応えるように剣が蒸気を吹き出した。
「冷却水がないとちょっと不安ね。……大事にしなさい」
リンにとっても新たな力はありがたい。笑みがこぼれる。
「おう! ダイアンに見てもらいに行こうぜ! 礼も言いてえしな!」
工房に帰り着いたがまだ昼時だ。天気は曇天、珍しく雨は降っていない。
「……もう帰ってきたか。キッド、どうだった?」
キッドは親指を立てる。
「最高だ、ダイアン。ただカニスタ相手じゃあチェーンソーじゃなくても充分かもな」
「フフ……そうか、作り甲斐があるな。……? ちょっと見せてくれ」
キッドがチェーンソーを床に置く。うっかり手渡しなどしようものなら、ダイアンでは支えきれず大怪我に繋がるだろう。
「……これは、本当に斬ったのか?」
「どうしたのダイアン。見ての通り血がべったりよ」
しかし、覗き込むリンも違和感に気づいた。確かにリン自身が言ったように本体にはカニスタの血液がこびりついている。しかし刃、竜の牙には一滴もその痕跡はない。
「例の薬が危ないヤツだったんじゃねえか?」
「細胞を活性化させると言っていた……。その細胞が何らかの形で作用した可能性があるな」
「……元々の羽根有りが曰くつきだった、なんて事は無いの?」
二人はリンに目を向ける。
「リンの言う通り、その線もあるかもしれない。だが完全に白骨化していたんだろう? それでも特性が生きているなんて事があるのか?」
「まあ、羽根有りの生態なんて今となっちゃあ知る事は出来ねぇな。リンの言う事も尤もだけどよ」
それもそうか。リンは納得し自分の考えを胸にしまう。
「なあダイアン。こんなに色々やってもらってるけどよ、財布は大丈夫なのか?」
リンとキッドはドラゴニュートだが、スチームに竜が現れる事などまずない。適当な仕事はところどころにある酒場に集まり貧困層の食い扶持となっているが、それでもこれだけの武器を作る物資となると結構な金額になるはずだ。
「……はっきり言って厳しいが、俺が作るのも武器だけじゃあないさ。これでも表の仕事も結構やっている。鍋の修理や、……とにかく日用品とかだな」
「武器もそろったことだし、私達も稼ぎに出るわ。スラムならドラゴニュートかどうかなんて関係ないでしょう」
ドラゴニュートであるリンとキッドには容易い仕事が多かった。荷物運びや建物の解体、ジャンク漁り。
そんな中、闇市を取り仕切る人間の警護という仕事が舞い込む。
「これは……責任の重い仕事ね。どうする? キッド」
裏の世界に色濃く関わる仕事だ。リンはあまり気が進まない。
「受けようぜ。結構な額だし、顔役と顔見知りになるのも悪くねぇ。それに前の薬を売ってたドラゴニュートとやらも気になってたんだ」
キッドの珍しく頭を使った返事にリンは少し驚く。
「……そうね、コネを作るのは大事だわ」