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02――伝説

「うおーっ! やっぱスゲーなダイアン!」


 翌朝、リンの耳に昨日も聞いたようなキッドの大声が飛び込んだ。外は変わらず、雨が降り続いている。明け方の雨天。薄暗い中、高所とは言え真上を通る蒸気機関車が工房を揺らしていた。


 リンが寝床から出ると、またもキッドが両手剣を振り回している。だが、未完成の鉄塊ではない。鈍色に輝く両刃の剣だ。リンの身長程ある。


「とりあえずのシロモノだが、無いよりはマシだろ? 街中で出すなよ」


 喜ぶキッドにダイアンは満足げだ。


 昨日のやっておきたいこととは、この事だったのだろう。


 わかってるって! キッドはそう言うと両手剣を木箱にしまう。


「よおリン。見たか?」


 新たな獲物にキッドは無邪気に笑う。


「……あれだけ騒いだらそれは見るわよ。よかったわね」


「今日はスラムに行こうぜ。あそこなら警備団様も来ねえし、少し行けば羽根無しもいる。パトロールってやつだな」


「試し斬りしたいだけでしょうが……。まあいいわ、何かいい部品がないかも探しに行きましょう」


「ジャンクには助かっているよ。それと、羽根無しに遭遇したら爪や牙を持ってきてくれないか? 全て金属で組んでいては、金がいくらあっても足りないからな。コストダウンだ」


 少し呆れているリンにダイアンは提案する。これもまた、日々続けてきた事である。


 このような、武器を創り上げるような不正が蔓延る、リン達のいるスチームの外周。目的地であるはスラムはその更に外。すぐ近くだ。ダイアンが牙などを持ってこいと言ったのは、まともなルートから資材を得ることが難しいからである。だからリン達はスラムの人々を助けるついでに、使えそうなジャンクを拾って回るのだ。


 重機砲と両手剣を箱ごと車の荷台に積む、リンが普段から持ち歩く弾丸の入った巨大なバッグも積み、外を目指す。キッドはいつも通り、黒いタンクトップにカーキのパンツ、ミリタリーブーツだ。


 スラム街、比較的安全なスチームの中に入り損ねた者や、スチームでの立場を失った者が流れ着く場所。いたるところに瓦礫の山が積まれ、中には今の技術では解明できない機械も含まれていることがある。スラムの人々の多くはそれを掘り出し、生計を立てているのだ。


 スラムの更に外、スチームのガスや廃液等で草も生えない荒野の近くでリンとキッドは瓦礫を漁っていた。


「なんつーか、いつも通りだよな。都合よく襲撃でも起きないかねえ」


 キッドは欠伸交じりだ。


「そんなに上手くいくわけないじゃないの。それに毎回犠牲者は出てるわ。私達ドラゴニュートとは違う者には羽根無しでも立派な脅威よ」


「おっ、このチェーンなんかいいんじゃないか?」


 何に使われていたのかもリン達にはわからない、比較的錆びてない太いチェーンをキッドが引っ張り出す。


「なんだ? 抜けねえ」


「掘り起こしましょう」


 建造物のような大きな山を昇り、上から崩していく。鉄板、トタン、廃車、銃弾、薬莢、燃料タンク。様々だ。


 再び引く。ミシミシと若干の悲鳴を上げながらチェーンが動き始めた。


「よし、そろそろ行けそうだ」


 ゴリッと崩れる音がすると、チェーンが抜ける。だが、埋まっていたその先に何かが引っかかっていた。牙のように見える。


「羽根無しのか? ……にしちゃあデカいな」


 握りこぶしよりも大きなそれは、今にも崩れそうなほど年数が経っているように見えた。


「キッド……もしかするかもしれないわ」


 リンの表情は真剣そのもの。そこに埋まる物は、リンの考え通りならばあり得ないはずだった物。


「……マジか」


 キッドも同じ答えに辿り着く。二人は次々と瓦礫をどけていった。大きなジャンクもドラゴニュートの力なら苦にはならない。


「こんなところに埋まってるなんてね」


「……そうだな」


 ジャンクの山の一番下に埋もれていた物。通常であれば重機でも使わないとたどり着けないようなそこには、骨が埋まっていた。


 竜だ。


 それも明らかに羽根無しではない。おそらく想像もつかないほど長い年月をかけて積み上げられたジャンクに潰されてはいるが、その巨大な骨格には羽根無しにはない翼が付いていた。伝説の“羽根有り”だ。


「……伝説がこんな身近にあるたぁな」


 身近とは言っても、蒸気塔すらオーパーツな今では、何時から積み上げられたかもわからないジャンクの山の底にたどり着ける者はそういないだろう。


「出来る限り持って帰りましょう。竜の資源を持ってる人なんてまずいないでしょうね。……どうしたの? キッド」


 思いもよらない大収穫にリンは喜ぶ。だが、キッドは一つ考え込んでいた。


「……いや、なんでもねえ。さっさと積んじまおうぜ」


 先ほどのチェーンのほか目ぼしいものを積み込み、出発する。羽根有りの骨は数も多くサイズもそれなりのため今は牙だけだ。


「そうか……竜、それも羽根有りか」


「もっと驚けよダイアン! 伝説の羽根有りだぜ?」


 キッドに先ほどまでの真剣な表情は無い。リンも大発見に笑顔が抑えられないでいた。


「あんな所に埋まってるとは思いもしなかったわ。実在したのね」


 複雑な表情を見せるダイアンはキッドから牙を受け取ると、金槌を手に取る。軽く叩くとその牙は脆くも崩れた。


「見ての通りだな。さすがに年数が経ちすぎている。形が残っているだけでも驚異的だが、今の資源として使えるかとして見ては今一つと言ったところか」


 ダイアンにとっては羽根有りかどうかよりも武器の材料としてどうかの方が重要だ。


「ダメだったか……」


 あからさまに落ち込むキッドにダイアンは笑いかける。


「こっちのチェーンはいい具合だぞ。ちょうど、こういうのが欲しかったんだ。あとは牙か爪でもあれば形になりそうなものだ」


 少しずれたダイアンの励ましはキッドに届かない。


「リン、飲みに行こうぜ」


「……しょうがないわね」


 リンとキッドはレインコートを羽織ると、工房を出る。


 闇市に並ぶ屋台。蒸気機関の排気や自動車のガスとは異なる、食欲をそそる蒸気が満ちる通りは、雨にもかかわらず無数の人でごった返していた。


 ここにこれだけ多くの人がいるように、スチームの中心に近い位置に住む人間は、殆どが金持ちやまともな職に就けたものだけだ。それ未満の人々は、ほぼ暗黙の了解の存在となっているここ、闇市の通りのお世話になることになる。出処不明の品物や、法に触れるかどうかのラインの安全性も保障されない薬品なども並んでいるが、多くの者が一度はここに来たことがあるだろう。


 二人は他と比べて客の少ない屋台に入る。


「ようオッサン。一杯くれよ」


「私もとりあえず、ね」


「らっしゃい! いつものでいいかい?」


 片足が義足の店主が明るく迎える。


「おう。相変わらず空いてんのなココは」


「でも、私はここの濃厚な味付けが好きよ」


「余計なお世話だキッド! ありがとなリンちゃん!」


 店主の脚はスラムで暮らしていたころに羽根無しにやられたものだ。ここには竜達によって人生を狂わされた者も多くいる。尤も、店主はこの現状でも満足していると以前語っていたが。


 二人は飲みながら、調理に使用された後に残った豚の骨からとったスープの麺料理をすする。強烈なニンニクの香りが癖になる料理だ。


「スラムの端に竜の骨があっただって?」


 店主は自分の坊主頭を掻いた。


 キッドは早速今日の収穫の話をする。先ほどまでの落ち込みも、大発見の興奮を思い出し薄れていった。


「そうなんだよオッサン。骨なんてもんじゃねえ、骨格ごとだ。なんと羽根有りだぜ!」


「ハハハッ! あんな伝説そのものがそんな場所にあるもんかよ! 俺が若い時だって話だけでとっくに存在なんてあるもんかってもんなんだぜ?」


「いや、羽根有りが存在するのは間違いねえ。少なくともいたのは確かなんだ。今だってどっかにいるんじゃねえかな」


 キッドは目を閉じ、かつてあったかもしれない羽根有りの時代を思い耽る。


「キッドは昔からそうよね。口では伝説とは言ってても、羽根有りの存在を信じて疑わない。……まあ今回ばかりは私も信じるわ」


 リンは肘でキッドを小突く。


 伝説の竜ねえ。店主はポツリと口にする。


「いたとしてもドラゴニュートの二人ならなんとかなるのかもな。もし実在したなら土産話でも待ってるぜ。期待はしてねえけどな!」


 やはり店主は信じない。当然と言えば当然だ。食事を終え、帰路に就く。


「ねえキッド、あなたは羽根有りの存在をずっと信じていたわよね? 自然が罰を下す以外にも本当はもっと言い伝えがあったんじゃあないの?」


「あれ? 話してなかったか?」


 リンは頭を抱える。


「まあ、大した内容じゃあねえさ。その自然の猛威を俺の家の何代も前のドラゴニュート達が実際になんとかしたんだとよ。あとスチームに異変が起きた時、“蘇る”つってたな。伝説なんかじゃない、実際に俺の家系に伝わってきた話だ。ずっと小せえガキの頃から何度も聞いてきたよ」


 キッドが言うのは絵本や噂レベルの伝承じゃあない、実際に生きている情報だ、ということだ。


「蘇る? ……まあいいわ。付き合うわよ」


「俺もぶっ倒してみてぇもんだ。いや、必ず見つけ出してやってやる」


 リンは怪訝な表情だが、お持ち帰りの煮卵を口に運ぶ。闇市の夜は更けていった。



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