19――竜真教
翌日、リン達の求めていた情報、ドラゴニュートについては分かった。ここで何か出来る事は無いか。
「ホッ、無いな」
「随分バッサリね」
リンは肩を竦める。
「わかっておるじゃろ? ここは排他的での。ドラゴニュートとは言えヒトの街から来たなら尚更じゃ」
「じゃあ帰ろうぜ。長居してもしょうがねぇしな」
「私はここに残るよ。道はわかるじゃろう?」
「……そう、わかったわ。道も大丈夫よ」
里を後にする。やはり住人の視線が痛い。
「セイテンはこれでよかったの?」
頷く。彼女の考えはリンとキッドには推し量れない。
帰路は早いものだった。同じドラゴニュートとは言え年齢を重ねたフォグはいない上、道も既にわかっている。
それでも数日、漸くスチームが見えてきた。リンが異変に気づく。
「……キッド! スチームが!」
見えたものは黒煙。銃撃音と爆発音も耳に届いている。
「走るぞ!」
距離はあるが、体力面では問題は無い。
「何が起きてるの!」
「俺が知るかよ! 翼竜でも現れたか?」
それらしい影は見えないが、少なくとも戦いが起きているのは確かだ。
スラムに入ると幾つものヒトの死体が目に入る。服装からして警備団だろう。周囲には大量の薬莢が落ちていた。
「少なくとも、翼竜じゃなさそうだな」
「大型の薬莢ね。何故警備団が狙われるのかしら」
キッドは歯を噛み締める。
「……ドラゴニュートが見限るのもしょうがねぇかもな」
死体の転がる中ダイアンの工房を目指す。スラムではなくスチームの中ではあるが、ドラゴニュートの武器を作るという違法に手を染めてはいる。これが警備団の働きだった場合、危険だ。
「セイテン、これ返すわ。後ろから斬ったりしないでね」
それは長い鎖で繋がれた二振りの剣、セイテンの武器だ。黙って頷く。
工房は金属のシャッターが締め切ってあった。普段ならば常に開けたままだ。
「ダイアン! 私達よ! 開けて!」
軋む音を立てながら少しだけ上がる。潜ると、ダイアンがショットガンを構えていた。
「……無事なようだな。誰だ?」
安堵の表情。ダイアンはセイテンと会うのは初めてだ。リンは手短に説明する。
「……それで、何が起きてんだ?」
ダイアンはため息をつく。
「俺にもわからん……。突然銃撃戦が始まったものでな。スチームのいたるところで起きているようだが……。いや、ひとつ気がかりなことがある」
取り出したのは小さなビラ。内容は宗教がらみのようだ。
スチームに竜が来るのは自然の裁き。ヒトは自然を無碍にし過ぎてきた。この街は、機械は粛清されるべきだ。同士よ竜真教に集え。自然の素晴らしき導きのままに。
「俺の家系も似たような考えはあるが、ここまでぶっ飛んじゃあいないぜ」
「竜を信仰しているようだった。これまでそのような活動は聞いたことが無かったから無視していたんだが、陰で広まっていたのかもしれん」
「ヒトを裁くっていうのなら狙いは警備団? それと政治屋かしら。スチームの中央に向かうのは間違いないわね」
スチームを統治する者達は皆、蒸気塔にいる。そもそも蒸気塔の存在自体ヒトが自然を捨てた象徴のようなものだ。
「蒸気塔を潰すってぇなら話は別だな。アレの機構すら明らかになってねぇってんのに、スチームに何が起きるかわからねぇぜ」
「それにしてもダイアンはよく無事だったわね。竜を倒す武器を作っているというのに」
「……俺達は一応隠れて動いてはいたからな。何より羽根有りの存在がスチームで表立って明らかになってきたのは警備団が動き始めてからだ」
「どうする? キッド」
「止めるか、止めないかだな」
思案。遠く、銃声と爆発音が響き続ける。
「……無理だな。止めようにも遅すぎるし、こっちにはセイテンも入れれば三人しかいねぇ。レインがどう動いてるか気になるところだが、大人しくしとこうぜ」
「それもそうね。私達には何も出来ない、か」
セイテンも黙って頷く。
戦闘は三日三晩続いた。どこにそれだけの武器を持っていたのかはわからないが、おそらく竜真教の後ろには通ずる者がいるのだろう。爆発音しか聞こえないのは、警備団は壊滅的状況にあり、蒸気塔を解体しようという働きか。
西の闇市、クラズの屋敷。三人で向かったが、セイテンは扉の外で待機している。
「……クラズ達には、何かあった?」
「それが意外なほどに何も起きなかったよ。竜真教とやらもヒトを根絶やしにするつもりという訳でもないらしい。私達は自衛の範囲でしか竜を倒していないからね」
尤も、蒸気塔を破壊されるのは気がかりだ。クラズはそう挟むと続ける。
「私も蒸気塔については分からない事しかないが、このスチームの機構はあそこに集まっていると考えている。つまり水もガスも、何もかもが止まるかもしれない」
「……つまり、放置も出来ないと言ったところかしら?」
「まあ、そう言う事になる。レイン君が既に探りに行っているが……」
扉が開く。
「……」
「……君は、あの時の」
「今は敵ではないわ。味方かはわからないけどね」
「ロナルドの件はそれなりに苦労したんだがね。まあ、裏の世界では立場が変わることもないことではない」
セイテンはクラズを指さした後、自分を指さす。
「……味方と考えていいのかな?」
頷く。その顔に表情は無い。
「……そうか。いや、まあいい。暫くはリン君達と行動を共にしていてくれ」
「レインと一緒に探らせるわけにはいかないの?」
「悪いが私もそこまでお人好しではない。ああ、リン君を馬鹿にしているわけではないよ。ただ信頼するには些か早すぎる。警備団とは違い、竜真教とやらの実態も掴めていない状態にヘタを踏まれても困るんでね」
「……そう。まあそれもそうね。私達は大人しくしとくわ」
帰路、助手席にはセイテン。
「なあリン。宗教ってどう思う?」
「考えたことないわね。神様が誰であれ、ヒトに危害を加えている竜を信仰するのはどうかと思うけど。天災と見て受け入れなさいって言い分なんでしょう? それをなんとかするのもヒトだわ」
「だが、ドラゴニュートの里でも竜は信仰されている。どう見るよ」
「……信じるのは勝手だけど、同じヒトを殺すのは押しつけがましいわね。大半の警備団は仕事で竜狩りをやってるに過ぎないと思う。スチームに近づいた翼竜を討伐するのも竜の為にはならないけど、ヒトの為にはなるわ。里の彼らは崇めているというより、共生を望んでるだけの印象だった」
「……俺も大体、同意見だ。竜真教もなんとかしねぇといけないかな」
蒸気塔から爆発音が響く。まだ解体には至っていないのだろう。
「警備団はもうダメね。実質本部の蒸気塔があの様じゃあ、動ける者もいないでしょう」
竜真教はスチームの全てを破壊するつもりなのだろうか。現に、保安を司る警備団は実質壊滅状態。政治屋も蒸気塔まで来られては何もできないだろう。既に命を落としているかもしれない。尤も、政治屋が政治屋らしいことをしたことなど無いのだが。