18――ドラゴニュートの里
翌朝、日の出と同時に川辺に一隻の小さな船が辿り着いた。
「……どうしたんですか、フォグさん。こんなに大勢引き連れて」
「ホッ、彼らもドラゴニュートじゃ。自分たちの事を知りたいと言っておっての。それでは、川を渡ろうじゃないか」
焚火に砂をかけ、船に乗り込む。船頭とフォグ含む四人と荷物ですぐに一杯になった。
「……ですがフォグさん」
「まあ、いいじゃろう」
川を渡りきる。船頭だった彼は里の方向から見張っているのが仕事らしく、渡りきったところで別れた。
それからまた、ひたすら平原を進む。しかし、景色はスチームの周囲のほぼ荒野や沼地と言って差し支えないものとは異なり、徐々に野草の生える平原になってきていた。
「見てキッド、ムスムスがいるわ」
草食動物ムスムス。スチーム近郊には少ないソレの肉は、以前食べたように大変美味である。キッドは剣に手をかけた。
「今日の晩飯か?」
「これこれ、食料ならあるじゃろう? 見逃してやろうじゃないか」
「うーん。……まあそれもそうか?」
「……里と何か関係あるの?」
フォグは少し考え込む。
「うむ……。あまり獲物をとりすぎるのも問題といったところかの」
「じゃあ逃がすか。まあ確かに困っちゃあいねぇしな」
柄から手を離す。
大人しい気性のムスムスは、隣を通り過ぎても襲われるどころか逃げられることもない。この辺りでは敵もあまりいないという証拠でもある。
「ほれ、見えてきたぞ」
丘を越えた所、風車のある小さな集落が視界に入る。尖った屋根の家と、大きな畑が特徴的だ。すぐ近くの山脈で出来た雲が寒冷期には雪を降らすのだろう。
「あまり多くはいないのね」
「うむ、ドラゴニュートの里じゃ。ヒト程の人数とはいかないわい」
「はーっ、結構長かったな。こりゃあヒトもなかなか来ねぇわけだ」
里に入ると住人の視線が突き刺さる。外からの来訪者はまずいないのだろう。時折見かける鱗のある者、角のある者。
「私の家に来なさい、あまり大きいものではないがの」
山脈に面した一軒家。周囲のものより少し大きいそれは、中に入ると大量の荷物で埋まっていた。
「すまんな。これが趣味でな」
方々を旅してきたのだろう。スチームで見かけるような機械とは異なる、見たことのない品や用途の分からないものまである。
リン達が荷物を下ろすのをフォグは玄関で待つ。
「よし、じゃあ挨拶に向かおうかの。こんな小さな集落ではあるが、それでも治めるものはおるんじゃ」
「……来客とは珍しいね。まあ、フォグが連れてきた以上信頼に足る人物だろうとは思うが」
リンとキッドが予想していた以上に若い、女性のドラゴニュートだ。その首は褐色の鱗で覆われている。その言葉に反し、視線は鋭い。
「俺はキッド、こっちはリン。そこの何も喋らないのがセイテンだ」
「セイテン……? まあいい、あたしはユウダチ。あたしの親から引き継いだ形でここの村長みたいな仕事を任されている」
「……彼らもドラゴニュートじゃ。自分の事を、ドラゴニュートの事を知りたいというので連れてきた次第じゃよ」
ユウダチは腕を組んで唸る。
「まあ、それくらいならいいか。あたし達の集落に繋がるようなことはけっして他言してはいけないよ。知識を伝えるくらいならいいが、ここに影響のない範囲にしてくれ」
「ああ、わかってるぜ」
先ずはここの決まり事、頼みを聞いてくれ。ユウダチは語る。
一つは、決して無駄な殺生はしてはいけないという事。戦闘は極力避ける。
一つは、あまり村人とあまり関わらない事。ここの平穏な暮らしをあまり乱さないで欲しい。
最後の一つ、翼竜については口に出さないで欲しい。
「最後はどうしてなの?」
リンは首を傾げる。
「そうだな……あたし達は翼竜を、信仰とでも言えばいいか。そんなところだから、下手なことを言って騒ぎを起こされては困るからね」
「じゃあ俺の剣は出せねぇな。羽根有りの骨を使っているんだ」
「ほう、どんな翼竜だった?」
「骨しか見てねぇんだ。スチームの近くで見つけて、その骨はいろんな竜の特性を吸収するってことくらいしかわからねぇ。随分古い物だってことはわかるが」
ユウダチは顎に手を当てる。
「吸収……。そうか、吸収か」
「知ってるのか?」
「……知らないな」
「……本当にか?」
「ああ、知らない」
ユウダチは口を開く。先ずは、ドラゴニュートについて話そうか。
あたし達ドラゴニュートの歴史は遥か昔、竜とヒトが共生していたころまで遡る。今の一種の獣のような竜とは異なり、人語も理解していた竜はヒトと深い絆で結ばれていた。その中で生まれたのがヒトと竜の愛の証、ドラゴニュート。どうやって生まれたのかはわからないが、奇跡でも起きたんだろうさ。
これがドラゴニュートの誕生。
そして、ドラゴニュートがヒトの中で禁忌のように扱われる歴史だ。
当時はその存在は大層喜ばしいものだった。今となっては忘れ去られたものだがね。
そんな睦まじい時代が続く中、竜の力を恐れるヒトが現れ始めた。まあ、気持ちは分からなくもないね。単純な力で見れば、ヒトが竜に勝つことなど微塵もあり得ないのだから。そしてヒトは竜に牙を向ける。汚い手を使って竜を殺し、ドラゴニュートも殺していった。ドラゴニュートも竜の一端として扱われたんだ。
そして時間は飛ぶ。竜はヒトを見限り、そのもとを離れていったんだ。
ヒトの里と、竜とドラゴニュートの里。それがここの始まりだ。
竜はドラゴニュートにも疑いの目を向けた。当然さ。ヒトでも竜でもない、ヒトであり竜でもあるのだから。ヒト以上に危険な力を持つそれを危惧しての事だ。
ヒトとドラゴニュート、竜。全てを巻き込んだ大きな戦いが起き、間もなく竜はここも去っていった。それ以来、竜の存在が変わっていく。かつての知的な存在ではなく、破壊を司る危険な存在となっていったんだ。
「……何故、竜が変わってしまったかまではわからない。彼らはもうここにはいないからね。あたし達は竜との関係を取り戻すべくここで戦いを避けて暮らしているわけだ」
「でも、竜の居場所は未知のまま。外様の私が口を出すことじゃあないけれど、妄信的ね」
リンの言葉にユウダチは鼻で笑う。
「随分はっきり言ってくれるじゃあないか。まあ、それもわかっているさ。だが、ここにいるからこそわかることもある。竜がここを襲撃した事は無いし、これからも無いだろう。そもそもあたし達もここ最近になって、実際に竜の存在を確認した程度だ。この事態で、ヒトに忠告をしておきたいとフォグは動いたんだよ」
「ホホッ、私もお“ヒト”よしじゃな」
「それでもスチームは変わらないぜ? もし竜がヒトを見限っているなら、もう手遅れなのかもな」
「最早ヒトにとって竜は外敵に過ぎないから、戦うしかないわ」
歴史を忘れたヒト。自ら組み上げたスチームの機構すら忘れ去ったヒトにとっては、竜は単なる危険な存在だ。
「……それでも、貴女達が竜とドラゴニュートについて知りたいというのだから教えた。あたし達も竜が暴れ始めた理由については分からないけどな」
「……そう。私達が何故存在しているか知れてよかったわ。ありがとう」
ユウダチの家を後にする。フォグは用事があるとユウダチの元に残った。
「……セイテンはどう思う?」
「……」
「相変わらずね」
「なあリン。ヒトと竜の戦いが歴史に関係あるんなら、蒸気塔なんかもそれに関係してるんじゃねぇか?」
「それほど昔からスチームはあったっていうの?」
「……無かった、とは言い切れねぇだろ? 俺とリンがスチームにいたのは、大方ヒトに紛れて生きる道を選んだドラゴニュートでもいたんだろうさ。俺の家系がそうなんだろ」
「それなら、スチームにドラゴニュートが少ない事も説明がつくわね。セイテンの生まれが気になるところだけど」
「……」
「無理に聞くことでもないさ。やることもねぇし、フォルの家で寝ようぜ」
同時刻、ユウダチの家。
「フォグ、キッドといったか。彼の剣、どう思う?」
「私も見てはいたが、中身については初めて聞いた。骨を用いた剣とは変わっておると思っていたが、スチーム近くにそんなものがあるとはのう」
「かなり古いものと言っていたが、例の……。アレは竜を引き寄せるんじゃあないか?」
「今まで何も起きなかったからにはジャンクにでも埋まっていたんじゃろう。だが、それが表に出たとなるとどうなるやら」
「……どうする?」
「どうもせんよ。私らは傍観者で在り続けるさ。スチームを見たところ、私らが何をやっても無駄じゃよ。ヒトと彼らがどうにかする問題じゃ」
「……そうか」