11――次なる
機械の熱で溶けた雪が雨として降り注ぐ中、今日も闇市は多くの人でごった返している。そんな中でも空いているいつもの屋台、今日は具材も大盛りだ。
「ホントに羽根有り倒しちまったのか!」
「おうよオッサン! 見てみるか?」
キッドが懐から蒼い外殻を取り出す。自慢したくて持ってきたのだろう。
「ほー、まるで金属だな。生き物のモノとは思えねえや。伝説の生き物なだけあるな!」
「だろ? でも俺とリンにかかればあっという間よ」
キッドはリンと肩を組む。
「ドラゴニュートってのはすげえなあ。でも兄ちゃんの武器あっての事だもんな!」
「わかってるって。ダイアンありがとうな!」
「俺も使い手がいて嬉しいものだ。このめぐり合わせに乾杯と言ったところだな」
ジョッキを合わせる。
「……それにしても、どうして急にこの辺りに出るようになったのかしら。スチームは広いし今は東側だけだけど、いずれこの西側にも現れるでしょう?」
リンはやや不安な顔つきだ。
「雨季のカニスタの多さも気になるな。薬屋の爺さんが言ってた通り、自然に何か変化が起きてるのかもしれねぇ。だが俺達にどうこうは出来ないぜ? カッコつけて言えばここを守るので手一杯だ。警備団様が動いてくれればいいんだがねぇ」
「スチームの政治に任せるしかないわね……。おじさん、替え玉硬めで!」
「おうっ!」
店主の景気のいい返事と共に闇市の夜は更けていった。
早朝、まだダイアンとキッドは眠っている。
「……クラズの使い?」
工房に客人が訪れる。
「はい、話したい事があるとのことです。お迎えに上がりました」
「内容は?」
「私共には言えない要件だそうです。直接話したいと」
「……わかったわ。少し待っててね」
少しの間をおいて、工房にキッドの悲鳴が響き渡った。
「いってぇ……。蹴るこたぁないだろうがリン。もっと優しくキスでもして起こしてくれてもいいんだぜ?」
「な、なに馬鹿なこと言ってんのよ。出るわよ」
「冗談だよ。言ってるこっちも恥ずかしくなってきたぜ」
再びキッドの悲鳴が響く。
厚手の上着を羽織り、表に停められた重厚な自動車に乗り込んだ。
まだ人手の少ない通りを走る。既に人の支配から外れた歯車の音以外しない、静かな街並みだ。
「クラズが俺達に用事ねぇ……」
「特に不味い事はやってないと思うけれど」
蒸気機関車の騒音が街に響き始めるころ、屋敷に到着した。あの日と同様、最も奥の部屋へ案内される。
「やあリン君、キダニス君。突然呼び出してすまないね。……話というのはほかでもない、羽根有りの事だ」
部屋に緊張感が走る。
「ああ、東の事で文句を言おうというわけではないさ。そこは安心してくれ。むしろスラムへの害を減らしてくれて感謝している。……西にも出たんだ」
クラズは真剣な顔つきだ。
「ちょっと前まで存在しないとされてた羽根有りがねぇ……。本当にそんなにホイホイ出てきたのか?」
「ああ、勿論本当の事だ。ここからはビジネスの話になる、討伐してきてくれないか?」
「……それは私達、ドラゴニュートにしか出来ない事だろうからいいんだけど。どれくらい出たの?」
「差し当って一頭、情報ではどうも東の鳥とは違う種らしい。これがかなりスチームの近辺まで来ている。混乱を避ける為に表には出さない事にしたんだ」
「スチームはここ最近の羽根有りの騒動をどう思っているの?」
リンは腕を組む。
「私もそれほど干渉できるわけではないが、スチーム外の調査をするようには話しはした。だが私の様な一悪党の話しである上、彼らは自分の安全しか頭の中に無いようだ。スラムの事など気にもかけないだろうよ。仮に動くとしても腰の重い連中だ、すぐとはいかないだろうな」
「わかった……、ひとまずその竜を倒してくるわ。情報があればできるだけ聞きたいのだけれど」
新たに現れた竜。スチーム東に現れた鳥の様なものとは異なり、外見は金属質の物に覆われているそうだ。
「……そんな生き物がホントにいるのか」
「情報ではな。目撃した者はすぐにその場を離れたため無事だが、情報はこれだけだ。だが夜明け前の話でな、まだそこにいるかもしれない」
「そう、急ぎましょうキッド。またスラムに被害が出でもしたら大変だわ」
「有効かは分からないが機関銃と車を貸そう。通信機も持って行ってくれ」
「ええ、ありがとう」
借りた車で工房にいったん戻る。荷台には大口径の機関銃が固定されていた。
「ダイアン、仕事が入ったの。前の重機砲で行くわ。爆発物が有効かもしれない」
「おう、手入れはちゃんとしているぞ」
リボルバーの物ではなく、蒸気式の物を荷台に積む。キッドは新たな力を得た牙を備えた両手剣だ。
「行くぜ、リン」
「ええ、弾も積み終わったわ」
急ぎ、西へ。
スラムの外れ、立ち並ぶジャンクの山の合間にそいつはいた。首は短いが、上を向いて生えており、大きな頭には大きく不気味な眼が二つ備わっている。到底機能しているようには見えないが、翼は確かについていた。そして何より、クラズの言っていた通り全身が青い金属質に見て取れる。昇り始めた太陽に体表は煌いていた。
「どうする、リン」
「頭には剣じゃあ届かなそうね……。あの気持ち悪い眼を狙ってみる」
「わかった。そこからは臨機応変に、だな」
リンは重機砲に燃焼材を入れ、榴弾を装填する。キッドの剣も既に牙を顕わにし、いつでも仕掛けられる状態だ。
「フゥーッ。……行くわよ」
一呼吸。
バスン。放たれた弾丸は巨大な眼に喰らいつく。そのまま頭部に侵入し、炸裂した。
爆音と共に、竜は倒れる。
「……やったか?」
キッドはゆっくりと近づいていく。
「念のためだが、首を落としておくか」
振りかぶったその時、竜が動き出した。柘榴の様な頭部を振り回す。剥き出しの声帯から咆哮を上げた。
「チィッ!」
危機一髪だ。キッドが距離を取る。リンは自動車の機関銃に弾帯を装填した。
ドラゴニュートの武器ではないが、それでも裏の世界で出回る武器だ。自動車程度なら何の抵抗もなく貫けるだろう。撃ち続ける。
しかし、竜にダメージを与えている様子はない。大半はその金属質の外殻に弾かれていた。
「……こっちならどうだ!」
キッドが両手剣で斬りつけた。以前の鳥から奪った特徴、あらゆるものを融解させる特質の牙だ。
胴体に食い込み外殻を煙を上げ溶かし始める。しかし、まだ通らない。
リンの機関銃を鬱陶しく思ったのだろう。弾けた頭部を振り上げ、車目がけて走って来る。
「ッ!」
リンは機関銃を放棄し、重機砲を抱え走る。そのまま飛び込んできた飛竜は車を新聞紙でも潰す様に容易く押しつぶした。重機砲の蒸気は圧縮し終わっている。装填されているのは炸裂榴弾。侵入し炸裂するいつもの榴弾とは違い爆弾を直接飛ばすようなものだ。表面上で爆発してしまうが、その威力は高く与える衝撃もすさまじい。しかし、弾頭自体も大きな物となるのでその反動も強く、ドラゴニュートでも制御することは難しい程だ。
放つ。胴体に命中したそれは、キッドの溶かした外殻を打ち砕いた。
「ナイスだリン!」
キッドが間を空けずに剥き出しのそこに毒の牙を叩きこむ。深く切り抜いたその傷から大量の毒が注入された。苦痛に竜が暴れ始める。これではキッドは近づくことすら出来ない。
リンは先の潰れた弾丸を撃ち続ける。甲殻を失ったそこから大量に体内に侵入し、内臓をかき回した。
やがて竜は倒れる。ピクリとも動かないが、キッドが近づき今度こそ頭を斬り落とした。
「流石に大丈夫だろ……」
「……みたいね」
距離を取り、一息つく。
「あれは本当に頭なのか? 流石に頭ぐちゃぐちゃなのに生きてる生き物なんていねぇだろ」
「頭を斬り落としても生きてる虫がいるっていうのは聞いたことあるけれど……それにしても生き物としてどうなのかしら」
キッドは牙を格納する。
「とにかく、終わったんだ。クラズに連絡しようぜ。通信機は?」
リンはため息を一つ。
「……車の中」
車はすでにめちゃくちゃになっている。
「マジかよ……。壊れてない事を祈ろうぜ」
武器を仕舞い、車の扉をこじ開ける。助手席に置かれた通信機は幸運にも無事なようだ。
「あー、聞こえるか? 竜は何とかなったぜ。回収に来てくれねぇか?」
ノイズ交じりに返事が届く。
「よし、じゃあ待ってるぜ」
空が緋色になりつつある頃、大型のクレーンの付いた車両がやって来た。
しかし、持ち上がらない。
「……しょうがねぇなぁ」
リンとキッドも協力して何とか荷台に積み込んだ。
「モノは弾んでもらうぜ?」
竜の遺骸と共に荷台に揺られ、スチームに戻る。クラズの屋敷の前で下ろしてもらった。
「すまねぇクラズ! 車ダメにしちまった!」
二人は頭を下げる。クラズは拳銃を磨いていた。
「構わないさ。羽根有りの素材は車の比ではない値段で売れるんでね。しかも新種とあれば尚更だ。……それだけ報酬も渡そう。資材にもなるだろうし、外殻も多めに渡せるように手を回すさ」
二人は胸をなでおろす。
「……ありがとう。ところで、あの竜なんだけどまるで生き物じゃあなかったわ」
「そうなんだよ。確かに血は出るし、毒も効いている様子だった。だが頭を吹き飛ばされても動いてたんだ」
クラズは拳銃を置く。
「わかった、バラす時に器官についても調べておこう。あくまで、予想までしかたどり着けないだろうがね」