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01――スチームの日常

!同名タイトルの改訂版です!


何時からあるのかもわからない、歯車と蒸気の街“スチーム”。

そこで暮らす、人間ではない存在“ドラゴニュート”の、リンとキッドの物語。

二人が伝説といわれる竜の骨らしいものを発見したときから、

スチームには外来生物からの襲撃が多発し始めた。

人間と自然。その調和をとうに失ったスチームにこれから何が起きるのか――。

 街全体を覆う蒸気が生み出した雲が黄昏時に雨を降らす頃。中心に近い機構部の歯車の隙間を飛び交うように走る数台の自動車。


「だからあんな街中で飲むのはよそうって言ったのよ! キッドの馬鹿!」


「ダハハハ! 今こうして無事に逃げてんだからいいじゃねえかリン!」


 どこがどう無事なのか、リンと呼ばれた者は軽い頭痛を覚えている。


 自動車の荷台、剥き出しのそこに座るリンは隣にある大きな木箱を開く。遥か昔、ヒトと“ドラゴニュート”、そして大自然の驚異たる“竜”が共生しあっていた、とされるころの存在。それを現代の技術で再現した、違法中の違法の存在。“重機砲”だ。


「足止めするから何とかしなさいよ! この危険運転!」


 舌打ちするとリンはバイポッドを立て、大きなバッグから取り出した弾丸を重機砲に詰め込む。この巨大な都市、蒸気と歯車で構成されているような、機械のごった煮のような。通称“スチーム”をフラフラと駆け抜ける自動車の荷台からすぐ後方を走る“警備団”の自動車を狙う。


 狙うは頭。ドライバーの頭だ。酔いの残る視界は少し揺れるが問題はない。


 元々自動車も揺れてるし。鈍った頭でリンはそう考えると、深く息を吸う。


 バスン。空気を揺らす大きな音をエンジン音の響く街中に加えると、後続の車が一台、スリップして横転する。頭に入ったはずだ。リンの視界は座席もろとも弾ける血液を捉えていた。


 重機砲が冷却水と溜まった蒸気を吐きだすと同時に、窓から手を伸ばすのが見える。その手に握られているのは紛れもない、拳銃だ。


「キッド!」


 同時に気づいたキッドの表情も真剣な物になった。


「掴まれ!」


 リンが次弾を装填しながら呼びかけると、キッドはハンドルを切る。激しい遠心力を感じると自動車は狭い路地に入った。トタンの壁と火花を散らしながら走る。付いてきているのはあと一台、もう頭を狙う必要はない。次は特別製の榴弾だ。


 銃弾が数発飛んでくるが、リンは意にも介さず自動車を狙う。バスン。放たれた弾丸はボンネットを容易く貫きエンジンに着弾した。一瞬の間を置き、激しく爆発する。


 もう着いてくる自動車はいない。路地を追ってきたところで爆破した自動車が道を塞いでいる。


 キッドの運転する自動車はスチームの外周を目指した。


 街中にぽつぽつとランタンの灯りがともり始める。仕事を終え帰路に付く者達が乗っているであろう、建物を避けるため遥か高くにある、街を一周する蒸気機関車の高架下。


「うぅ、やっぱり雨季の湿気は嫌いだわ」


 軒を連ねる建物の一つ、リンとキッドが拠点としている機械工房に入る。通りに面したシャッターは開いたままで、その隣に寂しくついている扉が使用されている形跡はない。


「帰ったぜえ、ダイアン」


 工房の主、ダイアンは鉄を打ち付ける金槌を止めると、ゴーグルを外した。


「ようキッド、リン。蒸気塔の近くまで飲みに行くって言ってたか。問題は起こしてないだろうな」


 蒸気塔。鉄臭いスチームの中心にそびえるソレは、周囲から伸びる幾つものパイプや鉄骨に支えられ、遥か昔に組み上げられた塔だ。ふもとまで剥き出しの歯車やベルト、あちらこちらから上がる機関特有の水蒸気からそのまま、蒸気塔と呼ばれている。何時からあるのかもわからない。頂上まで登れると言わているが、その目的を知る一般人は、いない。


「ハッ、警備団の奴ら、リンの重機砲見つけたまではいいけどよ。……なんと! 持ち上げられなかったんだぜ! 非力なモンだよな」


 ダイアンは炉の炎に焼かれた目頭を押さえると、深くため息をついた。


「見つかったのか……。そんなことだろうと思ったよ。車も傷だらけにしやがって。ちゃんと撒いたんだろうな?」


「大丈夫よ。例の榴弾を貰っといてよかったわ」


「おお! どうだった?」


「ばっちり、車も一発よ」


 やったぜ! とダイアンはガッツポーズをキメる。キッドもそうだが、ダイアンも大概変人だというのがリンの考えだ。


「ダイアン、シャワー浴びてくる」


 リンは、工房の奥にある狭い部屋へ向かう。気温が高い温暖期とはいえ、重なる雨季の雨でびしょ濡れだ。


 尤も、リンやキッド、“ドラゴニュート”の身体はその程度で風邪をひくほど貧弱ではないが。


 小さな灯りに煌く金髪のポニーテールをほどき、タンクトップとホットパンツを脱ぐ。ニーソックスと下着も脱ぎ裸になると、そこには健康的に引き締まった肉体があった。とはいっても筋肉質というわけでもない。そして髪の毛と同じ色の眼はドラゴニュートの特徴、縦長の瞳孔。バルブをひねると、壁に備え付けられたパイプから弱々しく湯が降り注ぎ始めた。


 “ドラゴニュート”。それはかつて大陸中に種族として存在したと言われているもの。しかし現代ではその姿は無く、ヒトの中に稀に生まれる超常的な存在だ。特に鍛えるわけでもなく、その身体に不釣り合いなモノ、時には自身よりも大きな鉄塊を振り回すほどの腕力を持つ。他には視力嗅覚、全てがヒトの比ではない。


 やや熱い流れに体温が上がるのを感じながら、リンは思案する。


 伝説の中には竜を倒したなんて綴られているけど、竜がいるなんて聞いたこともない。でも、ドラゴニュートがいるなら世界の何処かにもいるかもな。よく言われる爬虫類みたいな二本足の“羽根無し”ならいるし。あれも竜と言われてはいるけど。


 それにしても、羽根無しだなんて不思議だな。まるで本当に羽根有りがいたみたいだ。


 思考を断ち切る扉を開く音。キッドだ。


「……。一応私も女の子なんだけど?」


 リンの鋭い視線に、少し低い位置にあるキッドの眼は動じない。


「ハッ、だったら悲鳴の一つでも上げてみろよ。さみぃんだよ。お前のシャワー長えんだよ」


 キッドとリンの間には珍しい話でもない。二人は幼い頃からこういう付き合いだ。


「やっぱお前の胸でっけーわ」


 ボディに一発。


「出るわ」


 呻くキッドをすり抜け、髪を拭きながら暖かい炉の前に裸でしゃがみこむ。ダイアンはボロボロのソファーの上でリンの重機砲の調整をしていた。彼はドラゴニュートではない普通のヒト。ソファーに運ぶのも一苦労だっただろう。


「おう、実際に撃ってみてどうだった?」


「思ってたよりずっと素直だったわ。後は弾自体がぶれているように感じたけど、そこまで問題じゃあなかったわね」


 ダイアンは顎に手を当てる。


「そうか……。わかった、弾の事も考えておこう」


 彼の脳内には新たな設計図が描かれ始めているのだろう。


 リンの重機砲、中ほどのボイラーで燃焼を起こし、過熱蒸気を圧縮し弾を放つ。リロードに時間がかかるのがネックだ。ただ火薬で弾丸を放つ拳銃と違い、炸裂性のある弾丸も安全に放てるという利点がある。だがリンの力なら問題はないが重量もかなりのもの。ダイアンはまだまだ改良の余地があると過去に語っていた。


 そして今、リンの横に置かれている鉄塊。まだ製作途中だが、キッドの両手剣だ。それはまさに巨大なチェーンソー。ベースは出来ているが、刃の駆動関係で苦労しているそうだ。


 かつてドラゴニュートが獰猛な竜と相対するときに持ったと言われている武器。ヒトの社会ではあまりにも危険すぎるそれはいつからか禁忌とされ、今は製作、所持だけでも違法だ。何故、リンとキッドは追われるとわかっていながらもそれを持っているのか。


 キッドが長い赤髪を拭きながらシャワー室から出てきた。


「ねえキッド、私達ってなんでこんな事やってるんだっけ」


「なんだ、どうした? 急に。言い伝えだったろうが」


 リンはそうだったかな、と唸る。


 キッドの家に伝わる言い伝え。自然を軽視するヒトにはいずれ罰が下るという、具体性のかけらもない言い伝え。だがキッドはそれを真に受けている。世の中には隠してはいるが彼の家系は代々ドラゴニュート。今はいないとされているドラゴニュートが陰で何代も続いているのだ。それにリンには深く語らないが、何らかの根拠はあるのだろう。キッドはバカだが、愚かではない。


 それについてきている私はどうなんだろうな。


 リンの思案をよそにキッドは剣を掴む。


「おお! スゲーなダイアン! これ持って行ってもいいか?」


「駄目だキッド。……どう見ても未完成だろうが」


 キッドは裸のまま両手剣を振り回した。


「ちょっと! 危ないじゃない!」


 キッドがリンの抗議の声を気にする様子はない。


「……重量はどんな感じだ?」


 元の位置に戻す。


「まだまだいけるな。もっと重くしても問題ないぜ」


「まあ、そのつもりだ。まだ機関部もついてないしな」


 キッドの言葉に満足げな表情を浮かべるダイアン。リン達と出会ったのはもう数年前になる話だ。


 リンは思いをはせる。


 元々リンとキッドはスチームの外周、スラムに暮らしていた。時折襲撃してくる飢えた羽根無しを鉄パイプや付近に落ちていた機械部品等で力任せに撃退する日々だったが、その度にジャンクが積みあがっていく。そこで探したのが、二人に見合う武器。ドラゴニュートの力に耐えられる武器ともなると、当然違法だ。闇市や情報屋を巡り行きついたのが、ひたすら武器を作るのが趣味というダイアンだった。やはり変わり者であった。二人は高架下の工房にたどり着き、実際に顔を合わせるとすぐにわかった。


 自分達と同じだと。


 持て余した能力。ドラゴニュートの力と同様、武器を生産することに長けたその天才的能力は法の下に抑圧されている。二人は武器が必要、ダイアンは使い手が必要。利害は完全に一致していた。


 思いにふけながら仄かに揺れる炉の炎を見つめるリンに、ダイアンが毛布をかぶせる。


「はぁ……、服ぐらい早く着てくれ。温暖期とはいえ、体調を崩すぞ?」


「キッドは?」


「アイツならもう寝た。バカは風邪もひかないしな」


 先ほどダイアンが座っていたソファーでもういびきをかいている。パンツしか履いていないが、この工房ではとうに見慣れた光景だ。


「……私も寝るわ。ダイアンは?」


「俺はもう少しやっておきたいことがあるからな」


「そう、じゃあおやすみなさい」


 リンはダイアンに一言告げると、着替えをもって二階の小部屋へ向かった。

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