ヒロイン大渋滞な世界は、一般人にはつらすぎる
たとえば、三つ編みおさげにでかいメガネ、長い前髪でいつも下を向いてる女の子。
たとえば、ピンクの髪に華奢な体、いつも明るく天真爛漫な女の子。
たとえば、とっても可愛い顔をしているけど、男の子として過ごしているあの子。
たとえば、ぽよよんとした胸を持ち、おっとりと微笑む天然な女の子。
たとえば、自分はモブだから、関わらないで!と叫んでいる女の子。
たとえば、試験ではいつも平均的な成績だが、裏では圧倒的な実力を見せるあの子。
たとえば、家族から虐げられているという、線の細い女の子。
たとえば、「ざまぁは嫌…ざまぁは嫌…」とぶつぶつ言ってる女の子。
たとえば………
たとえば…
「…この学園、ヒロインが多すぎない?」
「それな」
転生仲間と小さくなって、隅っこでそんなことを話す。現代からこの魔法あり!冒険あり!錬金術あり!な世界に転生して早幾年。
最初は転生したという事実に胸が躍ったし、私も物語のヒロインみたいに…とちょっぴり期待したりもした。
でも、魔法学園に入学してから、そんな思いは吹き飛んだ。
色んな物語でヒロインになってそうな女の子たちが、ひとつ上の学年に大量にいたからだ。あまりにも混沌とした空間に、腰が引ける。
さらに問題なのは、こんなにもヒロインがたくさんいるのに、相手役としてオーソドックスな面々は一握りしかいない。
第2王子、宰相の息子、騎士団長の息子、大富豪の息子、未来が嘱望されている魔術士、さらに各ヒロインの幼なじみ。これだけしかいないのだ。
この状況の怖いところは、ヒロインたちは自分を「✕✕✕✕✕」という作品のヒロインとして転生した!と思っているところ。しかも全員、作品が違う。独り言を盗み聞きしたから間違いない。
それでも、相手役は先程の面々で共通しているので、とんでもないことになっている。
ヒロインたちによる、アピール合戦が凄まじいのだ。
そりゃあ、相手役として狙っている推しと恋を育みたいだろう。だが、はたから見ると、1人の男子生徒に群がる女子生徒は、なんだかこう、ハエとかアリとかゴリラとかに見える。すごい。
「ヒロインやば…」という私の独り言を聞いて「え、もしかして…」と声をかけてきた転生仲間の友人も、「近づいたらヤバイ…」と遠巻きに見ている日々。
そんなあるとき。
「アルフレッドさま、昨日クッキーを焼いたんです!よかったら…」
「アルフレッドさま、一緒に図書室で勉強しませんか?」
「おい、アル!今日は一緒に鍛錬しようぜ!」
「あらぁ…アルフレッドさま、もしかしてお疲れですか?よかったら、私のお膝、使います?」
「あー、今日は家に呼ばれてるから、すみません」
なんとか断っている宰相の息子アルフレッドさまと、群がるゴリラたちを「大変そうだなぁ」と眺めていたら、ちょいちょいと後ろから肩を叩かれた。
くるり、と振り返ると、そこに騎士団長の息子ダンテさまの姿。
ヒュッと息を呑んだら、しいっとされて、お口にチャックのジェスチャーをされた。コクコク頷くと、ダンテさまは「ついて来い」とジェスチャーで訴えてきたので、静かにあとに続く。
少し距離をおいて歩き、空き教室にたどり着き、周囲に誰もいないことを魔法でも確認したうえで、中に入った。ダンテさまは、すぐに音漏れや盗み見防止の魔法を部屋にかけている。
何の説明もなしに音漏れやら盗み見防止の魔法をかけるって、けっこう犯罪臭がするというか……。まあ、それだけ焦ってるってことだろうけども。
「さて、フィオリーナ嬢。来てくれてありがとう」
「いえ、とんでもございません」
よくある設定だと、親しくない相手は名前じゃなくて家名で呼ぶのが多いけど、この世界は普段から家名ではなく名前で呼ぶのが一般的だ。たぶん、そうした方が最初からヒロインと相手役の親密感が出せるからだろう、と勝手に思ってる。なので、私も自分の名前を呼ばれても気にしない。
促されて椅子に腰をかけると、ダンテさまはちょっと躊躇いつつ、口を開いた。
「…転生仲間、で意味はわかるか?」
「えっ」
「この間、君が友人と一緒に話しているのが聞こえて。もしや、と」
「…やっぱりお仲間です?」
「お仲間だ。やっぱり、って?」
「さっき、チャックのジェスチャーをされたので…この世界にはありませんし」
「…たしかに」
思わぬところでボロを出したからか、チッと舌打ちしたダンテさま。
ダンテさまの話によると、転生したと気づいたときは、目茶苦茶嬉しかったそうだ。魔法もあるし冒険もできるし。なんなら冒険者ギルドに登録してウキウキとクエストをこなしていたらしい。騎士団長の家柄なので、むしろ実戦経験を積むために推奨されていたとのこと。
さすがに16歳から学園には通うように言われたため、冒険者ギルドで主に使ってきた筋力だけでなく、魔力もしっかり鍛えようと思い、魔法学園に入学。そしたら、例のゴリラたちから襲撃にあったそうだ。
「いきなり木の上から女の子が連続で降ってくるんだぞ?こえーよ」
とは、ダンテさまの言葉。並木道的な感じで、ひとつの木を対処して進めば、次の木の上から女の子が降ってくる…というループが起きたそうだ。
なんだこのイベント…と思ってたら、次々に起こる妙な襲撃。
朝の鍛錬には何人もの女の子が現れて差し入れやら声援やらをしてきたし、なんか男装してる女の子がいるし、有りもしない実家との確執について慰めるような言葉を言われるし。
学園祭とか演習とかでは、何かしらのハプニングが必ず発生して、対応に追われることにもなり。
わけがわからん…と思って1年ほど過ごしていたら、事情を知ってそうな転生仲間の私を発見して捕獲したとのこと。
「えーと、ダンテさま。昔、ゲームはやってました?」
「アクションゲームなら」
「乙女ゲームに聞き覚えは?」
「あー、イケメンと恋愛する……え?それなのか」
「それです」
私が頷くと、ダンテさまは頭を抱えた。さらに、「ダンテさま、相手役っぽいですよ」と伝えると「追い打ちをかけるなよ!」と叫ばれた。すいません。
「うわっ…乙女ゲーム…盲点だった」
「私も、何の乙女ゲームなのかは知りませんけど、なんか例の面々は各自で違う乙女ゲームを想定してるみたいなんですよね」
「どういうことだ?」
「Aって乙女ゲームの世界だと思っている子と、Bって乙女ゲームの世界だと思っている子がいて、それぞれの乙女ゲームでの攻略ルートをこなしてるんですよ。
でも、乙女ゲームって大体は似たようなイベントが多いので、似たような攻略ルートになりますけど」
「いや、待て。そういうゲームって一作品ごとに相手役が設定されるだろ?別作品だと思ってるなら、俺を相手役だと思ってるやつは1人のはずだ」
「いやぁ…それが、相手役は共通みたいで」
「嘘だろ…」
頭を抱えてるダンテさま。でも、平行世界とか言うし、私とダンテさまも、同じ世界の出身なのかも怪しい。そう考えると、作品名が違うのに相手役が同じ、という事態も起こり得ると思う。
そう伝えると、ダンテさまはさらに項垂れた。
「フィオリーナ嬢は、攻略?しなくていいのか」
「いやぁ…私は遠慮しておきます」
「なぜ?」
「あのゴリラたちを押しのける元気はないし。この世界のもとになっている乙女ゲームも知らないから、相手役の方々に思い入れもありませんし」
「なるほど」
こくん、と頷いたダンテさま。少し考えた後、にっこりと笑った。うわっイケメン。
「なら、フィオリーナ嬢、俺と婚約してくれ」
「は、え?」
「俺はゴリラたちの魔の手から逃げられる、フィオリーナ嬢は嫁入り先を確保できる。WIN WINな関係だ」
「いやいや!私がゴリラから襲撃を受けるじゃないですか!嫌ですよ!」
なんでそんな火中の栗を拾わなきゃいけないのか。全力で拒否したけど、ダンテさまはにっこり笑顔だ。
「魔術士のロメオに防護結界を張ってもらうし、俺の伝手で護衛もつける。色んな機能をつけたブローチとか渡すから、安全だ。なんかやってきた相手は即退学…とは俺の立場じゃできないが、学園に言って対処してもらおう」
「でも、私じゃなくたって、例のゴリラさんたちから1人見繕えばいいのに」
「いや、ゴリラだぞ?お前、ドン引きしてる相手と婚約、結婚できるか?」
「無理ですね」
たしかに、それは嫌だ。
「お前、俺と価値観近そうだし、婚約者として一緒にいれば、そのうち愛情やらなんやらは育めるだろ」
「うーん…そう言われると、たしかに。あ、じゃあ、私も冒険者ギルドについて教えてください。興味があります」
「フィオリーナ嬢なら、錬金ギルドの方がいいんじゃないか?錬金術の成績、上位だろ」
「えっ何で成績知ってるんです?」
「声かける前に下調べした」
なるほど、と頷き、ダンテさまへの憐れみもあって婚約を受け入れた私。
こうして私とゴリラたちとの戦いの火蓋が切られたのだった。
まさか、ダンテさまが最初から私にひと目惚れしていて、私について調べているうちに転生仲間だと知った、ということなんてつゆ知らず。
脳筋イメージの先入観で、色々張り巡らされていた罠に見事に引っかかったなんて、知りもしなかった。
「騎士団って、色んな戦略をねるんだぞ?ただの脳筋なわけないだろ」
とは、後に夫になったダンテさまの言葉である。