エピローグ
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それから――。
以前にいた騎士団支部は徹底的に調べられ、杜撰な状況が明らかになった。
見張りの交代時間や警備、その他いろいろな面での不備が分かり、彼らは厳重処分となった。
ミナの給金も無事に戻り、補填として金貨一枚が上乗せされた。
ソフィアは今までついていた嘘が明らかになり、結婚も破談となった。ミナにしていた仕打ちが明るみに出た事で、ずいぶん顰蹙を買ったようだ。
騎士団の仕事もクビになり、周囲から噂される毎日。お姫様扱いだったソフィアには耐えられない屈辱だろう。実際、かなり荒れているらしい。
ちなみに、あれだけ男達に囲まれていた割に、他に立候補者は現れなかったようだ。
泣き落としも通用せず、ぶりっこも効かない。かといって、他に働く場所はない。ソフィアにとっては辛い日々だろう。
騎士団の面々も、ミナに関しての悪質な噂を流していた事が理由で、全員減給処分となった。ろくな調査もせず、脅すような真似をしたのも効いたらしい。
謝罪がしたいという申し入れは、迷ったが断わった。
今さら会いたくはないし、何を言われても複雑だ。
団長からといって長い長い手紙を預かったものの、未だに暖炉の横に置いてある。そのうち火にくべてしまいそうで心配だ。ちなみに、彼は相当反省したらしく、見るのも気の毒なほどしょぼくれていたそうだ。
ハンスは相当怖かったのか、あれから姿を見せる事もない。
ミナの毎日は変わらず、彼らと楽しく過ごしている。
いや、ひとつ変わった事がある。
それは――。
「そうです、そのままそっとぶつけて、両手でパカッと割ってください」
「……こうか」
グシャッと卵の殻がつぶれる。
あああ……と思いつつ、ミナは素早く皿で受けた。
「大丈夫、ケーキにしましょう。卵はたっぷりあってもいいですから」
「……すまない」
しょんぼりとしたアーサーが、なぜ潰れたのか分からないという顔をしている。力が強すぎるのが原因だが、不器用なせいもある気がする。
「相変わらずへったくそですね、団長」
「センスがないにもほどがあります、団長」
「もうあきらめた方がいいんじゃないですか、団長」
「ていうかエプロン似合わないっすね、団長」
「……黙れお前ら」
じろり、とアーサーがひとにらみする。彼らがひゅっと口をつぐんだ。
(もう……)
笑いを噛み殺しつつ、ミナが卵の殻を取り除く。
料理を覚えたい、とアーサーに頼まれたのをきっかけに、現在は料理教室を開催している。今のところ勝率は五割弱、初心者ばかりな事を考えると、かなり優秀だと言っていい。
みんなで献立を決めて、オムレツやパイやケーキを作る。
意外と器用な団員が多く、みんな楽しそうに調理している。
そんな中、意外にも最下位の成績を誇るのがアーサーだった。
目玉焼きが作れない。
卵を割る手つきから怪しく、おっかなびっくり握りつぶす。かと思えば、慎重にしすぎて殻が割れない。その都度卵の中身は回収し、別の料理にアレンジしているが、未だにさしたる成長はない。
「なんででしょうね。料理だけ壊滅的って」
首をかしげるミナに、彼らが微妙な顔になる。
「剣の腕はピカ一なんだけどね、うちの団長」
「料理の腕はどっかに落としてきたみたいなんだよね」
「落とすも何も、最初からないだろ」
「いやー、あれは料理が苦手っていうより、隣の人を意識して……」
グシャッ。
次の卵も握りつぶされ、ミナが慌てて皿で受けた。
「ダメですよ、そんなに力を入れたら」
「……すまない」
「こうやって、コンコンってやさしく叩いて……ほらね?」
彼の手を取って実演してみせると、アーサーはなぜだか固まっていた。
「あーあ、無自覚な魔性発動」
「まるで意識してないところが切ない」
「家事仕込んでる時のミナはスイッチ切り替わってるからな……。まったく気づいてないぞ、絶対」
団員が好き勝手な事を言っている。だが、ミナの意識は卵の殻に釘づけだ。これだけ卵があるのだから、今日はケーキに加え、スフレオムレツも作ってみようか。
(バターはあったわよね……。あとはお塩と、コショウと……そうだ、新しいソースも試してみよう)
生クリームをたっぷり使ったソースは受けがよかった。それとは逆に、ピリ辛でさっぱりした味も人気がある。トマトベースも悪くないし、いっその事、甘くしてデザート風味もありかもしれない。
何にしようとワクワクしているミナの顔を、アーサーがじっと見つめている。
「? なんですか?」
「いや、なんでもない」
首を振り、アーサーが視線を和らげる。
今日の昼食は、思ったより豪華になりそうだった。
了
お読みいただきありがとうございます。スフレオムレツはみんなに大好評でした。
*いいね・ブクマ・評価など、どうもありがとうございます。またどこかでお会いできたら幸いです!