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第6話


「ミナ! こんなところにいたのね」


 外に出ると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。


「ソフィア……」

「ずっと捜してたのよ。ようやく見つけたわ」


 立っていたのはソフィアだった。

 いつもと違い、華やかなドレスの上に、粗末なマントを身に着けている。どうやら変装しているらしい。ソフィアは目を吊り上げて、ミナの腕を強引に取った。


「さっさと帰るわよ。ほんと、仕返しなんて嫌らしい。今ならまだ間に合うから、お兄様に謝ってちょうだい。そして、もう一度働かせてくださいって頼むのよ。そうしたら、仕事に復帰させてもらえるから」

「嫌よ、そんなの」


 ソフィアの手を振り払うと、彼女は驚いた顔になった。


「何言ってるの? 住む場所がなければ困るでしょ。あの町で暮らすなら、働く場所だってないんだから」

「住む場所ならあるし、働く場所だってあるわ。たとえなくても、あの町には戻らない。別の町で別の仕事を探すわ」

「わけの分からないこと言わないで。あたしに対する嫌がらせ?」


 ソフィアが苛々した口調で言う。ミナは小さく息を吐いた。


「そんなつもりはないし、どうでもいいわ。とにかく、私はあそこに戻らない。元々私ひとりで回していた仕事だもの。あなたひとりでも間に合うはずよ。十分にね」

「そんなことできるはずないじゃない!」


 ソフィアの叫び声に、ミナは思わず顔をしかめた。


「あんな量の洗濯と繕い物、誰がひとりでできるって言うのよ。料理も、掃除もよ? 帳簿だって、難しい計算がいっぱいで、とても歯が立たないわ。その上、軽食だ刺繍だお使いだって、寝る暇さえないじゃない!」

「それを私に押しつけていたのはあなたよ、ソフィア」


 その言葉に、ソフィアはきっと目を上げた。


「それはしょうがないじゃない、あなたの方が得意なんだから!」

「二人の仕事よ。私ばかりやっていたらおかしいでしょう」

「おかしくないわよ。あなたができる仕事をあなたがやって、何がいけないの? 今まで通り、あなたがやればいいじゃない」

「じゃあ、あなたは何をする気なの?」


 ミナの問いに、ソフィアは得意げに胸を張った。


「言ったでしょ。できたものを運ぶのよ。みんなも喜ぶし、ありがとうって褒めてくれる。何も問題ないじゃない」

「……うわぁ」


 それを聞いていた騎士のひとりが思わずといったように声を漏らしたが、ソフィアの耳には入らなかった。


「とにかく、ごまかすのも限界よ。みんなもそろそろ怪しみ始めてるみたいだし、最近じゃなんだか冷たいの。みんなに誤解だって言ってちょうだい。そして、今までみたいに働いて」

「そんなのごめんよ」


 ふたたび取りすがってきた腕を振りほどく。細い指はあっけなく外れた。


「それに、誤解じゃないでしょう。あの仕事は全部、私がしていたものだわ。あなたじゃなくて、私の方。何も間違ってないじゃない」

「はぁ? 言ったでしょ。みんな、あたしがやってると思ってるのよ」

「それは私には関係ないわ。いえ、関係はあるんだけど……まあいいわ、戻らないし」


 今さら説明しに行くのも億劫だ。それに、仕事がまるでできないソフィアを見ていれば、遅かれ早かれ、みんな真実に気がつくはずだ。


「自業自得よ。あきらめて」


 取られた分の給金については問わないと付け加える。その代わり、もう会いたくないと言い添えて。


「前にあなた、言ったわよね。それはあなたの仕事だって。そのセリフ、そっくりそのままお返しするわ。あなたがやれって言ってるのは、あなたの仕事よ。あなたがやればいいじゃない」


「何をっ……」


「私にも反省するべきところはあった。もっとうるさく言えばよかったし、運ぶのも自分ですればよかった。だから、それで手を打ちましょう」


 なんだかんだと言い訳して、ソフィアは仕事を怠け続けただろうし、運ぶのもソフィアに言いくるめられただろうが、それでもできる事はあった。

 痛い授業料だと思おうとして、「ふざけないで!!」という金切り声に遮られた。


「何なのよ、偉そうに! できる方がやればいいでしょ。だったら、あなたがやればいいじゃない!」

「それが通ると思ってるの?」


 冷たく問うと、ソフィアは悔しげに顔をゆがめた。


「私は何度も言ったはずよ。少しは手伝って、協力してって。でも、あなたは聞かなかった。のらくら言い訳して、いつも遊んでいたわよね。私にはそれ以上言えなかったし、最低限の仕事はしてると思ってた。今度のことがあるまで、だまされていたことにも気づかなかった」


「だますなんて、そんな……」

「事実でしょう。違うの?」


 ねじ込むような言葉に、ソフィアはびくりと身をすくめた。

 そこでようやく、ミナの様子が今までと違うと気がついたようだった。


「できないなら嘘をつくべきじゃなかったし、覚える気もないのなら、雑用係になるべきじゃなかった。今からでも遅くないわ。みんなに謝って、本当のことを言えばいい。そして雑用係を辞めるか、今から仕事を覚えるの。みんなあなたの味方だもの。きっと仕事を教えてくれるわ」

「嫌よ、そんなこと!」


 ソフィアは髪を振り乱した。


「何なのよ、偉そうに。元はといえばあんたのせいよ。あんたが掃除も洗濯もするから、みんなが期待したんじゃない。料理だって、得意なのをひけらかして。全部あんたのせいじゃない。あんたが自慢するからよ!」

「そんなつもりはないし、それが仕事よ……」


 そもそも、軽食や献立のリクエストを取ってきたのはソフィアだろう。難しい、分からないと言っても、ソフィアは聞いてくれなかった。それどころか、脅すような言葉も発してきた。従わなければクビだと言われ、必死になって努力したのだ。


 今になって思えば、どうしてあんな職場にしがみついていたのか分からない。

 辞めても殺されるわけではなかった。ほんの少しの勇気があれば、簡単に捨てる事ができたのに。


(ほんと、馬鹿よね……)


 さっさと見切りをつけて、出て行ってしまえばよかったのだ。

 全部放り投げて辞めてしまっても、自分はまったく困らない。困るのはミナに仕事を押しつけていたソフィアと、平気な顔で仕事を山積みにしてきた彼らだけだ。


 よく見ると、ソフィアの爪は割れていた。

 ドレスもよれて、結った髪もほつれている。肌も荒れて見えるのは、ここしばらくの忙しさからだろうか。シーツひとつ洗った事のないソフィアには、やり方が分からなかったに違いない。

 ほんの少し同情する気持ちが湧いたが、すぐにそれもかき消えた。


「とにかく、私はここに残るから。さっさと帰って。そして二度と来ないで」

「ふざけないで! 何がなんでも一緒に帰ってもらうわよ」


 ソフィアの目は血走っていた。美しい顔が台無しだ。それほど仕事が大変なのだろうと思い、その仕事をふたたび押しつけようとしている事にうんざりする。正確に言えば、今でも押しつけられると思っているところにだ。


 今のミナはあの時とは違う。

 仕事を失う不安や恐怖、収入が絶たれる心もとなさ、理不尽に逆らえないやるせなさ。


 そのすべては、どうにでもなるものだと学ぶ事ができた。

 それを教えてくれたのはこの職場と、信頼できる彼らとの出会いだ。


「ソフィア、もう一度言うわ。みんなに本当のことを言うの。そして謝って、やり直すのよ。言いにくければ、少しずつでもいい。あなたが頑張る姿を見れば、味方してくれる人もいるわ」

「だから、そんなことできるはずないって言ってるの!」


 ソフィアが大声でわめき立てた。


「あんたのお説教なんて聞きたくない。あたしに逆らったら、どうなるか分からないわよ。この町で悪い噂を流して、働けなくしてやる。そうなったら困るわよね? それが嫌ならあたしの言う通りにして、仕事に戻るのよ」

「意味が分からないわ。戻らないって言ったはずよ」

「言う通りにしなさいよ、生意気ね!!」


 無理やり腕をつかまれて、その痛みに顔をしかめる。ソフィアはなりふり構っていない。騎士団の面々も、女性を引き剥がすのはどうかとためらっているようだ。

 この状況を招いたのはミナだが、力ずくというのも難しい。

 どうしたものかと思い、ミナはしばらく考え込んだ。


「そ……ソフィア?」


 その時だった。


 ふたたび、覚えのある声が聞こえてきたのは。

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