第4話
「あらぁ、ミナ。ずいぶんひどい顔色じゃない」
外に出ると、わざとらしい声がした。
「ソフィア……」
「まったく、ひどい話よね。みんな信じてくれないんだもの」
立っていたのはソフィアだった。今日も美しいドレスを身に着けている。色白な肌は荒れておらず、爪にもひび割れひとつない。
「どういうことなの? 料理も、繕い物も、洗濯も……っ」
「大きな声を出さないで。あたしだってびっくりしてるんだから」
ミナのそばに歩み寄ると、ソフィアは大げさに眉をひそめた。
「みんな、あたしがやってるって思ってるみたいなの。変よね? あたし、そう言ったことなんて一度もないのに」
「お願い、みんなに言ってちょうだい。団長さんが誤解してるのよ。私じゃなくて、あなたが仕事してるなんて――……」
「それの何がいけないの?」
悪びれずに言われ、ミナは呆然とした。
「……え?」
「あたしは彼らに料理を出して、繕い物を届けたわ。洗濯物を手渡しして、掃除の行き届いた部屋に案内して、軽食のリクエストも受け付けた。それが何か間違ってる?」
「それは……だって、私のした仕事が、あなたがしたように思われて……」
「だから、それの何がいけないのって言ってるの」
ソフィアは勝ち誇った瞳で自分を見ていた。綺麗に潤った唇が、ほんのわずか持ち上がる。何を言われているのか分からず、ミナは束の間混乱した。
「やってることは同じじゃない。あなたがしたか、あたしがしたかの違いだけ。そうでしょ?」
「何言って……ソフィア、だって」
「あなたがしたって思われるより、あたしの方が喜ぶんだもの。そっちの方がいいじゃない? あなたの作る料理はおいしいし、洗濯も繕い物も完璧だわ。あたしがするより適任よ」
「だって、それじゃ……」
「あなたは作ったり洗ったり、縫ったり繕ったりする人。あたしはそれを笑顔で届ける人。人には適材適所ってものがあるのよ。分からない?」
ソフィアは当然のような顔で言った。
「じ……じゃあ、お金は? 団長さんから聞いたのよ、一日あたり、銅貨四枚だって。残り一枚はどうしたの?」
「あなたを紹介したのはあたしだもの、仲介料よ。言ってなかったかしら?」
「聞いてないわよ!」
時間は、とミナが問い詰める。
「私に教えていた時間、朝は鐘ひとつ分早くて、夜も同じだけ早かった。あれはどういうつもりなの?」
「ああ、あれはねぇ……」
そこでソフィアは困ったように目をそらし、わざとらしい仕草で頬を押さえた。
「鐘ひとつ分あれば、朝の仕事は終わるでしょ? 先に来てやってもらった方が楽じゃない。夜の方は、ミナが残ってると、食事の支度をしてるのがあたしじゃないってばれちゃうんだもの。先に帰ってもらった方がいいと思って」
「な……」
「働く時間は同じなんだもの、別にいいでしょ? 形の上では早退だけど、ほんとは残業もしてるんだから」
ソフィアに「帰っていい」と言われるのは、いつも夜六つの鐘が鳴り終えてからの事だった。彼女の言葉が確かなら、ミナは毎日早出の上、残業までしていた事になる。給金を四分の一も抜かれた上で。
朝の仕事を終えてからソフィアが現れ、夜の仕事を終えた後で帰される。勤務時間は長いのに、実際は短く設定されていた。
そのせいで、自分は勝手に早退していると思われていたのだ。
たまに顔を合わせる騎士達の反応が冷たかったのを思い出す。
ソフィアをちやほやしているだけでなく、そんなソフィアに仕事を押しつけていると思われていたのだ。彼らの怒りは相当なものだろう。
そんな事も知らずに、今まで便利に使われてきたのか。
気づけなかった自分の間抜けさに、ミナは歯噛みしたくなった。
「お兄様はクビだって言ってたけど、そんなことにはならないわ。あなたは大切な友達だもの。これからも、仕事はあなたがやってくれればいいわ。あたしはそれを届けてあげる。大丈夫、今までうまくやってたんだもの。誰にもばれないわよ」
「ソフィア、あなた……」
「感謝されるのはあたしだけど、それはしょうがないわよね。だって、あなたはそういう役割だもの。これからもずっとそうやって、あたしのために尽くしてちょうだいね?」
可愛らしい唇が吊り上がる。そうやって笑うと、ソフィアの顔はずいぶん意地悪そうに見えるのだと気がついた。
「そんなのお断りよ。みんなに本当のことを言って――」
「誰が信じてくれるのよ。言っておくけど、みんなあたしの味方だから。誰も信じてくれないわ」
「言ってみなくちゃ分からないわ。やれるだけはやってみる」
「そんなことをされると困るのよ」
そこでソフィアが凄みを利かせた顔になった。
「この町で無事に働きたいなら、あたしに逆らわない方が身のためよ。お兄様から言われたでしょ? この町であなたを雇ってくれるところなんてどこにもないわ。言われた通り、騎士団の雑用係でいるしかないの」
「まっぴらごめんよ、そんなこと」
「じゃあ、出ていくの?」
ソフィアが脅すような口調で言った。
「引っ越しするような貯金はないでしょ。他の仕事も見つからない。それともまさか、裏道で春でもひさぐのかしら? ああ、楽しみねぇ」
「ソフィア、あなたって人は……」
「それが嫌なら、今まで通り仕事をするの。もちろん、運ぶのはあたしの役目だわ。いいわよね?」
「嫌よ、そんなの」
「聞き分けのないことを言わないで。得意な方がやればいいのよ。雑用が得意なのはあなた。料理が得意なのもあなた。だから、あなたがやればいいじゃない」
(この……っ)
思わず拳を握りしめたところで、「ソフィア!!」という声がした。
「何してるんだ、こんなところで」
「ハンス!」
現れたのはハンスだった。すぐにソフィアが彼の腕に取りすがる。
「ごめんなさい、ミナに注意していたの。そうしたら、怒らせてしまったみたいで……っ」
「なんだって?」
「みんなにでたらめを吹き込んでやるって。そんなことになったら、あたし、どうしたらいいか……」
さめざめと泣き崩れるソフィアに、ハンスはぎろりとミナをにらんだ。
「見下げ果てた根性だな、ミナ。君を大切に思う友達を脅して、泣かせるなんて。君は僕を好きみたいだけど、冗談じゃない。君みたいに性格の悪い女はまっぴらだ」
「誰が……」
「強がらなくていいのよ、ミナ」
そこでソフィアが涙に濡れた(ように見える)目を上げた。
「あなただってハンスに見とれていたじゃない。あたしがよく知ってるわ。ハンスと婚約したあたしに嫉妬して、だからこんなこと……っ」
「泣かないでくれ、ソフィア。僕の天使」
「ハンス……っ!」
ひしっと抱きしめ合う二人に、ミナは怒ろうか突っ込もうか真剣に迷った。
「……あなたも私が仕事を怠けていたと思うの?」
冷静な声で問うと、ハンスはフンと鼻を鳴らした。
「当たり前だろう。ソフィアが嘘をつくはずがない」
「掃除も、洗濯も、繕い物も? 料理も? 帳簿の記入も? 他にもいっぱい仕事はあるのに?」
「君にできるはずないじゃないか。ずっと遊んでいたくせに」
「ソフィアはいつも、あなたたちとたくさんお喋りしていたわよね。そんな時間があると思う?」
「ソフィアは有能だから、それくらいできるさ。君なんかとは違うんだ」
「……そう」
何を言っても無駄なようだ。おそらく、他の人間も同じだろう。
そもそも、少し周りに目を配れば、まったく気づかないはずがない。
いつの間にか、騎士団の人々が遠巻きに見ていた。
無言のまま、ソフィアとハンスを守るように腕組みしている。
彼らがミナを見る目は冷たい。その逆に、ソフィアに向けられる視線はあたたかい。
今の会話が聞こえない距離ではないが、ミナの言葉を信じてくれる人はいない。
団長と同じ、蔑みに満ちた視線を浴びて、ミナの気持ちは氷点下に冷めた。
「はぁ……」
――もういい。
「……分かったわ、二人とも」
低い声で言うと、二人が同時に顔を上げる。
「もう勝手にしてちょうだい。それから、ハンス。私はあなたが好きじゃない。勘違いしないで」
「え……え?」
「ソフィアも、せいぜいうまくやることね。ハンスとも、騎士団とも」
「え、ミナ?」
「今日は家に帰るわ。心配しなくても、二人の邪魔はしないわよ」
そしてミナは背中を向ける。
二人は訳の分からない顔をしていたが、ミナを言い負かしたと思ったのか、満足気な笑みを浮かべた。
「明日からもよろしくね、ミナ」
ソフィアの声に、ミナは返事しなかった。
***
――そして。
ミナの姿は、町から消えた。




