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第9話.筆頭魔導師ウィルフォード・リージズ

 奇しくも、攻略対象が三人、この場にいる。しかもアルフォンスに謁見したことをあわせれば、ルクレシアは四人の攻略対象に一日で会ったことになる。

 そんな状況は、ゲームの中のシュゼットにだって起こらない。

 

「ウィルフォード・リージズ様でございます」

 

 レイがウィルフォードを紹介すると、訝しげに彼を見つめていたクロスビー夫妻がハッとした顔になって礼の姿勢をとった。ネインもリージズと聞けば身分がわかったらしい。慌てて頭をさげる。

 

 そんななか立ったままのルクレシアを一瞥し、ウィルフォードは「……ふん」と気のない息を漏らした。無礼な態度の令嬢がオルピュール家の孫娘だと気づいたのだろう。

 ルクレシアは単純に驚きすぎて突っ立っていただけなのだが。

 アルフォンスにしたように、マナーは完璧に修めている。だがいまさら慌てて頭をさげるのも悪役らしくないだろうと、ルクレシアは余裕たっぷりに見える笑みを浮かべてウィルフォードを見つめ返した。

 

 もちろん内心では動揺している。

 

 ウィルフォードといえば、隠しキャラではないものの、そもそも出現自体の難易度が高い攻略対象である。

 王太子アルフォンスのルートを途中まで進め、護衛であるネインの好感度を高めてクロスビー家へ招待してもらい、なおかつ選択肢を誤らずにネインからメイベルの病を聞きだし、薬草探しのイベントを起こしてやっと出会えるのだ。

 

(……って、薬草探し以外のイベントをすべて起こしてしまったのね、わたくし)

 

 しかも金に物を言わせるタイプの悪役令嬢なせいで、好感度は関係ないのだ。好かれてもいないのにアルフォンスの婚約者となってクロスビー家とのつながりを作り、有無を言わせず押しかけてメイベルの部屋に突撃した。

 その結果、ウィルフォードに出会う条件が揃ってしまったのかもしれない。

 

 ウィルフォードは間違ってもその辺を歩いていて声をかけられるようなキャラではないし、本来ルクレシアとは出会うこともなかったはずだ。

 

「で、俺はなぜ貴様に呼ばれたんだ」

 

 無表情に問われてルクレシアは我に返った。顔をあげ、ウィルフォードの視線に応える。

 まずはメイベルのことだ。

 

「体内の魔力循環に詳しい者をさがしていると聞いたが」

「ええ、魔力暴走に苦しむ少女がいるの」

「ほう?」

 

 ウィルフォードの黒い瞳に興味がよぎるのをルクレシアは見逃さなかった。

 彼の筆頭魔導師という地位は、侯爵家嫡男という家柄によって与えられたものではない。実際に彼が国で最も優秀な魔導師であるゆえだ。ウィルフォードなら、魔力循環どころか魔導に関するすべてに詳しい。

 

(メイベルのためを考えるなら、たしかに彼は最高の人物だわ)

 

 気持ちを落ち着け、ルクレシアはクロスビー伯爵を見据えた。

 

「クロスビー伯爵。メイベルの病は薬では治りません。いくらオルピュール家が治療費を援助しても、メイベルの苦しみは残ってしまう」

「……!」

 

 それもまた、ゲーム本編を迎えたネインの心が荒みきっていた一因なのだろう。

 オルピュール家による資金援助は、医師と薬を豊富に与え、メイベルの命をつなぎはする。だがゲームの中でメイベルは、シュゼットが現れるまでベッドから起きあがることすらできなかった。

 妹の苦しみを見つめながら、それでもオルピュール家に縋らなければならない無力さが、ネインの心を蝕んだのだ。

 

 ルクレシアはウィルフォードを伴い、メイベルの横たわるベッドに歩みよった。

 可憐な容貌は青ざめ、かと思えばときおり苦しげに呼吸を早めたり、痛みに顔をしかめたりする。

 

 ネインがシュゼットより一つ下、年の離れたメイベルはそのさらに四つ下。ということはルクレシアの七つも下になるわけで、まだ五歳だ。


(元気になったメイベルは、シュゼットによくなついて、かわいかったのよね)

 

 その姿を知っているルクレシアからすれば、今から六年間も、メイベルをこの状態で放置できるわけがない。

 

「メイベルの病は、体内の魔力がうまく放出できないことが原因です。彼女は生まれつき魔力量が人より多い。それに加え、おそらく……」

「イグサリ草か」

 

 メイベルの様子を観察していたウィルフォードが呟いた。ルクレシアは頷き、クロスビー夫妻を振り向いた。

 

「メイベルに症状が現れたのはいつですか?」

「三か月ほど前です」

 

 ルクレシアの問いにクロスビー夫人が答える。表情は青ざめ、震える両手をこぶしに握って、必死にルクレシアの話を理解しようとしている。

 

「その直前に森へ行きませんでしたか。オオニレなど、巨大な広葉樹があるような……」

 

 クロスビー夫人ははっと息を呑む。

 

「初めてメイベルを領地へ連れていきました。本邸の裏は森になっていて、子どもたちはよくそこで遊んでいました。領地から戻ってメイベルが熱を出して……それが原因なのですか?」

「おそらくそこにイグサリ草があったんです。イグサリ草は、ほとんどの人間には害をもたらしません。問題が起きるのは、魔力が豊富で、かつ魔力の循環経絡が発達していない子どもが刃葉に触れて傷を負ってしまったときだけ」

「メイベルは、指を怪我した……!」

 

 呆然と成り行きを見守っていたネインが叫んだ。

 

「森で遊んでて、大きな樹の幹に、青い葉のたくさんついた蔦が絡まってたんだ! きれいだからって触ったら、思ったより硬くて……」

「……決まりですね」

 

 ルクレシアはウィルフォードを見上げた。ウィルフォードは頷き、メイベルのベッドのわきへと膝をつく。

 

「リージズ様、そのような……!」

「爵位や礼儀は気にするな。むしろ俺が親父殿には内緒にしてくれと頼むほうだ。指を切ったのはどっちの手だ?」

 

 侯爵子息に膝をつかせる畏れ多さにクロスビー伯爵が声をあげるも、ウィルフォードはそっけなく首を振り、ネインを見る。

 

「右手です。右手の人差し指を」

 

 ネインの答えに頷くと、ウィルフォードはメイベルの右手をとり、目を閉じた。

 その場にいた全員の視線が集中するなか、重なったウィルフォードとメイベルの手が輝きを放ち始める。

 

「……!」

 

 魔法を見る機会など、一生に一度あるかないかだ。ルクレシアも初めての光景に息を呑む。

 

 瞬くようだった光は徐々に強さを増し、メイベルの右手から右腕へ、全身へと広がってゆく。

 

「なるほど、循環経絡がボロボロだ」

 

 感情をほとんど見せてこなかったウィルフォードが、初めて眉を寄せている。それほどひどい状態なのだろう。

 

「メ、メイベルは……」

「大丈夫ですよ。リージズ様は最高峰の魔導師です」

 

 泣き崩れそうになるクロスビー夫人の隣に並び、ルクレシアは背を撫でた。

 撫でてから、自分の悪役令嬢キャラが崩壊していることに気づき、ちょっとだけ顔をしかめた。

 

 魔力は個人によって多寡があれど、すべての人間が持っている生命エネルギーとでもいうべきものだ。日常生活を送るだけでも放出と回復を繰り返す。

 魔導師は生まれつき魔力が多いか、魔力量を増加させる修練を積み、意図的に放出が可能な者。

 

 一方のイグサリ草の汁は、切り傷などから入り込むと、体内を循環する魔力を倍増させ、流れを停滞させてしまう効果がある。

 魔力がうまく運ばれなくなった体は、怠さや眠気、痛みなどを感じる場合もある。

 

 ただ、これが体が小さく、循環経絡も未発達な子どもの場合、症状は悪化する。発熱、嘔吐、全身の痛みなど、あらゆる場所に不調が出る。

 とはいえ、ここまでなら一週間も寝込めば回復する話だ。

 

 子どもで、かつ、魔力量が豊富な者の場合。

 滞った魔力は未発達な循環経絡を傷つけ、メイベルのように起きあがることもままならなくなってしまうのだ。

 

 そもそも魔力量が豊富な者というのが人口の数パーセントしかいないために、症例は少なく、普通の医者ではほとんど気づけない。

 

 メイベルを包み込むようだった光は徐々に弱くなり、やがて消える。

 

「処置は終わった。魔力の流れは正常に戻ったはずだ」

 

 メイベルから手を離し、ウィルフォードは息をついた。

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